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INTERVIEW 2021.12.26

脚本・三谷幸喜さんインタビュー

~鎌倉時代には、“予想外のおもしろさ”が秘められている~

制作発表のときに『三谷幸喜が贈る予測不能エンターテインメント!』という魅惑的なコピーがつけられていました。この大河ドラマについて、改めてどのように思っていますでしょうか。

鎌倉時代は戦国時代や幕末に比べて知名度があまりないので、先がどうなるかわからないというおもしろさは確実にあると思うんです。
ざっくりと「源頼朝が立ち上がって平家を倒し、幕府を開いた」という流れは知っていても、ディテールまで詳しい方は少ないのではないかと。僕もそうでしたから。義経頼朝の話はドラマ化されることはあるけど、義経が死んだあとのことはほとんど描かれない。大河ドラマでもその辺を扱ったのは「草燃える」だけです。40年以上前ですからね。そういう意味で「鎌倉殿の13人」は従来の大河ドラマとはまた違う“予想外のおもしろさ”みたいなものがあるんじゃないかなって思います。新垣さん演じる八重だって、彼女に待ち受ける人生を知ったら、みんな、びっくりすると思いますよ。あんなことがあって、あんなことになって、あんなことになるんですから。言いたくてたまらないけど、我慢します。

当時のリアルな息づかいを出すために、意識していることはありますか。

台本執筆半ばまできて、やっとどうにか当時の世界観に慣れてきたところではあるんですけど、鎌倉時代や平安時代末期となると、今とは流れる空気が全く違う。あの時代からすれば、戦国も幕末も、現代みたいなものですよ。

まず、ぶつかったのはお金の問題。もう少したつと貨幣もだんだん普及されていくんですけど、当時は物々交換に近い状態だから。最初はそれもよくわからず「茶店で一杯飲む」みたいなことを平気で書いちゃったんですけど、実際はそんな感じじゃないんです。小銭とかないから大変なんです。
それから、僕の想像以上に当時の人たちは神様を敬っていた。夢のお告げみたいなものを信じていて、神がかり的な部分がすごくあるなと。「なぜ彼らはここで戦を始めたのか」「なぜ戦を始めなかったのか」といった背景には、わりとそういうことがあったりする。
戦にしたって、もちろん銃はないし、小石を投げたりして戦っているんですから。もはや原始時代に近い。そんなイメージです。

大河ドラマを過去2回書かせていただいていますが、世間からはなんだか好き放題書いてると思われているみたい。史実無視とか荒唐無稽とか言われまくり。それは、いつになっても貫禄がない僕自身の軽さのせいで、不徳の致すところではあるんですけど、実際は「新選組!」(2004年)も「真田丸」(2016年)も、基本的に史実に忠実なんです。史実ではっきりしない部分を想像力でまかなう。「新選組!」のときは、最初に近藤勇と桂小五郎と坂本龍馬の3人が黒船を見に行ったエピソードを書いちゃって。それがよくなかった。たたかれましたね。でもあれだって、絶対にないとは言えない。同時期にみんな江戸にいて、しかも共通の知り合いもいる。そこまで確認したうえでのフィクションだから。水戸黄門と銭形平次が友達だったみたいなのとは違うんです。僕だって「近藤と桂と坂本は絶対に一緒に黒船を見に行かなかった」という史実が見つかっていれば、そりゃ書きませんでしたよ。でも見つからなかったんだもの。
今回で言えば、『吾妻鏡』という、克明に当時の記録が記された文献がある。もうこれが原作のつもりで書いてます。ここに書いてあることに沿って物語をつくり、書かれていない部分に関しては想像を働かせる。
割と几帳面なタイプなので、その辺はちゃんとやってはいるのですが、その一方で、なんで史実に沿ってなきゃいけないのかな、という思いもまたある。完璧に史実に沿ったつまらないドラマと、多少史実から離れた、でも最高におもしろいドラマと、みんなどっちがたいのか、と。僕はドラマ作家なので、当然後者を支持したいです。「この年、誰々は何々をしました」みたいなナレーションが続く年表ドラマ、観たいと思わないんだよなあ。

今回の執筆にあたって、新しい発見はありましたか。

新しい発見だらけですね。例えば、鎌倉幕府をつくった頼朝と江戸幕府をつくった徳川家康とでは背負っているものが全然違う。頼朝が最初に兵をあげたときには信頼できる家臣がほとんどいなかったのに対し、家康にはたくさんいた。家康に関しては次の大河の「どうする家康」で詳しく描かれると思うので、どうぞお楽しみに。

頼朝は孤独なんですね。だからこそ、北条政子政子のお父さんの北条時政、弟の北条義時の存在が大事になってくると思うんです。けれど、頼朝はずっと御家人たちとの関係性で悩む。この作品に関わるまで、僕はそんなことは考えもしなかったし、今まで見てきた源平のドラマでもあまり描かれていなかった気がする。今回はそこに重点を置いています。頼朝を描くときにとても大事なことだと思うから。
だいたい頼朝って、いろんな資料を読んでもよくわからないんですよ。どんなふうに優れていたのか、何を目指していたのか、どうにもとっかかりがつかめない謎の男。顔がなかなか見えてこない。でも、彼がやってきたことを振り返ると、御家人たちを統率して巨大な権力を持って幕府をつくり上げていくんだから、それだけの度量、知恵、才能はあったはず。今回は、そういう部分をきちんと描きたいです。とはいえここだけの話、「鎌倉殿の13人」が本当に始まるのは頼朝が死んでからなんですよ。「強い権力を持った人が突然死んだあと、残された人たちがどうしていくのか」、それが今回の最大のテーマ。大泉洋さんにはまだ言ってないけど、頼朝が生きている時代はプロローグに過ぎない。総集編では全部カットの可能性もあります。頼朝は遺影だけとか。遺影ないけど。

小栗旬さんが演じる北条義時には、どのような期待をしていますか。

義時はおもしろいですよ。僕は歴史上の人物でいうと、最初から目的に向かってまい進して最終的にそれをつかむ人ではなく、まったく想像もしていなかった人生にどんどん巻き込まれていくようなタイプが好き。近藤勇もそうだし真田信繁も。そして義時もまたその典型だと思っています。彼は天下を取ろうなんて考えてもいなかったし、偉くなろうとすら思っていなかったはず。平凡な一豪族の次男坊に生まれた彼が、なぜ最終的に鎌倉幕府の中心人物になっていったのか。最後は朝廷と戦うんですからね。行き着くところまで行っちゃう感じがすごくおもしろいし、興味があるし、描いてみたいところです。
小栗旬さんとは何度か組ませていただいたことがあって、登場した瞬間、毎回、その役の人物にしか見えないんです。メイクや肉体改造とかではなくて、芝居で顔つきや表情を変えて、その人物になりきる。義時は青年期から晩年までそれこそいろんな顔がある。小栗さんがどう変貌していくか、今から楽しみです。

義時は“巻き込まれ型の主人公”ということですが、いずれは義時自身が考えて苦渋の決断をしなければならないことも出てくるかと思います。そういった義時の変化は、今後どういったものになるのでしょうか。

最初は立場的にも巻き込まれ型ですけれども、当然どこかで歴史のイニシアチブをとらなきゃいけないときがくるので、そこを描くのはひとつのだいご味だと思っています。
そのきっかけが果たして何か。最初はわからなかったんだけど、書いていくうちにだんだん見えてきた。息子の誕生がやっぱり大きかった気がする。そこから「北条の血を守るためにはどんなことだってするんだ」って思いがどんどん強くなっていく。
僕にも7年前に息子が生まれまして、やっぱり変わりましたから。「この子のために頑張る」という思いは、生きるうえでの大切な原動力のひとつです。
そして生まれた息子が北条泰時という、これがね、いい息子なんですよ。みんなに愛され、すくすくと育って、文武ともに優れた「理想の武士」に育っていく。ある意味この物語の本当の主人公と言っていいくらい。もちろん主役は義時なんだけれども、“北条泰時の父親の話”って見方もできるくらい、後半の重要人物になっていきます。

「鎌倉殿の13人」を観てくださる視聴者に、伝えたいメッセージはありますか。

いろいろなところで話していますが、僕は子どものころから大河ドラマが大好きなので、こうして関わることができることがうれしくてたまらない。でも毎回大変。四苦八苦しながら書いています。もしかしたら最も大河に向いていない脚本家なのかもしれない。そんな僕を3回も起用してくださったNHKさんには感謝しています。
大河ドラマは歴史劇だから歴史を描くことはもちろんですが、大河ドラマはまず“ドラマ”であるべきというのが、僕の考え。エンターテインメントとして満足できるものをつくりたい。
もちろん笑いもあります。だって僕は喜劇作家ですから。でも僕の目指す大河の笑いって、決してギャグではない。パロディーでもない。ふだんの中で自然に生まれてくる笑い。つまり僕にとって笑えるシーンを描くということは、人間を描くということなんです。そもそも、鎌倉初期って怖い時代なんです、裏切りとか平気であるし、人もどんどん死んでいく。笑いがないとつらすぎる。やはり日曜の夜8時に家族で楽しめるものにしたいじゃないですか。そんなものはとっくに幻想になってしまっているかもしれないけど、それでも僕は大切にしたい。そういうものをつくりたい。
しかも1年間の連続ドラマというのは他にないですから。「早く続きが見たい!」という気持ちで皆さんに1年を過ごしてもらえる、そんな作品にしようと頑張っています。それに3本目にしてようやく慣れてきたというか、見えてきた部分もあるので、たぶん今回が一番おもしろいと思いますよ。って、3本やらないと慣れないって、やっぱり僕は向いていないのか?

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