【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第五十話『予言』

 ハリー・ポッターは寝室で分厚い本を開いていた。

 それはアルバムだった。二年生の時、コリンと出会ってから撮り貯めてきた写真が収められている。

 約一年半分の写真は、そのどれもが笑顔に満ちている。

 

「……へへっ」

 

 その時々の思い出を振り返りながら、ハリーは笑顔を零した。

 ホグワーツに来るまで、こんな風に笑える日が来るなんて思わなかった。過去を楽しいものとして思い出せる日が来るなんて思わなかった。

 まるで、夢を見ているようだ。

 

「幸せだな……」

 

 ハリーは空白のページを開いて、第二回・ヒッポグリフレースの時の写真を貼り付けた。

 前回優勝者であるローゼリンデと二人で撮った写真。同着二位だったハーマイオニーとジニーと一緒に撮った写真。ベイリンと撮った写真。他にもたくさん。

 

「コリン、ありがとう」

 

 ハリーはアルバムを閉じた。

 

 第五十話『予言』

 

 ヒッポグリフレースが終わり、ハリーはイースター休暇をニュート、ジェイコブ、ルーナ、ロルフの四人と共に過ごした。

 ヤドリギが群生している場所にナーグルを探しに行き、やはり見つける事が出来なかった。

 それでもハリーは楽しかったし、次の計画も練り始めた。

 イースター休暇が終わると、いよいよ期末試験が迫って来る。ダフネやニコラスとの共同研究を進めながら、ハリーは必死になって勉強した。

 

「……占い学って、どう勉強すればいいんだ?」

 

 けれど、ここで大きな壁が立ち塞がった。

 占い学。それは勉強してどうにかなる学問ではなかった。

 

「とりあえず、明日僕は死にますとか何とか言っとけば高得点を取れるんじゃないか?」

 

 一緒に勉強をしていたダンがてきとうな口調で言った。

 

「本当にそれが最適解に思えるのがイヤだな……」

 

 一年を通して、彼らは占い学で学んだ事は、その学問が如何に胡散臭いものであるかだ。

 星の動きだとか、紅茶の茶葉の形だとか、そういうものに無理矢理意味を持たせているだけで、その意味合いも曖昧なものが多い。

 教師のシビル・トレローニーも胡散臭く、彼女が授業で口にする予言の大半は当たらず、無理矢理こじつければ的中したと言えなくもないものが僅かにあるだけだった。

 

「……まあ、このテストに関してはハーマイオニーも満点は難しいだろ」

 

 だから、あんまり気にするな。そうエドワードが励まそうとすると、ハリーは「そんなわけないだろ!」と怒鳴った。

 

「ハーマイオニーは絶対に満点かそれ以上を取る! だから、ボクも満点以上を取らないといけないんだ!」

 

 ハリーの中で、ハーマイオニーは如何なる理不尽な授業でも満点を取るスーパーガールになっていた。

 更に、彼の脳内の彼女はなぜかキラキラと輝いていた。

 

「……いや、この授業は無理だって」

 

 そんなハリーにドラコは冷水を浴びせかけた。

 

「なんでだよ!?」

「いや、占い学で一番点数貰ってるの、フリッカだろ」

 

 ドラコは言った。

 

「占い学は夢見がちというか、夢想家というか、そういうタイプが強いんだと思う。ハーマイオニーは違うだろ?」

「ぐぅ……」

 

 否定出来なかった。たしかに、ハーマイオニーはガチガチの理論派だ。フレデリカのような夢見がちな乙女とはとても言えない。

 

「だから、とりあえず占い学は捨てようぜ」

 

 結局、その結論に落ち着いた。

 この試験に必要なものは知識や知能ではない。センスだ。もしくは如何にトレローニー好みな占い結果を言えるかどうかだ。

 

「……来年、取るのやめよう」

「僕も」

「俺も」

「オレも」

 

 ハリー達は占い学の受講を今年度限りにする事を心に誓った。

 

 ◆

 

 いよいよ6月に入り、学年末試験がスタートした。

 変身術や魔法薬学、魔法史のテストでは、ハリーはなんとか満点以上の点数を取ろうと求められている以上の結果を出した。

 闇の魔術に対する防衛術は戸外での障害物競走で、これは中々に楽しかったが満点以上を取る事は難しそうだった。

 魔法生物飼育学の試験は授業で習った魔法生物の生態に関する小論文を時間内に書き上げるというものだった。ハリーは内心《もらったぜ!》とほくそ笑んだ。

 

「それでは、古代ルーン文字学のテストを始めます」

 

 ハリーは選択科目として、魔法生物飼育学と占い学の他に古代ルーン文字学も履修していた。

 テストの問題はすべて古代ルーン文字で記載されている上に、その解答も古代ルーン文字で記入しなければならない。

 その内容は古代ルーン文字の起源についてだとか、それぞれの文字の意味合いだとかを説明するもので、ハリーは懸命に羽ペンを動かし続けた。

 

 そして、いよいよ問題の占い学のテストが始まろうとしていた。

 

「この玉をじっくりと見てくださるかしら……。そして、ゆっくりでもいいの……。中になにが見えるのか教えてくださらない……?」

 

 ハリーは水晶玉を前に絶望していた。何も見えないからだ。

 けれど、何も言わなければ落第だ。満点どころの話ではない。誇りにかけて、零点だけは避けなければならない。

 かと言って、デタラメを口にするのもイヤだった。それで点数を貰っても、不正を働いた気がするからだ。

 だから、ハリーはジッと水晶を見つめ続けた。何か見えないか、必死になって目を凝らした。

 けれど、水晶に映り込むのは己の鏡像のみ――――。

 

「どうかしら……? 何か見えて……?」

「……ボ、ボクが映っているな」

 

 ハリーの目は死んでいた。

 

「そ、それで……」

 

 ハリーは今しがた写り込んだトレローニーの姿に顔を引き攣らせた。

 

「人間の眼が映っている。見られているな……」

「まあ……。他には何が見えているのかしら……?」

「えっと……、ちょっと待ってくれ」

 

 ハリーは必死に目を凝らした。

 

「な、なにか、期待されているようだな。だ、だが、えっと……、き、期待に応えられていないようだな」

 

 ハリーはしどろもどろになっていた。

 

「まあ……。他には何が見えているのかしら……?」

「えっ!? ほ、他に……、あっ!」

 

 ハリーは水晶の中に自分のネクタイが写り込んでいるのを発見した。

 

「へ、蛇が見える!」

 

 ウソは言っていない。

 

「蛇……。あなたはスリザリンの継承者……、蛇とは切っても切り離せない関係にありますわね……」

「え、ええ、多分!!」

 

 ハリーは他に何か言える事がないか必死に探した。

 

「こ、これは!」

 

 ハリーは水晶の屈折によってトレローニーのアクセサリーの一部がまるでドラゴンのように見えなくもない感じになっている気がした。

 

「ド、ドラゴンっぽい……ぽい、ヤツが見える……?」

「まぁ、ドラゴン……!」

「へ、蛇とドラゴンがに、睨み合ってるみたいに見え……る?」

「それは本当!?」

「へぁ!?」

 

 トレローニーが蛇とドラゴンのにらみ合いに食いついた。

 

「恐ろしい……、ああ、恐ろしい……!」

 

 ハリーは心の中でガッツポーズを決めた。

 よく分からないが、彼女の琴線に触れるものがあったようだ。ほんとうに、まったく何がなんだか分からないが、とりあえず良しとする事にした。

 

 ―――― これは高得点、もらったぜ!!

 

 なんか不穏な感じの事を言っているが、ハリーは必死に深刻そうな表情を浮かべながら頷いた。

 とりあえず、これでテストは乗り越えられた筈だ。

 

 ―――― ぜってぇ、来年は受けねぇ……!!

 

 ハリーは早く寮に戻って占い学の教科書をゴミ箱にダンクしたくて仕方がなかった。

 トレローニーの長い戯言を聞き流し終わると、ハリーは教室を出ようとした。

 その時だった。

 

運命の刻は近づきつつある

 

 突然の事にハリーは目を丸くしながら振り返った。トレローニーは虚ろな目で虚空を見つめている。

 口をだらりと開けながら、肘掛け椅子に座った状態で硬直している。

 

「どうした!?」

 

 彼女の尋常ではない様子に、ハリーは慌てて駆け寄った。しかし、彼がどんなに声を掛けても彼女は反応を示さない。

 そうしている内に、彼女の目はギョロギョロと蠢き始めた。体は痙攣し、明らかにまずい状態だった。

 

「とりあえず、医務室に!」

 

 ハリーは彼女を抱きかかえようと手を伸ばした。すると、その手をトレローニーの手が掴んだ。

 

「なっ!?」

七つに分かたれし星が、今再び一つに戻ろうとしている

 

 いつもの彼女の声とは明らかに違う。荒々しい声だ。

 彼女の目は未だに焦点が合っていない。それでも、彼女の視線はハリーに向けられている。

 

彼らは喰らい合う。生き残る者は無く、燃え盛る炎は魔都を焼き尽くすだろう

「魔都? 何を言っているんだ!? トレローニー先生! しっかりしてくれ!!」

 

 ハリーが怒鳴りつけても、彼女の異常は収まらない。

 

されど闘争は終わらぬ

 

 トレローニーはハリーの手を引き、焦点の定まらぬ目でハリーの瞳を覗き込んだ。

 

慈悲無き啓示が下される時、宵闇の明星が目覚めるであろう!!!

 

 つばを吐きながら叫び声を上げると、トレローニーは仰向けに倒れた。

 ハリーは咄嗟に動く事が出来なかった。今のトレローニーは明らかに異常だった。けれど、だからこそ真に迫る何かがあった。

 

「魔都? 慈悲無き啓示? 宵闇の明星……? 一体、なんなんだ?」

 

 ハリーは困惑しながらもトレローニーを抱きかかえた。

 

「……とりあえず、医務室へ連れて行くか」

 

 さっきまでとは打って変わり、安らかな寝顔を浮かべるトレローニーを見て、ハリーはやれやれと肩を竦めた。




次回、第六章『恋愛頭脳戦線』スタート!

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