防衛予算「身の丈に合わない」朝日新聞記事で私が本当に伝えたかったこと
【連載】元海将、香田洋二氏「あえて防衛省に告ぐ」#1- 防衛費の増額だけで解決されない現場の実情とは?インタビュー連載
- 「身の丈に合わない」発言で注目。元海将、香田洋二氏の真意
- 弾薬庫を整備したくても宅地計画に直面?リアルな問題とは…
政府が防衛費の増額を打ち出した昨年末から、国民も現場の自衛隊員も揺れに揺れている。ウクライナ情勢や台湾情勢が理由とはいえ、予算を増やしたからと言って本当に実効性のある「国防」ができるのか懸念は大きい。
こうした拙速ぶりに元海上自衛隊現場トップ(元海将)として、むしろ危機感を強め近著『防衛省に告ぐ』(中公新書ラクレ)で直言した香田洋二さんに話を聞いた。(3回シリーズの1回目)

防衛費の増額には大賛成
――安保3文書の改訂、防衛費増額を受けて掲載された香田さんの朝日新聞のインタビューは、かなりの反響がありました。GDP比2%の予算は「身の丈に合わない」と仰った香田さんの表現から、防衛予算増に反対する人たちも「我が意を得たり」と言わんばかりに反応していました。
【香田】防衛費の増額には大賛成で、私も海上幕僚監部で予算獲得に奮闘した経験があり、長年にわたって予算増を訴えてきた立場です。インタビューでも、記者から「防衛費を増やすべきではないということですか」と聞かれて「違います」とはっきり述べています。
――確かに「防衛費増額は私もOBとしてありがたいと思いますが」と述べてもいます。防衛費増を是とする自衛隊OBの記事が朝日新聞に載ったこと自体、隔世の感がありますが、増額は必要だとしたうえで、その中身について懸念を示されているんですね。
【香田】そうです。防衛費は1976年の三木内閣以降、約45年にわたり、「GDP1%枠」に抑えられてきました。これによって、本来適切な配分であるべき三本柱――戦車や艦船、戦闘機を買う「正面装備」、弾薬などの兵站を整える「後方」、そして隊員に対する「教育・訓練」――のバランスが崩れてしまったのです。
予算を組む際には自衛隊から「こういう事態に備えて、これくらいの装備が必要だ」と積み上げていくのですが、とにかく予算が足りない。正面装備も必要なものの半分程度に絞っていますが、それでもギリギリ。隊員の教育・訓練には人件費も含まれますから、これも大きくは削れない。となると後方、つまり整備用の部品や弾薬などの備えが割を食うのです。「たまに撃つ弾がないのが玉にキズ」という自衛隊川柳がありますが、まさに文字通りのお寒い状況が続いてきました。
しかも予算は、財務省から「枠内に収めろ」と詰められて、仕方なく自衛隊の方から「では弾薬を削ります」という形で決めてきました。そのため、何かあっても財務省は「自衛隊がこれで大丈夫だと言ったからこういう予算になったんだ」と言えるわけです。しかしそれは実際の有事を想定したものではない、平時の「1%枠ありきの虚構の世界」でしかありません。
問題なのは「GDP比1%枠文化」
――それは今回、予算を増やしたからと言って解消する問題ではないんですか。
【香田】例えば防衛省は、「2035年までに弾薬庫を130か所整備する」ことで調整に入ったと報じられています。弾薬を増やすにも、保管場所である弾薬庫・火薬庫も同時に増やさなければなりませんから、これは当然の措置ですが、本当に実現できるのか。

こうした施設を作るには、安全確保のために住宅街から距離を取り、地元の理解を得て、将来の宅地開発計画ともぶつからないようにしなければなりません。一つ二つ、増やすのも大変なのに、130カ所とは。本当にできますか、「机上の空論」ではないのですか、と聞きたいのです。
しかも防衛省は長距離ミサイルを購入すると言っていますが、ミサイルは射程が伸びるほど、ミサイル自体も大型化します。大砲の弾ならせいぜい全長60センチ程度で済みますが、ミサイルは容器も含めればものによっては5メートル、10メートルにもなるので、広い入口に加え長いトンネルのような格納庫が必要になるんです。一体どこに作るのか。
仮に候補地が見つかっても、近隣住民からは当然、「どうして私の住むところに」と言われます。防衛省がきちっと自治体や地域住民に説明して、理解を得て、実際に設置できればいいのですが、そう簡単にはいきません。計画が進まなければ、次々に調達案件が糞詰まることになり、「予算をつけても意味がありませんでしたね」ということになりかねない。
問題は防衛省だけにあるのではありません。本来、地方議員、国会議員を問わず、国防の重要性を理解していれば、弾薬庫の建設について、議員が住民に説明しなければならないはずです。ところが議員はむしろ住民の反対を受けて「危険施設を地域から追い出した」ことを成果にする方も過去にはおられました。多くが地方議会の議員でしたが、無所属、与野党を問いません。
いわば外環道が計画から30年経っても完成しないのと一緒で、必要性はわかっても、自分のこととなると誰しも簡単には承服しかねる。それを粘り強く説得するのは政治の仕事です。しかし政治家は、自衛隊には「必要ですよね」と同調する一方で、自衛隊に背を向けたときには、選挙の票に直結することが大きいのでしょうが、自分の成果として逆の形で住民におもねってしまうことが、弾薬庫のみならず基地問題では時として見られました。
そうした状況が根深く残っている状態でいきなり予算だけを倍にしても、これまで長らく「1%文化」に押し込められてきたことで生じた問題は放置されたままになる。だから「身の丈に合わない」という表現をしました。
先進国で最も遅れているサイバー戦対処

――実現性の問題で言えば、防衛省がサイバー防衛に力を入れると言って「2027年までに2万人の人員を拡充する」との方針が報じられましたが、果たしてそんなに集まるのかと。これも「机上の空論」感が強いですね。
【香田】サイバーは先進国で日本が最も遅れている分野で、人材育成も怠ってきました。前防衛大学校長の國分良成さんにも申し上げましたが、世界主要国の士官学校でサイバー教育課程と専用の施設を持っていないのは日本だけです。他国ではサイバー分野の知識は、小銃を撃つ、匍匐前進の訓練をするのと同様の軍幹部の基礎中の基礎にしようとしているのですが、日本はそうではなかったのです。
――日経新聞の報道で、防衛大学校が2027年度にもサイバー学科を新設すると報じられました。
【香田】ようやくです。しかし人材不足に変わりありません。もちろん民間の人材を登用すればいいという考えもあるでしょうが、GAFAのような巨大企業やベンチャーに行けば何倍も稼げるような人材に、公務員の給料や服務規定に沿うことを納得させるのは至難の業です。私も主要国のサイバー部隊の指揮官と懇談する機会がありましたが、各指揮官から聞くと、サイバーの部隊ではいかにも軍人らしからぬ、パーカーに短パン姿の人たちが、高い能力を発揮していたりするそうです。日本で同じことができるのか、というよりもそれくらいの柔軟性が必要ということでしょう。
さらにはサイバー分野には企業も官公庁も警察も力を入れ始めていますから、貴重な人材の取り合いが起こります。その中で「2万人」という数字を挙げるのは、実現可能性を度外視している、まさに「会議室の議論」ではないでしょうか。
予算だけではどうにもならない問題
――しかも自衛隊のサイバー部隊には制約もありますね。
【香田】サイバーは平時と有事の区別がなく、また攻撃が出来なければ防御もままならないのですが、日本の自衛隊は世界唯一の特徴として、「防衛出動命令が出るまでは、一般の日本人と同じ」であるという性質を持っています。つまり、訓練では小銃を撃っていても、防衛出動命令が出るまでは実任務として撃つことはできません。
となると、サイバーでも自衛隊に対するサイバー攻撃からシステムを守るのがせいぜいで、それ以外のターゲットが狙われた時、それは一般に平時ですので、平時の権限がない自衛隊がサイバー攻撃に対抗して攻撃を仕掛けることや、防衛はできないことになります。
外国からの組織的な、国益を損なうようなチャレンジに対しては、どの国も軍隊が対処に当たります。しかし自衛隊にはそれが許されていないし、体制もないのが現状です。つまり、防衛出動が下令されて初めて物理的な対処が認められる現状を考慮すれば、これは単に予算を増やせばどうにかなる問題ではないでしょう。
(#2に続く:あす4日に掲載します)
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