ハロー! 元気? わたしは元気だよ!
え? 『貴様は何者だ』って? そんな事はどうでもいいよ! 重要じゃない!
それよりも、君は本が好き? 好きだよね! 分かるよ! 嫌いな筈が無いよね? ね? ね?
え? 好きじゃない? 普通? そっかー!
でも、物語を読んだ事はあるよね? 良かった! 無いって言われると困っちゃう所だったよ!
読んだ事があるなら分かるよね? 物語には欠かせない存在がいる。
主人公だよ!
どんな物語にも主人公がいる。
そう、この物語にも主人公がいるんだよ!
それは誰かって? 気になる? 気になる? 気になっちゃう!?
え? どうでもいい?
…………。
と・に・か・く!
君はここで大人しく見学していたまえ!
ここから先の物語を!
第百十二話『Who are you?』
目を覚ますと、何だか校内が騒がしくなっていた。グリンデルバルドとの決戦が終わり、三大魔法学校対抗試合の最終試練から始まった一連の事件も一先ずの終結を迎えた筈なのに、今度は何事だろう?
わたしはルームメイトのパーバティやラベンダーに声を掛けると、急いで仕度を済ませた。ジッとしてなどいられない。困っている人がいるかもしれないのだから。
「あっ、おはよー!」
談話室に降りていくと、そこにはネビルの姿があった。とても深刻そうな表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「あっ、おはよう。それが……」
ネビルのたどたどしい説明を要約すると、どうやらジニーがまたもや姿を晦ましてしまったらしい。ロンが大慌てで探しに行ったみたい。よく行方不明になる子だ。
わたしも一肌脱ぐとしよう。余程慌てていたのだろう、ロンはロクに情報も集めないまま飛び出して行ったようだ。まずは談話室で寛いでいる人達から目撃情報を集めてみよう。
「え? ジニー? 僕は見てないよ」
「もしかして、またゴドリック・シャドウが!?」
「わたしも探してみる!」
「オレは知らないけど、リッチーにも聞いてくるよ!」
「また居なくなったの!?」
「そう言えば……。僕、眠れなくて談話室にいたんだけど、その時に……」
数人に話を聞くと、少しだけ情報を得られた。どうやら、ジニーは深夜にコリンと口論を繰り広げていたようだ。あの二人は共に熱狂的なハリー・ポッター・フリークスだ。それに、図書館で一緒に勉強している姿をよく見かけた。何だか、ロマンスの香りがしてくる。
コリンはグリンデルバルド決戦の際に最前線で戦っていた。グリフィンドールの生徒らしい、実に勇敢な行動だけど、彼を想う人からしたら溜まったものではないだろう。だからこその口論であり、だからこその行方不明。
「おはよ、何してんの?」
「ダンスの練習かい?」
イヤンイヤンしているとフレッドとジョージが寝室から降りてきた。どうやら、二人はジニーの事を知らないようだ。
「ジニーが居なくなっちゃったの。だから、目撃情報を集めていたの!」
「なんだって!?」
「ジニーが!?」
青褪める二人。ここ数日の出来事を考慮すれば、校内一陽気なお調子者兄弟でも決して楽観視する事は出来ないのだろう。だから、とりあえず安心させる為にコリンと一緒である可能性が高い事を伝えた。
コリン・クリービー。グリフィンドールで最も有名な生徒の一人だ。あのハリー・ポッターに一目置かれ、成績も学年でトップクラスをキープし、ヒッポグリフレースでも上位の成績を修めている。最近では急激に身長を伸ばし、学年一の美少女であるジニー・ウィーズリーやあのローゼリンデ・ナイトハルト、レイブンクローの変わり者であるルーナ・ラブグッドと仲が良く、そういう点でも注目を集めている。
フレッドとジョージにとってもコリンは一目置いている存在であり、少しだけ表情が明るくなった。二人はグリンデルバルド決戦の時のコリンを間近で見ている事もあって、コリンが一緒なら安心というわけだ。
「一応、探してみるか」
「コリンが一緒なら大丈夫だと思うけどね」
探すと言いながら、二人は何故か寝室に向かっていく。
「君も来なよ! 面白いものを見せてあげる!」
面白いものとやらに興味を惹かれて二人の後を追いかける。
男子が女子の寝室に向かうと階段が滑り台になるけど、女子は男子の寝室にフリーパスだ。
二人の寝室に入ると、そこには実況でおなじみのリー・ジョーダンがいた。
「あれ? 珍しい組み合わせじゃん」
リーが目を丸くすると、フレッドはウインクした。
「そろそろ後継者が必要だろ? アレを見せてあげようと思ってさ」
アレとは何か? その答えはジョージが持って来てくれた。古ぼけた羊皮紙だ。
首をかしげていると、フレッドが羊皮紙を杖で叩いた。
「我ここに誓う 我よからぬ事を たくらむ者なり」
すると次々に文字が浮かび上がってきた。
そして、羊皮紙にはホグワーツの精密な地図とおそらくは校内に存在している人間の名前が浮かび上がった。
ホムンクルスの術を筆頭に、驚くほど高度な呪文がいくつも掛けられている。
「凄い……。これって?」
感心するわたしに三人はこの『忍びの地図』の事を誇らしげに語ってくれた。
元々はフィルチが生徒から没収した物らしい。ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングズという四人の魔法いたずら仕掛人が作り上げた魔法具のようだ。
この地図には秘密の部屋と必要の部屋の二つを除くとすべての部屋が隠し通路も含めて記載されていた。
「さーて、ジニーとコリンはどこだ?」
わたし達は目を皿のようにして地図の上から二人の名前を探した。けれど、中々見つからない。なにしろ数が多過ぎる。その上、名前は常に現実の本人と同期して動き続けている。検索する為の魔法を掛けても、外部の魔力を弾く仕組みになっているようで効果が無い。あらゆる魔法が繊細に組み合わされていて、無理に扱うと壊れてしまいそうだ。
地図上に視線を走らせていると、地下牢にやたらと人の名前が集まっている事に気づいた。密集し過ぎて名前が重なり合ってしまっている。よく観察してみると、ドラコやスクリムジョールの名前があった。
「あっ!」
見つけた。ジネブラとコリンという文字。
「ここって地下牢? なんで、そんなとこに?」
「スクリムジョール達の名前もあるじゃん」
「何かあったのかな?」
「とにかく行ってみる!」
寝室を飛び出すと、後ろから「待ってよ!」「僕達も行く!」とフレッド達も追いかけてきた。
地下牢に降りていくと、すすり泣く声が聞こえて来た。
フレッドとジョージは顔を見合わせている。リーが忍びの地図を広げながら地下牢に向かって歩いていく。追いかけていくと泣き声が大きくなっていく。胸騒ぎがした。地下牢の扉を前に尻込みしているわたしとリーを押しのけて、フレッドが扉を開いた。
すると、そこにはジニーとコリンがいた。ドラコやアステリアを筆頭にスリザリンの生徒達もいる。先生達や闇祓いもたくさんいた。
彼らは一点を見つめている。一瞬、わたしはみんながアステリアとドラコを見つめているのかと思った。だけど、すぐに違うと分かった。みんなが涙を浮かべながら見つめていたのはドラコに抱かれて瞼を閉じているハリーの姿だった。
「ハリー……?」
わたしが呟くと、みんなの視線が集まった。わたしは居ても立っても居られなくなり、ハリーの下へ駆け寄った。
穏やかに眠っている。そう思えるくらい、彼の表情は安らかだ。だけど、違う。
「……うそ」
彼は息をしていない。彼に触れると、ゾッとする程に冷たくなっていた。
死体だ。他に表現のしようがない。ハリー・ポッターが死んでいる。
泣き叫んだ。彼の死体に縋り付きながら、彼の名前を呼び続けた。だけど、返事は返って来ない。
あの素敵な笑顔を浮かべてくれない。
そこから先の事は、よく覚えていない。
謝り続けるドラコがいて、彼のそばにアステリアがいて、蹲っているコリンをジニーが抱きしめている姿だけが記憶に留まっている。それ以外は何も残っていない。わたしはひたすらハリーの死を悲しんでいた。
気がつくと医務室のベッドで横になっていた。どうやら、泣きつかれて眠ってしまっていたようだ。目が覚めた事をマダム・ポンフリーに報告すると、彼女に大広間へ連れて行かれた。ちょうど、これから新校長の話がはじまる所だったらしい。
生徒達は深刻そうな表情を浮かべている教師達を見てざわついている。
わたしはグリフィンドールのいつもの席へ向かった。
フレッドやジョージがいつも巫山戯て『
ハリーの事を想いながら待っていると、普段ならダンブルドア校長先生が立つ場所にスネイプ先生が立った。
いつも以上に青褪めながら、まるで死刑台に上がった罪人のような表情を浮かべている。
絶望だ。彼の表情は絶望に満ちている。
「……諸君」
スネイプ先生が話し始めると、生徒達のざわめきも収まった。
「既に周知の事とは思うが、前校長であるアルバス・ダンブルドアがゲラート・グリンデルバルドによって殺害された」
スネイプ先生の言う通り、それは周知の事実だ。けれど、偉大なるアルバス・ダンブルドアが死亡した事、それも、殺害された事を改めて知らされると、その事実が現実的な重みとなってのしかかってくる。
「それに伴い、吾輩が校長に就任する事となった。正式な後任者はホグワーツの理事会が決定する。それまでの一時的な措置である」
ホグワーツ魔法魔術学校の校長。その栄えある地位に就いた事にスネイプ先生は些かの喜びも覚えていないようだ。無理もない。このような状況で喜べる者はきっと心に異常を持っている。つまり、スネイプ先生の心は正常という事だ。強い人だと思う。
わたしを含めて、少なくない数の生徒が拍手を送った。今のホグワーツにおいて、彼以上に校長の地位が相応しい者などいない。彼は元々副校長の地位にあり、いずれは校長に就任する事が決まっていたのだから尚更だ。本来なら、もっと祝福されるべき状況で就任していた筈だ。
スネイプは咳払いで拍手を止めた。
「更にもう一つ、諸君に告げねばならない事がある」
先程までよりも更に絶望の色を濃くした表情で彼は言った。
「ハリー・ポッターが死亡した」
その言葉に、知っていた者達は俯き、知らなかった者はポカンとした表情を浮かべた。
「彼はグリンデルバルドとの決戦の際に負傷し、その尊い命を落とした。ダンブルドア校長の葬儀を改めて執り行うと共に、彼の葬儀も並行して行う予定だ。出席の確認は各寮の監督生に任せる」
スネイプ先生の言葉がようやく浸透したのだろう。
少しずつ生徒達がざわめきだした。
「う、うそでしょ?」
「ハ、ハリーが死んだ!?」
「なんで!? 嘘だよ! だって、あのハリーだよ!?」
「どういう事!? なんで!? だって、ハリーが死ぬわけないでしょ!?」
人の真価は死の瞬間にこそ問われる。
ハリー・ポッター。生き残った男の子。闇の帝王を打ち破った少年。帝王を超える魔王。死の恐怖。
彼はいくつもの伝説を残してきた。
今世紀最悪の闇の魔法使いであるヴォルデモート卿の討伐。
千年以上も謎に包まれて来た秘密の部屋の発見。
制御不可能と言われている最凶の魔法生物、バジリスクの飼育。
偉大なる魔法生物学者、ニュート・スキャマンダーとの共同研究。
冥府の番犬と呼ばれるケルベロスとの対決。
魔法界の新たなるスポーツ文化であるヒッポグリフレースの発案。
特殊個体である超大型ハンガリー・ホーンテイル種の制御。
討伐不可能と言われていた暗黒の生物である吸魂鬼の討伐。
史上最悪の闇の魔法使いエクリジスが建造したアズカバン城塞の破壊。
数世紀振りに復活した三大魔法学校対抗試合の優勝。
非公式ではあるものの、ダリアの水薬の開発者の一人でもある。
計り知れない偉業の数々。彼は常に人の想像の上を往く生き方をしてきた。それ故に、彼を恐れる者は多く、魔法省は彼を殺害する為に卑劣な罠をいくつも仕掛けて来た。
彼の呼び名の一つ、死の恐怖はここにいる生徒が彼を畏れて付けた二つ名だ。
けれど今……、
「ウソだって言ってよ!」
「ハリーが死んだなんて、そんなわけないだろ!」
「冗談やめてよ! お願いだから!」
「ハリーが死ぬわけない!」
「ハリーだぞ! ハリー・ポッターだぞ!」
「ウソでしょ!? ねえ、ウソなんでしょ!?」
誰もが彼の死を信じられずにいる。
「事実だ。彼は……、ハリー・ポッターは……、死亡した」
けれど、スネイプは言った。
そして、彼は一筋の涙を零した。
「……そんな」
セブルス・スネイプの涙を見て、誰もが悟る。
―――― ハリー・ポッターは死んだ。
誰かの泣き声が響き渡った。
それが誰の泣き声なのか、すぐにわからなくなった。
スリザリンの生徒達はテーブルに突っ伏して泣き叫んでいた。レイブンクローでも、涙を流す生徒がいた。
ハッフルパフでも、そして、わたしの周りでも……。
ホグワーツで共に接して来たわたし達にとって、ハリーはダンブルドアよりも身近な『偉大な魔法使い』だった。彼の存在はいつの間にか心の広い空間を埋めていた。その喪失感は耐え難い苦痛をもたらした。
枯れ果てる程に流した筈の涙が溢れてくる。
けれど、嘆いてばかりではいられない。彼が命を賭して守ったもの。それを、今度はわたしが守らなければいけない。
そう、『
わたしの名前はレベッカ。
ここからはわたしの物語だ。