ロックハートが廊下を歩いていればさっと隠れるを繰り返しながら移動するため移動時間がかかり、結果として走らねばならなくなって去年以上にサルビアは死にかけることになった。ドビーを使えば楽に移動できるがハリーたちと一緒ではそれも出来ない。邪魔しかしない塵屑どもめ。
それでもなんとか金曜日にフリットウィック先生の妖精の魔法の授業を受けてその夜を迎えることができたのであった。
誰もが寝静まりいびきやら寝息を立てている時間。サルビアは一人、談話室の暖炉の前、昨年の冬から定位置と化した場所にいた。
別に宿題が終わらなくて徹夜をしているというわけではない。サルビアに限ってそれはない。彼女にとって宿題や課題というものは授業後に即座に終わらせるものであるからだ。
では、何をしているのかというとルシウス・マルフォイから与えられた日記帳の研究であった。屋敷にいる時にしたかったのだが、
これは間違いなく闇の帝王と称されるヴォルデモートの所持品であったであろう。
問題は、これが何かという点だ。まさか、ただの日記帳とか、闇の帝王の黒歴史ノートであるわけがあるまい。中身は白紙。全てのページにおいて何かが書かれているということはなく、隠された何かがあるというわけではない。
この日記帳はこれだけで完結している。つまり、これは存在だけで価値があるものだということだ。闇の帝王の知識、記憶、あるいは、魂。それを保管するもの。
おそらくは、ヴォルデモートがこのホグワーツに封じた何かを操る術を残すものとして作成したものだろう。少なくともサルビアはそう予測した。
「そうでなければ、死喰い人だったあいつがこんな汚らしい日記帳を保存しているはずがない」
ページをぱらぱらとめくりながら、
「これが考えている通りのものであるならば、封じられているのは――ヴォルデモートの魂か記憶だろう」
そう言いながらサルビアはインクを付けた羽ペンを手にする。ルシウスがそこまで知っているとは思えない。あの役に立つ屑は、おそらくこれがこのホグワーツにおいて何らかの事件を起こす引き金になるものと考えたはずだ。
なぜならば、あの男はウィーズリーとダンブルドアがとてもとても嫌いなのだ。本来はウィーズリーに渡すも言っていた。
つまり、それはたとえウィーズリーに渡しても問題ないものだということ。そこから導かれるのは所有者を洗脳し、このホグワーツを揺るがせるような大事件を起こせるということだ。
そこから考えていくと、やはり魂なり、記憶なりが封じられているのはほとんど確定だろう。
分霊箱というものがある。分割した霊魂を隠した物のことであり、闇の魔法だ。魂を分割し、分霊箱が存在している限り完全な死を防ぐ効果を持つ。
本来の肉体と肉体に宿る魂が破壊されても魂の断片を納めた分霊箱が存在する限り死なない。ただし分割された魂が滅ぼされた状態で本体が肉体的な死を迎えると、魔法を講じた者は死滅する。
魂を分割するという行為、そこから生じるデメリットからサルビアは使うつもりはなかったが、というかそもそも記述自体が少ない禁呪であるため使えない。だが、魂の物質化、保存というのは実に興味がある。
このホグワーツの図書館にすら分霊箱の記述はたった一文のみで情報がない。ならばこそ、これで分霊箱について知ることは実に有意義だと言える。
確証はある。もし分霊箱だとするならば昨年ヴォルデモートが生きていた理由がわかる。これは闇の帝王の重大な秘密だ。
ルシウスは飛んだ馬鹿をやらかしていることになる。
「知ったことではない。ふふふ、そんなことより、分霊箱、その秘密をぜひとも教えてもらいたいものね」
さて、では早速その秘密でも教えてもらうことにしよう。この手のものは何かを書きこんでみるに限る。サルビアは、白紙のページに書きこんでみた。
最初から全てわかっている風に行くと相手も警戒するだろう。腐っても闇の帝王が作ったものだ。ここは利用されやすい純真無垢な少女を演じてやることにする。
利用しようとした相手が実は利用していた。そんな滑稽な道化のように扱ってやる。
だから、ただの日記を書くように、猫を被って――
「えーっとぉ」
――今日はとても楽しい一日だった。授業も順調。でも、移動だけは大変。一年通ったのに慣れない。
そんなことを書いてみた。
『それは大変だね』
予想通りというか、なんというか。書いた文章は日記帳にしみ込むように消えていき、代わりに同情しているかのような文章が浮かび上がる。
サルビアは笑みを深める。まったく望んだとおりの展開に笑いを隠せない。
さも驚いたように、
――あなたは誰?
とでも書いてやる。
――こんばんは、僕はトム・マールヴォロ・リドルです。君は?
さて、名乗ってろうか。別段、日記如きに知られたところでも問題はなく誰かに見られたところで問題になるようなことは言う気はない。
――サルビア・リラータです
――じゃあ、サルビア、君はこの日記をどのようにして見つけたのですか?
さて、なんと答えてやるか。誰かから貰った……は、駄目だろう。
――拾いました。日記の持ち主は、あなた?
――はい、僕自身です。ですが、僕はただの記憶の一部で本物の僕は別にいます。今は西暦何年ですか?
サルビアが、1991年と書くと、しばらく相手は何も返してこなかった。さて、何を考えているのか。しばらくして、ページに再び文字が浮かび上がった。
――なるほど、それほどの時が経っていたのですね。この日記が作られたのは、サルビアの言う通りなら今から50年前という事になります。当時ホグワーツの学生だった僕は、ある目的のために自分の記憶をこの日記に保存しました。
――その目的、とはなんですか?
日記は沈黙した。
――……君に話すようなことではありません。どうかお気になさらず。誓って悪いことではありませんから
明らかな嘘だろう。沈黙が物語っている。
――そうですか。では、この日記ををどうすればいいですか?
――何も。時折話相手になってもらえれば嬉しいですが、日記は持っていてくれて構いません。それからこの日記の事は他の人には言わないで。他の人に知られると、悪用される危険がありますので
――わかりました。では、おやすみなさいリドル。
――お休み、サルビア。
そう書きこみ、日記帳を閉じた。
「この私を取り込もうとしたな?」
この日記帳に書き込みを始めた時から闇の力がサルビアへ影響を与えようとゆっくりと浸透してきていたのをサルビアは感じていた。
あの程度で呑み込まれるほどサルビアは弱くはない。
「まあいい。せいぜい利用しているとでも思っていろ」
勝ち誇っているが良い。お前に価値などないのだから。せいぜい情報を吐き出して消え失せろ。それまでは虚構の勝利の上で踊っているが良い。
サルビアは日記帳を懐に入れてベッドへと戻るのであった。今年初めてベッドに入ったが……ふかふかで寝にくい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
土曜日となり、ハリーは今週の疲れを癒す為にハグリッドを訪ねるはずだった。なにせ、ロックハートから逃げる為、結果として移動の為に走り回る羽目になった。
更にハリーの心身を疲れさせたのはコリン・クリービーだ。どうやら彼はハリーですらまだ暗記していない自分の時間割を暗記しているらしく、一日に六回、七回も呼びかけてくる。
それに対して、返事をしてやれば、ハリーがどんなに嫌な声を出そうが、迷惑がろうが幸せなのだろう。最高に良い笑顔で去って行くのだ。
最初は良かった。だが、それも何度も続けば嫌になる。そんな諸々もなんとかやり過ごして週末。ハグリッドと約束があったが、それでも少しくらいはゆっくり寝ようとしていたら。
「起きろハリー!」
熱い声に揺り起こされた。
「にゃにごとなの」
寝ぼけ声を出して目を開ければそこにはグリフィンドール・クィディッチ・チームのキャプテンのオリバー・ウッドがいた。
「クィディッチの練習だ! 起きろ!」
ハリーは寝ぼけ眼で窓の方を見た。薄赤色と金の空。うっすらと朝靄がかかっている。まだ早い時間と思われる
。というか、まだ夜が明けたとおりだ。
「オリバー、まだ夜が明けたばかりじゃないか」
「その通り」
どうやらまだ寝たいという言外の言葉は伝わらなかったらしい。まだ夜が明けたばかり。まだ他のチームは練習をしていない。
そのことを言ってみると、
「これも新しい練習計画の一部だ」
その一点張り。燃え上がる炎の如き情熱は今年も健在のようだ。
ハリーは欠伸とともに少しだけ身震いしてからベッドを降りてクィディッチ用のローブを探す。
「それでこそ、男だ。十五分後に競技場で会おう」
チームのユニフォームである深紅のローブを身に纏って、寒いのでその上にマントを着る。その後、ロンへと走り書きのメモを残して、ニンバス2000を手に螺旋階段を降りて談話室へと向かう。
誰もいないだろうと思っていた談話室には、なんとサルビアがいた。何かの本を読んでいる。いつもこの時間に起きているのだろうか。
そう思っていつつハリーは声をかける。
「おはよう」
「……はあ、おはよう」
「早いね」
「あなたも早いじゃない。クィディッチの練習?」
「そうなんだ」
そのあとに、君も見に来るかい? と告げようとして螺旋階段を半ば転がるようにしてコリン・クリービーが降りてきた。
「ハリー! さっき君の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ! 僕、僕! これを見て欲しいって思って! 現像したんだ! 見て!」
コリンが何かを手渡してくる。それは写真だ。動く写真。そこに映っているのはロックハートで、何やら写真の端で誰かの腕を引っ張っている。
どうやら写真の中のハリーは頑張って画面に引き込まれないようにしているらしい。それにハリーは嬉しくなる。できればロックハートをぶちのめしてくれればいいのだが。
ついでに、反対側にはサルビアがいて画面に入らないようにしているようだった。ハリーがみている間に、ロックハートはついに諦めて写真の城枠にもたれかかる。
その瞬間、サルビアの失神呪文が直撃してロックハートは画面外へと倒れた。よくやってくれた! とばかりに写真の中のハリーも画面に出てくる。
これにはハリーもよくやったと言いたくなった。そんな彼にコリンは、
「これにサインしてくれる?」
そう言ってきた。
「ダメ」
即座に断る。
「これからクィディッチの練習があるんだ」
「クィディッチ! 僕、見たことないんだ! 見に行っても良い?!」
たぶん許可しなくてもついて来るだろう。ハリーは内心で溜め息を吐く。それならこちらから提案して主導権を握った方が良いかもしれない。
そうすれば、うるさくもなくなるかもしれない。
「……わかったよ。ただし、条件がある。黙っていてくれないか」
「わかりました!」
二つ返事で了承するコリン。これで良し。
「サルビアもどう?」
それから癒しを呼ぼう。コリンと二人っきりで競技場まで黙って行くよりは、誰かと一緒に行って話しながら行くのが良いかもしれない。
少なくとも、コリンが条件を破って話しかけてきたとしても躱せる。
「……忙しいのだけれど」
「お願いだよ」
割と切実に頼む。じっと彼女の目を見て頼み続ける。
「…………はあ、わかったわ。少し待っていなさい」
そう言うとサルビアは一度螺旋階段を昇って行き、マントを羽織って戻ってきた。
「良し、それじゃあ行こう」
ようやく準備ができたので、そのまま肖像画をよじ登り競技場へと向かう。サルビアがいるので、あまり早くはいけないが、なるべく急ぎながら。
案の定コリンはハリーと一緒にいられるのが嬉しいのか先ほどの条件など忘れてマシンガンのように話している。
それに生返事とサルビアへ回したしりて躱した。クィディッチのルールを説明させられたサルビアは目に見えて機嫌が悪そうだ。
競技場が近くなるとようやく彼は良い席を取ってくると言って去って行った。解放された時は、これほど清々しい気分はないだろうと思ったほどだ。
それはサルビアも同じなのだろう。
「「はあ」」
溜め息がハモったのがその証拠だ。なんだか、ちょっと何とも言えない空気になってしまったので、ハリーは、またあとでと言って逃げるように更衣室へと向かった。
更衣室では、既に全員集まっているようで、ハリーが最後だった。
「遅いぞハリー。何かあったのか?」
「ううん、なんでもないよ。ごめん」
「そうか? なにかあったのなら言ってくれ。君は大事なチームメイトだからな」
そう謝りつつ、全員そろったのでウッドが説明を開始する。
「グラウンドに出る前に説明しよう」
そう言って彼は新しい戦法や練習法などを説明する。去年はクィディッチ杯に優勝した。おそらくは、他のチームは優勝杯を取り戻そうと躍起になるだろう。
グリフィンドールとしては、今年も優勝したい。ゆえに、ウッドは新たな戦法や練習法を考えた。
「今年も勝つ。去年勝てたからって、今年も勝てるわけじゃない。だから、今年は去年よりも厳しく練習したい」
勝つ。栄光を再びこの手に。朝からの練習ということもあってフレッドやジョージは眠っていたり、四年生のチェイサーであるアリシア・スピネットは船をこいでいたりしたが、彼らも彼女も勝ちたいという思いは一緒だ。
だからこそ、ウッドの話が終わると同時に全員が目覚めて声を上げる。
「行くぞ!」
『オオー!』
気合十分。新しい戦術を実践するために彼らはグラウンドへ出た。随分と長く更衣室にいたため、太陽はしっかりと昇っている。
いつの間にかロンとハーマイオニーがサルビアと一緒にスタンドに座っているのが見えた。
「まだ、終わってないのかい?」
ロンは信じられないという顔をする。
「まだ始まってもいないんだよ」
ロンとハーマイオニーが持ち出してきたマーマレード・トーストを恨めしそうに見ながら、ハリーは箒にまたがり地面を蹴った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クィディッチの練習。なぜ、そんなものを見ているのか。サルビアはわからなかった。後で行くのも先に行くのも、どうせ連れて来られるのなら変わらない。
だから先に来てロンとハーマイオニーを待って、彼らが来たら彼らと共に練習を見ていたのだが、どうやら問題が起きたらしい。
飛んでいた選手たちが降りていく。見れば赤のユニフォームと緑のユニフォームの一団がにらみ合いでもしているのか集まっていた。
「うわぁ、揉めてそう」
「行きましょ」
ロンとハーマイオニーは何があったのか確かめに行くためにそちらへ向かって行った。サルビアも表向きいい子ちゃんを演じる手前行かないわけにはいかずしぶしぶついて行く。
話は単純だった。グラウンドをグリフィンドールが予約しているのに、スリザリンがスネイプを使って割り込みをかけてきたとのことだった。
更に、新型の箒2001を見せつけてはグリフィンドールを馬鹿にしているらしい。程度の低いことだ。塵屑どもの騒ぎに一切興味のないサルビアはとりあえず近くにいるだけで何も言わない。
しかし、ロンとハーマイオニーは積極的に介入していく。
乗らなければいいのに、それに乗ってしまう
「お金なんて関係ないわ。少なくとも、グリフィンドールの選手はお金じゃなくて、才能で選ばれてるもの」
「誰もお前に意見なんて求めてない、生まれ損ないの穢れた血め!」
マルフォイがそう言った瞬間、空気が変わった。特に、ロンを含めたグリフィンドールの選手の選手たちは烈火のごとく怒りの声を上げる。
それも当然だった。マルフォイが放ったのは最上級の侮辱の言葉だ。
ロンなど今にも杖を取り出して呪いを掛けようとしている。それほどの事態に発展するほどにマルフォイの放った言葉は最大の侮辱なのだ。
マルフォイを守るように立ちふさがるスリザリンのクィディッチ・チームのリーダーであるフリント。マルフォイへ向かったロンの呪いは、彼へと直撃してしまった。
吹き飛ばされるフリント。スリザリンの選手たちが彼へと駆け寄る。彼はゲップと共にナメクジを吐き出した。ロンで良かったと言うところだ。
もし、ハーマイオニーやサルビアが呪いを使っていたら彼はあの程度では済まなかっただろう。
「ああ、もうなんてことなの」
ハーマイオニーはそう嘆く。意味はわからないが、自分の為に怒ってくれたことはわかる。言われた言葉が最上級の侮辱であることもしっている。
だが、だからと言って呪いをかけるのはやり過ぎだ。もし、ここで誰か先生でも来ようものなら――、
「騒がしいな」
舐めるようなねっとりとした声が競技場に響く。考えられる限り最悪の先生がそこに立っていた。魔法薬学教諭のセブルス・スネイプだった。
「新しいスリザリンのチームを見に来たのだが、これはどういうことかね」
「ウィーズリーが呪いをかけたんです」
マルフォイがここぞとばかりにスネイプにそう言う。そして、ハリーたちをにやりとした顔で見てくる。
「なるほど。グリフィンドール50点減点。ウィーズリーは罰則だ」
「そんな! 悪いのはマルフォイなんです! マルフォイがハーマイオニーに何か酷いことを言ったから、ロンは!」
ハリーは納得がいかなくてそう言うが、
「口答えかねポッター。更に10点減点だ。なんなら君もウィーズリーと一緒に罰則を受けるかね? ああ、それともまだ減点が足りないと見える」
そう言われてしまえば、ハリーは引き下がらずを得ない。
「さあ、医務室へ行くぞ」
そして、スネイプはスリザリンの生徒たちと共に帰って行った。
日記帳でトムと出会うサルビア。猫かぶりまくっております。日記帳に乗っ取られることはないでしょう。
というか、乗っ取ろうと彼女の心を覗くと……。
後半はクィディッチの練習といざこざ。
ロンの杖が無事なので呪いは無事発動。しかし、ドラコをかばおうとしたフリントに直撃。良かったね、これでドラコに直撃していたらロンの明日はなかった。
呪いもロンがかけたので不完全なものですのでフリントも無事翌日には回復しました。
そして、厄介なところで登場したスネイプ。減点と罰則を嬉々として行いフリントを医務室へ。
今回はこんな感じですかね。
次回はサルビア、秘密の部屋へ突撃するという感じです。
では、また次回。