2023.01.25

金平茂紀が「ロシアの靖国神社」に行ってみたら…連邦軍主聖堂の異様な新年の光景と「守護神のモザイク画」│金平茂紀のモスクワ日記(3)

ジャーナリスト・金平茂紀氏が、一介の観光客として目にした年末年始のモスクワの光景とはいかなるものだったか。3回連続の「モスクワ日記」、最終回をお届けしよう。

【第1回を読む】ソ連の亡霊どもが彷徨っているロシアに、観光客として行ってきたら…金平茂紀のモスクワ日記(1)

【第2回を読む】ウクライナ戦争の渦中のモスクワの衝撃の光景 赤の広場とプルシェンコ…金平茂紀のモスクワ日記(2)

観光バスから大量のロシア人

■2023年1月4日(水)

絶不調。のどが痛い。今日はロシア連邦軍主聖堂に出かける。友人のひとりが車を用意してくれた。本当に助かる。持つべきものは、国籍・信条・言語を問わず「友」だ。これが郊外電車(エレクトリーチカ)を使うとなれば、とんでもない手間がかかる。戦争と宗教がどんなふうに結びついているのか。まあ、「ロシアの靖国神社」のような存在なのか。観光コースになっているというので、是非とも行ってみたいと思ったのだ。

道がまだ空いていて、午前9時過ぎにモスクワを出発して、ほぼ1時間かからないうちに、お目当てのロシア連邦軍主聖堂(Главный храм Вооружённых сил Российской Федерации)に到着した。何じゃこれは。教会なのにカーキ色だ。濃い緑色の教会なんて見たことがない。その異容たるや……。すでに観光バスからたくさんのロシア人たちが降り立って、大聖堂をめざしている。こどもの姿が多いことに少し驚く。

ロシア連邦軍主聖堂(筆者撮影)2023年1月4日

凱旋門のようなものが無理やり作られ、その後ろに高さ95メートルのカーキ色大聖堂が聳え立っている。中に入ってみてさらに驚く。その豪華なことに。2020年の6月に出来上がったが、総工費60億ルーブルだったという。一階はそれほどゴージャスには見えなかったが、圧巻は二階に上がってからだった。何じゃこれは。天井の大ステンドグラスは主キリストの顔。正面上空に巨大な黄金色の神様像が空を飛ぶように祀られているではないか。

ロシア連邦軍主聖堂(筆者撮影)2023年1月4日

新年のミサのようなことが行われていたが、聖歌隊は軍服の男性たちである。ロシアテレビの取材チームが何やら取材をしていた。ドキュメンタリーか何かを作っているのだろうか、ある特定の家族を大型カメラで撮影していた。女性のディレクターのような人物がすぐそばにいた。僕はスマホで大聖堂内を撮っている。

同主聖堂内に飾られた対軍国主義日本勝利祝福のモザイク画

いくつかの大型モザイク画は、戦争で勝利したロシア軍の兵士たちを上空から神が見守っている構図になっている。というか、これほど戦争の守護神としてのロシア正教を赤裸々に語っているモザイク画はない。

 

なかには、キエフ、ベラルーシ、バルト三国での戦闘勝利を讃える神の姿や、軍国主義日本に勝利したロシア軍兵士たちを見守る守護神のモザイク画もあった。1945年の8月9日のソ連参戦のことなのだろう。このモザイク画は、日本の人たちはちゃんと見た方がいいと思う。今、ウクライナに攻め込んでいる人々の国は、こんなモザイク画を崇め奉っているのだということを知った方がいい。今回のモスクワ観光訪問のなかでの大収穫だった。

ロシア連邦軍主聖堂(筆者撮影)2023年1月4日

ロシアの今度のウクライナ侵攻について、ロシア正教が果たしている役割をもっときちんと知っていた方がいい。統一教会どころではない。ロシア人の建国精神に直接関わっている拠り所の一つになっていることを知るべきではないか。社会主義、共産主義とは対極の、神に祝福された偉大なるロシア。

この大聖堂を取り囲むように博物館がある。「勝利までの1418歩」と銘打って、主として対独戦争の初めから終わりまでを展示しているのだが、これをどんなに駆け足でみても1時間以上はかかる。まさに「ロシアの靖国神社」の真髄だと僕は思った。スターリンもがんがん登場して来ていた。

今、ロシアではスターリンの再評価が進んでいるというのを耳にしていたが、目の前でそれが確認された。考えてみれば、ソ連、ロシアという国は、戦争で徹底的な敗北を近代になってから喫した経験がない(日露戦争当時の日本軍の相手は帝政ロシアだ)。戦争をしてはいけない、などとは微塵も考えていないことで一貫している。

その意味で、ここの展示は、アウシュビッツのホロコースト展示博物館とは対極のものではないか。これだけで一本のドキュメンタリー映画ができると思う。観客たちの反応も含めて。是非ともセルゲイ・ロズニッツア監督にこそ作って欲しいものだ。いや、ダメなら僕ら自身が作ればいいじゃないか。

スターリンの肖像を掲げて行進するソ連時代の女性たち

のどの痛みがおさまらない。ルスラン・ハズブラートフ元ロシア最高会議議長がきのう亡くなったというニュースを知る。

夕刻、市内のレストランで食事。とにかく西側のクレジットカードが使えない、というのはかなり困った状況だが、ロシアの人々はロシアでだけ使えるクレジットカードのようなもの(プリペイドカードのようなものか)を持っている。スーパーマーケットに入ってみると、品数も充実していて、品質のいい黒パンは、一斤56ルーブル(100円くらい)だった。ウクライナの現下の状況とは比べようがない。

この戦争は長引く。そして長引けば長引くほど、ロシアは頑なになる。取り返しのつかない状況になる前に、停戦を実現することだ。互いの面子を保ちつつ、とにかく殺し合いをやめさせることだ。

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