・謎のブニヨド
愛知県豊田市、旧足助町の山間部の地図を眺めていたときのこと。「ブニヨド」なる地名を見つけて?????なった。…これは一体なんだ?どんな由来だ?いやそもそも日本語なのか?かなり気になり、実際に行ってみることにした(続) ImageImageImage
愛知県の奥三河や徳島県、秋田県等はいわゆる小字以下の細かい地名が今も住所として使われている。足助もそんな地域で、地図には「月沢」「長クゴ」「イドシリ」など生活に密着していたであろう、どこか懐かしくも不思議な名前が連綿と広がる。だがその中でも「ブニヨド」はかなり異彩を放っている。
奥三河に向かったのは春の田植えの頃。山奥を縫うように小さな集落がわずかな水田を抱えて沢沿いに並んでいる姿は、どこか中国山地の鳥取や島根県の中山間地を思わせる。峠を越えるごとに東海の山々を濡らす五月雨も上がっていき、ブニヨドに着く頃には曇り空の下、田植え作業をする人々の姿があった。 ImageImageImage
ブニヨドは豊田市の東方、山の合間に位置していた。もとは足助町の旧五反田村の中にあり、到着してみると実に典型的な中山間地の農村といった雰囲気で、「ブニヨド」の名は地図には出てきても、その名が書かれた道路看板などはないようだった。とりあえず住んでいる方に話を聞いてまわる。 ImageImageImage
家の呼鈴を押すと年配の女性が出てきた。「旅の人間ですが、つかのことをお訊きします。ブニヨドって何ですか?由来はありますか?」と単刀直入に問うがやはりというのか「わからない」と返された。家の奥から更にひと世代上のお年寄りも出てきたがそれでも「わからん。ブニヨドはブニヨドや」と言う。
女性によれば今このブニヨドに住んでいるのは自分たちの家だけで、周りの人に訊かれたこともないし由来なんて考えたこともなかったという。だが家の表札には「ブニヨド」の地名が書いていると言い、貴重に感じた。田舎によくいる地元の歴史に詳しいお年寄りにも頼ってみたがやはりわからないとのこと。 Image
周りの地形を改めて観察する。だが本当に沢沿いの田んぼと大きな岩があるのみでブニヨドの音になりそうな自然物はない。強いて言えば、川の「淀み」や川の流れの音から「トドロ」という地名が発生しやすいことにつながるか?と思う程度だった。こうして私のブニヨド訪問は無念に終わった…かに見えた。 Image
これだけでは悔しい。帰宅後、とりあえず昔の史料を読み漁ることにした。明治~昭和期にまとめられた村史や地誌を探してみる。すると「ブニヨド」は漢字で書くと「部入土」になること、また昔は「ブニウド」と読んでいたことがわかった(なんでそう訛ったんだよ) Image
そして、さらに読み進めるとブニヨドのすぐ裏手に「不入土」と書いて同じく「フニヨド」と読む地区があることを知り、別の地図で確認すると「ブニョウド」と読むこともわかって「これだ!」と舞い上がることになった。ブニヨドの正体は「不入土」! つまりこの地名、中世日本の荘園制度が由来だわ! ImageImage
ここで「荘園」について説明する。めちゃくちゃざっくり言うと日本の平安期の律令制崩壊から戦国末期までの中世日本で続いた農地とその地域の支配制度のことだ。要は主に農地を含む不動産とその支配権を指し、現代風に言えば「村単位の巨大な私有地」と「その地域の支配・被支配関係」的なものである。
荘園は当初朝廷やその任命官が管理したが、中央の権力が弱まわると、荘園にかかる租税を朝廷へ納めなくていい権利や、朝廷が派遣した今でいう警察兼税務調査官的な役人を荘園内へ立ち入らせない権利を得る者が現れた。これを「不輸不入権(ふゆふにゅうのけん)」と言う。
不輸不入権は、その後戦国末まで長きにわたって日本の国土や土地の支配者細分化の根幹を支える制度になった。つまり「ブニヨド」は不入権を得た荘園、「不入土(ふにゅうど)」に由来すると考えられるのだよ!!!
ちなみに、静岡県袋井市には「不入斗(ふにゅうと)」、福岡県那珂川市には「不入道(ふにゅうどう」という地名がある。また東海地方や関東地方には「不入斗」と書いて「いりやまず」と読む地名がいくつかある。これらも同じく不入権がある土地、「不入土」が由来と考えられているそうだ。
歴博で調べてみると、ブニヨドがある足助付近は鎌倉時代末に足助庄として成立し、八条院や昭慶門院、皇室の土地であった。その影響だろうか、この地にいた足助氏は南朝方に付き、室町期に没落した。その後は足助鈴木氏が足助庄を支配し、江戸時代を迎えるころに荘園として解体されたという。
500年以上も昔の土地制度に由来する名前が今も残ってるというわけなのだった。地名と方言は昔の言葉を残しやすいとよく聞くけれど、これほどその実力を実感する瞬間はそうない。驚きである。足助氏や鈴木氏が聞いたら「うわ…オレらの名残…残りすぎ」と思うかもしれないわね。

謎のブニヨド・おわり Image
にしても、なんで昭和期までは「ブニウド」できちんと音や意味合いが残っていたのに、今の住所地名では「ブニヨド」になっているのだろう。史料に採録された表記と行政が管理していた住所表記が違ったのだろうか(各務原の「かかみがはら」と「かがみはら」みたいなやつ)
補足すると地図の右端にある「六月デン」は漢字で書くと「六月殿」らしい。すぐ近くに「五月殿」、その隣の土地は「御用田(ごようでん)」と読むかつて寺社や偉い人が耕作する土地だったことを指す地名もあったりで、奇祭「花祭」の印象が強い奥三河はやはりいろいろ埋もれた何かがありそう…。

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4h
奥三河や福島、宮城岩手の県境付近、秋田、青森、徳島あたりの地図を見ると、凄まじく細かい小字がぶわーっとびっしり書き記されてて嬉しくなる。それだけその地名を付けたり分けたりした理由があって、人の移動範囲も小さくて、ひょっとしたら数百年以上も昔の言葉が残ってて…と思うとわくわくする。 ImageImage
たとえば奈良時代、西暦で700年代に編まれた『出雲国風土記』に記載されてる安来郷、宍道駅、美保郷、飯石郷、波多郷、熊谷郷等は1300年経った今でもほぼそのまま地名が残ってるし、阿用郷の一ツ目の鬼伝説は出雲の製鉄文化や遠く離れた三重県の天然水銀に由来する地名を紐解くカギになったりする。
島根県の奇岩がならぶ渓流「鬼の舌震(おにのしたぶるい)」の本来の発音が「わにのしたぶる」で、醜いサメが川の上流にいた美しい姫神を恋い慕って上ってきたのを姫神が嫌って川に岩を並べ立てて登ってこれないようにしたという男はつらいよな由来がわかるのも出雲国風土記が残ってるおかげなのよ。
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5h
そして、ひょろわーさんから「これ答えなんじゃない?」というツイーヨを教えてもらって「マジかよ!?」ってなった。私がここに行ったのは2022年、このツイは2019年…何事も先達はいらっしゃるものである。しかもこの人、机上でいろんな地図見ただけで考察してて凄いわ…。
私は地図見る時だいたいグーグルマップでやめてしまうので、他の地図サイトなら後ろにすぐ表示される「不入土」を完全に見失っており、史料読んでようやくたどり着くという体たらくであった。 何者かはわからないけどほんま凄いわ…。
なんかこれだけ手間かけてようやく辿り着けたのが恥ずかしくなってきたわね。もっとスマートになりたいものである。
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12h
「コミュニケーション能力が低いからアスファルトに埋められたんだ」 ImageImageImage
「コミュニケーション能力が低いから木に入れられたんだ」の画像、かなり好き。 もともと角地にあったのが建物の改築で傾斜のついた駐車場になってしまい、向きを変えるついでに土台ごと道路下に埋めたと思われる(北海道小樽市にて) Image
そして、今場所見たら盛大に撤去済みですね…。2019年からもう4年も経ってれば…まあ(悲哀) Image
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18h
青森で買ってきたリンゴの花の蜜を蜂さんに回収させて作ったハチミツ塗って食べてみたけど、リンゴの味して感動してる。「これリンゴ果汁配合してるんじゃないの!?」って思うくらいはっきりリンゴの味がする。よい買い物をした…。うみゃみゃみゃみゃみゃ。 ImageImage
リンゴの花は4~5月の2週間前後しか咲かない。リンゴハチミツはその際にリンゴ農家さんから果樹花粉の交配用に放蜂委託された養蜂業者だけ生産できる製品で県外市場にはほぼ出ないという。花の蜜なのに本当にリンゴの味がする。甘酸っぱい風味と優しい甘さ…。冬場のリンゴの蜜から抽出みたような味。
例のクーポンで新青森駅のお店で買ったが実に良き買い物をした…。ハチさんと農家の人ありがとう。そして昔から謎なんだが、ハチミツって粘度高すぎてスプーンですくっても容器への滴りがいつまでも終わらないし、塗ろうしてもスプーンから落ちないしで何で塗るのが最適解なんだろうな(遠い目) Image
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Feb 11
家に帰った私「なんか届いたわね?」
開封した私「!!!!?」(献本、ありがとうございますありがとうございます) ImageImage
「中国山地好き」「民俗学好き」言ってたら中国地方怪奇物漫画の作画史料提供役になる道民bot しかし資料写真提供してるだけでクレジットに載るのなんか申し訳ない気がとてもする。ありがてえ…ありがてえ…(公の発売日前だし著作権が危ないのでこちらで。このへんが使われてます。やったぜ) ImageImageImageImage
よかった。容量がついに12TBを超えた我がHDDの中身が役に立つこともあるんや…。『陰陽師と天狗眼』は広島県の中山間地で妖気や神霊を鎮め生きる青年2人の活躍を描いた歌峰センセの小説じゃけえ。伝奇モノや顔がいい男が好きな人は読むのじゃ。漫画版の発売日は14日じゃぞ。
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Feb 10
・非雪国民の方へ
雪道や凍った道の転びにくい歩き方の最適解はこんな感じです。ペンギンのイメージです。腕を振るのが難しい場合は腰から下の体の動きだけでもこの歩行速度の0.8倍速でいいのでまねするだけでかなり歩きやすくなります(先日見かけた雪国のおばあちゃんより)
腕はペンギンの歩き方のように振ってバランスをとり、脚はわずかに蟹股にし、足はハの字に開き、歩幅は自分の足の長さ±20㌢くらいでハタハタと歩くのが理想的な雪や氷の上での歩き方です。膝のクッションを意識し、決してかかとを路面に対して斜めにしないよう、踏み出しを足の裏全面で歩く感じです。
「小刻みにパタパタバタバタ歩く」イメージですね。ただ雪国で売っている靴はたいていソールが滑りにくい材質なので、関東以南の都市部環境下や流通している靴だとこの歩き方でも完全対応は不可能なのが悲しいところ…。装備がない&用意できないのはどうしようもない。山田君、塩カル持ってきて~!
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