大勢のマグルが行き交うキングズ・クロス駅の中にサルビア・リラータはいた。真新しいシャツに黒のスカート。洒落っ気はないが爽やかで、儚げな印象もあってどこぞのお嬢様のようでもある。
そんな外見はまあいいとして、癖のある空色の髪をなびかせながら、色素の薄い瞳で忌々しそうに目的の人物を探す。誰かといえばハリー・ポッターである。利用すると決めた以上、ポイントを稼ぐ。
そのためにわざわざ手紙を出して一緒に行く約束をした。その際あのふくろうが手紙を持ってきた。きちんと配達できたので、撫でてやろうとしたのだが、即座に逃げられた。死にたくなった。
そこまでやられたというのに、まだ来ないのである。約束を守らない屑は嫌いだ。というより、私の限りある時間を無駄にするやつなんて死んでしまえとすら思っている。
そんな風に思っていると、
「ごめん、サルビア」
そのハリーがやってくる。よし、落ち着け。ここからが大事だ。大丈夫。この日のためにくその役にも立たないマグルの本で勉強したのだ。
「大丈夫だよハリー、私も今来たところだから」
よし、言えた。問題なし。相手の反応もなし。良し、死ね。少しは反応しろよついてんのか。
「えっと、キングス・クロス駅の9と3/4番線。だっけ? そんなホームあるわけないよね」
「あるのよ。もう、ハリー? 私たちはなに? 魔法使いでしょ? 隠されているのよ」
ほら、見て? そう言ってサルビアはハリーの視線を誘導する。その先にはハリーたちと同じように大量の荷物を載せたカートを押す一団がいる。
「マグルで混み合ってるわね、当然だけど」
ふっくらしたおばさんが、揃いも揃って見たことある赤毛の四人の男の子に話しかけていた。人をマグルだなんていうのは魔法族だけだ。つまり彼らもまたホグワーツへと向かう人たちだということ。
彼らはそのうち、プラットホームの9と10の間へと赤毛の男の子が一人ずつ、カートを押して進んでいった。ぶつかることはなくすぅっと消えてしまう。
「ね、わかった?」
「よし、ならあの人たちに聞いてみよう!」
「あ、ちょっとーー」
そんなつもりは一切なかったのに、ハリーはさっさとカートを押して行ってしまった。はあ、面倒臭い。そう影でため息を吐きながら、サルビアもハリーを追う。
「すみませーん」
ハリーはカートで今にも行こうとしていた赤毛の男の子を止める。
「まぁ、そうなの。坊やとお嬢さんは、ホグワーツは初めてなのね? ロンもそうなのよ」
おばさんは最後に残った男の子を指さした。背が高くそばかすだらけで、ひょろっとした体形の男の子だ。
おばさんに9と4分の3番線への行き方を教えてもらった後、
「それじゃあ、見ていてね。私が行ってくるから。怖かったら小走りで行くといいの。それじゃあ、向こうでね」
サルビアはさっさとホームへと飛びこんだ。もちろんぶつかることなく壁をすり抜けることができた。そこに見えるのは赤い汽車だ。ホームの上にはホグワーツ行特急11時発と書いてある。
多くの人々が歩いており、その足元を猫が縫うように歩き、あちこちでフクロウが鳴いている。どこからかヒキガエルの鳴き声もしていた。至る場所で制服を着込んだ生徒と親らしき人物が言葉を交わし、あるいは入学の不安を語り合っている。ここがホグワーツへの特急が出る場所。
待っていればハリーたちがやってくる。
「さあ、行きましょう?」
「うん」
サルビアはハリーとともに空いているコンパートメントへと入り込んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
やがて汽車が発進し、窓の外の風景が流れていく。駅がすぐに見えなくなり、辺り一面を自然の景色が覆う。
いたって普通だ。これから魔法の学校に向かうにしてはいたって普通の旅路である。そうそうに景色を見ることに飽きたハリーは、対面に座って教科書を読んでいるサルビアに話しかけようとしてコンパートメントの扉が叩かれた。
そこにいたのは先ほどの赤毛の男の子だ。
「ねえ、ここ座っていい? どこも空いてないんだ」
「ああ、良いよ」
そう言ってハリーはサルビアにも聞くべきだったと思って視線を向けると、
「良いよ、ハリーが良いのなら」
本から顔を上げてそういってまた本に視線を戻した。男の子はそれで安心したのかハリーの隣に座る。
「えっと、僕はロン、ロン・ウィーズリー」
「サルビアよ。サルビア・リラータ」
顔も上げずに彼女はそういった。あまり話す気はないらしい。教科書はそんなに面白いのだろうか。確かに、はじめの頃は楽しく読めたが、次第にあまり楽しくなくなって読まなくなってしまった。
勉強は苦手だ。ハリーはそう思う。もしもの時はサルビアに助けてもらおうかとか今から考えている辺り相当だ。
「僕は、ハリー、ハリーポッター」
「本当! じゃあ、あるの?」
ハリーの言葉にロンは大いに驚いた。まさか、あの有名なハリー・ポッターとは思わなかったのだ。そして、それだけに気になることがある。
ハリーはというとロンの問いの意味がわからず何が? と聞き返す。
「傷跡」
そう言われれば察する。ハグリットにも聞いたが、額の傷跡は自然にできたものではなく、呪いによって刻まれたものだということ。その呪いは死の呪いであり、防げたのは自分一人ということ。
「ああ、あるよ」
そういってハリーは髪をかきあげて傷跡を見せる。
「すげー」
「へえ、これが死の呪文による傷跡なのね」
と、いつの間に本を読むのをやめたのだろう。サルビアが目の前にいた。それもかなりの至近距離。かなり近く、それこそ額同士がぶつかりそうなほどの距離で額を見ているため彼女の吐息がくすぐったい。
思わず意識してしまう。なんとか落ち着こうと息を吸えば花のような女の子の香りを吸い込んでしまい、落ち着くどころではなくなる。そんな状態だというのに、サルビアは気にした様子すらなく、ひたすら額を見て挙句触ってみたりしている。
「面白かったわ」
そういって満足したのか、また本に戻ったが、ハリーが我に返ったのはもうしばらくあとだった。車内販売のおばさんの声で我に返った。
ロンは、自分のがあるからと断り、サルビアはお金がないから良い、と返していた。ハリーは少し考えて、
「ぜーんぶ、ちょうだい」
そういってポケットの中のガリオン金貨を取り出して見せた。
「すっげー」
ロンはその金額の多さに驚愕して声をあげている。その間も嬉しそうなおばさんは、おまけまでくれてコンパートメントの中はお菓子でいっぱいになった。甘ったるい匂いがコンパートメントを支配するが、ハリーとしてはこんなにお菓子に囲まれたことはないので嬉しそうだった。
ロンも同じくだ。彼も貧乏なのである。
「みんなで食べよう?」
そういうハリーの提案に従ってみんなで食べることに。バーティー・ボッツの百味ビーンズに蛙チョコレート、かぼちゃパイ、大鍋ケーキ。
ロンなどは食べ慣れているがハリーにはどれもこれも初めてのものでどれから食べようかと迷っていた。
「どれがおいしいかな?」
迷ったのでサルビアに聞いてみた。
「そうねぇ、私も食べたことないからわからないけど、かぼちゃパイとかはたぶん安全よ」
「安全?」
「そう、安全」
そういって彼女はかぼちゃパイに手をつける。安全とはどういうことなのか。しかし、買ってみたのだから、食べなければ勿体無い。というわけで、手近にあったものを手に取る。
「パーティー・ボッツの百味ビーンズ?」
「いろんな味があるんだ」
ハリーは一つ口に含みながらロンの解説を聞く。
「チョコにペパーミントだろ? それから……ほうれん草、レバー、熱血味に臓物味」
「うぇ」
なんて味があるんだ。ハリーはそう思う。安全とはそういうことか。サルビアの言葉が今にしてわかった。魔法のお菓子侮れない。そう思っているとロンが特大の爆弾を投げ込んだ。
「ジョージは鼻くそ味に当たったことがあるってさ」
そう言われると変な味がする気がしたので、急いで口の中のビーンズを吐き出して、そっと遠くへと百味ビーンズをコンパートメントの奥へと追いやった。
必然、それはサルビアの隣の席ということになる。サルビアに睨まれたような気がしたが気のせいだろう。優しい彼女がそんなことするはずないじゃないか。
それから次にハリーが手に取ったのは蛙チョコレートだ。
「本物の蛙じゃないよね?」
今度は開ける前に聞いてみる。
「魔法だよ。カードのおまけがついてるんだ。有名な魔女や魔法使いのカード。僕500枚も集めたよ」
それなら大丈夫かもしれない。そう思ってハリーは箱を開ける。確かにそこには魔法で動いている蛙チョコレートがいた。そいつは、窓に飛びつくと登っていく。
まさか逃げるとはおもわず、見送ってしまうハリー。そこで動いたのはサルビアだ。
「あまりしてると跳んでいっちゃうわよハリー」
サルビアが掴んだ蛙チョコレートをハリーへと手渡す。
「あ、ありがとう」
「よかったね。あいつらすぐに跳んで行っちゃうから」
「うん、おいしい」
食べてみるとおいしい。これはあたりだろう。すぐに飛んでいくらしいが捕まえてしまえばただのチョコレートだ。ただし、食べる時に動くのだけはやめてほしいと思った。
百味ビーンズよりはまともではあるが、好き好んで食べるものでもないな、とは思った。さて、お楽しみのおまけである。何かなと思って見てみると、
「ダンブルドアだ!」
そこにはアルバス・ダンブルドアがいた。
「僕6枚も持ってる」
自慢げにロンがいう。ドヤ顔である。
そうやってちょっと目を離したすきに、カードの中のダンブルドアは消えていた。そこには黒が広がるばかりだ。
「消えちゃったよ!」
「そりゃあ、1日中そこにいるわけないよ。当たり前だろ?」
当たり前なのか? そう思ってサルビアに視線で聞いてみる。彼女は肯定するように頷いた。どうやらそうらしい。魔法って不思議だ。そう思いながらふと、ロンの膝の上でお菓子を食べているネズミに目が行った。
ロンも気がついたのだろう。
「ああ、この子はスキャバーズ。かっこ悪いだろう?」
そう自嘲気味に指の一本かけたネズミのスキャバーズを紹介する。
「ちょっとね」
消極的に同意しておいた。
「黄色に変える呪文をフレッドに習った。見たい?」
すると空気を変えようとしたのか、ロンがそんなことをいう。
「へぇ!」
ハリーは目を輝かせてその動向を見守る。魔法。それが目の前で見れる。しかも、同年代の男の子が使うのだから楽しみで仕方なかった。
ロンは、少し咳払いをして、
「んん、お日さ……」
呪文を唱え出す。しかし、それが最後まで行くことはなかった。突然コンパートメントが開いたからだ。そこにはボサボサした栗色の髪の少女が立っていた。
すでにローブ姿の彼女は、コンパートメントを開けると、
「ヒキガエルを見なかった? ネビルの蛙が逃げたの」
そう言った。はて、ヒキガエルなんて見ただろうか? ハリーたちは顔を見合わせてから、
「見なかった」
そう答えた。そう、少女は少しだけ残念そうにして、ぼろぼろの、どうみてもお古の杖をみた。
「あら、魔法をかけるの? やって見せて」
好奇心をむき出しにした様子でいう。ならばとばかりにロンは咳払いを一回。呪文を唱えだした。
「んん、お日様、雛菊、とろけたバター。このデブねずみを黄色に変えよ」
スキャバーズの鼻は光ったが黄色にはならない。それ以上は何も起こらない。どうして? とでも言わんばかりのロンの視線を受けてハリーはさあ、とばかりに肩をすくめた。
少女はというと呆れたような感じだ。
「その呪文、ちゃんとあってるの? 全然効かないみたいね。私は簡単な呪文しか試したこと無いけど、ちゃんと効いたわ。例えばこれ。オキュラス・レパロ!」
ハリーに杖が向けられ、呪文が唱えられる。すると、メガネのセロテープが弾けるように消えた。驚くことにメガネは直っていたのだ。
外して確認してみるが、どこにも壊れたところはなかった。すごく覚えなければならない呪文だとハリーは思った。
「直ったでしょ? あら、びっくり。あなた、ハリー・ポッターね? 私は、ハーマイオニー。あなたたちの名前は?」
「あぁ、ロン・ウィーズリー」
「サルビア・リラータ」
「よろしく。3人ともローブに着替えたら? もうすぐ着くはずだから。それからそこのあなた、鼻の横に泥がついてたのよ、知ってた? ここよ」
そう捨て台詞のように言って少女はコンパートメントを出て行った。
「よし、じゃあ着替えるか」
ロンがそういって服を脱ぎ出す。
「ロン!」
「あ」
ハリーの視線と声でサルビアのことを思い出したのだろう。
「早く着替えてね」
彼女はそういって何も言わずに出て行った。おもわず顔を見合わせたロンとハリーは、とりあえず彼女もいることなので早々に着替えることにした。
ローブ。着慣れないものであったが、何とか着れてサルビアと交代する。その間ロンとハリーはコンパートメントの外で待っていた。
「良いわよ」
その声にはいればローブ姿のサルビアがいた。実に様になっている。
「似合ってるね」
「ありがとう。ハリー、とロンも似合ってるわよ」
明らかなお世辞である。
さて、着替えたところでちょうどホグワーツ特急は駅へと到着するためにスピードを落とした。完全に止まって降りると、
「よっく来た、イッチ年生! こっちだぞ! ほらほらぐずぐずせんと、急いだ急いだ。ほら」
懐かしい声が響いている。森番のハグリッドがそこに立っていた。大男は実によく目立っている。ハグリッドはハリーに気がついたのだろう。
「よお、ハリー、サルビア」
誘導そっち除けで話しかけてきた。
「ハグリッド!」
「うわーぉ」
ロンはハグリッドの大きさに驚いているようだ。
「さぁさぁ、あっちでボートに乗るぞ。着いて来い」
そして、上級生たちと分けられ一年生たちはボートへ乗せられてホグワーツ城へと向かうのであった。湖をゆったり進む。そこからみたホグワーツの城はとても大きく。
今日からここで学べることにハリーはとても嬉しく思うのであった。その横で誰かがボートから落ちていたが、そんなことすら気にならないほどハリーはホグワーツを見つめるのであった。
序盤サルビア視点からのハリー視点。
なので、サルビアが大人しく見えますね笑。
ハリー視点ではサルビアの内心を想像すると楽しいと思います。大抵罵倒とかしかしてない気がしますが笑。
さて、ようやくホグワーツ。次回は組み分けですね。組み分け帽子を逆さ磔(脅し)にしてグリフィンドールに入る作業に入ります。
ハリーも同時にそこに入れようと帽子を脅します。
割とそこだけご都合主義ですが許してください。あと今更ですが原作と映画版が混じってます。
意見は常に募集中です。
では、また次回。