【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第六十六話『炎のゴブレット』

 代表選手の発表が行われるまで、あと二時間。誰もが結果を待ちわびながら大広間や炎のゴブレットの周りに集まっている中、ハリーは一人で人気(ひとけ)のない廊下を歩いていた。

 

「……ダフネには感謝しないといけないな」

 

 ダリアの水薬にはバジリスクの毒が必要不可欠だ。今回の一件で、バジリスクという生物の価値は飛躍的に向上した。

 だから、次に行うべきはバジリスクの力を知らしめる事だ。

 

「懸念するべきはバジリスクを養殖しようなどと企む愚か者の出現だ」

 

 バジリスクを生み出す事自体は難しくない。

 短慮な者が生み出し、世に放たれたバジリスクが人を襲えば全てが台無しになる。

 それに、生み出したバジリスクを直ぐに殺して毒のみを採取しようと企む者も出てくるだろう。

 

 ダフネは無償で情報を提供した。そして、魔法省に人を選ばずに使うように約束させた。

 彼女の行動は正しい。その思想、理念、理想、すべてが気高く素晴らしいものだとハリーは確信している。

 けれど、バジリスクの毒を得る手段が限られている以上、その使用はどうしても限定されてしまう。

 だからこそ、闇のブローカーが動き出す事が懸念されるのだ。

 バジリスクの命が軽視される事も、彼女の名が穢される事も決して許してはならない。

 だから、教えてやらねばならない。

 バジリスクの真の力。人の手に負える存在ではない事を。

 対等な友として接して、友情の証として毒を分けてもらう。そういう関係にならねばならない事を。

 

「ハリー・ポッター様!」

 

 バチンという音と共にマーキュリーが現れた。

 

「動きました! 予想外の人物でしたが、レパートが目撃致しました! 炎のゴブレットに呪文を施し、貴方様の名を入れておりました!」

「……グッド。それでいい。炎のゴブレットの魔法契約は絶対だ。仕掛けて来るとすればここだと思っていた。恐らく、トーナメントの試練に罠を仕掛けてくる事だろう」

「ハ、ハリー・ポッター様……! 下手人はいかが致しますか!? 御命令とあらば、今直ぐにでも捕まえてご覧に入れます!」

 

 ハリー・ポッターは邪悪に嗤う。

 

「必要ない。そのような事をする理由もない」

「で、ですが! あの者はハリー・ポッター様に罠を……!」

「オレをトーナメントに参加させてくれるんだ。大目に見てやるさ。それに、雲隠れしている分霊の動きを見る為にも、泳がせておいた方がいい」

「し、しかし、危険です! あまりにも危険過ぎます!! 御身に何かあれば、魔法界は……!! それに、わたくしやウォッチャー、フィリウス、他の仲間達も嘆きます!!」

 

 マーキュリーは大粒の涙を零しながら叫んだ。その言葉にハリーは穏やかな笑みを浮かべた。そっと彼女を抱き上げて、ハンカチで涙を拭う。

 

「大丈夫だ、マーキュリー。大丈夫なんだ。罠如きには決してやられないさ。約束するよ。オレは約束を守る男だ。信じてくれ、我が友よ」

「ハ、ハリー・ポッター様……」

「君達はいつもオレを助けてくれる。その恩に、オレはまだ報いていない。だから、まだ死ねないよ。どんな敵が立ち向かって来ようとね」

「む、報いるなど……! ただ、貴方様が存在するだけで……、生きていて下さるだけで我々には救いなのです……、偉大なる方」

 

 マーキュリーは決して嘘を吐かない。彼女の言葉は心からの真実だ。

 だからこそ、ハリーは少しだけ照れた。

 

「君はオレを買い被り過ぎだな」

「そんな事は……!」

「……じゃあ、オレは君達が想ってくれているような男にならないとな」

 

 ハリーは言った。

 

「マーキュリー。約束するよ。オレは誰にも負けない男になる。魔法界のNo.1になる!」

 

 それはハリーがホグワーツに通う前に自分自身の為に誓ったもの。

 けれど、今は――――、

 

 第六十六話『炎のゴブレット』

 

 大広間は緊張感に包まれていた。

 これから三大魔法学校対抗試合(トライウィザード・トーナメント)の代表選手が決定される。教員席の方には既に炎のゴブレットが玄関ホールから移動されていた。

 

「さて、諸君! いよいよ代表選手が決定される!」

 

 ダンブルドアの言葉に大広間は一斉に湧いた。

 

「フリントがいればなー! 我らが大英雄が代表選手間違いなしだったのに!」

「グラハムがいるじゃない!」

 

 誰が代表選手になるのか、誰もが興味津々だった。

 ざわめく生徒達をダンブルドアが咳払いで静まらせる。

 

「皆の者、さぞや誰が代表選手になるのか気になっておる事じゃろう。じゃが、その前に少しだけ時間をもらいたい」

「ええ、なんで!?」

「はやく発表してよ!」

 

 ブーイングが飛ぶ中でスネイプが杖を振るった。鳴り響く爆竹音に大広間は静まり返る。

 

「すまんのう。じゃが、喜ばしいニュースなのじゃ。是非とも、皆に知ってもらいたい」

 

 ダンブルドアは微笑んだ。

 

「この度、ホグワーツ魔法魔術学校のスリザリン寮に在籍しておる四年生、ダフネ・グリーングラス嬢が《血の呪い》及び、あまねく呪詛に対する特効薬の開発に成功した! これは魔法界の歴史を変える程の偉業であり、彼女の名前は既に最新の《二十世紀の偉大な魔法使い》に刻まれる事が決定しておる」

 

 ダンブルドアの言葉に誰も反応する事が出来なかった。あまりにも予想外の発表であり、その内容を理解する為に時間が掛かっているのだ。

 静まり返る中、最初にハリーが拍手を始めた。すると、アステリアも必死に手を叩き、グリフィンドールの席からフレッド、ジョージ、リーも拍手の音を響かせた。

 他の生徒達も拍手し始め、ダフネの偉業をようやくみんなが理解し始めた。

 

「血の呪いって、あの!?」

「解呪不可能って話だろ!?」

「わたしの叔母さん、血の呪いで死んじゃったって、お母さんが言ってたわ!」

「あまねく呪詛ってどういう事だ!?」

「《二十世紀の偉大な魔法使い》って、ダンブルドア先生やニュート先生の名前が載ってる奴でしょ!? それに載るの!?」

 

 みんなに注目されて、ダフネは真っ赤になりながらうつむいた。

 すると、ダンブルドアは杖で大きな音を立て、全員の注目を自分に戻させた。

 

「彼女にはホグワーツ特別功労賞が授与される。それに加え、魔法省からも幾つかの勲章が授与される予定じゃ。彼女はそれほどの偉業を為した。彼女の作り出した《ダリアの水薬》はこれから多くの人を救うじゃろう。皆の者、彼女に今一度盛大な拍手を頼む!」

 

 そう言うと、ダンブルドアは大きな拍手をダフネに送った。他の教師や生徒達、魔法省の役人、闇祓いも盛大な拍手を送る。

 するとダフネはすっかり縮こまってしまった。あまり注目される事になれていないのだ。

 その事にダンブルドアも気付いたのだろう。拍手が止むと同時に爆竹音を鳴らすと話を切り替えた。

 

「それでは、代表選手の発表に移るかのう」

 

 ダンブルドアは炎のゴブレットを自分の隣に引き寄せた。

 

「代表選手の名前が呼ばれたら、その者達は大広間の一番前に来るがよい。そして、教員席に沿って進み、隣の部屋に入るのじゃ」

 

 ダンブルドアは教員席の後ろにある扉を指し示した。

 

「そこで最初の指示が与えられる事になっておる」

 

 そう言うと、彼は杖を振るった。カボチャをくり抜いた蝋燭を残して、普通の蝋燭の火が全て消された。

 大広間は殆ど真っ暗になり、炎のゴブレットの鮮やかな輝きだけが残された。

 

「来るぞ!」

 

 誰かが叫んだ。

 青白かったゴブレットの炎が赤くなったのだ。火花が飛び散り始め、次の瞬間、まるで火山の噴火のように炎が吹き上がり、焼け焦げた一枚の羊皮紙が飛び出してきた。

 ヒラヒラと落ちてくる羊皮紙を掴むと、ダンブルドアはそこに記された学校名と名前を読み上げる。

 

「ダームストラングの代表選手はビクトール・クラム!!」

 

 拍手が沸き起こる。誰もが予想していた通りの結果だ。

 クィディッチ・ワールドカップで活躍した英雄的存在。彼は少し前屈みになりながらも堂々と教員席の方へ向かっていき、後ろの扉の先へ消えていった。

 

「ブラボー! ブラボー! ビクトール!」

 

 ダームストラングの校長、イゴール・カルカロフは大きな拍手の音にも負けない大声で彼を称賛した。

 そして、いつの間にか青白い色に戻ったゴブレットの色が再び赤くなると、拍手とおしゃべりは収まった。

 炎と共に舞い上がった二枚目の羊皮紙をダンブルドアが手に取る。

 

「ボーバトンの代表選手はフラー・デラクール!!」

 

 再び巻き起こる拍手。けれど、先程よりも何故か静かだ。

 不思議に思い、ハリーが周りを見回すと、何人かの男子生徒がうっとりとした表情で彼女を見つめていた。

 幾人もの男子生徒の心を射止めた彼女は優雅な足取りで教員席の後ろの扉へ入っていった。

 彼女の姿が見えなくなると、大広間は三度目となる赤の光に息を呑んだ。

 飛び出す炎と羊皮紙をダンブルドアが掴み取る。

 

「さて、ホグワーツの代表選手は――――」

 

 ダンブルドアが読み上げる名前に全員の意識が集中する。

 

「セドリック・ティゴリー!!」

 

 その途端、ハッフルパフの生徒は総立ちとなった。叫び、足を踏み鳴らし、喜びを全身で表現している。

 これまで、何かと注目を集める事が少なかったハッフルパフにとって、セドリックのトーナメント出場はまさに偉業だったのだ。

 セドリックは爽やかに微笑みながらクラムやフラーに倣って教員席の後ろの扉を潜り抜けた。

 それでも拍手は中々止まず、ダンブルドアが話を再開出来たのはしばらく経った後だった。

 

「結構、結構!」

 

 大歓声が収まり、ダンブルドアが嬉しそうに呼びかけた。

 

「さて、これで三人の代表選手が決定された。選ばれなかった者は、ホグワーツの生徒も、ダームストラングの生徒も、ボーバトンの生徒も、みんな打ち揃って、あらんかぎりの力を振り絞り、代表選手となった彼らを応援するのじゃ。選手に声援を送る事でみんなが――――」

 

 ダンブルドアが突然言葉を切った。その理由は一目瞭然だった。

 何故なら、もはや役目を終えた筈の炎のゴブレットの炎が再び赤くなったからだ。

 炎が吹き上がり、四枚目の羊皮紙がヒラヒラと舞い落ちていく。ダンブルドアは目を見開きながら羊皮紙を手に取り、その中身を見た。

 そして、長い沈黙の後にそこに記された名前を読み上げた。

 

「……ハリー・ポッター」

 

 大広間中の視線がハリーに集まる。

 誰も拍手などしなかった。呆然と彼を見つめている。

 当の本人はゆっくりと立ち上がると、ダンブルドアを見据え、そして、教員席の方へ歩いていく。

 

「お、おい、待てよ!」

 

 ハッフルパフの生徒が声を上げた。

 

「どういう事だよ!? ホグワーツの代表選手はセドリックに決まったんだぞ!!」

 

 その生徒を慌てて周囲の生徒が抑えようとするが、他の席からも声が上がった。

 

「ルールを破らないんじゃなかったのかよ!!」

「そんなにトーナメントに出て、金や名声がほしかったのか!?」

「どんなイカサマを使ったんだ!!」

 

 ハリー・ポッターに罵声を浴びせる。その意味を理解していて尚、彼らは自分を抑えられなかった。

 彼らを抑えようとしている生徒達も怒っている。

 ハッフルパフの生徒達にとって、ハリーが代表選手に選ばれた事は実に許し難い事だったのだ。

 三名しか選ばれない筈なのに、十七歳以下は炎のゴブレットに名前を入れる事すら許されていないのに、ルールは破らないと言っていたのに、彼は代表選手に選ばれた。

 何らかの反則を行わなければ、こんな事はありえない。

 卑劣だと、最低だと、彼らは怒りと共に吠える。

 それらの言葉をハリーは受け流した。一度止めていた足を再び動かし始める。

 けれど、その足が再び止まった。

 彼の前に一人の少女が立ちはだかった。

 

「……ありえないわ」

「ダフネ……?」

 

 立っていたのはダフネ・グリーングラスだった。

 代表選手の決定前にダンブルドアによって偉大な魔法使いの仲間入りをした事が知らされた少女。

 その一挙手一投足を誰もが見守っている。

 そして、彼女は言った。

 

「ハリーはずっとわたしと一緒に居たのよ!? 名前を入れる暇なんて一時足りとも無かったわ!!」

 

 その口から飛び出してきたのは予想外の言葉だった。

 

「夜中もずっと一緒だったもの! ハリーの名前を入れたのは彼じゃない! こんなのおかしいわ!」

 

 彼女の言葉に誰もが顔を見合わせた。

 確かにおかしい。彼女の言葉が本当ならば、ハリーの名前を入れたのはハリーじゃない事になる。

 けれど、そんな事は些細な事だった。みんな、『夜中もずっと一緒だった』という言葉に仰天していた。

 

「お、お姉ちゃん……、夜中もハリー様と一緒に居たの!?」

「ええ、そうよ! 片時も離れなかったわ! だから、ハリーは名前をゴブレットに入れてない!」

「か、片時も!?」

 

 アステリアは真っ赤になった。冷静に考えれば自分が飲んだ薬の最終調整の為に夜通し研究を行っていただけだと分かった筈だけど、彼女の脳裏に浮かぶのは姉とハリーのめくるめくラブストーリーだった。 

 イヤンイヤンし始めるアステリア。他のところでもキャーキャーという声が上がる。

 そして……、

 

「片時も……?」

 

 ゆらりとハーマイオニー・グレンジャーが席を立った。

 ゆっくりとハリーとダフネの下へ歩み寄っていく。

 

「ヤベェ……」

「じょ、女帝が動いたぞ……」

「ハッフルパフのせいだ! 余計な事言いやがって! どうしてくれるんだ!」

「こ、これから何が起こるんだ!?」

「……お、オイラ、お家帰りたい」

 

 ハーマイオニーが二人に近づいていくにつれて、大広間は静まり返っていった。

 そして、彼女はハリーの前で立ち止まった。

 

「……ハリー」

「なんだ?」

 

 ハーマイオニーは口を開きかけて、閉ざした。何か言おうとしているけれど、上手く言葉にならない様子だった。

 

「どうした?」

 

 ハリーが問い掛けると、ハーマイオニーは意を決した様子で口を開いた。

 

「は、ハリー! ダフネと夜中ずっと一緒に居たって本当なの!?」

「ん? ああ、本当だぞ。少し夢中になり過ぎていた。だが、眠っている暇など無くてな」

「ね、寝る暇も……!?」

 

 ハーマイオニーはあわあわと震えた。

 

「ん?」

 

 そこで、ハリーはハーマイオニーや周りの人間達のリアクションが妙である事に気付いた。

 

「……一応言っておくが、オレの他にもニコラス教授が一緒に居たぞ」

「ええっ!? 三人で!?」

 

 生徒達の顔が一斉に教員席のニコラスに向いた。

 ニコラスは大きな溜息を零した。そして、立ち上がった。

 

「……妙な勘違いが巻き起こっているが、わたしとハリーはダフネの研究に手を貸していたのだ。最終段階に入り、寝る間を惜しんで研究を続けていただけだよ」

「えっ? じゃあ、ダフネの研究って、先生やハリーとの共同研究だったの!?」

 

 誰かが言った。

 

「主導はあくまでもダフネだ。我々は実験を手伝った程度だよ。ダリアの水薬は彼女の発想と努力の賜物だ。そこは履き違えないで欲しい」

 

 ニコラスの言葉にハリーも頷く。

 

「薬の研究はダフネのものだ。そこは勘違いしないで欲しい。オレは彼女を尊敬している」

 

 ニコラスとハリーの言葉にダフネはもじもじした。

 

「……な、なるほど。それで片時も離れなかったというわけね」

「まあ、そんな暇は無かったからな。別に弁明する気は無かったが、オレは名前をゴブレットに入れていない。君との約束もあったからな」

「で、でも……、それならどうしてあなたの名前が?」

 

 ハーマイオニーの問いかけにハリーは小さく息を吐いた。

 

「簡単な話だ。オレ以外の者が炎のゴブレットに呪文を掛け、その上でオレの名前を入れたのさ」

「どうして、そんな事……?」

「簡単な話だ。ヴォルデモートの分霊が動いているからな。新学期の前に日刊預言者新聞でダンブルドアの記事が一面を飾っただろ? あの時点から攻撃が始まっている。炎のゴブレットの魔法契約は絶対だからな、罠を仕掛けるには打って付けだ」

「ヴォ、ヴォルデモートがあなたを代表選手にするよう仕組んだって言うの!?」

「いや、本人じゃないな。恐らく、未だにヤツに忠誠を誓っている死喰い人だろう」

「死喰い人……。でも、ここには闇祓いも居るのよ!? そんな中でどうやって……」

「真正面から堂々と入ってきたぞ」

「真正面から堂々と……って、え?」

 

 ハーマイオニーはキョトンとした表情を浮かべた。

 ダフネも同じ表情を浮かべている。他の多くの生徒や教師、魔法省の役人達も同様だ。

 

「……なんで、真正面から堂々と入って来たって知ってるの?」

 

 問いかけながら、ハーマイオニーの脳裏では散乱していたパズルのピースが次々に組み上がっていった。

 そして、彼が口を開く前にその事に気がついた。

 

「まさか、ここにいる誰かが死喰い人っていう事!? この大広間に居る中の誰かが!?」

「ハハッ、さすがだな。正解だ」

「あ、あなた、誰が死喰い人かも知ってるのね!?」

「まあな」

 

 その言葉にハーマイオニーは愕然となった。


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