2012/02/10
西口彰の“母校”
タイトルの西口彰とは佐木隆三さんの小説『復讐するは我にあり』のモデルとなった連続殺人犯(被害者は5人)だ。彼の事件を調べていて、福岡市のミッションスクール(旧制中学校)を中退していることを知った。1925年(大正14年)生まれだから、彼が旧制中学校に通ったのは1940年(昭和15年)ごろ。男子が入学できるミッションスクールと言えば、福岡市には当時も今も2校しかない。中央区輝国にある泰星(現在は上智福岡に改名)と早良区西新の西南学院だ。
二者択一なので簡単に突き止められるだろうと思ったが、これが意外にわからない。福岡県立図書館の郷土資料室にこもったが、それらしい資料は見当たらなかった。西口の両親はカトリック信者だったというので、信教の点では泰星だろうが、当時大分県別府市在住だった彼がわざわざ福岡に進学してきたという点から考えれば、歴史が古く、学校規模、知名度とも上の西南学院だったようにも思える。同学院の校史をめくったが、現在でこそ地元の子供しか通わない学校だが、当時は大きな寄宿舎を備え、県外の生徒が多数在籍していたらしい。
もう一つ、意外な事実に行き当たった。西口が死刑確定後、福岡拘置所で点訳奉仕をしていたのは有名な話で、彼の点訳本で勉強した全盲の大学生が無事卒業できたという話が伝わっている。『復讐するは我にあり』のラスト近くにもそんなシーンがある。古い新聞記事を調べてみると、西口の点訳した哲学書により、卒論を書き上げた全盲の男子学生(早稲田大生)を紹介する記事が実際に見つかった。
意外というのは、男子学生のその後で、現在は地方議員として活躍されているのだ。今さら西口彰との関係で名前が出るのは迷惑と思うので名前は伏せるが、全盲の議員誕生ということで、当選時には大きな話題となったようだ。
『復讐するは我にあり』は2007年、福岡市の弦書房から改訂版が出版されている。写真は西南学院の寮があったと思われる西南学院中高の旧敷地。現在は法科大学院がある。
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