【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百三十六話『悪の道』

「……ハリー、少し落ち着け」

 

 わたしの言葉にハリーはムッとした表情を浮かべた。

 

「落ち着いている!」

「……落ち着いてない人間特有の言動だな」

 

 怒りの為か思慮が欠けている。見える筈のものが見えていない。

 サラザールの正体がヘルガだった。

 それはいつからだ?

 校長室に入る前? ヘルガと対面する前? 地下の隠し通路で既に? そもそも、サラザールは本当に居たのか?

 これまでヘルガに関する情報はすべてサラザールから齎されて来た。

 諸悪の根源である事も、その力の真実も、全てだ。

 

「……エグレ」

「なんだ?」

 

 少女の姿をしたバジリスク。嘗て、わたしが利用していた存在。今はハリーの愛すべきペット。彼の逆鱗。

 

「心を見せて欲しい」

「……必要ならば構わない」

 

 一拍の間があった。嫌なのだろう。それでも、我慢しているのだろう。

 彼女にとって、わたしは嘗ての主人だ。けれど、心を許してはいない。

 けれど、わたしの中に生まれた懸念が正しいとすれば、これはハリーにさせるべき事ではない。

 

「すまない」

 

 ハリーが止めるかと思ったけれど、彼も耐えるような表情を浮かべて黙っている。わたしの事を信じてくれているのだろう。これが必要な事なのだと信じ、エグレの苦痛に耐えてくれている。

 その信頼に応えたい。そう思った。これがわたしの求めていたものなのだと理解した。

 

「レジリメンス」

 

 エグレの心の中に潜っていく。

 心とは、複雑怪奇なもの。人ではない種族の心ならば尚更だろう。そう予想していた。

 けれど、実際に目の当たりにしたエグレの心はどこまでもシンプルだった。

 ハリーと共にある光景には色があり、声があり、喜びがある。

 その色が少しずつ消えていく。声が消えていく。喜びが消えていく。

 地下の聖堂に佇むエグレ。配管に潜り、ホグワーツの散策を行うエグレ。

 やがて、エグレの前にわたしが現れる。

 

 ―――― 秘密の部屋を閉じる。お前は気付かれないように息を潜めていろ。

 

 それはわたしとエグレが主従であった頃の最後の光景だ。

 マートルを殺害した時の光景が浮かび、わたしと出会った時の光景が浮かぶ。

 最後の光景よりも、出会った時の光景は少しだけ明るかった。

 ハリーとは真逆だ。彼と共に過ごしていく内にどんどん明るく、輝いていったエグレの心。わたしと共に過ごしていた頃の彼女の心は共にある内にどんどん暗くなっていった。

 そして、暗黒が広がる。これは彼女が一匹であった頃なのだろう。秘密の部屋や継承者という言葉を聞き、そんなものは存在していないのに真に受けて、その時だけは心が明るく輝いた。

 

「……なんという事を」

 

 わたしは己の罪を自覚した。彼女にとって、継承者とは希望だったのだ。

 孤独から救い出してくれる主人を彼女は待ち望んでいた。それなのに、わたしは彼女を道具として終始利用し続け、捨てた。

 さすがは悪の帝王だ。他者の希望を平然と踏み躙る。これがわたしの本質だ。彼女に対して悪意など持っていなかった。それでも、彼女に極上の悪意を叩きつけた。

 

 懺悔は済んだかい?

 

 声が聞こえた。急に景色が一変して、わたしは湿原に立っていた。どうやら、目的の場所に辿り着けたようだ。

 誘われるまま、わたしは湿原を歩き、そして、小さな家の前に立った。扉が勝手に開き、わたしは招かれるまま中に入る。そこには一人の男がいた。ヘルガが化けていた姿そのままで、サラザール・スリザリンは寛いでいた。

 

はじめまして(・・・・・・)、トム・マールヴォロ・リドル」

 

 サラザールの言葉に、わたしは懸念が的中してしまった事を悟った。

 

「……ああ、はじめまして、サラザール・スリザリン」

 

 わたしは促されるまま椅子に腰掛けた。対面すると、ヘルガが化けていたサラザールは随分と人間的だったのだと思った。今、目の前にいる男は人間の形をしているだけで、その中身は全くの別物に思えた。

 

「貴様はここで何をしている?」

「特に何も」

 

 サラザールは肩をすくめた。

 

「ボクは見守っているだけだよ」

「……復活する気がないのか?」

「無いね」

 

 サラザールはハッキリと言った。

 

「ボク自身に今の状況を変える気はないよ。ロウェナが破滅するにしろ、ヘルガが目的を遂げるにしろね」

 

 冷酷な表情を浮かべながら彼は言った。

 

「一つだけヒントをあげるよ。隠し通路に掛けられていたボクの肖像画はヘルガが用意したものだ。ボクの分霊なんかじゃない」

「……そうか」

 

 それだけで十分だった。知りたい事は全て分かった。

 

「選択肢は君のものだ。好きに選ぶといい。ボクはどちらを選んでも祝福するよ」

「……悪魔は貴様だったようだな」

 

 わたしはサラザールを睨みつけると、心の世界を後にした。

 

 第百三十六話『悪の道』

 

 エグレの心から戻ってくると、トムはハリーに言った。

 

「ハリー」

「なんだ? なにか分かったのか?」

「ああ、変身薬についてだ。恐らく、思った以上のデメリットは無さそうだ。あれはバジリスクの為に調合されたものだから、改良は必要だがな」

「分かった!」

 

 ハリーはセブルスの下へ向かっていった。以前、エグレの変身薬を調合する時にも頼った相手だ。

 わたしの事を避けているのだろう。わたしから一番離れた場所にいる。

 セブルスはハリーの言葉に不快そうな表情を浮かべながらも頷いた。

 

「……さて」

 

 わたしはダンブルドアを見た。

 視線を交差させる。

 開心術と閉心術の応用だ。必要な言葉以外の情報を閉心術によって隠し、開心術で読ませる。

 これで言葉を使わずとも対話する事が可能だ。

 

 ―――― 分かっているな?

 

 必要な情報を与え、口止めもしておく。

 

 ―――― ハリ―達には黙っておく。しかし、これは……。

 

 ダンブルドアの心に迷いが見える。

 

 ―――― 必要とあれば幾らでも冷酷になれる。それが我々の長所だろ。

 ―――― 短所とも言える。じゃが、そうじゃな……。

 

 これは悪魔の選択肢だ。どちらを選んでも地獄に堕ちる事が確定する。

 けれど、問題はない。この身は既に地獄行きが決定している。闇の帝王という、悪の権化。それがわたしだ。

 

 ♠

 

 ヘルガにふっ飛ばされたロンは地面に剣を突き刺す事で勢いを殺した。

 体に痛みは全くない。剣の加護だ。

 

「……ロウェナ」

 

 ロンの脳裏にはロウェナの顔が浮かんでいた。

 あと一歩でヘルガを倒せていた筈なのに、取り逃がしてしまった。

 

「ちっくしょう!」

 

 ヘルガがロウェナに変身した時、止まってしまった。

 偽物だと分かっていたのに、卑劣な策にまんまと嵌ってしまった。

 

「ふざけんな! なんなんだよ、アイツ!」

 

 怒りで頭がおかしくなりそうだ。地団駄を踏んでいると、近くでガサガサという音が聞こえた。

 

「荒れていますね、ロナルド・ウィーズリー」

 

 現れたのは半人半馬の魔法生物、ケンタウロスだった。一時期、彼らはホグワーツを包囲していたから、ロンにも見覚えがあった。

 

「……何か用?」

 

 以前までの彼なら怯えきっていた筈の相手。けれど、剣の力を手に入れた今、ロンにとって彼らは取るに足らない存在だった。襲われても一方的に退治する事が出来る。

 

「怒りを鎮めなさい。憎悪や憤怒ではなく、愛と勇気こそが君の原動力であるべきだ」

「僕の事を知ってるの?」

「知っています。ゴドリック・グリフィンドールに選ばれた少年。君の運命は月のようだ。満ちる時もあれば、欠ける時もある。失われる可能性も秘めている」

 

 もったいぶった言い回しにロンはイライラした。

 

「何が言いたいの!?」

「満ちる時を待つのです。大いなる流れに身を委ねなさい」

「大いなる流れ? ちっとも意味が分からない!」

 

 ロンは憤慨しながらケンタウロスに背を向けた。

 

「……君が真実に辿り着かない事を祈っているよ」

 

 ◆

 

「ロン!」

 

 飛んでいった壁の穴からロンが戻って来た。

 ジニー達が彼を探しに行ったのだけど、行き違いになってしまった。

 

「ハリー! ヘルガは!?」

 

 ロンが無事である事を確信していたのだろう。それまでスネイプ先生と変身薬の調合について話していた彼はロンの登場に驚いた素振りも見せなかった。

 

「逃げた」

「なら、追わないと!」

 

 ロンは剣を振り上げた。剣の索敵能力は万里を見渡す。

 

「……あ、あれ?」

 

 けれど、見つからない。

 

「何してんの?」

 

 闇払いのトンクスが首を傾げた。

 

「いや、ヘルガの居所を探してみたんだけど見つからなくて……」

「剣の能力を使ったのか……。能力を掻い潜っているのか、あるいは効果範囲外にいるのか……」

 

 ハリーは唸った。

 

「サラザールはともかく、ゴドリックが消えたのが痛いな。情報源を失ってしまった」

 

 ロンが人を超えた能力に覚醒している以上、ゴドリックは本物だった筈だ。けれど、彼は消えてしまった。

 貴重な情報源の消失。ヘルガと対決する為に力と同時に必要だった彼女を捕捉する手段を失ってしまった。

 唯一の希望だったロンの剣の能力でも見つけられないとすると事態は深刻だ。

 

「も、もしかして、僕……、やらかした?」

「いや、あの時はロンが戦ってくれたおかげで助かった」

 

 実際、あの状況で彼女に対抗出来たのは彼だけだった。

 

「……まさか、それが目的か?」

 

 ハリーがハッとした表情を浮かべると、トムが「それは違う」と口を挟んできた。

 

「彼女が正体を明かしたのはエグレに気付かれた為だ。ゴドリックによるロンの覚醒は偶然の産物だろう」

「たしかに……」

「過ぎた事を考えても仕方あるまい。まずは出来る事から始めよう」

 

 話を切り替えるようにダンブルドアが言った。

 

「そうだな。セブルス、ダフネ、ハリー、スキャマンダー。我々は変身薬の改良に取り掛かるぞ」

「おう!」

 

 気合を入れるハリーにトムが頷く。そして、スネイプはそんなトムを訝しげに睨みつけていた。

 

「さて」

 

 ハリー、トム、ダフネ、スネイプ、ニュートの五人が校長室を出ていくと、ダンブルドアは部屋の隅で蹲っているグリンデルバルドに歩み寄った。彼が近づいてくる度にグリンデルバルドは怯えの表情を深めていく。

 

「ゲラート。お主の力も必要じゃ。腑抜けておる場合ではないぞ」

 

 普段の彼からは想像も出来ない苛烈な言葉に誰もが目を見開く中、グリンデルバルドだけは微笑んだ。

 

「……懐かしいな」

 

 昔から、彼は物腰が柔らかく、穏やかな気性だった、

 けれど、同時に烈火の如き熱意の持ち主でも会った。

 

「ルーファス。お主にも話しておきたい事がある。少し時間をくれるかね?」

「……ああ、構わない」

 

 ダンブルドアはグリンデルバルドとスクリムジョールを連れて校長室を後にした。

 

「なんか、色々起き過ぎてわけわかんないわね」

 

 リーダー格の面々が退出すると、トンクスは深く息を吐いた。他にも似たりよったりな反応をする者が多くいる。

 

「一気に緊張感が抜けたな」

 

 ドラコは呆れたように言った。

 

「仕方ないわよ。トンクスの言う通り、一気に色々な事が起こり過ぎて処理し切れないもの」

 

 ハーマイオニーはやれやれと肩をすくめる。

 

「世界の危機なんて、数ヶ月前までは想像すらしていなかったわ」

「まったくだ」

 

 校長室にいる誰もがため息を零した。


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