マサムラの「ネギうす焼き」。ヘラで三つ折りに畳む
長年愛される看板メニューのお好み焼き。店主の青井達明さんは「飽きない味」と話す=岐阜市日ノ出町、八千代

 ソースが焦げる香ばしい匂いに誘われて、商店街のアーケードをくぐる。薄く焼いた小麦粉の生地にネギや紅ショウガ、天かすなどシンプルな具材を入れて三つ折りに畳んだお好み焼きは、柳ケ瀬商店街のレトロなB級グルメ。かつて肩がぶつかるほどにぎわった柳ケ瀬で、「柳ぶら」を楽しむ若者たちに欠かせない味だった。現在も当時の味を守る店を訪ねると、かつての柳ケ瀬のにぎわいと若者たちの姿が浮かび上がった。

 昨年創業70周年を迎えた「八千代」(岐阜市日ノ出町)は、2代目店主の青井達明さん(73)の大阪出身の母親が始めた店。30代から八千代に来ているという女性客(76)は「昔の柳ケ瀬はにぎやか。私も友だちと買い物に来てここで食べた」と当時を懐かしんだ。今でも月3回ほど店に通うという。

 長年愛される秘密を青井さんは「飽きない味。シンプルなところがいいんだと思う」と語る。小麦粉の生地にキャベツ、ネギ、紅ショウガ、天かす、削り節をのせて、味付けはウスターソース。もう一つの人気メニューの焼きそばとセットにしても、ぺろりと食べられる。

 同じように薄い小麦粉の生地の上に、キャベツや肉などの具材を載せて焼く広島風お好み焼きにも似ているが、ボリュームの多さや形など、見た目は大きく異なる。青井さんは「昔、駄菓子屋で売っていた一銭焼きに近いかも」と話す。

 店頭の鉄板でお好み焼きや焼きそばを作る「マサムラ」(岐阜市日ノ出町)店主の正村周一さん(71)は「広島風か関西風かと聞かれることもあるが、うちのはマサムラ風」と笑う。小麦粉の生地に黒ごまペーストを練り込んだ三つ折りのお好み焼きは「ネギうす焼き」の名前で売られ、外側のパリッとした生地と内側のもっちりとした食感がアクセント。子どもたちも小遣いで買える安さにこだわり、最近の小麦などの値上がりでメニューの価格を上げたが、ネギうす焼きだけは1枚300円に据え置いた。

 正村さんは「昔は店もたくさんあって、柳ケ瀬に入るとソースの香ばしい匂いがした」と振り返る。「柳ケ瀬は男女がおしゃれしてやって来る出会いの街だった。食事の場所を決めたりとリードするのはあくまでも女性だから、街にお好み焼きや甘味などの店が並んだ。柳ケ瀬は女性がつくった街」と明かす。

 子どもの頃にマサムラに来ていた、文化政策と観光文化政策が専門の同志社大教授の井口貢さん(66)は今の柳ケ瀬を「昭和が点在する街」と語る。「昭和の良いものが随所に残っている。それを大切にして次の世代につないでくれたら」と願う。孔子の言葉「近説遠来」を引いて「地元の人が良いと思えば、遠くからも人がやって来る」。

 懐かしの味を求めて再び訪ねる人もいれば、最近では初めて来たという若い客もやってくる。手頃で飾らない、飽きの来ない味。昭和の柳ケ瀬で生まれた逸品は、再び柳ケ瀬に人を呼び寄せる。