「数年前からとても他人とは思えない人物がいる。」

今から約二年前、テレポートミュージックをリリース後、一通りツアーを終えた挫・人間のギターでありこの記事の筆者、夏目創太はなんとも言えない閉塞感に襲われていた。
鏡に映る自分、写真に写った自分、映像で観る自分、それを見ては頭を掠めるモヤモヤとした心の煮こごり。


何かが足りないのだ。

圧倒的に何かが足りない。


まるで出汁を入れ忘れた味噌汁のように、チーズを乗せ忘れたピザのように、開封してから2日経ったコーラのように、何かが足りない。
実態の見えない不足感、鏡を見てもいつもと同じ自分がいつもと同じ顔、目も鼻も口も何もおかしくない、体の調子は完璧、髪の毛も伸びれば、足取りも軽い。

分からない、何もおかしいことがない。

何も分からない、全くわからないが、ここが居場所ではない気が、漠然とするのだ。

それは僕が属する場所が挫・人間ではないとかそういうことではなく、なんとなく、こう、奥田民生が歌うさすらいのような、そういう意味での居場所。

その心に掛かる霧のようなモヤモヤと時を同じくして、その頃によく「夏目の髪型問題」というのが議題に挙がっていた。
確かに伸びきっただけのボサボサの髪の毛はパンチがない、点と線だけで描けるほどシンプルな薄い顔はなんの面白みもない。それだけならまだ80年代の売れないフォーク歌手といったところだが、そんな見た目には似つかわぬヒョロヒョロな身体に羽織る虎だらけのアロハは文字通り虎の威を借る狐。撫で肩。低身長。気弱。
そんなことを自宅で鏡を見ながらボーッと考えていた時、身体中に電撃が走るような圧倒的閃き。
気がつく、いや、心の奥底ではずっと気づいていた。

「あーーーー!!!!」

「あっ……っ、あっ……俺……」


「っ……!!!俺……めちゃくちゃつまんないんだ………っ!!!」



そうだ、確かに全く面白くない。

なまじ自分は人より少し面白いのではないかと思っていた驕りが掛かていた濃霧。見えなくなっていた真実。いや、見たくなかっただけで薄々は気がついていた圧倒的事実。ミイラ取りがミイラ、己が煙たがっていたケツからチャイを飲む下北沢量産型ザクとなんら変わりのないそのみてくれ。

バカだった。
姿見鏡の前で落胆、落胆に次ぐ落胆、落下、自意識の落下、割れる、突き落とされる、崖の上から。背後から迫る沢山のボーダーマッシュに妙にタイトなスキニーを履いたストラップの位置が妙に高い量産型ザク。囁く、悪魔。こっちへ来いと、お前も同じだと囁く悪魔。

自害寸前そんな刹那、姿見鏡に映った自分を見て閃く。
胸に羽織ったポリシー、気高き誇り、そう、部屋着のミスフィッツのTシャツ。圧倒的閃き。僥倖。四面楚歌、明鏡止水、背水の陣から量産型ザクが後ずさりしていくのがわかった。





そう、そこから2日後、僕はモヒカンになった。




景色に色が付き、空は広い、青は藍よりも青く、消え失せた閉塞感。ずっとサイドブレーキをかけながら車を走らせていたことに気がつき、解除したような晴れ晴れしさ。みんなに会えば「最高だね!」と言われ、天にも登るよう心地よさ。
そうだ、そうだよな、やっぱり俺はあんなのとは違ったんだという安心感。夢心地。
しかし、そんな心の軽さは僕の中のブレーキを完全に破壊したのだった。


まず訪れるのはどんどん付け足されるアイテム達。
最初は髪型が変わっただけだったが、目の周りのメイクは日に日に濃くなる。
衣装がトラ柄のシャツから、キティちゃんのジャージズボンに三連スタッズのベルトを巻き、アメリカ国旗のスパンコールベストにハリウッドセレブやキャバクラ嬢しか着そうにない黒のミンク風ロングコート。右腕にはイーストベイパンクのワッペンと中国紙幣が安全ピンで大量に止められた真っ赤な腕章。モヒカンのサイド部分は最初、バリカンで剃っていたものも気が付けばカミソリで剃り、いよいよ唇には真っ黒な口紅をベッタリ。

変化は見た目だけではない。
色々なアイテムが付け足されると同時に加速していく精神。いつの間にかMCの口調や己のキャラクターも見た目のイメージに沿って変化していく。奇妙な発言も上げていけばキリがない、例を出せば「歯が溶けて無くなるまで舐め続けちゃうゾ〜♩」などと意味不明な供述を脈絡なく叫びながら己の歯をステージ上で舐め続けるなど奇声奇行の大暴れ。ホラーパンクのつもりで初めていた様々なものが、ただのホラーと化す。責任能力の有無さえ問われる。

中でもライブ中の人格はステージを重ねるごとに最早ステージ下の夏目創太とは完全に乖離した別の何かが生まれていく。ステージに上がればもうコントロールがつかない。

まるでこち亀の本田だ。

バイクに乗ることがモヒカンを立てステージに立つということに変わっただけで、これはもうこち亀の本田と一緒だ。



そう、気が付けば僕は
「底の抜けたバケツ」
「山道に放たれたサイドカー」
そして、
「こち亀の本田」
と化していたのだった。


その異変に最初に気が付いたのは、事務所の社長兼マネージャーである通称「社長」。
何を言おう、この道中の半分以上をアクセルベタ踏みで共に突っ走ってきた社長、私物であるあの真っ黒なコートにキティちゃんのジャージを僕にくれた社長、「この間、夏目の写真を昔から今と一通り見返してたんだけど、いやぁ、今が一番良いね。」とうれしそうに言ってくれた社長が、ある日の遠征帰りの車内でポツリと僕にこう言うのだ。








「……やりすぎた。」








社長!!!!










社長ーーーー!!!!!!!!!!





それはあまりに衝撃的な事実であると同時に、よくよく考えてみればどう見ても周知である圧倒的気付きだった。
確かにあの見た目でウットリする曲をやってももう意図が分からないし、「天国」をやったとしてもどう見ても一人だけ「地獄」だ。
いや、それが面白かったんだけど、それに気が付けて本当に良かった。やっぱり社長はすげえや。ありがとう社長。ありがとうございます社長。いや、でもやっぱり社長どう見ても一番ノリノリだったじゃないすか。でも本当にありがとうございます、社長。

でも、もう僕の中に芽生えた「こち亀の本田」は居なくならない。
これからも僕は「夏目創太とこち亀の本田」として生きていくのだ。


そんな「夏目創太とこち亀の本田」がギター弾いている挫・人間の最高傑作のアルバム「もょもと」が10/4に発売!そしてライブ情報が以下になりますのでぜひ見にきて下さ〜い!



2017年8月29日(火)新宿紅布
<出演者>
挫・人間/HINTO

2017年9月3日(日)大阪泉大津フェニックス
音泉魂(宴会場ステージ)

2017年9月10日(日)渋谷TSUTAYA O-EAST
鬱フェス

2017年9月18日(月・祝)
TOKYO CALLING 2017


挫・人間ツアー2017
集まれ!隅っコ!
移動型 在宅バンド 猛レース

2017年10月17日(火)香川県 DIME
<出演者>
挫・人間 / and more

2017年10月18日(水)広島県 CAVE-BE
<出演者>
挫・人間 / ペロペロしてやりたいわズ。

2017年10月19日(木)愛知県 CLUB UPSET
<出演者>
挫・人間 / 空きっ腹に酒

2017年10月24日(火)北海道 COLONY
<出演者>
挫・人間 / and more

2017年10月26日(木)宮城県 enn 3rd
<出演者>
挫・人間 / 八十八ヶ所巡礼

2017年11月2日(木)静岡県 HAMAMATSU FORCE
<出演者>
挫・人間 / and more

2017年11月3日(金・祝)福岡県 UTERO
<出演者>
挫・人間 / and more

2017年11月5日(日)大阪府 LIVE HOUSE Pangea
※ワンマンライブ

2017年11月10日(金)東京都 渋谷CLUB QUATTRO
※ワンマンライブ