【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第百二話『真のグリフィンドール生』

「取った!」

 

 エグレの胸をジニーの剣が貫いた。

 その光景を見た者は等しく言葉を失う。エグレはハリーが溺愛しているペットなのだ。ハリーの優しさを知る者でさえ、希望的な観測など持てない。

 彼の後輩であるローゼリンデが虐められていた事を知った時、彼は敬愛していた筈のマクゴナガルさえ殺意の対象とした。

 ハリーがローゼリンデとエグレのどちらを優先するかは分からない。けれど、ジニーはエグレを殺してしまった。たとえ、何者であっても許されない事がある。

 

「ジ、ジニー!! 何をしてるんだよ!? 君は!! 何をしてるんだ!!」

 

 ロンは叫んだ。

 彼の顔は一緒に彼女を探してくれていたエグレを殺した事に対する怒りと、エグレが殺された事を知った時のハリーの反応を想像した恐怖が綯い交ぜになっている。

 ジニーは殺される。エグレを殺した者を、ハリーは決して許さない。エグレは彼女が洗脳されていると言っていたけれど、そんな事は些細な事だ。

 それほど、ハリーにとってエグレは大切な存在なのだと、ロンは知っていた。

 泣き崩れて、憎悪に身を焼くハリーの姿を想像して、その後に殺されるだろうジニーの姿を想像して、ロンは涙を流した。

 

 ―――― 《何をしているんだ》は僕の方だ!

 

 止められる距離にいた。それなのに、エグレに任せてしまった。

 彼女の兄なのに、ただ混乱して、ボーッと突っ立っていた。

 

「ロ、ロン……。わたしは……」

「良いアシストだ、ロナルド」

「へ?」

 

 ロンは呆気に取られた。

 死んだはずのエグレがジニーを蹴り上げたのだ。剣を自分の胸に突き立てたまま。

 

「何故!?」

 

 ジニーの目が見開かれる。

 エグレは邪悪に嗤う。

 

「この肉体は仮初のもの。人間の急所が我の急所と思い込んだ貴様の落ち度だぞ、ゴドリック!」

 

 エグレは胸に突き刺さった剣を抜けないように固定していた。蹴りの衝撃によって吹き飛ばされたジニーは剣を手放してしまい、剣の恩恵を失った。

 

「舐めるなっ、バジリスク!」

 

 ジニーは剣に向かって手を伸ばす。

 

「来い!!」

「ぬっ!?」

 

 ジニーの呼びかけに剣が応える。エグレの胸から掻き消えて、その柄がジニーの手に舞い戻る。

 咄嗟に動こうとするエグレだが、剣は置き土産のように彼女の体を空間ごと固定していた。

 術を破壊する事は可能だ。けれど、破壊まで二秒掛かる。ジニーの攻撃は一秒後に到達する。

 エグレは顔を歪ませた。一度見せたものは二度通じない。

 

「勝った!! トドメだ、喰らえっ!!」

 

 ジニーの剣先がエグレの真の急所へ向かっていく。

 そして――――、

 

 第百二話『真のグリフィンドール生』

 

 ロンは不思議な感覚に包まれていた。時間が随分とゆったりしているように感じる。

 彼の頭脳は最大最速で回転していた。すべてを妹を救うためだ。

 エグレの機転によって、絶望的な未来は一旦回避された。だけど、終わっていない。

 ジニーは再び彼女の命を狙っている。次はきっと本当に彼女を殺してしまう。

 

 ―――― どうしたら……。

 

 ロンは悩んだ。

 

 ―――― きっと、ハリーならスマートに解決するんだろうな……。

 

 自分とはあまりにも違い過ぎる友を思う。

 強くて、かっこ良くて、頭もいい。

 ここに居るのが彼なら、何も問題など無かった。

 

 ―――― 違う!!

 

 ロンの体は思考するより先に動き出していた。

 

 ―――― ここに居るのは僕だ。(ジニー)を助けられるのは僕だけだ。

 

 ロンの脳裏には、いつかの言葉が浮かんでいた。

 

《ハリーと付き合えるのは勇気を持った人間だけだよ》

 

 それはロンがジニーに伝えた言葉だ。

 

 ―――― 勇気は覚悟だ!

 

 ハリー・ポッターの友達を名乗るなら、今ここで覚悟を示さなければいけない!

 そうしなければ、妹を救えない。ハリーの友でいられない。

 

「ジニー!!」

 

 エグレは言った。

 

《彼女の精神は薄い膜に包まれているような状態だ。呼びかけ続ければ、今ならば彼女自身が洗脳を振り解けるかもしれん!》

 

 それはつまり、彼女の心に訴えかければ正気に戻せるかもしれないという事。

 言葉でダメなら、もっと大きな衝撃を彼女に与えればいい。

 

「あっ……、ああ……」

 

 ジニーの目が見開かれる。涙が零れ落ちる。剣先が迫っていたエグレをロンは突き飛ばした。そして、その身にジニーの剣を受けた。

 

「……ダメだよ、こんな事をしたら」

 

 痛みが来ない。そんな事を感じる前に、体が死へ向かっているのかもしれない。

 剣で貫かれたのだ。普通の人間なら即死していてもおかしくない。

 けれど、幸運にも時間を与えられたらしい。

 

「剣なんて振り回すもんじゃないぞ……。あとで、エグレとハリーに謝るんだよ」

「ロ、ロン……。わ、わたし……、わたし……」

 

 黄金に輝いていた彼女の瞳が本来の鳶色に戻った。

 涙をポロポロと流しながら、自分のしでかした事に震えている。

 

「大丈夫だよ、ジニー。大丈夫だ」

 

 ロンは最期に残された時間を妹の為に使う事にした。

 彼女の頭を撫でて、何度も大丈夫と言い続けた。

 命尽きる、その瞬間まで――――……、けれど、いつまで待っても来ない。

 もう、大丈夫と言った回数が二桁に上り始めた。

 

「あ、あれ?」

 

 痛みもない。体も快調。ロンは首を傾げた。

 

「あぐっ!?」

 

 貫かれた方は何ともないのに、何故か貫いた方のジニーが苦しみ始めた。

 

「ジ、ジニー!? どうしたの!?」

「な、何故だ!?」

「ええっ!?」

 

 再び、ジニーの瞳が金色に輝いた。

 そして、ロンは何故か手がズッシリと重くなっている事に気づいた。

 

「あれ? 僕、何か持って……って、あれ?」

 

 その手にはジニーが持っていた筈の、そして、ロンの体を貫いている筈の剣が握られていた。

 

「これって……」

 

 困惑しているロン。対して、ジニーは表情を歪めた。

 

「ワタシの剣だぞ!!」

「違うな、間違っているぞ」

 

 ロンに掴みかかろうとしたジニーの手をエグレが掴んだ。

 必死に振りほどこうとするが、まったく敵わない。

 

「グリフィンドールの剣は《真のグリフィンドール生》にのみ引き抜く事を許される」

「巫山戯るな! ワタシがグリフィンドールだぞ!!」

「ゴドリック。いや……、ゴドリックの妄執よ。この剣をアレンに譲り渡した時、剣に何を刻んだか忘れたのか?」

「なんだと!?」

 

 エグレは悲しげに目を細めた。

 

「真のグリフィンドール生とは、嘗ての君の志を受け継いでくれる者の事だ。誰かを助ける為に勇気を示せる者。ロン・ウィーズリーの勇気は、今の君を凌駕した。グリフィンドールの剣(かつての君)は君ではなく、彼を主として強く認めたのさ」

「馬鹿な!! そんな馬鹿な!! ワタシの剣だ!! 返せ!! ワタシの――――」

「……駄目だよ」

 

 会話の流れなどちっとも分かっていない。

 それでも、それは駄目な事だとロンは思った。

 

「君はジニーじゃない。君はジニーに酷い事をした。だから、この剣は返さない!!」

「貴様ァ!!」

 

 ジニーの体から黄金の光が飛び出してきた。それは人の形となり、ロンに向かって襲いかかる。

 すると、ロンの腕は勝手に動いた。剣が彼を守る為に動かしたのだ。そして、彼の周囲に強固な結界を張り巡らせた。

 

『馬鹿な……、何故……、何故!?』

 

 使い方など分かっていない筈のロンが剣の真髄を引き出した事にゴドリックの影は悲鳴を上げた。

 

「それが君の意志だからさ、ゴドリック。弱い者は救え、強い者には向かっていけ。ロンが君を敵と認めた今、剣も君を敵と認めた。それだけの事だよ」

 

 剣の結界はロンを守るものから、ゴドリックの影を拘束するものへ変化した。

 そして、マーキュリーに連れて来られて、ハリー・ポッターがその場に姿現した。

 

「……えっと、どういう状況だ?」

 

 彼はゴドリックの影を見て、目を丸くした。

 

「ゴドリック・グリフィンドール!?」

「その影だ、マスター」

「エグレ!! 無事だったか!!」

 

 安堵するハリーにエグレは微笑む。

 

「ロナルドが助けてくれたよ」

「そうか! さすがはロンだ!!」

 

 満面の笑みを向けてくるハリーにロンは照れくさそうに頬を掻いた。

 

「……たまにはやるもんだろ?」

「ありがとう、ロン!」

 

 ハリーはロンを抱き締めた。

 

「……事情は分からないが、エグレを救ってくれた事を心から感謝するぜ」

「大袈裟だな……。ねえ、ハリー」

「なんだ?」

「アイツ、ジニーに酷い事をしたんだ。懲らしめてくれない?」

「……任せろ」

 

 ハリーは邪悪に嗤うと、ゴドリックの影を睨みつけた。

 

『よ、よせ!! やめろ!! このままでは世界が!!』

「心配は要らんぞ。我のマスターは誰にも負けたりしないからな!」

 

 エグレの言葉にハリーは鼻の穴を膨らませた。

 

「さて、ゴドリック・グリフィンドールの影……、ゴドリック・シャドウとでも呼ぼうか? 貴様、オレ様の親友であるロンの妹、ジニーに対して良からぬ事をしてくれたようだな。生者やゴーストならばいざ知らず、影如きに対して容赦はしないぞ」

 

 ハリーは言った。

 

「覚悟はいいか? ゴドリック・シャドウ!」

『よせ!! ワタシには為すべき使命があるのだ!!』

「駄目だな、貴様は……」

 

 ハリーはやれやれと肩を竦めた。

 

「哀れ過ぎるぜ、その様は。エクスペクト・フィエンド!」

 

 ハリーの杖から蒼き龍神が飛び出していく。

 

『やめろ……、やめろォォォォォォォォォ!!!!』

 

 蒼龍はゴドリック・シャドウを断末魔ごと呑み込むと天に向かって駆け上がっていく。

 そして、そのまま消えていった。

 

「……ところで、ロン」

「な、なに?」

「その剣は……、君のか?」

「……そうみたい」

「そうか……、かっこいいな」

「ははっ……」

 

 ロンは頬を掻きながら剣を見つめると、腰のベルトに差してからジニーの下へ駆け寄っていった。


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