法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ゲッベルスのものとされる「嘘も百回言えば本当になる」という言葉の使用例を、ゲッベルスがナチスに入党する以前の日本の書籍で見つけた

主にヨーゼフ・ゲッベルスの宣伝手法とされ、他にも批判や嫌悪の対象の言葉にされているが、そのように語るに落ちた発言は実際には確認されていない。
そうした怪しさは先行して複数の指摘があるが、特に下記エントリで詳細な検証がされていた。
I am an idiot! 「嘘も百回言えば本当になる」と言ったのは誰なのか?

ゲッベルスは公にはそんなことは言っていないだろう。彼は常にプロパガンダは真実でなければならないと説明していた。それで彼が嘘をつかなかったことにはならないが、自分は嘘をつくと公言した下手糞な扇動者になってしまうだろう。私は彼が本当にそう言ったという証拠はないと思う。ゲッベルスの著作を全部読んだわけではないが、私は彼の酸いも甘いも知っているのだ。
(An Outline of the Problem - Goebbels Didn’t Say It)

という訳で、ナチスの研究者も"If you tell a lie big enough..."はゲッベルスの言葉ではないだろうと言っています(そういえばさっきの文献にも「噓が宣傳の一番惡い方法である」と書いてありましたね)。

さらに上記エントリではGoogle Booksを駆使して、1942年の北條清一『思想戰と國際秘密結社』に「嘘を扠對論なしで三べん云へば、噓が厲實になる」という記述があることも発見している。日独が強固に同盟していた当時、まずゲッベルスの手法への批判が掲載されていたわけはなく、どうやらユダヤ人の言葉とされていたらしい要約も見つけている*1
他にも上記エントリはさまざまな用例をおさえて初出をさぐっていて、読みごたえがある。まだ国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索機能もない2017年に、ていねいな検証だと感服するしかない。


そこで国立国会図書館デジタルコレクションの全文検索で簡単に調べてみると、1924年の橋田東声『自然と韻律 : 評論集』に、「併し噓も百遍いへば眞實になる。俗論は俗耳に入り易い」という文章が見つかった*2
国立国会図書館デジタルコレクション
こちらは回数まで完全に一致する。このころゲッベルスはすでに政治活動をしていたが、まだナチスには入党する意向を示した段階で、もちろんその存在や言葉が日本で知られていたとは思いにくい。
やはり「嘘も百回言えば本当になる」という言葉はゲッベルスが始めた思想ではないのだろう。さほど独自性のある考えでもない気がするので、独立して思いつく可能性も考えられ、そうだとすれば初出の発見は難しいが……

*1:要約しているのがユダヤ陰謀論者の池田整治氏なので、歪曲している可能性もあるが。

*2:ノンブル124頁。