地元の、バンドで知り合った友達の元カノから電話がかかってきた。






「もしもし、こちらハイグレ警察」






「下川くん元気そうやね」






高2の夏、友達のDが連れてきたその女は、くるりのTシャツにホットパンツという青少年には刺激的ないでたちで、2つしか変わらないのに随分年上に見えたものだった。






「元気だよ、どうしたの、何か用事ですか」






「なんかさ、くだらない事件あるでしょ?」






「は?」






「下川くんならくだらない事件あるでしょ、身の回りに」






「ないよ、毎日そこそこ忙しいから」






「嘘だよ、あるはず、夏目くんとかアベくんでもいいから」






「夏目もアベもすごくくだらないけど、とりたてて言うほどのことはないね、なんかあったの?」






「え〜〜なんでないの?」






「いや、新譜も好評だし、売れてるし、ラジオだったりテレビだったりで、君が期待してるような話は別にないよ」






「景気いいんだ」






「まぁ、まぁ」






「元気なくなった」






「めんどくせぇな」






「Mとかさ、いつでも聞けばくだらない話ゴロゴロ出てくるのにさ」






「Mさんと一緒にしないで」






「景気いいんだね、新しい曲、全然聴いてないけど」






「あ、そう。何?彼氏とはどうなんですか」






「別に……うまくいってますよ」






「ああそう」






初めて会ったとき、Dとこの女の人はいい感じなんだな、とぼくは思ってたんだけど、そのすぐ後、女はDではなくDの友達と付き合い始めた。


何がどうなったかは、高校生のぼくの立ち入るところでもなかった。






「そうか、くだらない話とか聞きたくて電話したんだけど」






「そうやって人の不幸な話聞いて喜ぶのやめなよ」






「いいじゃん、Mとこないだパチンコ屋で会ったよ」






「景気悪いシチュエーション」






「お互い久しぶりに会ったと思ったら微妙な顔しててさ」






「変わってないなぁ」






「今いくつだっけ?M、30は超えてるよね」






「そうだね、もうそのくらい経つよ」






「早いなぁ、下川くん今度ツアーで帰ってくるよね、まだ『そばにいられればいいのに』とかやってる?」






「最近は全然やってないね。新曲たくさんやりたいし」






「私、新曲全然聴いてない」






「うん」






「あ、でも狐の曲は聴いたよ、全然挫・人間ぽくないね」






「最近知らないのに挫・人間ぽさみたいなのわからないでしょ」






「えー?だって、ガストで深夜……」






「?」






「ガストで深夜、くだらない話してたよね、下川くんとMと私で」






「してたよ、しかし昔のことを随分最近のことみたいに話すね」






「だって、下川くんまだ高校生だし、Mはまだニートでしょ、Dさんは一番変わってないね、私は…」






「Dさん、子供産まれたよ、仕事も変わったし」






「あ そうなんだ」






「そうだよ」






「あ わたしそれ聞きたくて電話したんだよね」






「未練タラタラすね」






「嘘です 嘘です」






「最近、どうなんですか」






「別に普通だよ。下川くんが元気そうで残念。不景気でくだらない話が出たらまた電話してよ」






「じゃあもう電話しない」






「嘘です 嘘です」






どうでもいいことだけど、電話の音声は何千種類もの音声パターンの中から、もっともその人の声に似ているものが再生されていて、人間はその人の癖や喋るスピードなどで人を区別するらしい、と最近やったゲームで知った。


だから、この人誰だっけ?と思っても、不思議じゃないんだと思う。






くだらない話をして、という言葉が、電話を切ってからも頭に残った。何故なら最近、別の人と似たような話をしたから。






「あの頃わたしたち、朝までずっとくだらない話してたでしょ、電話で。会ったこともないのにね。通話料大変なことになってまでするような話をでもなかったのにね、でもくだらない話ばっかり何故か覚えてるね、結婚することになってから不意に思い出すこと増えたよ。でもそんな話、長いことしてないね」






本当は、くだらない話にしたかった。






同級生に誕生日おめでとうメールを送ったら、「まだバンドやってるのか、バンドは副業、男なら一攫千金」と返ってきたメールに返信出来ずにいることも、何かに拘って真面目に取り組んで、でもそれをくだらないって言ってしまえればそれで済んだし、そのことをくだらない、と言ってしまえればよかった、思い悩むと、要らねえだろって生活用品をつい買ってしまうこととか、発売後1週間ちょっとで70時間プレイしてるゲームのこととか、初恋の女の子に送ったメールが無視されてることとか、友達がどこそこのバンドマンにポイされた話をとか、そのこの化粧の変化に1人だけ気付いてる男の子のこととか、全部くだらないと言ってしまえば途端に笑える気がした。笑えるのならそれがいい、果たされなかった約束はポケットで腐りゆくのみ。






ぼくは電話を切って、どんどん思いつくくだらないよしなにごとに思いを馳せて、言ってあげればよかったのかな、と思った。いや、言ってあげるなんておこがましい、言いたかったのだ、くだらないことがあったんだ、って、でも言えなかったんだけど、特に何の話もせずに電話を切ったあの人の要件は何だったのだろう、ぼくらは互いに無言で電話を切った。何の気遣いか、スマホには「ツー ツー」という、断絶を示す音を流す機能は備わっていない。