満天の星空にため息が出る。地上がどんなに変わり果てても、空は何も変わらない。
第三次世界大戦は終了した。人類の総数は既に1億を下回っている。
「……遅い」
ロウェナ・レイブンクローはボツりと呟いた。もはや状況は整っている。ハリー・ポッターも復活を果たした筈だ。自らの居場所も隠していない。それなのに、いつまで経っても彼は討伐に来ない。
ホグワーツの状況を確認しようと
「計画は最終段階に入っている。結果が決まっている以上、過程に意味などない。けれど、どうにもきな臭い……」
例え、計画をすべて看破されていても問題ない。結局の所、彼らはロウェナを討伐するしかないのだから。
それで世界は救済される。偉大なる王の下、すべての人が平等となり、平和な世界が実現する。
「それなのに、この違和感は何かしら?」
少し考えて、ロウェナは計画を変更する事にした。
出来れば、ホグワーツを壊したくはなかったけれど、此方から出向き、強制的に決戦を開始する事にした。
脳裏に彼の顔が浮かび続けている。あまりモタモタしていると、良からぬ事を考えてしまいそうになる。
「……ロン・ウィーズリー」
ホグワーツに攻め込めば、彼も己の姿を見る事になる。その時の彼の表情を想像して、少しだけ苦しくなった。
「お待ちなさい、お嬢さん」
「え?」
姿くらましを使う直前、声を掛けられた。
「……あ、相変わらず、神出鬼没ですね」
現れたのはヘルガ・ハッフルパフだった。ロウェナにとって、彼女は己の道を指し示してくれた恩人だ。
「お久しぶりね」
「ええ、お久しぶりですね」
ロウェナはため息を零した。
―――― 行き着く先は地獄よ?
彼女と最後に会った時、そう言われた。
「わたくしを止めに?」
「その為に来たのなら、私はあまりにものろまね」
「ええ、本当に」
向かい合う二人は微笑みあった。
「では、最後の挨拶に?」
「そのような所ね。もう、あなたと会う事は無いと思うから」
少しだけ、ロウェナは寂しく思った。
「ヘルガ。あなたの事だから、わたくしの心配など杞憂に終わるでしょうが、どうかお達者で」
「ええ、あなたもね」
もうすぐ終わりを迎えるロウェナにとって、それは皮肉のように感じられた。
そして、
「え?」
突然、ロウェナの四方に壁が現れた。上と下も塞がれている。
これは《魂の封印》だ。嘗て、魂を保存する為にロウェナ自身が考案したものだ。
咄嗟に解除する為の呪文を唱えた。けれど、壊れない。術の中にロウェナも知らない術式が追加されている。
「絶対防御の術を編み込んであるの。あなたでも解けないわ」
「……嘘を吐いたのですか?」
「何の事かしら?」
ヘルガは微笑む。
「とぼける気ですか? 止めに来たのではないとあなたは言いました!」
「言ってないわよ。《その為に来たのなら、私はあまりにものろまね》とは言ったけれど」
「戯言を!」
怒りを顕にするロウェナ。けれど、急速に彼女の意識は奪われた。
「《はじまりの魔法使い》は伊達じゃないのよ? まだまだ私の方が
ヘルガは四角い箱の中で眠るロウェナに輝く光の玉を注ぎ込んだ。
「愛しているわ、ロウェナ」
そう呟くと、ヘルガは地上を見下ろした。もはや、人の気配は微塵も感じられない。建物の瓦礫が僅かに残る程度の焦土。そこに彼女は決戦の舞台を整えていく。
大地は白く輝く石に包まれ、幾何学模様が無数に描かれていく。これは巨大な装置だ。起動する為には人智を超えたエネルギーが必要となる。
「いらっしゃい、坊や達」
第百三十七話『決戦の前』
「これが前回の調合時にまとめたものだ」
スネイプは分厚い羊皮紙の束を机に置いた。
そこにはエグレの為に調合した時の研究結果や考察などが記載されている。
「そして、これがその後にまとめた研究結果だ」
その隣に最初の物より分厚い羊皮紙の束が三つ並べられた。
「その後!?」
ハリーがまじまじとスネイプを見つめると、彼は気まずそうに咳払いをした。
「……サラザール・スリザリンが考案した魔法薬だ。少々、興味を唆られた」
「凄いな、これは……」
トムはパラパラと羊皮紙の束を捲りながら呟いた。
「工程一つ一つの意味や影響まで……」
ダフネも横から覗き込みながら驚いている。
「さすがスネイプ教授だ! シリウス! 爪の垢を飲ませてもらえ! これが社会人だ! 見ろ! この見事な仕事振りを!」
「し、仕事じゃなくて、こ、こ、こんなの趣味だろ。オ、オタク野郎はこういうの好きだしな」
シリウスは震え声で言った。スネイプは鼻で嗤った。
「働かずに食べる飯は美味いかね? ブラック」
「美味いか? シリウス」
シリウスは泣いた。スネイプに酷い事を言われたのに、一切庇ってくれないハリー。その冷たい眼差しに酷く傷つけられた。マクゴナガルからも時々向けられていた視線だ。鋭く尖ったナイフのように痛い。
犬に変身して震えながら丸くなるシリウス。
「……さて、始めようか」
トムは手を叩いて空気を切り替えた。哀れに思うが、彼に構っている暇はない。
正直、愛の鞭とはいえ、ハリーは彼に手厳し過ぎると思ったけれど、それは後にしよう。
「ハリー。まずは君が変身した蛇の状態を確認してみよう。一度変身してみてくれ」
「分かった」
ハリーは息をするように蛇へ変身した。黒い鱗に覆われた翠の瞳を持つ蛇だ。
「美しい」
トムはハリーを持ち上げた。
「素晴らしいな」
トムは杖を振ったり、ハリーの前で手を左右に動かしたり、杖から出した液体を飲ませたりした。
「……なるほど」
「何か分かったんですか?」
「紛れもない蛇だという事が分かった」
トムの言葉にダフネはポカンとしている。
「……いや、重要な事なんだ。動物もどきで変身した動物そのものの研究はあまり進んでいないからね。変身者そのものが希少だし、変身術に長けた者はどちらかというと研究よりも実践派が多い。それにわざわざ研究する程の旨味がないからね」
「なるほど、言われてみれば……。さすがです、先生!」
ダフネに褒められて、トムは少し照れている。その姿にスネイプは少し気持ち悪そうだった。
「……袂を分かったとは言え、まさか、帝王のこの様な姿を見る事になるとは……」
その言葉は小声であったけれど人間に戻ったハリ―の耳には届いていた。苦笑するしかない。
愛が世界を救う。ロンだけではない。ダフネも世界を愛によって救っている。妹のアステリアの事を含めれば二回も。
愛の力は偉大なものだ。愛の前では如何なる悪意も浄化される。
「セブルスの研究資料もある。調合に時間は掛からなそうだな」
丁度、調合の為にやって来た魔法薬学の教室に大荷物を抱えたニュートが入って来た。調合の為に必要な材料を揃えてくれたのだ。
「ハリー」
ニュートはハリーの下へ歩み寄ると彼の肩を掴んだ。
「正直、僕は反対だ」
「ニュート……」
「あまりにも危険だ。これまで多くの人が君に言ってきた事だけど、君は君自身を蔑ろにし過ぎている。危険に飛び込む事は君の義務じゃない。君の勇気は素晴らしいが、同時に哀しくもある」
「でも、僕が決めた事だ」
ハリーは言った。
「他の誰かに頼まれたわけでも、強制されたわけでもない。僕自身が決めた事なんだよ、ニュート。だからこそ、僕に迷いはない。危険にだって飛び込む。止めても無駄だ」
「そういう事だ、スキャマンダー。貴様とて、分かっているのだろう? ハリーが止めて聞くような男ではないと」
ハリーとトムの言葉にニュートは悲しみの表情を浮かべた。
「……ああ、知ってたよ。だから、せめて……、先に僕が飲む」
「は?」
ハリーは目を丸くした。
「これでも年の功でね、僕は大抵の魔法使いよりも上手く魔法が使えるんだ。ほら、このように」
「なっ!?」
ニュートは変身した。それも、ハリーと同じく蛇の姿に。
「ど、どうやって!?」
目を丸くするハリーに悪戯が成功した子供のような表情でニュートは言った。
「動物もどきは僕の密かな研究テーマの一つだった。なにしろ、人間が動物になれるのだからね」
「し、しかし、変身出来る動物はランダムな筈だぞ!」
トムは目を見開きながらニュートに詰め寄った。
「いいや、ランダムじゃない。蛇を愛するハリーが蛇に変身したように、変身する動物には術者の心が反映されるんだ。守護霊や悪霊の火のように」
「つまり、変身する動物は選べるという事なのか?」
「簡単ではないけどね。ただ、僕の場合はシャシャという最高のパートナーがいた。彼女の事で心を満たしながら変身したら上手くいったよ」
「なんと! ならば!」
トムは杖を振った。すると、見事に蛇へ変身を遂げた。
「ハッハッハ! さすがは俺様だ!」
なんと、トムまで蛇への変身を会得してしまった。
「お、おい……、簡単に会得し過ぎだろ! 僕は結構苦労したんだぞ!」
ハリーが悔しがると、トムはやれやれと肩をすくめた。
「年季が違うのだ」
「くっそー!」
勝ち誇った表情を浮かべるトム。
「さて、薬の調合を開始するぞ! 俺様も人間をやめるぞ、ハリー!」
「お前はとっくに止めてんだろ!」
「ハッハッハ、そうだったな!」
ブラック過ぎるジョークが飛び交う中で薬の調合が始まる。