一ヶ月で一番怖いがやってきた。糖尿の定期検診の日だ。いつもいつも、死刑台へのエレベーターに乗る心持ちで、大学病院2階の献血室に向かっている。
 いや、正確には、エレベーターは使わない。少しでもカロリーを消費して血糖値を下げようと、階段を上る。
 でも、それは意味がないことはわかっている。Hba1cという数値は、その時点での血糖値ではなく、1~2ヶ月間の血糖の平均を示すものだからだ。だから、直前に運動をしたところで、どうにもならない。
 無駄な努力と言えば、昨日の夕食も、カツや唐揚げをやめて、低カロリーを心掛けた刺身中心のメニューとした。酒も呑まなかった。意味はないと知りつつ、せめて少しでもという糖尿病患者の憐れな性質なのである。
 案の定というか、今日の結果は悪かった。Hba1cが、前回よりも高くなっていた。
 「どうしたんですか?」と主治医。
 「実は、4月に選挙があるもので、飲む機会が増えて・・・」僕は咄嗟に言い訳をする。
 「選挙があれば、飲まなきゃいけないんですか?」重ねて訊かれた。
 「はい、こんな集りがあるから来い、と言われれば断るわけにいかないんです」
 これは嘘でもなんでもない。紛れもない事実だ。
 実際、先週、立候補を表明してから、毎晩のように声をかけていただいている。今日も2件の飲食を伴う会合をかけもおちしてきた。これは本当に有難いことなのだが、あまり続くと、肝臓には良くない。勿論、割り勘または会費制なのだが、懐も段々とやつれてきている。
 「でも、口をつけるくらいにして、飲まなきゃいいじゃないですか」主治医は他人事のようの僕に言いう。そう言われても、口を付けたら飲干してしまう。注がれれば飲んでしまうのが、酒飲みの酒飲みたる所以なのだ。
 結局、薬がまた増えることになった。
 最後に僕は、おずおずと名刺を差し出した。
 「今度、県議選に出るんです。よろしくお願いします」
 「でも、僕は応援や協力は出来ないよ。3月で退官して弘前を離れるんだから」
 「えっ・・・」
 受け取って貰えなかった名刺が一枚、僕の手元に残った。(7218)