十二月ともなればホグワーツは白一色。雪に覆われている。無論、それはリラータの屋敷も同じであった。クリスマス休暇として彼女は今、家に戻ってきていた。
小さな村。既に廃村であり、村の入り口にあるアーチには乾燥した生首が今も引っかかっている。村には小さな丘があり、その丘の上にあるのがリラータの屋敷だ。
廃村と同じく。いや、それ以上にボロボロの屋敷は今まで人が住んでいたとは思えないほどであった。そこへ向かってサルビアは雪降り積もる道を白い息を吐きながら歩いていた。
その時点で、違和感を彼女は感じていた。ここを訪れるのは彼女だけだ。サルビアだけ。他には誰もいない。だというのに屋敷へと続く足跡があるのだ。
「…………」
誰だ。懐の杖に手を遣りながら彼女は足跡を確認する。大人のそれも男のものだ。良く見ればその脇には目立たないが小さな足跡がある。
シモベか何かをつれた男。何者だ? 足跡は屋敷の中まで通じている。気配からしてどうやらまだ中にいるようだ。
「…………」
そっと、扉を開く。軋みをあげながら開く扉。その向こう側にいたのはブロンドの長髪に杖を持った男。その下には小さな人形。妖精だ。屋敷しもべ妖精だろう。
少しばかり探っていると、
「出てきたらどうだね?」
「…………」
「ふむ、ドビー止めよ」
「はい、ご主人様」
パチン、と屋敷しもべ妖精が指を鳴らすとサルビアの身体の自由が奪われる。そして、男が杖をサルビアに向けた。
「フィニート」
「――っ!?」
その瞬間、呪文が終わる。変身術が解ける。足の骨が自重で砕け散った。崩れ落ちるように身体が地面へと叩き付けられる。その衝撃で骨が折れる。皮膚を突き破り、全身のありとあらゆる穴から血が噴き出した。
眼が潰れる。耳が腐り落ちる。息を吸えばそれだけで肺が破裂し、床はどす黒い血で染まって行く。全てが剥がれ落ちた。
変身術で誤魔化していた間に蓄積されたありとあらゆる障害が同時にサルビアを襲う。その激痛は、まさに炎で焼かれているに等しい。
それでいて万、いや億の痛みは加減などしない。免疫は仕事を幸いとばかりに放棄し、病原菌は最高の住処と言わんばかりに身体に根を張る。
「き、さ、ま!」
その激痛。誰もが発狂しかねない激痛の中でもサルビアは発狂することなく意識を保っていた。いきなりの襲撃。変身術も剥がされた。
凄まじい激痛が体内、体外を駆け巡っているがその思考は澄み渡っている。どこまでも、どこまでもその優秀な頭脳は回転し続けている。
回転すればするほど脳の血管がはじけとび、脳細胞が死んでいくというのに、それでも彼女は未だ、サルビア・リラータという人格を保ち続け、それどころかわずかな特徴からこの男の正体を看過した。
「き、さま。ルシウス、マル、フォイ、だな」
ドラコ・マルフォイの父親だ。ホグワーツ魔法魔術学校の理事の1人。紳士然としているが、かつては闇の陣営にいた人物だ。
先代の手記の中に確かにその名があった。在学中の学友らしき何かであったらしい。それから死喰い人であることなどが書き連ねてあった。
どうやら、色々と良い風に使っていたらしい。
「そういうお前は、リラータの子だな」
サルビアの状態を平然と見下ろしながらルシウスはそう言う。
「まさか、滅んでいなかったとは驚きだ。エピスキー。効かんか。すまないな」
応急処置の呪文。多少痛みが引くがそれだけだ忌々しい。もはやない歯を食いしばり変身術の呪文をサルビアは唱える。
効果はいつも通り現れ、先ほどの重篤患者の姿はなく美しい少女の姿へと変わる。
「く、何の、用だ」
「何、息子のドラコからリラータの名が出たからな。様子を見に来ただけだ。お前の母君とはこれでも友人であったからな」
「母親?」
「ああ、スリザリンには似つかわしくない女だった。だから、あのような男について行ってしまったわけだがな」
「…………」
サルビアは母を思う。まったく役に立たなかった母だ。自分をこんな身体に生んだこともそうだが、魔法の腕も悪かった。スクイブとすら言えるレベルだった。治癒の呪文だけは得意であったらしいが、糞の役にも立たん呪文が得意な時点で屑だ。
だが、それでも誰よりも愛というものをサルビアには注いでいた。料理や裁縫。サルビアの父も下らんとしたもの。サルビアもそうだ。
父親が母親と結婚した理由など知れている。試験管として利用するためだ。サルビアを作るためだ。健康な身体を生むための試験管として利用するためだったのだ。
結果は無論失敗。育ててこの死病が露呈するまでしっかり
「君が生まれた時、もしものときは君を助けてやってくれと言われていてね。お前のその眼はあの女によく似ている」
ああ、こいつ、母に恋していたのだな。サルビアの観察眼がその心理を、心の奥底を垣間見る。正直な話気持ちが悪い。
こいつは何を言っているのか理解できるが、そんなことすら理解したくなかった。お前、そんなことのためにこんなところに来たのかと当事者でなければ言っているところだ。
だが、この好意は利用できる。せいぜい利用させてもらうとしよう。
「あなた、魔法省に多大な寄付をしてるわね」
それがどうかしたかはわからないようだが、とりあえず、そうだと、言う風に彼は頷く。
「なら、そのコネを使ってダンブルドアを学校から遠ざけることは出来るかしら」
精一杯可愛らしく言ってやる。おじさんを頼りにする親戚の娘。設定的にはそんな感じだろう。役に立てよ。この世の全ては道具に過ぎないのだから、役に立て。
そうでないのなら死ね。役に立たないのであれば、貴様に生きている価値などない。
「その程度で良いのならすぐにでも手配しよう。私は心底あのダンブルドアが嫌いでね。それが彼の失態に繋がるというのなら協力は惜しまない」
「ええ、繋がるわよ。なにせ、彼は今まで守ってきたものを失うのだから。でも、すぐは駄目よ」
「なら、このシモベを貸してやろう。必要な時に言えば、すぐにでもダンブルドアをおびき出してやる」
「感謝してあげるわ」
それだけ言ってルシウスは屋敷しもべ妖精を残して姿くらましし消え失せた。
「まったく、何をしに来たのか理解に苦しむわ」
まあいい。好都合なことにダンブルドアをおびき出す役割を引き受けてくれた。役に立つ屑だ。屑の親のくせして、塵くらいには利用価値があるらしい。
せいぜい利用してやる。役に立て。感謝しろ塵が。
「さて、ならそこの屋敷しもべ妖精」
「ど、ドビーに御座います」
「知るかよ塵屑。おまえは、この屋敷の掃除でもしていなさい」
そう命令してサルビアは自室へ向かった。いつ石を奪うのかを考えながら。そのあとはひたすらサルビアは、サラマンダーの血液で強力な回復薬を作っては飲み干すことを繰り返しながら過ごした。
やはり一向に良くならないので、そのうちサラマンダーを絶滅させる計画を考えつつ、屋敷しもべ妖精って中々使い勝手がいいのでどこからか手に入れられないだろうかと真剣に考えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
クリスマス休暇が終わってしばらく。クィディッチでグリフィンドールがハッフルパフを破ったりして、ハリーは上機嫌だ。
それはそれで良かったのだが、クリスマス休暇中スネイプを監視していた時に何やら不思議な鏡を見つけて両親の姿を見れたことも嬉しかった。
ただ、スネイプが賢者の石を狙っているという証拠は手に入れられなかった。そこで、サルビアに止められていたが、勝手にハグリッドにそのことをまた話に行ったのだ。
賢者の石について知った。今度は話を聞いてくれるだろうと信じて。
「スネイプ? バカ言え、まだ疑ぐってるのか? おっと、いかんいかん」
しかし、信じてはくれなかった。しかも、彼はドラゴンを育てていた。それどころか、マルフォイに見られてしまったのだ。マクゴナガルに告げ口されグリフィンドールは減点。処罰を受けることになった。
それを報告した時のサルビアの顔は、とても恐ろしかった。いつもの彼女とは思えないほどに。
そういうわけで、ハリーとロン、ハーマイオニーはマルフォイと共に禁じられた森にいた。減点の処罰だ。まさか森に行くとは思っていなかった。
こうなるとサルビアを誘わなくてよかったと思う。というか忙しいらしいのか捕まらなかったのだ。また、自分は無事でいられるのだろうかという心配も大きい。無茶はしないと約束したのにこれだ。
また、怒るだろうな、と思いながらハリーはハグリッドとフィルチの説明を聞いていた。今度はどうやって仲直りしようかと今から考えている。
そんな風で説明を聞いていなかった。どうやら、フィルチは昔を懐かしんでいるようである。
「昔はもっと厳しい罰があった。両手の親指を紐でくくって地下牢に吊るしたりしたもんだ。あの叫び声が聞きたいねぇ。今夜の処罰はハグリッドと一緒だ。一仕事してもらうよ。暗い森でな。哀れな生徒達だ。――なんじゃい、まだあんなドラゴンのことでめそめそしてんのか?」
「ノーバートはもういねぇ。ダンブルドアがルーマニアに送った、仲間の所に」
「その方が幸せじゃない? 仲間といられて」
めそめそしているハグリッドにハーマイオニーが励ましの言葉をかける。
「ほんでも、ルーマニアが嫌だったら? 他のドラゴンにいじめられたらどうする?まだほんの赤ん坊なのに」
「いい加減にしゃきっとすることだな。これから森に入るんだぞ。覚悟していかないと」
「森へ!? 冗談じゃない……森へ行くなんて。生徒は入っちゃいけないはずだよ。だって森には狼男が!」
マルフォイが冗談じゃない! と言った風に反論するがフィルチはそんなの知らないという風だ。むしろ、そんな風に怯える様を楽しんでいるようだった。
「それよりももっと怖いのがおる。せいぜい怖がれ」
「よし、行こう」
ようやく気を取り直したハグリッドと共に一行は森へと向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
さて、サルビアはと言うと、ハリーたちが処罰でどこかへ行ったので、大手を振って活動することができていた。
行くなといったのにハグリッドの家に彼を説得しに行って、ドラゴンを見つけて? それをかばう為に処罰まで受けるとは馬鹿だ。どこまで阿呆などだと呆れたほどだ。
思わずそんな報告を受けた時に素で睨みつけてしまった。度し難い屑どもめ。だが、今日だけは許そう。どうせ、城のどこかで処罰を受けている頃だ。
今、サルビアは自由。猫を被る相手も、演技する相手もいない。とても晴れ晴れした気分で彼女は禁じられた森にいた。
ユニコーンを探しに来たのである。血をもらうために。クリスマス休暇でサラマンダーの血の回復薬を腹が文字通り破れるくらい飲みまくったが、やはりユニコーンの血に勝るものはないのでレプリカの透明マントを頭からかぶってサルビアは森の中を進んでいた。
しかし、いつもならばすぐに見つかるはずのユニコーンがいない。
「?」
なぜだろうか。それどころか嫌な気配がしている。何かあったのだ。
「こんな時に。誰だ、私の邪魔をするのは」
しかも、何やら話し声が聞こえる。若い声だ。この森の
ああ、こういう時あの三馬鹿塵屑どもは問題を起こしているのが相場なのだ。そう、いい加減サルビアも学んだ。
隠れたまま声の方に移動してみると、そこには予想通り、あの塵屑どもがいた。
「…………」
処罰で禁じられた森に入る? 阿呆か学校側は何を考えている。度し難い屑どもが、ハリーが死んだらどう責任を取るつもりなのだ。クソが!
しかも、監督すべきハグリッドはチームを二つに分けて捜索をするという。邪魔なだけの大男が多少は使える塵になったのが、使えない屑に逆戻りした瞬間だった。いや、それ以下の存在になった瞬間だ。
馬鹿が、危ない森の中で? しかもユニコーンが傷ついている。何かが起きているこの森の中で? 生徒二人で行動させる?
ふざけるなよ、ハグリッドの塵屑が! 物の価値もわからんのか! あいつはいつか殺してやる。
もはや怒りで死の呪文をハグリッドに放ってしまいそうになるのを必死でこらえながらサルビアはハリーたちについていく。
何かあった時にハリーを護る為に、もはやこのホグワーツの教員はどいつもこいつも使えない塵屑であることを散々思い知らされた。もう動けないとか言っている余裕はない。自分で動くのだ。
そして、彷徨う二人を尾行して幾許か。ハリーたちが何かを見つけた。ユニコーンの死体。そして、その血をすすっている。何か。影のようにも見える。
マルフォイは逃げた。盾にもならない塵屑だった。ゆっくりと影がハリーへと向かっていく。サルビアは杖を抜いた。躊躇いもない。
「アバダ・ケタブラ!!」
最初から全力だ。死の呪いを背後から影へと放った。ハリーを襲おうとした影。奇襲は限りなく最善のタイミングで放たれた。しかし、死の呪文が影を捉えることはなかった。気が付かれないはずの呪文にどうにか気が付いたのか、躱したのだ。
それで狙われたことがわかった影は即座に森の中へと消えてしまう。サルビアも即座に離脱を選択した。ケンタウロスが現れたし、ハグリッドたちが走ってきているのが見えたからだ。背後で合流したのだろう。これで大丈夫だ。
「ドビー! 寮へ私を移動させろ!」
「は、はいぃ!」
妖精の魔法で寮へと戻りベッドへと滑り込む。布団を頭までかぶる。
「くそ、くそくそくそくそくそ! どいつもこいつも!」
今回は、ハリーは助かったはずだ。だが、これではっきりしただろう。賢者の石を狙っている奴がいる。此れでいい。これで、あとはとりに行くだけだ。
「おい、塵屑、明日だ。ご主人様に言ってダンブルドアをロンドンにおびきだせ! そこでダンブルドアをできる限り引き留めろと伝えろ!」
「は、はいぃ!」
パチンと音を立てて消える屋敷しもべ妖精。
いいから、お前ら、役に立て、役に立て、役に立て!
呪詛のような祈りがホグワーツに木霊した――。
というわけで、剛蔵枠的な位置にいるルシウス・マルフォイでした。
大天使には程遠いので、まったくと言って言いほど更生には使えませんが、コネと財力によってサポートしてくれるだけの存在です。利用価値はそれくらいです。
って、書いている最中に気が付きましたが、こいつどちらかと言えば神野枠だな、よくよく考えたら。お友達じゃないけど。
でも、設定は剛蔵でもあるというちょっと複雑な感じ。
母親は、うん、某ちっさい眼鏡の聖女似の誰かです。一応、父親から病みを、母親からは愛を注がれているんですよねサルビアちゃん。
クリスマス休暇から帰ってしばらく色々と準備していたらハリーたちが処罰されていたの巻。
そして、禁じられた森でユニコーンときゃっきゃうふふしようとしていたらハリーたちに遭遇してしまったの巻。
そして、もう我慢できないと計画を早めることに。さあ、もうすぐ賢者の石ラスト。
果たしてサルビアの運命は。
では、また次回。