訂正:文末の武富将審議委員の経歴を差し替えます。
[東京 30日 ロイター] 日銀は30日、2000年1月から6月までの金融政策決定会合議事録を公開した。議事録からは、景気の前向きな循環メカニズムの強まりを背景に、1999年2月に導入したゼロ金利政策の解除に向け、政策委員会の議論が次第に高まっていく様子が読み取れる。一方で、ITバブルに対する懸念も指摘され始め、日米の景況感が不透明を増すなか、政財界からのゼロ金利政策継続圧力に直面、政策委員会内でも白熱した議論が展開されたが、日銀は2000年8月にゼロ金利解除に踏み切った。
<ゼロ金利「全くの異常な政策」、「米株はバブルに近い」=1・2月会合>
1月17日の会合では、景気認識について「民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは依然みられていない」との認識でおおむね一致したものの、三木利夫審議委員が「経済の安定成長を考えた場合、ゼロ金利政策は全くの異常な金利政策である」と発言。「この異常な政策から抜け出す局面が金融政策の最大の課題だと思う」とゼロ金利解除に言及した。その後、速水優総裁も4月12日の会見で、ゼロ金利解除の「条件は整いつつある」などと発言し、年末までに解除できるとの前向きな姿勢を示した。
一方、2月10日の会合では、中原伸之審議委員が、当時隆盛を極めた新興ネット関連株の高値に注目し、「店頭(市場)や(東証)マザーズの市場が非常に活況であるが、ある意味でそこにおけるバブルは実体が伴っていないものが多く、アメリカのNASDAQより激しいものがあるのではないかと思う」、「要するに、店頭、マザーズではバブルに近いものが出てきている」と指摘。米国で散見された「逆イールド現象が景気下降のシグナルかと考えている」と発言し、日米景気の先行きに警鐘を鳴らした。
<速水総裁、ゼロ金利解除「機が熟しつつある」=4月会合>
中原委員は、4月10日の会合でも、「景気の循環的な側面が上昇しつつある局面であるが、先行きについては予断を許さないと思っている」、「循環的な回復がいよいよピークにさしかかってきているが、構造的な下押し圧力要因とのせめぎあいで予断を許さない」と慎重トーンを一段と強めた。
これに対して篠塚英子委員が、「私は執行部の現状評価について、ほとんど違和感を持っていない。すなわち景気の流れについては、生産・所得・支出を巡る前向きの循環メカニズムが着実に動き始めている」などと述べ、事務方を中心に景気の着実な回復が進みつつあるとの見方が広まりつつあることがうかがえる。
三木委員も「景気の下落リスクはなくなったといえる」、「政策判断のタイミングという観点からみると、9月以降民需へのバトンタッチを確認してからでは遅いわけであり、9月以前の段階でフォワードルッキングな視点を持って民需へのバトンタッチの持続性と広がりを見極め、政策判断をしなければならない局面になりつつある」と踏み込んでいる。
山口泰副総裁は「かねてから判断の基準に掲げているデフレ懸念の払しょくが展望できるような情勢に向かい着実に近づきつつあると思っている」、「企業収益の回復を起点として設備投資にそれが反映され、いずれは個人所得・消費に波及していくプロセスであり、最初の収益から投資へというところが順調に進捗しつつある状況だと思う。いったんこうした前向きな好循環の動きが始まると、かなり大きなショックが出てこない限りは途切れることなく続く可能性が高い」と指摘。一方で、「そう申し上げたうえで、私は自律回復の度合いはそれほどはっきりしていないのではないかと思っている」(山口副総裁)とも発言し、景気の先行きについて不透明感が高かった様子が感じ取られる。
こうした議論を踏まえ、速水総裁は「本日の大方の委員方の見解を伺うと、ゼロ金利解除の機が熟しつつあるという私の考えに自信を得ることができた」と会議を総括した。
<「先が見えたら苦労しない」、景気認識めぐり中原・三木両委員が火花=6月会合>
今回、公表された議事録のなかで特に注目されるのが6月12日の会合だ。当時は、同25日の衆院選を控えており、12日の党首討論会で森喜朗首相がゼロ金利解除を巡って「しばらくこのまま続けるべきだ」と発言。経団連の今井敬会長も同日の会見で、ゼロ金利政策で、「消費者物価は下がっており、実質金利はゼロではない。デフレ懸念が払しょくされてはいないのではないか」と述べ、政財界からゼロ金利解除に傾斜する日銀への圧力が高まる一方だった。
会合では、山口副総裁が、「ダムの水位が非常に最近高くなってきた一方で下流への放水量が目立って増えるところにはまだ至っていないという状況である」とし、不透明感を指摘しつつも、自律的回復軌道への復帰が近いことを示唆。
一方、中原審議委員は「9─11月位にグロースリセッションにはいるかもしれないと思っている」と発言。これに対して三木審議委員が、「どういう観点からそう言われるのか」、「いかにもすぐリセッションになるような感じであったので根拠を確認した」と追及。中原審議委員は、「そんなに世の中先が見えたらみな苦労しない」と突っぱねている。
その中で、篠塚審議委員が、「ゼロ金利政策を解除すべきであると思っている。その理由は、今、日本の景気は民需主導の自律的回復局面に入っていると判断するからである」と発言。「アメリカ経済に関するリスクはいずれ発生するかもしれないが、そのタイミングや大きさを合理的に予測することができない」とし、「ゼロ金利政策を解除しても、例えばアメリカ経済の変調や財政問題に関わる不確実性には、事態が変わればもう一回ゼロ金利政策に戻すこともあり得るといったくらいの弾力的な思考で対応することが必要ではないかと思う」と述べている。
今回公表された会合の最終日となる6月28日は、前回の会合以降、日銀の判断材料となるような経済指標の発表がなかったことからゼロ金利解除は見送られる。一方、7月4日に公表された日銀短観の大企業製造業DI(業況判断指数)が6期連続で改善し1997年9月以来のプラスとなったことなどから、7月会合では、ゼロ金利解除の条件だった「デフレ懸念の払しょくが展望できるような情勢」に至りつつあるとの見方が大勢となった。しかし、大手百貨店「そごう」が7月13日に民事再生法を申請したことの市場心理などへの影響を見極める必要性があることなどから、実際の解除は8月にずれ込んだ。
金融政策決定会合メンバー:
速水優総裁:日銀入行、理事などを経て、日商岩井取締役会長。経済同友会代表幹事を務めた後、総裁
藤原作弥副総裁:時事通信社記者、解説委員長を経て副総裁
山口泰副総裁:日銀入行、調査統計局長、企画局長、理事を経て副総裁
武富将審議委員:日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)常務経て審議委員(訂正)
三木利夫審議委員:八幡製鉄(現新日本製鉄)入社、副社長、日鉄商事会長を経て審議委員
中原伸之審議委員:東亜燃料工業(現東燃ゼネラル石油)入社、社長、名誉会長を経て審議委員
篠塚英子審議委員:日本経済研究センター入社、お茶の水女子大教授を経て審議委員
植田和男審議委員:マサチューセッツ工科大経済学部大学院博士号取得、東大教授を経て審議委員
田谷禎三審議委員:国際通貨基金エコノミスト、大和証券入社、大和総研ヨーロッパ社長、大和総研常務理事を経て審議委員
(ロイターニュース 竹本能文記者)