羽生結弦選手会見に「メダリストでもないのになぜ?」の声…広報のプロはどう見た?
北京冬季五輪のフィギュアスケート男子で4位だった羽生結弦選手が記者会見したことについて、疑問の声があります。広報のプロに見解を聞きました。
北京冬季五輪のフィギュアスケート男子で4位だった羽生結弦選手が2月14日、記者会見に応じたことについて、「メダリストでもないのになぜ?」「引退発表でもなかったのに…」と疑問の声が一部から出ました。日本オリンピック委員会(JOC)は「メディア各社からの個別取材申請が多く、個別に対応することが困難なため」と理由を説明しましたが、疑問の声は残っています。この会見について、広報コンサルタントの山口明雄さんに聞きました。
「9歳の自分が跳べ!と言った」印象的
Q.羽生結弦選手の記者会見が設定されたことについて、どう評価しますか。メダリストでもなく、引退の会見でもありませんでした。
山口さん「広報のアドバイザーを生業としている私は、羽生選手の記者会見は実施すべきだったと思っていました。また、実施してよかったと思います。
羽生選手は、北京の五輪委員会にファンレターが2万超も届いた世界のスーパースターです。もし五輪3連覇を達成していたら、世界中で祝福の嵐が巻き起こり、時代を代表する存在となっていたでしょう。だからこそ、4位という結果を受けて、取材意欲をさらに高めた記者も少なくなかったはずです。『羽生選手はこの結果をどう受け止めているか』『メダルを逃したのはなぜか』『今後の競技人生をどう考えているのか』など、聞きたいことが山のようにあったと思います。実際、記者会見には200人もの記者が集まったそうです。
『羽生選手、異例の会見』『メダリストでもないのになぜ?』『引退発表でもなかったのに…』というような趣旨の見出しを付けた新聞記事を読みました。つじつまが合いません。取材を申し込んだのは自分たち100以上ものメディアです。自己矛盾も甚だしいと思います。もし、『メダルを逃した選手が、競技直後に記者会見を行う場合は、引退表明が前提』と考えているとしたら、羽生ファンだけでなく国民の知りたい気持ちに鈍感な、硬直化したメディアだと思います」
Q.「個別取材の申し込みが多いので、記者会見にする」という事例は珍しくないのでしょうか。
山口さん「珍しくありません。実際のところ不祥事に関するほとんどの記者会見は、個別取材の申し込みが多すぎることが開催理由の一つです。私は、幾つもの企業や団体の『記者対応マニュアル』を見てきましたが、そのほとんどに、『同一テーマで個別取材の申し込みが5件以上あるときは、記者会見の開催を検討する』というような文言が記載されています。
さらに言うと、時間的制約が理由であったとしても、数多い申し込みの中から何社かだけを選んで取材を受けると、断られたメディアから、『公平でない』と非難を受けることになると思います。羽生選手は、取材の申し込みには、できる限りすべてに、公平に応じるべきだと考えていて、大規模な記者会見の開催に同意したのだと思います」
Q.個別取材ではなく、記者会見にすることの、メリット、デメリットを教えてください。
山口さん「記者会見のメリットは、多数のメディアからの取材要請に一度で対応できることです。それも、新聞、テレビ、雑誌、ネットメディアなど、媒体の種類を問いません。日本でも200人以上の記者が参加する会見は珍しくありません。
記者会見では、通常、開催者(登壇者)が最初にスピーチを行い、その後に、質疑応答が行われます。開催側からすればメリットです。先にこちら側が話すので、主張が展開しやすいからです。質疑応答でも主導権を握りやすくなります。
一方、取材側からすると、会見にはたくさんのメディアが参加するので、記者にとって質疑応答の時間は限られます。大規模な会見では、質問の機会が与えられない記者が大多数です。ですから個別インタビューに比べると、掘り下げて話を聞くことは難しいです。取材側にとって大きなデメリットです。また、ある記者が『特ダネ』とも言うべき情報をつかんでいたとしても、記者会見で関連する質問をすると、参加記者全員が知ることになり、特ダネではなくなってしまいます。別な取材方法を考えるしかありません」
Q.羽生選手の会見の感想は。
山口さん「羽生選手の会見は、『引退発表か』などと期待していたメディアにとっては、落胆の会見だったであろうと思います。しかし、五輪3連覇という偉業を実現できなかった選手の心の声をじっくりと聞ける、めったにない、貴重で興味深い会見であったと、私は思いました。
例えば、『それは9歳の自分が跳べと言ったから』のコメントは特に興味深く、北京五輪での、4回転半のアクセルジャンプ挑戦へのこだわりを強く感じました。『軸が細くて、ジャンプが高くて、きれいだねと思われる4回転半のアクセルのイメージは、9歳の時に出来上がっていた』と羽生選手は話しているのだと、私は理解しました。『それから、今日まで、ありとあらゆる技術的な探求を続けてきたが、最終的にたどり着いたのが9歳の時のイメージだった。それは自分にしかできない、自分だけのためのアクセルだった』と。
けがなどの悪条件の中で、難度を落として勝敗を優先する選択肢もあったと思います。羽生選手は9歳の自分の『跳べ』という言葉に運命を託したのです。そして、『自分としては、これまでで最高の演技ができた』と話し、今後のさらなる挑戦を強く印象づけました」
Q.メディア側の伝え方については。
山口さん「私が知る限り、日本のテレビは、羽生選手の気持ちを正確に、温かい視点で伝えていたと思います。一方、一部の新聞は、『メダルを取った選手には座って話を聞く会見が設定されるが、4位の羽生選手の会見は、本来開かれないはずだった』などと、まるで、勝利至上主義の専制主義国家のメディアのような論調です。
一部のネットで、羽生選手は『出たがり屋』だとの批判がありました。全く当たらないと思います。『出たがり屋』とは、企業や団体で言えば、業績が好調であるとか、画期的な新商品を市場に投入するなど、明るい話題であれば、他の役員を差し置いてメディアに登場したがるのに、不祥事など好ましくない案件になると、誰よりも先に雲隠れしてしまう人たちのことです。
羽生選手にとって、4位に終わった後の会見は、気が進む会見ではなかったと思います。断ることもできたでしょう。それでも会見を引き受けたのは、4回転半に力いっぱい挑戦したとの思い、逃げ隠れしない責任感の強さ、そして世界中のファンに感謝を伝えたい思いからだったと思います」
Q.羽生選手は冒頭で「ミックスゾーンで取材をしていただくときに、どうしても密になってしまう」と、感染対策の一つでもある点を話していました。今回の羽生選手の会見設定にコロナ禍が影響していたとすれば、新型コロナが収束すれば、こうした機会はなくなると思われますか。
山口さん「コロナ禍は関係ないと思います。ミックスゾーンとは、競技直後の選手に対して記者が簡単なインタビューをするために用意された場所で、通常はそれほど広くない場所です。ここに記者が殺到すれば、密になるのは事実でしょう。しかし、今回のような記者会見は、羽生選手であったからこそ、実現したのだと思います。多数の記者が取材を申し込んできたので、全員が参加できる広い場所で会見を実施したのです。
羽生選手は別格として、メダルを取らなくても、世界中の記者が取材を申し込み、気が進まなくても記者対応は大切だと考えて引き受け、しかも、味わい深い話が期待できるスーパー・スポーツ選手が今後生まれるかどうかが、今後、こうした機会があるかどうかを決めると思います」
(オトナンサー編集部)
メダリスト以外のあの場での記者会見は男子フィギュアスケートでは主に自国メディアやフィギュア担当記者からの要請だとは思いますが、韓国のジュンファン選手、アメリカのブラウン選手も行っていました。
渡航人数も限られていた今回の日本の大手メディアはそちらには申し込みをしていなかったのでしょう。
2選手の会見が行われた事すら把握していないのかもしれません。
自分はファンなので中継した会見もその後のニュースも全テレビ局の録画をしていますが、番組によっては「異例の会見」「話したいことがある」など、いかにも羽生選手が記者に要請したかのようなテロップを画面上にずっと出したまま報道していました。
こういった視聴者や読者の興味を引かせるためだけの、選手本人にだけ責任を負わせる巧妙な膨張は、善悪含めここ数年もう諦めの境地ですが、オリンピックのような大きな舞台だと普段見ない方に届くだけに辛いものがありました。
大手メディアがネットやSNSを重要視していなかった頃のソチオリンピックの時の浅田真央選手もありました。そして同様に『「浅田真央ばかり」という声』といった悪意的な記事が複数出ていました。
弱い立場のアマチュアアスリート相手に、伝える側の業界内で煽り、それを叩く風潮を作り、それで稼ぐことに憤りを感じます。
今はSNSなどで簡単に可視化されるので、悪化していくだけに思えて暗い気持ちになります。