吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.35
復活が期待される低PBR株のFスコア戦略

2022年07月21日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

  • 単純な低PBR戦略は長期的には効果的だったが、近年はその銘柄選択効果が低下傾向にある。
  • 一方、Fスコア戦略は近年も有効な戦略として期待される。

今回は低PBR(株価純資産倍率:時価総額÷自己資本)株の中から、将来、株価の復活が期待される銘柄を絞り込むFスコア戦略を紹介します。低PBR株投資は、市場で成長株に注目が集まっている場面では厳しいものの、長期的には高いパフォーマンスが期待されると言われています。PBRが低い銘柄は、将来の成長期待が持てず、市場から見放されて、株価が自己資本の簿価を大きく下回っている銘柄が少なくありません。こうした低PBR株に投資する戦略は大きく次の2つに分けられます。

  • シンプルに株価が下げ過ぎたことに対する”リターンリバーサル“を狙う方法。
  • リストラなど経営戦略の変革により、企業が復活していく”株価のモメンタム“を狙う方法。

1.はシンプルにPBRが低いということに着目して投資する方法です。一方、2.では低PBR銘柄の中から、業績の復活の兆しが見られる企業を絞り込む必要があります。今回、紹介するFスコア戦略は2.に分類されます。まずは、1.の低PBR投資が長期的にどの程度効果的な戦略であるかを観察しましょう。具体的な検証方法は次の通りです。2003年末から、毎月末にTOPIX(東証株価指数)を構成する銘柄(除く金融業:銀行、証券、保険とその他金融)の中から、PBRが低い(PBR面で魅力が高い)下位20%までの銘柄を抽出します(約400銘柄)。

図表1:単純な低PBR戦略と、さらにFスコアで絞った”Fスコア戦略”

  • 注1:分析期間は2004年1月から2022年5月まで。TOPIX構成銘柄を対象(但し、金融業:銀行、証券、保険とその他金融は除く)。
  • 注2:PBRの算出に用いる自己資本は毎月末時点での前年度実績値、株価は毎月末時点の実績値。Fスコアの算出には、図表3のFスコアを用いる。この際、諸指標の実績は毎月末時点での過年度実績値、予想は毎月末時点での東洋経済新報社の今年度予想値を用いる。
  • 注3:低PBR戦略は毎月末時点で対象銘柄のうち、PBRの下位20%までの銘柄への等金額投資とする。グラフは低PBR戦略によるリターンから、同月の全対象銘柄に等金額投資した場合のリターンを引いた超過分を求め、2004年1月から累積。
  • 注4:Fスコア戦略は低PBR戦略で抽出した銘柄のうち、Fスコアが7以上の銘柄への等金額投資とする。グラフはFスコア戦略によるリターンから、同月の全対象銘柄全体に等金額投資した場合のリターンを引いた超過分を求め、2004年1月から累積。
  • 出所:東京証券取引所と東洋経済新報社のデータを基に、ニッセイアセットマネジメント作成

こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオ(“低PBR戦略”と呼びます)の翌月のリターンを求め、分析対象とした銘柄全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、対象銘柄全体の平均的なリターンと比べて、低PBR銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年5月まで、2004年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察しています。図表1の結果から低PBR戦略の累積超過リターンの値が右肩上がりとなっていることは、当指標の銘柄選択効果の有効性が高いことを示しています。とは言え、2015年辺りから、グラフのトレンドが横這いとなり(図表1の赤枠囲み部分)、低PBR戦略の有効性は低下を見せています。これは株式市場で株主価値を高める銘柄に注目が集まり、高ROE(株主資本利益率)銘柄などが選好される場面が増えたため、自己資本が株価を下回っているという単純に“割安”という観点だけでは市場から評価されにくくなったことが背景にあります。そこで、低PBR株の中でも、業績が復活して将来、株主価値を高めていくことが期待される企業を選別するFスコア戦略が注目されます。Fスコア戦略は米国の会計学者ピオトロスキー(Joseph Piotroski)が、2000年に著した“バリュー・インベスティング”という表題の論文で発表したものです。

図表2:Fスコア戦略

  • 出所:ニッセイアセットマネジメント作成

具体的には図表2に示す流れです。ここでは米国企業を対象としたピオトロスキーのFスコア戦略を日本株に適用するルールを示します。第1段階は図表1でも示した単純な低PBR戦略での銘柄選別です。TOPIX構成銘柄(金融業を除く)から低PBRの下位20%までに該当する銘柄を抽出します。第2段階は、第1段階で選んだ銘柄の中から、さらに“業績の復活期待”を判断するための9つの指標を用いて、合計得点が7以上の銘柄を選びます。これがFスコア戦略です。個々の企業について、図表3で取り上げた9指標のそれぞれに「1」か「0」のいずれかの得点を与えて、それらの合計得点を計算します。従って、それぞれの企業で最大9点、最小0点が与えられることになります。得点が高い方が、業績の復活が期待される企業と考えられます。

Fスコア戦略のパフォーマンスを図表1に載せていますが、単純な低PBR戦略と比べると、近年にかけても右肩上がりとなっており、より銘柄選択効果が高い戦略として注目されます。

図表3:Fスコアを構成する個々のスコア

番号 指標 判断基準 基準の具体的な内容
F1 営業利益 1 営業利益がプラス 東洋経済新報社の今年度予想営業利益がプラスの場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
F2 ROA変化 1 ROAが前年を上回る (東洋経済新報社の今年度予想営業利益÷前年度末実績の総資産)が、(前年度実績の営業利益÷前々年度末実績の総資産)を上回った場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
F3 営業利益率の変化 1 営業利益率が前年を上回る (東洋経済新報社の今年度予想営業利益÷東洋経済新報社の今年度予想売上高)が、(前年度実績の営業利益÷前年度実績の売上高)を上回った場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
F4 営業キャッシュフロー 1 営業キャッシュフローがプラス 前年度実績の営業キャッシュフローがプラスの場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
F5 流動比率の変化 1 流動比率が前年を上回る (前年度実績の流動資産÷前年度実績の流動負債)が(前々年度実績の流動資産÷前々年度実績の流動負債)を上回った場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
F6 レバレッジの変化 1 レバレッジが前年を下回る (前年度実績の長期負債÷前年度実績の総資産)が(前々年度実績の長期負債÷前々年度実績の総資産)を下回った場合が「1」、それ以外が「0」。ここでの長期負債とは長期借入金+社債とする。
0 「1」となる以外
F7 資産回転率の変化 1 資産回転率が前年を上回る (東洋経済新報社の今年度予想売上高÷前年度実績の総資産)が、(前年度実績の売上高÷前々年度末実績の総資産)を上回った場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
F8 アクルーアル 1 アクルーアルがマイナス 前年度特別損益を除いた当期純利益が前年度実績の営業キャシュフローを下回った場合が「1」、それ以外が「0」。前年度特別損益を除いた当期純利益は(前年度実績の当期純利益+特別損失ー特別利益)で算出。
0 「1」となる以外
F9 株式発行による収入 1 株式発行によるキャッシュフローが無い 前年度のキャシュフロー計算書における財務活動によるキャッシュフローで、「株式の発行による収入」がない場合が「1」、それ以外が「0」。
0 「1」となる以外
  • 出所:ニッセイアセットマネジメント作成
  • 参考文献:Value Investing:The Use of Historical Financial Statement Information to Separate Winners from Losers” Piotroski,Joseph D.,Journal of Accounting Research Vol.38, Supplement 2000

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