(原書情報こちら)
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書誌データ
[original] Pringle, David and Tim Dedopulos eds. 2021. The Ultimate Encyclopedia of Fantasy: The definitive illustrated guide. Welbeck.
[日本語版] (=2021. 井辻朱美 ほか訳.『ビジュアル版 最新ファンタジー 百科:類型・映画・TV・人名・ゲーム・背景』柊風舎. )
Pringle & Dedopulos 本がファンタジー ゲーム語りにもたらすと思われる効用
私はどちらかといえばアナログゲーム 文化の側に属しているという認識が強いが、ビデオゲーム もそこそこ遊んできた人間である。そこでアナログゲーム の研究の事例としてファンタジー ゲームを紹介すると、まずそれらの作品の背景を、研究者仲間へ伝達するのに苦労することが多い。「日本のビデオゲーム には詳しいけど国外のビデオゲーム ファンタジー &国内外アナログゲーム のファンタジー に詳しくないひと」へ、何をどう説明すれば、鬱陶しく思われない範囲で議論の共通基盤を築けるか、ずっと思い悩んできた。
そこに来てこの事典のゲームに関する章は、おそらく私のこれまで常にかかえてきた悩みについて、行き届いたフォローをしてくれるという確かな期待がある。「私が話すゲーム関連ファンタジー のことは、だいたいこの範囲を念頭に置いています」と前置きして、このゲーム章だけ人に配って話を始められたなら、いろんなことが楽になるだろうとさえ考えているところだ。
自分はファンタジー 文学の専門家ではないため、この本の全体の出来をレビューするのに適格な人間とはいえない。それでもゲームファンタジー 事典としてこの事典のゲーム章の水準に達しているものは極めて少ないと指摘できる。{アナログ,ビデオ}×{海外, 日本}の複雑な50年を、簡潔な要約ながらそれぞれ的確に拾ってくれていることが大きい。
補足:Pringle & Dedopulos本は、「アナログ×海外」象限の言説的欠落を埋めてくれる
ファンタジー ゲームに関する四象 限(2022, 筆者作成) ファンタジー ゲームに関して、上図のように{国内/海外}×{アナログ(テーブルトップ)/デジタル(ビデオ)}の2軸で四象 限をとってみた上で、Pringleらの百科事典ゲーム章の位置づけを整理してみたい。
「アナログの」「ファンタジー ゲーム」に関する開発史【象限d】は、まず海外の(主に英語圏 ・欧州圏の)ファンタジー ゲーム【象限b】に、ビデオゲーム 黎明初期から大きな影響を与えてきた。特にD&D (Dungeons & Dragons ) , RQ (Runequest), M:tG (Magic: the Gathering), Warhammer など、ほかの英語圏 のアナログゲーム 製品群が与えてきた影響は、メカニクス 面でもフィクション面でも、極めて大きい。【象限d->象限bへの影響】
また、「デジタル(ビデオ)の」「海外ファンタジー ゲーム」に関する開発史【象限b】も、日本国内ゲーム文脈だけ見ていると見落としがちな点だ。特にTES (The Elder Scrolls ) や Witcher3, WoW (World of Warcraft ) など、アナログのD&D プロダクトにも劣らない膨大な背景世界設定をもつファンタジー ビデオゲーム の蓄積があることは知られていても、具体的にどのような内容が収められているかにおける共通認識は、日本のファン以外にも知られているとは言いがたい面があるだろう。【象限b自体の前提知識の補完】
国内ビデオゲーム 【象限a】の中だけでも、たとえば『ポケットモンスター 』や『どうぶつの森 』シリーズがファンタジー 世界を扱っている、という共通認識は、誰しも当たり前にもっている共通認識とは言い切れないだろう。【象限a自体の前提知識の補完】
国内アナログゲーム 【象限c】に関しては、海外の主流アナログゲーム に対する“相互の”影響関係は強くは見いだされないが、近年は日本製のボードゲーム が徐々に海外でもプレゼンスを獲得しつつあり、今後は一方的な影響だと断定できない局面に入ってくるだろう。また、ゲームデザイン の輸入という面では早くから安田均 が『SFファンタジィゲームの世界』*11 などで積極的な紹介を続けてきた歴史があり、国内のアナログ系ファンタジー ゲームのデザインが海外のどのような先行作品を参照して作られてきたのかについては、Pringleらのゲーム章の整理は役に立つ。【象限d->象限cへの影響】
上記のような話を、研究会のような場で、たった一人の人間がゼロベースから伝えるには、あまりに荷が重たすぎることは明らかだろう。それだけにゲーム章の内容は、国内外のファンタジー ゲームを論じようとする人なら、一人でも多くの人に目を通しておいてもらいたい内容となっている。
ただし、邦訳版は1万円を超える高価な書籍となっている。公共図書館 などでは大判のリファレンス用書籍として入荷していることも多いようであるため、図書館での閲覧を推奨する。英語版でも構わなければ、ハードカバーで発注するという手もあるだろう。
旧版に関する補足
この本には2001年刊行の旧版がある。*12 まだそちらの方を確認していないが、今回触れたゲーム章に関する内容はあくまで2021年版の内容に基づいていることをお断りしておく。一応旧版にもゲーム章はあるようだ。