しわしわ角スノーカックを探し求める旅も終わりが近づいてきた。
フィンランドに到着したハリー達を出迎えたのは、天に棚引くオーロラだった。
「すごーい!」
「綺麗だ!」
ルーナとロルフは瞳を輝かせながらジャック・フロスト達から教わったダンスを踊っている。
ハリーはメガネに内蔵されている望遠機能を起動した。あまり使っていないが、この眼鏡には望遠機能がついているのだ。
「凄いぞ! キラキラじゃないか! これがオーロラ! ドラコやロゼにも見せてやりたい!! ジェイコブさん!!」
「ほいほい、ちょっと待っててくれよ」
ジェイコブは三脚を組み立てていた。彼はノルウェーに行く前にロンドンでカメラを買っていたのだ。
ドラゴンの生息地や迷いの森でも思い出をしっかりと残してくれている。
「よーし、ハリー! ルーナ! ロルフ! ニュート! そこに並んでくれ!」
ジェイコブの指示に従って、四人はオーロラをバックにそれぞれポーズを決めた。そこにジェイコブも急いで加わる。
このカメラはタイマー機能を搭載しているのだ。
「ジェイコブさん! 次はこっちの方角から撮りましょう!」
「あっちの方も綺麗だよ!」
「待ってよ! あっちはオーロラの合間から星がいっぱい見えてる!」
「分かった! 分かったから順番だよ!」
ジェイコブは何度もカメラを移動させてはタイマーをセットした。
十枚以上撮影して、ようやく子供達が満足すると、ニュートはコホンと咳払いをした。
「さあ、これからフィンランドの地下王国へ行くよ!」
ドラゴンの生息地、迷いの森に続く旅の終着点。ハリー達はワクワクしながら彼の後に続いた。
フィンランドの地下王国、トゥオネラ。別名、死者の国。
その入口は死者の国に相応しく、共同墓地の中にあった。
墓地と言っても、暗い印象は全く無い。緑豊かな公園に点々と墓地が並んでいる。
入り口はその内の一つで、アンテロ・ヴィプネンという人物の墓だった。
「アンテロは偉大な巨人だった。トゥオネラが築かれた時、彼は大いに貢献したそうだよ。入り口を彼の墓石にしたのはその感謝の現れらしい」
ニュートの説明を聞きながら、墓の下から伸びる暗い通路を歩いていく。暗いと言っても、ところどころに青く輝く石があって、まったく前が見えないというほどでは無かった。
しばらく歩くと、急に空間が広がった。
「わーお」
ハリーは思わず目を見開いた。
そこは青白い光に包まれた広大な空間だった。
「あれはなに!?」
ルーナが空を指さした。そこにはランタンを持ったカボチャ頭がいた。
「ジャック・オー・ランタンか!」
ハロウィンでお馴染みの妖怪だけれど、実物を見るのはハリーにとっても初めてだった。
「トゥオネラが死者の国と呼ばれるようになった大きな理由の一つが彼らなんだ。ジャック・オー・ランタンと言えば、死後の世界に立ち入りを拒否された哀れな魂という伝承が有名だからね。彼らを目撃したマグルがそう伝聞したんだ」
よく見ると、あちこちにジャック・オー・ランタンがいる。それに、ジャック・フロストの姿もあった。
「当たり前みたいに妖精や妖怪がいるんですね」
ロルフは目を丸くしながらあちこちに目を走らせている。
「そこがトゥオネラの魅力なのさ。フィンランドの魔法使いは自然をこよなく愛している。魔法生物もコミュニティーの大切な仲間として敬意を払っているんだ。ただ、リャナンシーみたいに危険な香りが漂う魔法生物もいるから注意が必要だよ」
リャナンシーというのは夢魔の一種だ。女性の姿で現れて、様々な才能を与える代わりに精気を奪う。リャナンシーに取り憑かれた人間は短命でありながら終始幸福に生きるという。
「ここならしわしわ角スノーカックが見つかるかも!」
ルーナは期待に瞳を輝かせている。
「さっそく調べてみよう!」
◆
結論から言えば、しわしわ角スノーカックは見つからなかった。
ニュートの著作である《幻の動物とその生息地》にも載っていない生物は何体も発見する事が出来たけれど、ルーナの語る特徴と合致する生物はいなかった。
けれど、後ろ向きに考える人間は一人もいなかった。
「イースターにはナーグルを探して、夏休みにはまた調査旅行に出かけよう!」
ニュートの発案に異議のある者はいなかった。
そして、クリスマス休暇は終わった。
第四十六話『ドラコ・マルフォイは思春期である』
ホグワーツに戻って来たハリーを待ち構えていたのは悩めるドラコだった。
「ハリー……、女の子って、可愛いんだな」
「は?」
出迎えにも来ないで、ハリーが寝室に入ってくるなり、おかえりもなく彼はしみじみとした口調で呟いた。
「ど、どうしたんだ?」
ハリーはトランクからゴスペル*1を出しながら訪ねた。
ちなみに蛇であるゴスペルを雪国に連れて行くわけにはいかず、旅行の間はマクゴナガルに世話を頼んでいた。そのおかげか、ゴスペルはちょっとお行儀がよくなっていた。
「寝ても覚めても、彼女の事が忘れられないんだ……。柔らかくて、いい匂いで……」
「ド、ドラコ……?」
苦悩の表情を浮かべながら、何やらアホな事を言っているドラコにハリーはちょっと引いた。
「僕は恋をしてしまったんだ!」
「なっなんだってぇ!?」
恋。それは男と女が友情以上の絆を求める心の事。
言葉の意味は識っている。けれど、これまで恋愛などという甘酸っぱいものとは縁もゆかりもなかったハリー。まるで、親友である筈のドラコが遠くへ行ってしまったかのように感じた。
「あ、相手は誰なんだ!? ロゼか!? ジニーか!? ダフネか!? フリッカか!? それとも……」
「……ア、アステリアっていう子なんだ」
「アス……、ア、アステリ……ア?」
ハリーはアステリアという少女を知っている。けれど、その彼女がドラコの想い人であるアステリアと同一人物とは思えなかった。
なぜなら、彼の知っているアステリアという少女は図書館で時折イヤンイヤンと体をくねらせる変な子だったからだ。
そもそも、彼女は一年生。ハリーやドラコよりも二学年下なのだ。とても恋愛の相手に相応しいとは思えなかった。
「アステリア・グリーングラスだよ。ほら、ダフネの妹の」
「……おっと?」
同一人物だった。
ハリーが思い浮かべたアステリアは間違いなく、ドラコの想い人だった。
あの変な子がドラコの想い人だった。
「ド、ドラコ。熱でもあるんじゃないか?」
「……ああ、そうかもしれない。彼女を思うと、胸が熱くて……、ああ、これが恋なのか」
「ドラコ!?」
ハリーは思った。
―――― クリスマス休暇の間に何があったんだ!?
答えは見つからない。けれど、ドラコが年下の変な女の子に恋をしているのは間違いない。
親友として、自分はどうするべきなのか、ハリーは考えた。
「ド、ドラコはアステリアと付き合いたいのか?」
「……言わせるなよ、バカ」
頬を赤らめながら照れ笑いを浮かべるドラコ。
ハリーはちょっと気持ち悪かった。
「そ、そうか……。まあ、何か力になれる事があるなら言ってくれ。恋愛のいろはなど知らんが、協力はする」
「ああ、頼む! 僕も恋愛なんて初めてなんだ。女の子って、あんなにやわらかくて、可愛い存在だったなんて……」
「……お、おう」
ハリーは鳥肌を必死に抑えた。
相手は親友だ。気色悪いなどと考えるのは悪い事だ。そう、必死に自分に言い聞かせた。
「と、とりあえず、ボクはエグレに会いに行ってくるよ」
「ああ、行ってらっしゃい」
ハリーは引き攣ったように見えないように必死に取り繕った笑顔を浮かべながら部屋を出た。
「ど、どうしたの?」
部屋を出るなり、フレデリカ・ヴァレンタインがギョッとしたような表情を浮かべた。
「……フリッカ。アステリアって、知ってるか?」
「ダフネの妹の? 知ってるけど、どうして?」
「…………いや、なんでもない。すまない、忘れてくれ」
ハリーは言えなかった。
「……秘密の部屋に行ってくる」
「う、うん。行ってらっしゃい……」
秘密の部屋に行くと、ハリーはようやく落ち着いた気分になれた。
『……久しぶりだと言うのに随分と疲れた顔をしているな、マスターよ』
『ちょっと、衝撃が大き過ぎてな……』
『ドラコ・マルフォイがアステリア・グリーングラスに恋心を抱いた事か?』
『当然のように知っているんだな……。まあ、その通りだ』
『なるほど、難儀なものだ。よりにもよって、あの卑劣な《血の呪い》を発症した娘とは……』
『……血の呪いだと? 何の事だ?』
ハリーはエグレの言葉に怪訝な表情を浮かべた。
『ロウェナが考案した卑劣な魔法の一つだ。その呪いを受けた者だけでなく、その者の子々孫々を呪う。その用途は基準を満たさぬ劣性遺伝子を根絶する事だ』
『根絶だと……?』
エグレは語った。
血の呪いとは、親から子へ受け継がれていき、その呪詛は受精卵の状態で既に発動している。最も優秀な精子以外を根絶やしにする事で優秀な子供を産ませる。
そして、その最も優秀な筈の受精卵から育った子供が親よりも劣っていた場合、その子供が血を残せないように呪詛が再び発動する。
ある者は人では無くなり、ある者は子を産む事の出来ない体になり、ある者は短命を宿命づけられる。
『なんだそれは!? アステリアがそうだと言うのか!?』
動揺するハリーにエグレは頷いた。
『ロウェナ曰く、最も効率よく魔法使いという種を更なる次元に引き上げる事が出来る素晴らしい魔法との事だ』
『ふざけるな!! それじゃあ、ドラコは……、そんな事は認めんぞ!!』
今のドラコは正直気持ち悪い。けれど、それでも、彼の幸福をそんなふざけた呪詛に邪魔されるなど許せる筈が無かった。
『どうにかならないのか!? サラザールは何か残していないのか!?』
『……悔しいが、サラザールよりもロウェナの方が魔法使いとしては格上だった。分霊箱に対するカウンターは用意出来ても、ヤツの考案した他の魔術に対しては……』
『冗談じゃないぞ!! 冗談じゃない!!! クソッ!!! どうすれば……』
『……アステリアの姉が何やら研究しているようだ。実を結ぶかは不明だが……』
『ダフネが!?』
ハリーはエグレからダフネが血の呪いを魔法薬によって対処出来ないか研究している話を聞いた。
居ても立っても居られず、彼は走った。
エグレはサラザールが僅かに解析出来た血の呪いの情報を教えてくれた。それが彼女の研究の一助になるかもしれない。そうならなくても、協力したかった。
ドラコとアステリアの為だけじゃない。ダフネはハリーにとって数少ない友人でもある。その彼女が孤独な奮闘をしていたと知って、放っておける筈もなかった。
「ダフネ!」
彼女の居場所は途中で喚び出した屋敷しもべ妖精のマーキュリーが教えてくれた。
そこは変身術の教師であるニコラス・ミラーの部屋だった。
ノックする間も惜しんで中に押し入ると、ダフネとニコラスは目を丸くした。
「は、ハリー?」
ハリーは部屋に入るなり、ダフネの両肩を掴んだ。
「ダフネ!」
「ど、どうしたの!? えっ、まさか!? そ、そんな、ダメよ……! わ、わたしは……っていうか、あなたにはハーマイオニーが……」
「血の呪いに対する研究、ボクも力になりたい! サラザールの知識を提供するから、頼む!! 協力させてくれ!!」
「……はえ?」
「サラザール……、スリザリンの知識か!?」
困惑するダフネを他所に、ニコラスが彼の言葉に反応した。
「ああ、そうだ。血の呪いはロウェナ・レイブンクローが考案した卑劣な魔法だ。それをサラザール・スリザリンは完全ではないが、ある程度は解析していたらしい」
「聞かせてくれ、ハリー。ひょっとすると、一気に研究が進むかもしれないぞ」
「ほ、本当ですか!?」
ダフネは目を見開いた。
「ああ、ハリーの話次第だがね。サラザール・スリザリンの知識とは……、さすがはスリザリンの継承者だ」
「時間が惜しい。早速話すぞ」
ハリーはエグレから聞いた話をそのまま語った。それは《血の呪い》という呪詛のおぞましい性質と目的であり、その本質の一端だった。
ニコラスは話を吟味し、思案した。そして……、
「時間はかかるが、これは……」
ニコラスは笑みを浮かべた。
「ハリー。バジリスクの毒を少しもらえるかい?」
「ああ、構わない。持ってきている」
「……なるほど、君も鍵はそれだと推理していたわけか、さすがだ」
ハリーがポケットから取り出した小瓶を見つめ、ニコラスはニヤリと笑った。
「……そうか、バジリスクの毒は……、なら! ……で、でも、あまりにも強力過ぎるわ! それを使ったらアステリアまで……」
「ああ、そもそも効くかどうかも不明だ。だが、それでもだ。それを明らかにし、毒を薬に変える研究を開始する価値はある」
ニコラスはダフネの頭を撫でた。
「……修正したのは間違いだったな。これは……、ここからはこれまでの君の研究も大いに役に立つぞ。修正前のアプローチの中に使えるものがあった」
「本当ですか!?」
「ああ! よし、いいぞ。この際だ……、過去の遺物には退散して頂くとしようじゃないか。ダフネ、ハリー。学生生活との両立は忙しいかもしれないが、リターンは大きいぞ。無論、無理強いはしない。どうだ? やる気はあるか?」
「もちろんです!!」
「当然だ!! アステリアには健常でいてもらわないと困る」
「うん!! ……って、そう言えば、ハリーはなんでこんなに協力的なの? え? まさか、ハリー! あなた、あの子の事が!?」
「違う!! ドラコが惚れてるからだ!!」
「ほえっ!?」
「あっ、やべ!」
それから、ハリー、ダフネ、ニコラスによる《血の呪い》に対する共同研究が始まるのだった。