「さて、じゃあ、そろそろ行きましょうか」
サルビアがいたのは、3階の右側の扉だった。そう入るなと言われた場所だ。毎日、探りを入れていたが今日からは本格的に行動を開始する。
そうしなければハリーがいつか絶対に無茶やって死ぬか退学してしまうだろうからだ。まったく役に立たない屑どころか足すら引っ張ってくる。
これでは何のためにグリフィンドールに入ったかわからないではないか。何のために付き合いたくもない連中と付き合い、友達ごっこを演じていると思っている。
全ては賢者の石の為。生きる為だ。道具に足を引っ張られるなど馬鹿すぎる。だが、予想以上に馬鹿なハリー以外に適役がいない。
無駄な正義感があることもあの飛行訓練の一件で分かった。賢者の石を狙う奴もいるとわかればあとはそこから煽って行けばいい。
だが、確実な保証がいる必ず成功する。そんなものが。だからこそ調査は欠かさない。この扉の奥にいるもの。それは三頭犬だ。つまりはケルベロス。その脚の下に扉がある。
まったく合理的だ。ケルベロスほど守りに適した動物もいないだろう。大方魔法動物に詳しい奴が連れてきたのだ。
しかし、弱点がないわけがないはずだ。それをサルビアは探っている。透明マントの下でサルビアはこっそりと移動していた。
「――!」
その時、足音と話し声が聞こえてきた。生徒だ。
「誰よ、こんな時に――!?」
やって来た生徒を見て、サルビアは背筋が凍る思いだった。そこにいたのはハリーたちだ。なぜ、こんなところにきた。死にたいのか。
しかも、フィルチの猫までいる。三人は駆けだした。おいまて、馬鹿が! 思うが止めることが出来ず三人はそのまま奥の扉に入って行ってしまう。
つまり、そこには三頭犬がいる。出ていくわけにはいかない。それではここにいた理由を説明しなければならなくなる。
では、どうする。どうしようもないじゃないか。ふざけるな。フィルチがやってきて猫を連れて行ったがサルビアは動けない。
「くそ!」
そんな心配を他所に三人は無事に戻ってきた。一安心だ。だが、ふざけるなよというイライラだけが残った。
「くそ、くそくそくそ! 屑が! 私の邪魔をするなよ塵がァ――」
力任せに石像を叩く。
「――痛い」
涙目になりながら、とぼとぼと寮へと戻るサルビアであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「サルビア」
「…………」
「あの」
「…………」
どうやらサルビアは怒っているらしい。飛行訓練から機嫌がわるかったが、どうにも昨日からまったく返事すらしてくれない。
ハリーにはサルビアが怒っている理由がわからなかった。昨日は何かあっただろうか。思い返してみるが、三頭犬に出会った以外に特に何もない。
ロンに聞いてもわからないというし、仕方がないのでフリットウィック先生の授業のあとに少しだけこじれてしまったハーマイオニーとの関係を修復し、女の子である彼女にも相談してみた。
怒っていたり泣いていたのかもしれないが、それでも流石に罪悪感を感じていたので謝れば許してくれた。そして、流石は優等生。答えは直ぐに返ってきた。
「それは、あなたが無茶をしたからじゃないかしら」
「無茶?」
「無茶だって? 一体なんだよ。ハリーは無茶なんてしてないだろ?」
「はあ、本当男の子って」
ハリーとロンの言うことに心底呆れたといわんばかりのハーマイオニー。それから、あなたたちでもわかるように教えてあげる、と少し偉そうに前置きしてから話始めた。
「良い? 普通の人は――例えばそうね、車って、わかるわよね?」
「うん」
ハリーは魔法族だが、マグルの世界で生きてきたのだ。もちろんわかる。
「あれだろ空飛ぶ奴」
「え、なにそれ」
ロンは何やら車を空飛ぶ奴と思っているらしい。
「うちにある車は空飛ぶよ?」
「それは多分君だけじゃないかな」
「……続き話していいかしら?」
どうぞどうぞ。
「車で例えるけど、あなた、乗り方わかる?」
「ううん」
未成年だ。わかるはずがない。バーノン叔父さんが運転しているのは見たことがあるが、それで運転ができるはずもないだろう。
「つまり、そういうことよ」
「?」
どういうことだ? ハリーにはとんと理解できない。ロンも同じようだった。またハーマイオニーは溜め息をつく。
「良いこと? 運転の仕方がわからないのに、車に乗る馬鹿はいない。箒も同じよ」
「でも、出来ると思ったんだ」
「そうね。実際、あなたは巧く飛べたわ。でも、それは結果論よ。普通は、危ないと思うし馬鹿だと思うわ」
「えっと?」
女の子の気持ちと言うものにとんと疎いハリーとロンはその手の機微がまったくわからない。ダメだ、こいつら。そう思いながら、乗りかかった船である。
ハーマイオニーは思う。このままあの儚い友人が怒ったままというのは目覚めも悪い。なにせ、ベッドが隣だ。不機嫌な顔を見て目覚めるというのは目覚めが悪すぎる。
だから、ハーマイオニーはお節介を焼くことにした。どうやらこの二人は相当の馬鹿のようだから、言ってやる方が良いのだ。
「良いこと? サルビアの気持ちはわからないけれど、少なくともあなたを心配しているわ。あなたがあんな無茶をやって、それを自覚していないこと。それが問題なの。私だって怒るわ」
「…………」
そうなのか。ハリーにはいまいちピンとこなかったが、ハーマイオニーがいうのならそうなのだろう。
「わかったよ。今度謝ってみる。もう無茶はしないって」
「ええ、そうした方が良いわ。そうじゃないといくつ命が合っても足りないもの。それじゃあ、寮に戻りましょうか」
ハーマイオニーの言葉にうなずいて三人は寮へと戻るのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ハリーはサルビアに謝れずに時はハロウィーン。大広間は派手に飾り付けられ、いくつものジャック・オー・ランタンが広間を照らし、テーブルの上にはカボチャを贅沢に使った料理がズラリと並んでいた。
楽しい日なのだろう。楽しいはずのパーティー。だが、そこにサルビアの姿はなかった。
「サルビアはどこに行ったんだろう?」
「そう言えば、トイレに行くって言ってから見てないわ」
「なにしてるんだろう? 早く戻ってこないと勿体無いのに」
ロンは口いっぱいにお菓子を頬張りながらいう。確かにそうだ。普通にトイレだとしても長すぎる。何かあったのだろうか。そう思っていると、突然、大広間にクィレルが飛び込んできた。普段から歪みつつあるターバンは更に歪み、いつも青い顔はさらに濃い青一色だ。
彼はふらふらと今にも倒れそうな状態でダンブルドアの席の前まで行くと、震えた声で告げる。
「トロールが……地下室に……! お、お知らせしようと……」
まさに面倒事、混乱の種だけを残して無責任極まりないクィレルはガックリと気を失った。当然、残された生徒達は大混乱だ。
ハリーですら、教科書を読んでトロールの危険性を知っているし、周りの連中の騒ぎ様を見て大変なことだとわかって騒ぐ。
「静まれ!」
それをダンブルドアの一喝が鎮める。
「監督生は生徒たちを寮へ。先生方は私と地下室へ」
その言葉で落ち着きを取り戻した監督生たちが、生徒たちを寮へと誘導し始める。ハリーたちも従おうとしたが、
「ハリー! サルビアはこのことを知らないよ!」
ロンがそう叫ぶ。そうだ、彼女はこのことを知らない。
「助けに行こう!」
「そうこなくっちゃ!」
「ダメよ二人とも! ダンブルドア校長先生も言ってたでしょ。危険よ!」
「知らせにいくだけさ。な、ハリー」
「ああ、知らせにいくだけだし。トロールにあったら逃げるよ」
「早く行こうぜ!」
ロンはもう走り出している。ハリーもまたそれを追った。
「ああ、もう!」
そんな話を聞かされて黙っているわけにはいかないハーマイオニーもまた二人のあとを追うのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サルビアはその頃、誰もこない女子トイレで鍋をかき回していた。その中にある液体は銀色をしている。どろりとした粘性。それはおそらくは血液であった。
ユニコーンの血液。禁じられた森でユニコーンに会い、手に入れたものだ。それを煮詰め、その効能をはるかに高めるべく調合を行っていた。ユニコーンの血を飲めば、たとえ死の淵にいてもその命は長らえさせてくれる。
その代わりに永遠の苦痛を味わうだとか、呪われるだとか言われているが、知ったことか。そんなことどうでもいい。重要なのは生き永らえられること。
瀕死だろうがなんだろうが、命をつなげることができることだ。サルビアはここに来て、日に日に身体が動かなくなってきているのを自覚している。身体のどこかが腐っていく音が前よりも酷く響いてきている。
時間がないのだろう。もはや痛みなどは痛すぎて、痛みがないような状態にすら感じている。身体は思い通りに動かなくなっているし時には目も霞む、耳すら聞こえなくなることもある。ひどい時には左腕が完全に動かない時すらもあるのだ。変身術で誤魔化していてこれなのだ。
本当に時間がない。ここに来てこうなるということは、限界ということなのだろう。早く賢者の石を手に入れなければならない。そのために、ハリーを煽る必要がある。だが、もうひと押しが足りない。何かもう一つ、事件が起きれば。
彼もハグリッドがグリンゴッツから何かを取り出したことについて知っている。あの部屋に怪物がいることも、何かを守っていることも知っている。あと一押し。それが賢者の石であることを教えて、誰かが奪おうとしていることを確信させる。そんな何かがあれば、楽にことが運ぶ。
なければ自分でやる。そのためにも、力をつける必要がある。万全な力。ゆえに、ユニコーンの血を飲むのだ。煮詰めて濃縮した銀色の液体をサルビアは飲み干す。糞マズイ上に、気分が悪くなった。
効果は劇的とは言えないが、身体は動く。目も見える、耳も聞こえる。全身を苦痛が苛むが今更その程度気にするほどでもない。
あと少し。賢者の石を手にいれるだけの時間は生きながらえることができるはずだ。証拠を残さないように道具を隠して、サルビアはトイレを出た。そこで見たのは、
「トロール?」
トロールだった。なぜこんなところにいるのか。まったくこの学校の警備はどうなっているのか。まあいい、丁度いい。
「ねえ、あなた、私の役に立ってよ。――クルーシオ!」
私の苦しみを受けてろよとでも、言わんばかりに放たれた呪文。トロールにぶち当たったそれ。効果は劇的だった。あのトロールが悲鳴をあげるほどに。
「はははははははっ! いい気味ね。クルーシオ! クルーシオ! そろそろ良いかな。インペリオ!」
そして、服従させる。
「ねえ、あなた、あの三階の右側の廊下の扉の奥に突撃しなさい。立ちふさがるものは全部、殺していいわ」
トロールは走って三階の右側の廊下へと走って行った。生徒は寮に戻っている。出会うのは先生くらいだろう。少しでも殺してくれればやりやすくなる。
これでもしあの扉に突入して三頭犬に被害でも与えてくれれば万々歳だ。そうした事実が伝わればハリーはどう思うだろう。
「ふふふ――あはははは! いいぞ。これで、状況は整った。あとはハリーをたきつけるだけ」
だが、焦ってはならない。タイミングが重要だ。ダンブルドアが学校にいる時にやっても意味がない。やるならば、彼が学校にいない時だ。
計画を練ろう。そう思った時、悲鳴が聞こえてきた。三人分の悲鳴。ああ、嫌な予感がする。そう思ってその声のほうに行けば案の定だ。ハリー一行のご到着だ。タイミング悪すぎるだろ屑どもが。
とりあえず、服従の呪文は解除だ解除。命令してどこか別の場所に行かせるのが楽だが、それではハリーたちにバレるし怪しまれる。
だから、いつもの阿保トロールに戻れ。まあ、戻ったところで目の前にいる三人組が襲われるのは確定なのだが。まあ、服従中は無視されていたクルーシオのダメージがあるので多少はふらふらなのが幸いか。
「どこまでも手間をかけさせてくれる屑どもめ」
邪魔しかしない塵屑どもに忌々しげにしていると。
「いた! サルビアだよ! 無事だ!」
目ざとくサルビアを見つけたロンが声を上げた。こっそりと舌打ちするが、もう遅い。ハリーたちにもばれてしまった。仕方がない。
「とりあえず、エクスペリアームズ」
やる気なさげにとりあえず武装解除の呪文でトロールの棍棒を吹き飛ばしてしまう。これで危険度は下がった。その間にハリーたちがサルビアの下へ走ってきて合流。
棍棒が飛んでいったことよりサルビアが無事だったことを喜ぶハリーとロン。本当、チョロい。
「サルビア! よかったよ」
「助けに来たんだよ!」
ロンが何やらドヤ顔でそう言う。なに? 恩にきせたいの? 死ねよ塵屑。そんな本音がつい口から出そうになったが、
「ありがとう」
寸前で押し込めてしおらしく可愛らしく、庇護欲をそそるようにお礼を言ってやった。お前にはこれが一番、効くだろ。ちらちらこっちを意識しているのは見え見えなんだよ。
「い、いやぁ」
照れってれなロン。馬鹿が。
「ちょっと! 今の状況分かってるの! 逃げないと」
とハーマイオニーが言うのと同時に、トロールが殴りかかって来た。わざわざ棍棒を拾って戻って来るとは律儀な奴め。話している間に攻撃されないわけだ。
「そうだね」
ハリーが同意するが、
「逃げるって、この先女子トイレしかないわよ」
サルビアの方に駆け寄った為、後ろは女子トイレしかない。とりあえず、そちらへ逃げるが、
「ああ、マズイ」
トロールはしっかり追ってくる。ロンは顔を青くしている。
「ああ、もう仕方ないわね! スポンジファイ!」
ハーマイオニーが仕方ないわね! とばかりに呪文を唱える。衰えの呪文。直撃したトロールは筋力が衰え振り上げた棍棒を取り落としてしまう。
「ワー! さっすがハーマイオニー!」
「あなたって、本当――はあ」
調子の良いロンは授業でハーマイオニーを馬鹿にしたことをすっかり棚上げにして彼女を盛大にほめたたえる。謝ったとはいえど、本当に調子が良い奴だ。
「まだだ!」
幾ら衰えたとはいえトロールだ。馬鹿なのである。自分をこんなにした相手、先ほど苦しみを与えた相手。その二人に対する攻撃意識は未だに健在だ。と言うより衰えたことが認識できないのかもしれない。
ともかくとして、狙われるハーマイオニーとサルビア。
「サルビア!」
その前に立ちふさがるように立つハリー。何自分から危険に飛び込んでるんだ。死んだらどうする。計画が台無しになるだろうがこの馬鹿が!
「フリペンド!」
彼が使える唯一の攻撃呪文。壺くらいは破壊できる威力のそれであるが、現在スポンジファイによってトロールは衰えている。その程度の威力であっても吹っ飛ばせるくらいには。
大きな音を立ててトロール。それでもまだ動いている。ほとんど動けていないが動こうとしてる。気絶しないとは流石はトロールと言うべきだろう。
「ど、どうしよう!」
ロンが慌てる。今のうちに逃げようにも廊下を塞ぐように倒れてしまったトロールをまたいでいくことなどできない。
「あれを使ってみたら」
サルビアはロンに棍棒を指さす。
「習ったでしょ?」
物を浮かせるあれ。
「そ、そうか! ウィンガーディアム・レビオーサ!」
ロンの呪文によって見事棍棒は持ち上がり、すぐに落っこちた。良い感じにトロールの頭に。トロールは動かなくなった。
ようやく終わった。はあ、つかれた。計画もおじゃんである。それと同時にマクゴナガル先生たちがやってくる。遅いぞノロマ共め。
その後、マクゴナガルにサルビアの猫かぶりによる演技でどうにかこうにか、減点を免れてみたり加点をもらったりして寮に戻った。その日以来、四人は共に危機を乗り越えた仲間として友情が深まり親友と呼べる間柄になっていった。
ハロウィーンの話でしたが、いかがでしたでしょうか。
ハリーとロン。女の子について相談できるのがハーマイオニーだけだったでさっさと仲直りしたために、サルビアがトロールに襲われる羽目に。
まあ、まったく問題なかったですけど。
次回はクィディッチでのお話
ではまた。