宿泊施設の人手不足が深刻化する熱海市中心部(17日)

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 静岡県内の観光地で、宿泊業界の人手不足が深刻化している。

 政府の需要喚起策「全国旅行支援」の効果で宿泊予約の申し込みが増えても、多くのホテルや旅館は客室をフル稼働できずにいる。支援策終了後に観光需要が減少する可能性もあり、適切な人手を確保するため宿泊業界は頭を悩ませている。(中山智道)

 「人出が増えても人手が足りない」。伊豆地域の観光関係者から、冗談交じりの嘆き声が漏れる。

 1月中旬の午後。熱海市内の宿泊施設のロビーは閑散としていた。カウンターが混み合うチェックインの時間帯だが、到着する客はまばらだ。かき入れ時の年末年始が終わり、従業員に休みを取らせなければならないため、人手が足りずに受け入れられる宿泊客の数は限られる。経営者は、ロビーの様子を見てため息をついた。

 人手不足を理由に、空室があっても予約を受けない「売り止め」が、多くの宿泊施設で常態化し始めている。あるホテル幹部は「部屋数の3~4割しか稼働できない」と打ち明ける。調理場の人手不足で、食事を出さない「素泊まり」を中心にする宿泊施設もある。

 伊東市は、市内の年末年始の宿泊客数が推計で前年度比5%減となったのは、人手不足が一因と分析している。

◇ 観光地の熱海や伊東市での人手不足は、コロナ禍で宿泊客が激減し、多くの宿泊施設が人員削減したことが影響している。もともと、人口減や高齢化で人材難が続く地域のため、需要の回復を受けて人材を求めても、思うように集まらない状況となっている。

 観光地の熱海、伊東、伊豆市などを管内に抱えるハローワーク三島の集計によると、昨年11月の宿泊業の新規求人数は前年同月比20・4%増となった。県全体でも宿泊・飲食サービス業は同17・7%増だった。

 静岡労働局の石橋利宣・地方労働市場情報官は「宿泊業の求人の増加は圧倒的だ。全国旅行支援が始まったのが人手不足の一番の理由」と分析する。

 こうした中、伊東のある宿泊施設が相場より数百円高い時給でパートを募集したことが業界内を駆け巡った。熱海の観光団体幹部は「賃上げ競争は自分たちの首を絞めるだけだ」と警戒する。観光需要が続かなければ、人件費増が経営を圧迫する恐れがあるためだ。

 全国旅行支援が3月末までとされることも懸念材料だ。熱海温泉ホテル旅館協同組合の森田金清理事長は「4月以降に反動が来るのではないか」と話す。

 熱海市の観光担当幹部は「人手不足でフル稼働できず、利益が上がらないので人手を増やせないという悪循環だ」と説明する。活況を取り戻したようにみえる観光地だが、深い悩みを抱えている。

◇ 人手不足は県内の広い業種に広がっている。

 静岡経済研究所が昨年11月に県内の経営者を対象に行った調査では、非製造業の56・6%が、経営上の問題点(複数回答)として、「人手不足」を挙げ、「原材料の価格上昇」(54・4%)などを抑えて最多だった。宿泊業のほか、インターネット通販で需要が増している物流業界なども人材難に直面している。中村建太研究員は「宿泊業やサービス業は、コロナ禍で人材流出が進み、需要回復に対応が追いついていない。土日に休めない業種も多く、賃上げだけでなく、柔軟な勤務体系も検討する必要がある」と指摘している。