【論文】『砂の女』と小説の地平 ―― 安部公房の小説について ――

『砂の女』と小説の地平 ―― 安部公房の小説について ――
清末浩平


【2020年5月9日追記】
この記事をもとに、全面的に書き直した論文「小説という名の実験―安部公房『砂の女』論」を、文芸批評・文学研究の雑誌『文学+』第2号(凡庸の会、2020年)に掲載しています。
当該雑誌は1200円+送料です。下記フォームよりご注文ください(在庫切れの場合はご容赦ください)。
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【追記終わり】


はじめに


 1962年6月に新潮社の「純文学書き下ろし特別作品」として発表された『砂の女』は、安部公房が日本共産党を除名された後に最初に書いた長編小説であり、安部の最大の代表作である。そしてこの作品は、『他人の顔』(1964年)、『燃えつきた地図』(1967年)、『箱男』(1973年)といった、やはり安部の代表作である中期の長編小説へとつながっている。『他人の顔』以後の、しばしば実験的とも評される小説群は、『砂の女』の小説としての達成によってひらかれた可能性の中でこそ書かれえたものであると、本稿の筆者は考える。

 安部公房という小説家について考察するとき、『砂の女』は最大の要となる作品だといってよかろう【注1】。本稿はこの作品を起点として、安部公房の小説とはどのようなものであったのかをさぐってゆく。

 第一節では、『砂の女』の内容を、いくつもの主題をめぐる動的な過程として確認する。第二節では、『砂の女』の内容の持つ意義を、『砂の女』以前の安部公房の作品と比較しながら考察する。第三節では、同じく『砂の女』以前の作品との比較を通して、『砂の女』の叙述の形態を検討する。そして第四節では、『砂の女』という作品を成り立たせている小説としての体制を論じ、安部が『砂の女』によってひらいた小説の地平が、『他人の顔』以降の小説を生み出してゆくありようを見通すことになるだろう。


【注】

1 たとえば小林治は、「作品創作上のスタイルの変遷の中で、『砂の女』こそ真に安部の本格的長編小説時代の幕開きを告げる作品なのである」と述べると同時に、「アヴァンギャルドの方法とは、芸術の革命と、革命の芸術とを統一すること」という安部公房の言葉(「あの朝の記憶」、「文学界」1959年3月、安部公房全集第9巻429ページ)を引きつつ、日本共産党を除名された安部がそのようなアヴァンギャルドを「一度総点検し、決算するという課題」をもって『砂の女』を書いたはずだと論じている(「『砂の女』の位相(一)転換期の安部公房」、「駒澤短大国文」1997年3月)。


目次


一 『砂の女』の内容

二 『砂の女』の意義 ―― 「デンドロカカリヤ」との比較

三 『砂の女』の叙述 ―― 「デンドロカカリヤ」との比較

四 『砂の女』の小説体制 ―― 中期の長編小説の地平