【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第八十七話『さようなら』

「勝った!! トドメだ、喰らえ!! アバダ――――」

 

 その時だった。次々にバチンバチンという音が響き渡り、その度に生徒が姿を消していく。

 

「なんだ、これは……」

 

 ヴォルデモートは目を見開き、ダンブルドアを睨みつけた。

 けれど、睨まれたダンブルドアにとっても予想外の事態だ。何が起きているのか、真っ先に理解したのはニュートだった。

 

「これは……! ダンブルドア! 時間を稼げば僕達の勝利だ!」

 

 そう叫ぶと、ニュートはダンブルドアに杖を返した。

 

「貴様、それはどういう意味だ!!」

 

 ニュートは答えなかった。ヴォルデモートの周囲の土を一気に盛り上げて壁を作り出した。そこにダンブルドアが呪文を施す。

 ダンブルドアも遅れて理解した。まさか、彼ら(・・)がこの事態で能動的に動いてくれるとは考えていなかった。

 

「……ハリーじゃな」

「ええ、彼に突き動かされる者が他にも居たんだ」

 

 ドラコ達が我先に動いたように、ニュートが考えるよりも先に最前線で戦う決意を固めたように、彼らも勇気を振り絞った。

 すべては一人の少年の影響だ。若くして、闇の帝王を打倒し、ケルベロスやドラゴンと戦うヒーロー。

 彼が見せてきた覚悟と勇気はたくさんの人の心に種を植え付けた。

 

 ―――― 怖い所とか、圧倒されちゃう所とかもあるけど、やっぱりカッコいいから、みんな心のどこかで憧れているんです。彼みたいになりたいって。

 

 嘗て、そう口にした少女がいた。導く立場でありながら、ニュートもまた、彼に憧れていた。少年のように魅せられていた。

 

「ハリーだと? ハリー・ポッターはここには居ない!!」

 

 悪霊の火によって壁を破壊したヴォルデモートは雄叫びを上げた。

 

「貴様らはここで死ぬ運命なのだ! あの世で貴様の妹が待っているぞ!」

 

 ヴォルデモートは杖を振り上げた。

 

「運命に身を委ねるがいい、アルバス・ダンブルドア! そして、ニュート・スキャマンダー! アバダ――――」

「―――― 違うな、間違っているぞ」

 

 けれど、彼の杖は振り下ろされる前に奪い取られた。

 

「……はぁ?」

「死の運命は貴様のものだ、トム!」

 

 彼の杖を取り上げたのは一人の少女だった。

 夜の帳のような暗い青の髪、真紅の眼光。その姿にニュートが目を見開く。

 

「エグレ!」

「待たせたな、ニュートよ」

 

 エグレはヴォルデモートを見つめた。すると、彼は苦悶の表情を浮かべ始めた。

 

「なっ……、これは! 馬鹿な……ッ」

「我が魔眼は魂まで届く。その状態でも死ぬぞ、トム」

「なんだ……、なんなのだ、貴様は!?」

 

 エグレは応えなかった。代わりに、彼を蹴りつけた。

 

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

 一秒間に放たれた蹴りの回数は百を超え、ヴォルデモートは白目を剥いた。そして、そのまま全力のキックでサッカーボールのようにエグレは彼を蹴り飛ばした。

 小城クラスのドラゴンやホグワーツの塔を投げ飛ばす程の人智を超越したパワーで蹴られたヴォルデモートは一気に彼方の山まで吹き飛んでいく。

 

「生徒と教師は秘密の部屋に隔離した。他の大人はシーザーが監視している。我はトムを仕留めてくるから、後は任せるぞ」

 

 一方的に要件だけ伝えると、彼女はヴォルデモートが吹っ飛んでいった山に向かって走って行った。音すら置き去る彼女の疾走は悪霊の火の壁ですら妨げる事は出来なかった。

 

「なんと……」

 

 ダンブルドアは寸前までの窮地が一気に覆された事に目を丸くしていた。

 

「エグレに任せておけば、ヴォルデモートは大丈夫でしょう」

 

 ニュートの言葉にダンブルドアが頷くと、彼らの前でもバチンという音が響いた。

 そこに現れたのは屋敷しもべ妖精のフィリウスとウォッチャー。ハリーが特に親交を深めている三匹の屋敷しもべ妖精の内の二匹だ。

 

「お待たせ致しました!」

「全員の避難、完了致しました!」

 

 彼らの言葉に周りを確認してみれば、すでにニュートとダンブルドア以外は誰も残っていなかった。

 

「……なんと言う事じゃ。わしはこの恩を一生かけて返すと誓わせてもらおう」

 

 ダンブルドアの言葉に二匹はくすぐったそうに微笑んだ。

 

「我らは守るのです!」

「偉大なるハリー・ポッター様が留守の今、あの方の代わりに守るのです!」

 

 二匹はそう言うと、ニュートとダンブルドアの手を取った。そして、バチンという音と共に彼らは秘密の部屋に招かれた。

 そこは隅々までピカピカに磨き上げられ、山程の装飾が施されていて、まるでパーティー会場のような空間になっていた。 

 壁には《優勝おめでとう! ハリー・ポッター様、万歳!》という横断幕が掲げられていた。

 

「……これは、ハリーが言っていたパーティーの準備かい?」

 

 ニュートが聞くと、彼と手を繋いでいたフィリウスは自信満々に頷いた。

 

「そうなのです! ハリー・ポッター様はマーキュリーに食事の用意を頼まれました! だけど、パーティーをするともお聞きしました! だから、我々は全員でハリー・ポッター様の為に秘密の部屋をでこれーしょん(・・・・・・・)したのです!」

「……ただ、その為にこの人数を収容するのが難しくて……、それで片付ける為に時間が掛かってしまいました。申し訳ありません……」

 

 ウォッチャーはすまなそうに言った。それが彼らがあのタイミングまで現れなかった理由だ。よほど慌てていたのだろう。床にはクリームが落ちていた。

 ダンブルドアはそのクリームを見つめて、如何にハリーが屋敷しもべ妖精達に慕われているかを実感した。

 屋敷しもべ妖精は命令以外では能動的に動かない種族だと思われて来た。反抗的なわけではなく、余計な事をしない為だ。勝手に動いて、それが主人の意に反する事であれば、それこそ最悪だからだ。

 それでも彼らは動いた。

 

「ハリー・ポッター様は必ずお戻りになられる」

 

 近くの屋敷しもべ妖精が言った。

 

「ハリー・ポッター様なら、みんなを守る為に戦った筈です!」

 

 別の屋敷しもべ妖精が言った。

 

「だから、我々は守るのです」

「偉大なる方、ハリー・ポッター様」」

「我らが王」

「《偉大なる王》」

「《完璧なる魔法使い》」

「あの方の為に、我らは尽くすのです」

 

 第八十七話『さようなら』

 

 ハリー・ポッターとニコラス・ミラーは睨み合っていた。互いに油断は欠片もない。

 

「……何故、ダフネと歩む道を選ばなかった?」

 

 ハリーが問う。この場に居たのがローゼリンデではなく、ダフネだったのなら彼の行動にも説明がつく。けれど、ダフネは今頃、ルーピンの看病の為に奮闘している筈だ。

 ニコラスのダフネに対する献身は、ヴォルデモート卿の行動としてはあまりにも異常だ。

 血の呪いと人狼の解呪。その偉業を利用する事もなく、すべての権利と名声を彼女に預けた。彼女が自ら臨床実験を行うと言った時、彼は明らかに取り乱していた。

 

「貴様はダフネを特別視していた! 彼女の黄金の如き精神に魅せられていた! そうだろう!?」

「……否定はしない」

 

 ニコラスは言った。

 

「最初はほんの戯れのつもりだった。小娘の分際で、歴史上の誰もが為し得なかった事に挑もうとしている姿を見て、気まぐれに手を貸した。そして、ああ……、そうだ。彼女の眩き魂に魅せられたよ。ダンブルドアに対しても、他の誰に対しても思わなかった事を思った。偉大だと……、素晴らしい人物だと尊敬した!」

「だったら、何故だ!? どうして……、ロゼを利用したんだ!! ロゼを利用しなければ……、オレは貴様を見逃すつもりだった!!」

 

 ハリーは顔を歪めた。その瞳が徐々に淀んでいく。溢れ出す殺意と憎悪に気が狂いそうになっている。

 ローゼリンデを利用した。それはハリーにとって、決して許す事の出来ない事だ。もはや、何を話しても結果は変わらない。ハリーは必殺の決意を固めている。

 それでも、聞かずにはいられなかった。

 共にダフネの研究を手伝った仲間として、知らないまま終わらせる事が出来なかった。

 

「答えろ、ヴォルデモート!!」

「……わたしはヴォルデモート(I am Lord Voldemort)だ。それが理由だよ、ハリー・ポッター。悪の道こそ、わたしの生きる道であり、君の肉体を手に入れて、わたしは完全なる復活を果たす!」

「悪と……、悪と認めるのか!」

 

 ハリーの言葉にヴォルデモートは胸を苦しげに抑えながら叫ぶ。

 

「ああ、認めるとも! わたしは悪だ! 正義に対する敵対者であり、ダフネや君の敵なのだ!」

「……貴様、後悔しているのか?」

「する筈がない! 何故なら、わたしは闇の帝王だ! この魂は! この心は漆黒に染まり切っている! わたしは完全復活を遂げ、そして、すべてを壊す! 罪悪感など抱かずに、冷酷に、残忍に、罪なき者達を殺し尽くす!」

「それが答えか……。ダフネと歩んだ果てに選ぶ結末がそれなのかよ……、ニコラス教授!!」

 

 ハリーはローゼリンデの杖を右手に、アズカバンの囚人の杖を左手に構えた。

 

「来るがいい、ハリー・ポッター。わたしを殺してみせろ!!」

「この大馬鹿野郎がァ!!!」

 

 ハリーの二つの杖とヴォルデモートの杖から同時に閃光が迸る。

 呪文同士が激突して、衝撃波が走る。立ち昇る土煙を前に、ハリーは空へ昇っていく。すると、同じ事を考えていたらしいヴォルデモートも空を飛んでいた。

 

「君が死の飛翔(ヴォルデモート)を使える理由は聞かないよ。二刀流の理由も……、君を殺せばいいだけなのだから!」

「殺せるものかよ、貴様如きが!」

 

 ハリーは右腕の杖から麻痺呪文を、左腕の杖からは石化の呪文を放った。

 対するヴォルデモートは右手に握っていた小石を放り投げ、それを拡大する事で呪文に対する壁を構築した。

 どちらも使うのは無言呪文で発動出来る魔法のみ。死の呪文や悪霊の火を発動する為には呪文の詠唱を省く事が出来ない。それはハリー・ポッターやヴォルデモートでも例外ではないのだ。そして、互いに詠唱の暇など与えない。

 壁をハリーは爆破した。すると、ヴォルデモートは破片を鳥に変えてハリーを襲撃させた。対するハリーは呪文停止呪文(フィニート・インカンターテム)を使い、鳥を元の破片に戻した。そして、同時にヴォルデモートにドラコ経由で学んだセブルス・スネイプのオリジナル呪文、セクタム・センプラを放った。

 

「……ッフ」

 

 ヴォルデモートは回収しておいた壁の破片に新たに魔法をかける。鋼鉄の壁が斬撃呪文(セクタム・センプラ)を防ぎ、お返しとばかりにハリーが再度変身させた鳥達の襲撃を呪文停止呪文で破片に戻した。

 魔法使いとして、魔法戦士として、実力も経験もヴォルデモートが圧倒的に上回っている。けれど、ハリーの二刀流はヴォルデモートのスピードと拮抗していた。

 互いに喋る余裕もなく、そんな暇があるなら詠唱を行っている。

 わずか一言。時間にしてみれば一秒程度。けれど、それをさせない為に一秒の間も置かずに二人は呪文を次々と発動し続けている。

 距離を開けば死の呪文は回避出来る。悪霊の火を発動させる為の詠唱時間を確保する為にも距離を取るべきかとハリーが考えていると、それを読んだかのようにヴォルデモートは距離を詰めて来た。

 

「ック……」

 

 距離が近づくと、形勢はヴォルデモートの側に傾き始めた。なにしろ、死の飛翔の練度はヴォルデモートが圧倒的に上だ。近距離で次々に呪文を打ち合っていると、ハリーは空中機動の制御が困難になっていった。

 このままでは敗北する。

 これが本来のヴォルデモートの力なのだと、ハリーは思い知らされた。世界を震撼させた大悪党。大の大人達が揃いも揃って名前すら呼べなくなっていた程の恐怖の化身。ダンブルドアでさえ倒す事が出来なかった魔王。

 炎が広がり、突風が巻き起こり、閃光が迸り、鳥が舞い、花弁が舞い散り、斬撃が飛ぶ。

 爆発し、壁が現れ、雷が迸り、空気が消失し、大量の水が落ちてくる。

 徐々にハリーの対処が遅れ始める。少しずつ、ヴォルデモートの側に時間が与えられていく。

 0.1秒。0.3秒。0.7秒。

 ハリーは歯を食いしばり、ヴォルデモートは険しい表情を浮かべる。

 遂に、一秒。

 

「アバダ ――――」

 

 死の呪文の詠唱が始まる。詠唱完了まで、残り0.5秒。ハリーは直前に受けた火炎呪文(インセンディオ)の対処に追われている為に行動出来ない。

 負ける。

 死ぬ。

 もう、どうにもならない。

 

 ―――― 諦めるな!

 

 その声は0.5秒の時間の中でハリーの心に響き渡った。

 

「―――― ケダブラ!!」

 

 煌めく緑の閃光がハリーの眼前を通過していく。ハリーは火炎呪文の対処を止めて、回避に全力を傾けた。

 炎はハリーの服に燃え移り、彼の肌を焼いていく。

 それしか無かったとはいえ、愚かな選択だ。そう、ヴォルデモートは思った。

 これで、次はない。火傷の激痛は思考を鈍らせる。次は一秒どころではない。余裕をもって死の呪文を唱える事が出来る。そして、狙いはさっきよりも正確になり、彼を撃ち抜く事が出来る。

 

「終わりだ、ハリー・ポッター」

 

 そう、無駄な事を呟ける程、ヴォルデモートには時間があった。もはや、ハリーに彼の次の攻撃は凌げない。

 

「死ね!! アバダ ――――」

 

 勝利を確信して、死の呪文の詠唱を始めるヴォルデモート。そして、彼は見た。

 火傷の激痛に顔を歪めながら、それでも笑みを浮かべるハリーの姿を。

 

「悪いね、もう一人のボク。ハリーは一人じゃないんだよ」

 

 そう、いつかの自分が拳を振り上げる姿を彼は見た。

 実体化する為の最低限の魂をハリーから預かり、トム・リドルはありったけの力を込めて、ヴォルデモートの顔面を殴りつけた。

 

「ぐおっ!?」

 

 ヴォルデモートは更に拳を振り上げる若かりし頃の自分を見上げて、確信を得た。

 ハリーが死の飛翔を使える理由。二刀流を使える理由。答えは単純だ。彼の中で、ヴォルデモート卿の分霊が手を貸していた。それだけの事だった。

 

「覚悟はいいな? ボクは出来ている」

 

 トムは己自身を殴りつけた。何度も、何度も、何度も、それこそ、地面に落ちながらも只管に殴り続けた。

 

「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

 

 地面に衝突する寸前、トムは実体化を解除してハリーの中に戻った。そして、ヴォルデモートは地面と激突して土煙を上げた。

 咄嗟に防御を固めても、その衝撃は大きく、ヴォルデモートの思考に空白が出来る。

 そして、その瞬間をハリーは見逃さなかった。

 

「エクスペクト・フィエンド!!」

 

 蒼き龍が大地に向けて口を開く。

 

「さようなら、ニコラス教授」

「……ああ、さようならだ。ハリー・ポッター。そして……、ダフネ」

 

 そして、ニコラス・ミラーと名乗ったヴォルデモート卿の分霊は蒼き炎に呑み込まれた。

 その光景を見下ろすハリーは一滴の涙を流していた。

 

 ◆

 

「がんばって、ルーピン先生!」

 

 ダフネ・グリーングラスはルーピンの看病に集中していた。

 外の音は聞こえない。窓の外には穏やかな光景だけが映り込み、如何なる災厄も彼女には届かない。

 

「大丈夫よ。ニコラス先生と一緒に作った自信作だもの! 必ず、あなたは人狼の呪いから解き放たれる! だから、がんばって!」

 

 彼女はルーピンが良くなったらハリーの優勝パーティーにニコラスとルーピンを連れて行こうと考えた。

 きっと、楽しいものになる。それは確信だった。

 

「次はどんな魔法薬を作ろうかしら……。先生と相談しなきゃ……」

 

 頬を薄っすらと赤く染めながら、彼女は呟いた。


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