御家人たちのバランスが崩れ始めた鎌倉。義時(小栗旬)は北条と比企との争いの激化を懸念し、頼時(坂口健太郎)と比奈(堀田真由)を前に決意を新たにする。そんな中、つつじ(北香那)が源頼家(金子大地)の次男・善哉を出産。三浦義村(山本耕史)が乳母夫となるが、比企能員(佐藤二朗)は長男・一幡こそが嫡男であるとけん制。一方、北条時政(坂東彌十郎)はりく(宮沢りえ)から政子(小池栄子)の次男・千幡を頼家の跡継ぎにと……
2022年7月31日(日)
- 午後8時~
- 午後6時~
再放送
2022年8月6日(土)午後1時05分~
物語をたどる
役柄への思いや撮影時のエピソードをご紹介します
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三浦義澄役・
佐藤B作さん- 三浦義澄の最期を演じて ほか
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安達盛長役・
野添義弘さん- 安達盛長の生涯
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北条泰時役・
坂口健太郎さん- 頼時から泰時へ ほか
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せつ役・
山谷花純さん- せつについて ほか
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平知康役・
矢柴俊博さん- 平知康 お役御免 ほか
これまでの放送をご紹介します
放送前に出来事や背景などをかいつまんで説明する“前説”
【監修】時代考証・木下 竜馬
源頼朝から重用された梶原景時の失墜
源頼朝から重用され、鎌倉殿を継いだ頼家を補佐する13人のひとりにも選ばれた梶原景時ですが、頼朝の死から1年余りで立場が一変しました。『吾妻鏡』によると、頼朝の乳母・寒河尼の息子である結城朝光の一言から、景時の歯車が狂い始めます。正治元年(1199)10月25日、亡き頼朝をしのび、「忠臣は二君に仕えず」と嘆いた朝光。すると2日後の10月27日、その話を聞き及んだ景時が頼家に対する背信と断じ、朝光を糾弾したのです。
しかし、この景時の厳格な姿勢は、これまで鬱憤をためてきた御家人たちの強い反感を買いました。三浦義村の呼びかけによって景時に不満を持つ千葉常胤ら66名の御家人による連署の訴状が提出され、逆に景時が糾弾されることとなったのです。弁明することができなかった景時は、所領である相模国一宮へ下向。12月18日に鎌倉追放となると、翌正治2年(1200)1月20日に、景時は一族と共に京を目指しました。