第13話 最悪の始まり
魔法界某所。ロンドンから程遠い廃村。かつては隆盛を誇っていたのは今は昔。今や、かつての栄光の名残すらもなく全てが時間の彼方へと消え去っていた。
住民はいない。村の住人は全て、入口のアーチにて首を吊るされている。塵の死にざまとしてさらされているのだ。
辛うじて読める文字は、かつての村の名前だろうか。吊るされた村人はからからに乾いて残った骨がからんと風に揺れてからんと音を鳴らす。
そんな村を進み、小高い丘を登ったところにリラータの屋敷は存在している。崩れかけた屋敷。最後の住人が住む場所だ。
時は、ホグワーツの夏季休暇も残り少なくなった頃。比較的きれいな、蜘蛛の巣と鼠の巣、ありとあらゆる蟲が住み着いた地下室にサルビアの姿はあった。
目の下には濃い隈を作り、手入れを怠っていた髪はぼさぼさでだらりと垂れている。その姿は、幽霊か悪魔のようだった。見る者全てを不安にさせる暗い病の気配を発しながら彼女は広げた羊皮紙に羽ペンを走らせている。
見たこともない魔法構築理論。彼女は新しい呪文を創ろうとしていた。相手から寿命を奪い、病を押し付ける魔法。
己の病魔に根本的な治癒の術がないのであれば、病を捨てて寿命を手に入れればいいのだ。そう奪う。全てを奪うのだ。
「…………」
しかし、進捗は芳しくはない。ある程度、病を相手に移すことは出来る。呪文一つでこれは出来る。しかし、それ以上には別の何かが必要だとサルビアは感じていた。
条件。例えば、守護霊の呪文のように幸福な気持ちだとか、記憶だとかがトリガーとなって発動する呪文のように新しい呪文に、病の交換と寿命などの奪取を両立させるには条件がいる。
また、実験体がないのも拍車をかけているだろう。村に人でもいれば日がなそれらに呪文をかけて実験するところを人がいないためできない。
だからと言って他の場所に行って魔法を使えば魔法省に感づかれる可能性がある。マグル界で実験を行っても同じことだ。というかそちらの方が面倒くさい。
別段、感づかれたところで問題はない。追手も何もかも殺してしまうのは簡単だ。闇払いだろうが、まずは変身を解いて近づいてきたところを闇討ちすれば終わる。
ダンブルドアクラスでなければ、どうとでもできる自信はあるし、猫を被ってやれば誰でも騙せる易い世界だ。だが、それは率先して感づかれても良いということではない。
全ての病を消し去ったところで日陰でしか暮らせないのであれば意味がないのだ。大手を振って魔法界で生きる。なぜ、サルビア・リラータが日陰で闇の帝王のように暮さねばならないのだ。
塵屑どもの影で暮らす? ふざけるなよ。屑どもこそが、己が作る日陰で暮らすべきなのだ。そうでなければおかしい。
ゆえに、この世界は間違っている。だからこそ、面倒なことになっているともいえるわけだが。なぜならば、ホグワーツにも通い続けなければならない。
得てして世間とは学校を出ていない学生というものには辛辣だ。同時にそれは模範生には寛容だということを示す。別に特別なことをやる必要などなく単純に昨年通り演技を続けていればいいだけの事である。
また、あの学校ならば実験体には事欠かない。禁じられた森は魔法動物の宝庫であるし、何か事件が起きれば、それに乗じて行動できる。
起きないわけがないだろう。ハリー・ポッターが入学しただけで、賢者の石、ハロウィーンのトロール。彼を中心に色々と動きがあった。
何か起きる。起きなければ起こせばいい。生き残った男の子がいる上に、ヴォルデモートが生きているとわかった今、罪をなすりつける相手には事欠かない。
せいぜい、利用されていろ有象無象ども。それに、ハリーたち良い子ちゃんな屑どものグループに属していれば自分もその色眼鏡で見てくれる。
良い子にしていれば、大人の方が勝手にかばってくれるのだ。これほど利用しやすい屑もいないだろう。大人と言うのは子供に貼られた看板で容易く態度を変える生き物だからだ。
甚だ役に立たない塵屑どもではあるが、世間においては有用な盾にはなるのだからせいぜい利用されていろ。
「さて、もう一つの方は……」
もう一つの方。終息呪文への対策だ。二度も、去年はそれに敗れた。二度目は特に致命的だ。対策を考えなかったわけではないが、根本的に対策のしようがない。
なにせ終息呪文だ。その名の通り、呪文の効果を終わらせる魔法。どのような呪文ですら終わらせられる。即効性の強い呪文には意味のないものだが、持続性の効果を持つ呪文を打ち消すことが出来る。
簡単なくせに効果を及ぼす呪文の範囲が広い。呪いですら解除できる。その広範囲の効果と簡単に使用できる点からも優秀な文と言える。
これに対して呪文での対策はほとんど不可能。だが、それでも一応の対策は施しておく。根本的に防ぐことは不可能な上に、完璧とは言えないばかりか動きづらくもなる。それに関しては身体などもとから動けているとは言えないので問題はない。
「あとは……」
と、その時、ふくろうが郵便を届けてきたのをサルビアは感知した。ホグワーツからの手紙だろう。見なくてもわかる。
それでも一度作業を中断し、サルビアは地下室を出た。壊れかけた暖炉の前にいくつかの手紙が落ちている。ほとんどがホグワーツのものであったが、一枚ほど違うものがあった。
「ルシウスか」
あの男からの手紙であった。内容は単純。ダイアゴン横丁に行くので、君も来ると良いといったような内容だ。渡すものがあるとも書いてある。
「ふん、この私に命令か。気に入らん塵屑だが、まあいい。行ってやる。渡すものとやらも興味があるしな」
どうせ買い物には行かなければならないのだから、サルビアは出かける用意をする。下手をすればダイアゴン横丁に来ているかもしれないハリーたちに出会うだろうから、容姿を整える。
目の隈やぼさぼさの髪は変身術で整え、水を出して身体を洗浄し着替えを行う。ローブに着替えたら地下室にもある暖炉、その横に置いてある壺から
炎が緑色に変わる。躊躇うことなくその中へ入り、
「ダイアゴン横丁」
行き先を告げると落ちるような浮遊感を感じ、次の瞬間にはダイアゴン横丁へ通じる暖炉の中についている。
「……」
この移動法は正直ナンセンスだ。というか身体に響く。ただでさえ、重篤な病に侵されているのが酷くなりそうだ。もっとも酷くなったところで今と何ら変わらないが。
変身術とユニコ―ンの血、それと忌々しい
いつか絶対に廃止してやる。そう誓いながら彼女は手紙の中の必要なものリストを見ていく。今回はやけに教科書が多い。
しかもほとんどの著者は同一人物だ。ギルデロイ・ロックハート。聞いたことがない。教科書のタイトルから考えるにそれなりに有名であるのだろう。だが、聞いたことがない。
まあいい。そもそも闇の魔術に対する防衛術など受けなくても問題はないのだ。問題はどうやって買い揃えるかだ。金がない。
「ルシウスを利用するか。あの男の事だ、涙でも溜めて、困ってますと頼ってやれば動くに違いない。利用してやるんだから、感謝しろ塵が」
そんなことを思いつつフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと向かう。何やら人だかりができている。どうやら、サイン会が行われるようだ、あの教科書の著者であるロックハートの。
耳を澄ませていればどうやら、闇の魔術に対する防衛術の新しい教諭は奴らしい。
人ごみの間から見てみるが、どうにもタイトルから予想した活躍をした人物には思えない。だが、そんなことに関心はない。
目下の関心は自らの編み出した魔法の完成だ。なにやら
か弱い美少女は守りたくなるだろう。ホグワーツで魔法の実験をして
せいぜい盾になれよ。お前の価値はそれだけだ。それも出来ないようなら、死ね、貴様に価値はない。
そんなことより
――使える塵屑だろうと、この私の時間を無駄にしたのだから万死に値する。
そう思っていると案の定ウィーズリーともめているようであった。両者殴り合いのけんかの真っ最中だ。とことん塵屑のようだ。
両家は非常に仲が悪い。主にマグル関連で。それが終わるのを待つ。時間が無駄にされた報いは必ず受けさせてやる。
「良い御身分ね。呼びつけておいて、他人と喧嘩? この私の時間を無駄にしておいて、無事で済むと思うなよ塵が」
「ああ、来ていたのか」
「良いから本題を言えよ塵」
「……これを渡そうと思ってね」
教科書一式。先に用意しているとは使える屑だが、中に一冊ぼろぼろの日記帳のような何かが混じっている。本題はこちらなのだろう。
「本来ならばウィーズリーの無駄に多い子供の誰かにでも持たせようと思ったのだが、君に持たせた方が効率がよかろう。闇の帝王の日記帳だ。ホグワーツにある特別なものを呼び出す為のものらしい。うまく使うと良い」
うまく使ってダンブルドアとついでにウィーズリーを失脚させてくれと言っているようだ。やはり塵屑は塵屑か。程度が知れる。あのウィーズリーにやらせたところでうまくいくわけがないだろうが。
そう思いながら日記帳を見た。どうやら魔法がかけられているらしい。それも闇の魔法だろう。中でも非常に高度なものだ。感じる波動は、いつぞやのヴォルデモートのものに似ている。
あのヴォルデモートが遺したものであるのならば研究のし甲斐があるというものだ。ルシウスに利用される気などさらさらない。
ばらばにしてでもこの日記帳に秘密を暴いて利用してやる。闇の帝王が遺した何か。特別なものを呼び出すのならそれも利用してやる。
――感嘆にむせびながら利用されろよ塵共。
サルビアは日記帳を懐に滑り込ませた。
「父上! ――リラータ? グリフィンドールのお前が父上と何の話だ。父上もなんで、こいつなんかと!」
「なに、あちらがぶつかってきたのでね。少しばかり説教をしていたところだ、と言いたいがこちらのお嬢さんはどうやら気分が悪いらしい。介抱してやったのだよ。ドラコ、男ならば紳士的な行いを心掛けるようにしろ。嫌いだからと言って、このような少女を無下に扱えば大衆は味方せん」
「……わかりました父上」
「ええ、ごめんなさい。少し眩暈がしてしまったの。あなたの御父上だったのね」
すかさず猫を被る。この関係がバレるのは面倒だ。ダンブルドアに感づかれる要因を与えることになる。また、こんなつかえない屑とお知り合いなど御免こうむるのだ。
しかし、何やら色々言っているルシウスは滑稽だ。そんなにも母親の事が好きだったのか。なんて利用しやすい屑だ。
「そうさ! 僕の父上は凄いんだぞ」
「これ、ドラコ。あまり往来でそう言うでない。行くぞ」
「はい、父上」
使えない方のマルフォイはサルビアを一瞥して馬鹿にしたような視線を投げかけてからルシウスについていった。父親の方は幾分紳士的で使える塵だが、息子の方はどこまでも使えない塵屑だった。
「さて、買うものは買った。屑どもに気が付かれる前に……」
「あ、サルビアじゃないか! 久しぶり!」
――また貴様か、
「ええ、久しぶりね。会えてうれしいわ」
まったく思っていなかったがそう言っておいた。
「サルビア! 久しぶり!」
次いで現れる
「ええ久しぶりね」
「ハリーも来ているのよ。ハリー! こっちよ!」
呼ぶな、塵が面倒くさいんだよ。
「なんだい、ハーマイオニー? サルビア!」
「久しぶりねハリー。ぼろぼろね」
良いざまだな。塵屑にはお似合いの恰好だ。あとは、分別をわきまえて目の前に出て来るな塵が。何か起きて疑われた時にかばってくれれば良いんだよ。
それ以外は、視界に入るな塵が。
「ちょっとね。サルビアは、夏休みは楽しかった?」
「まあまあよ」
魔法の研究ばかりで屋敷から一歩も出ていない。
「そっか、僕は大変だったよ。バーノン叔父さんが窓に鉄格子を嵌めてね」
「そうなんだよ。ハリーを閉じ込めてたんだぜ? 酷いよなぁ」
だが、そこであしらうとこの馬鹿どもはどうかしたのと聞いてくる。面倒くさい。死ねばいいのに。そう思いながら適当に返してやる。
「でも、どうやってここに来たのかしら? 鳥かごの中の小鳥さん?」
「ロンに助けてもらったんだよ」
「そう! 空飛ぶ車でね。透明にもなれるんだぜ?」
ロンのわかりにくい説明だとわからなかったので、ハーマイオニーが説明する。どうやら、ロンの父親が魔法をかけた空飛ぶ車によってダーズリーの家まで飛行し、ハリーを助け出して来たということらしい。
その車というのが、透明にもなれる代物だという。相変わらず説明がわかりやすい使える塵屑だ。せいぜい役に立てよ。
「そうなの」
そんな風に会話をしていると一年前に見たふっくらとした女が大量の教科書を抱えてやってきた。
「ハリー、ハリー! サインもらってきたわ。ふふふ、握手までしてもらっちゃったわ。はい、これ教科書。もし来年使わないんだったら私に頂戴ね」
「あー、あー、はい、ウィーズリーおばさん」
ウィーズリーの母親か。
「ママは、あいつにご執心なんだ」
ロンはサイン会をしているロックハートを顎でしゃくる。白い歯がきらりと輝くイケメン。興味ない。明らかに演技していたクィレルと同レベル、いや、あれ以下としか思えないのだ。
あれでもし演技だとしたら相当なものだ。いや、ある意味で演技なのかもしれない。演技している身からすれば、あの演技は棒だ。
実物を見たのでわかったのだが教科書に書いてあるようなことをやったとは思えなかった。そういう覇気がないのだ。
匂いがないともいえる。まあいい、こいつが雑魚かろうがなんだろうが関係はない。利用できるなら利用する。どう考えても小物だが、小物は小物の使い方があるし、この小物があんな活躍をしているという裏がある以上何かしら特技があるはずだ。
そう、例えば忘却呪文とか。生徒に実験して、その事実を忘れさせるという使い方が出来る。しかも、その全てをこのロックハートに押し付けてやれば学校からも追い出せて一石二鳥だ。
「君はどうなんだい?」
「興味ないわ」
「そっか。良かったよ」
「兄さん、見て、これ」
そこに赤毛の少女が本を持ってやってくる。ウィーズリーの娘だろう。
「こいつはジニー。今年からホグワーツなんだ。ジニー、彼女はサルビア。僕たちの親友さ」
「よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
「ねえ、暇なら一緒にご飯でもどう? 奢るよ」
「……行くわ」
そうしてダイアゴン横丁でハリーたちに再会したサルビアは、彼らと嫌々ながらダイアゴン横丁を回るのであった。はた目にはまったくそれを見せずに。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日も暮れかけ。しかし、サルビアは屋敷に戻らず
彼女の放つ幽鬼のような雰囲気に誰もが気圧されていたのだ。圧倒的な闇の気配。いや、病の気配。誰もが嫌悪感を抱くほどのそれを隠す相手のいない彼女はまったく隠すことなく通りを歩いている。
だからこそ、誰も彼女に対して声をかけようとも、何かしようともしようとはしなかった。彼女は暗い闇をたたえた瞳で通りを睨みつけながらボージン・アンド・バークス店へと向かっていた。
ここは非合法の品が手に入る場所だ。薄汚れた路地を進み、小汚い店の中へとサルビアは入っていく。
店の主人である猫背の男、ボージンは入ってきたサルビアを見た。
「おお、お久しぶりですな。今回は何をお求めで?」
サルビアはこの店の常連だ。非合法の品なら大抵この店で揃えることが出来る。それなりに珍しいものも金があれば手に入れてくれるのだ。
「わかっているだろうが」
「はい、ユニコーンの血。仕入れてありますよ。いやはや苦労しました」
いくつかの小瓶をボージンは取り出して見せた。
「苦労もしてないくせに何を言っている塵め。この程度当然だろうが。私の役に立ったと喜べ。それで、いくらだ」
「これくらいで」
五本指を立てる。
「シックルか」
「ガリオン」
「――チッ」
これでもまけているらしい。しかも、半分以上はあのルシウスが金を払っているとか。それなら全額払えよ屑が。
ここでこの男を殺すのは簡単だが、この男はまだ使える。忌々しげに舌打ちしながらサルビアはなけなしのガリオン金貨をボージンに投げ渡す。
「どうも」
小瓶を受けとりサルビアはこの店から屋敷へと戻る。屋敷に入ると、そこには屋敷しもべ妖精がいた。いつぞやルシウスが連れていた奴だ。
「ここで何をしている」
「ご、ご主人様から、あ、あなたに従うように言われて、きました」
「そう」
言ってみるものだルシウスめつくづく役に立つ屑だ。
「じゃあ、寝るわ。明日の用意をしておきなさい。それから先に言っておくけど、私の邪魔をしたら殺すから。何があっても殺してあげるから。それと、私が出かけるときは常についてきなさい。ホグワーツにもよ。誰にも気が付かれず、常に私の後ろを付いてきなさい。お前は私の命令だけ聞いていればいいの。もし破って私の邪魔をしたら、殺す。お前の存在など塵屑以下だということを理解しなさい」
「は、はい、御主人さま」
あとを役に立つ蟲に任せてサルビアは数日振りにベッドで眠るのであった。
お待たせしました。これより第二章。秘密の部屋編を開始いたします。
逆十字として覚醒したサルビアちゃん。表向きは変わらずとも、裏では自重を捨てて行動を開始いたします。
新たなサルビアちゃんの一年の開始。どうか皆さま応援よろしくお願いします。