【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

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第四十話『ニコラス・ミラー』

 無人の教室をニコラスは歩いていた。時折足を止めると、彼は机の表面に指を走らせた。

 そこには《the dark lord》という文字が刻まれている。これは、彼が学生だった頃に刻んだものだ。

 その頃の彼は貧しかった。受け継ぐべき財産も、何かを買い与えてくれる保護者も居なかった為だ。そんな彼が持っていた数少ない財産の一つ、それが一冊の本だった。彼が居た孤児院にあった《マグルの本》である。

 内容は一人の若者の冒険譚であり、魔法だとか、小人だとか、そういうお伽噺の要素がふんだんに盛り込まれていた。幼き日の彼は、この本を愛していた。

 机の文字は、その本に登場する恐ろしき王を示す言葉だった。

 誰もが恐れを抱き、その真名を口にする事さえ憚られ、その王は《the dark lord》と、あるいは《The one》、もしくは《the one enemy》、《Lord of the Werewolves》などと呼ばれていた。

 後に、彼はその王に強いインスピレーションを受ける事になる。

 

「……思えば、なんとも浅はかだったな」

 

 苦笑いを浮かべながら教室を見回していると、長らく留守にしていた故郷に帰ってきたかのような懐かしさを感じた。

 彼にとって、ホグワーツこそが家だった。帰るべき唯一の場所だった。それは今でも変わらない。

 

「我が愛しきホグワーツよ。わたしは帰ってきたぞ」

 

 第四十話『ニコラス・ミラー』

 

 ニコラスが校舎を歩いていると、ダフネ・グリーングラスが駆け寄ってきた。

 

「先生!」

 

 彼女は苦手だった変身術を得意科目にしてくれたニコラスの事を心から慕っていた。

 

「やあ、ミス・グリーングラス。どうかしたのかい?」

 

 ニコラスの声には不思議な魅力があった。穏やかでありながら、どこか人を惹きつける。

 ダフネは熱に浮かされたような表情を浮かべ、持っていた教科書を開いた。

 

「あ、あの、変身術の事じゃないんですけど……、他の科目なんですけど……、わからない所があって……。よ、よろしければ教えて頂けませんか?」

「もちろん構わないよ。生徒の疑問に答える事は教師の義務であり、権利だ」

「権利ですか……?」

 

 首を傾げるダフネにニコラスは微笑みながら頷いた。

 

「生徒の成長を手助け出来る。教師にとって、コレほど嬉しい事はない。それに、授業以外に生徒が質問に来てくれるなんて、信頼されている気がして嬉しいんだ。だから、ありがとう」

 

 ニコラスが嬉しそうに微笑むと、ダフネは顔を真っ赤に染めた。

 

「さて、魔法薬学だね。なるほど、オリジナルの魔法薬を研究しているわけか。そう言えば、スネイプ先生は君が魔法薬学の授業において極めて優秀な生徒だと褒めていたよ」

「スネイプ先生が!?」

 

 ダフネは目を丸くした。

 

「本当だよ。たぶん、スネイプ先生に相談しても、適切なアドバイスを貰える筈だけど、彼に聞きに行ったりはしていないのかい?」

「は、はい……」

「怖いから?」

「……えっと、その」

 

 声が小さくなっていくダフネにニコラスはクスクスと笑った。

 

「分かるよ、ダフネ。彼は威厳に満ち溢れているからね」

 

 そう言うと、彼はイタズラっぽく微笑んだ。

 

「オーケイ。わたしがアドバイスをしてあげるよ。彼とは違って、威厳が無いから聞きやすいだろう?」

「そ、そんな! 先生に威厳がないなんて、わたし、思ってません!」

「そうかい? ありがとう。ダフネは優しいな」

 

 ニコラスの言葉にダフネは再び真っ赤になった。

 

「わ、わたし……、え、えへへ……」

 

 もじもじするダフネにニコラスはニッコリと微笑んだ。

 

「さて、それじゃあ、図書館に行こうか」

「図書館ですか……?」

「ホグワーツの図書館には資料が豊富だからね。禁書の棚に置いてある本もいくつか読むと参考になるから許可を出してあげるよ」

「い、いいんですか!? き、禁書の棚って、危ない本がいっぱいだって……」

「もちろん。禁書の棚とはいえ、学校に置いてある本だからね。使い方を誤れば危険だけど、正しい使い道の為に求める生徒には心強い味方になってくれるよ。まさに魔法薬のようなものさ。それそのモノが危険なわけじゃない。使い手が危険な毒薬にも、優れた薬にもする。魔法薬も本も自我を持たないからこそ、使う者には相応の責任が必要となるんだ。その事をよく理解しておくようにね」

「は、はい!」

 

 二人が図書館に向かうと、かなりの盛況ぶりだった。

 ダフネも時々混ぜて貰っているハリー・ポッター、ドラコ・マルフォイ、ローゼリンデ・ナイトハルト、ジネブラ・ウィーズリー、エドワード・ヴェニングス、ダン・スターク、フレデリカ・ヴァレンタインが座るグループ。

 パーシー・ウィーズリーとその恋人であるペネロピー・クリアウォーターが座るグループ。

 アステリア・グリーングラス、フレッド・ウィーズリー、ジョージ・ウィーズリー、リー・ジョーダンが座る異色のグループ。

 ロナルド・ウィーズリー、ディーン・トーマス、シェーマス・フィネガンが座るグループ。

 そして、ハーマイオニーが一人で座るグループ。

 他にも各寮の生徒達のグループが散らばっている。

 

「……今のホグワーツは真面目な子が多いんだな」

  

 広大な筈の図書館が狭く感じるほど、たくさんの生徒達が勉強している。

 

「ハリーの影響ですね。怖い所とか、圧倒されちゃう所とかもあるけど、やっぱりカッコいいから、みんな心のどこかで憧れているんです。彼みたいになりたいって」

「なるほど……。ただ、あるだけで周囲の者に影響を与える。一種のカリスマだな」

「……ハリーは怖いけど、分からない所を聞いたら教えてくれるし、魔法生物学でケルベロスに襲われた時は守ってくれたし、なんだかんだで優しいですからね」

「そうか……、ん? ちょっと待ってくれないか? ケルベロス? 魔法生物学でケルベロスに襲われた!?」

 

 ニコラスは聞き間違いかと思った。

 

「はい。ハグリッドが飼っていたみたいで……」

 

 ダフネは魔法生物学の恐怖の授業についてニコラスに語った。

 

「……ハ、ハグリッド。相変わらずなんだな……」

「む、昔からなんですか?」

「ああ、アクロマンチュラを飼育していた事があるんだ……」

「ほ、ホグワーツで……?」

「正直、あれには驚いた。人間の言葉を解する知能がある上に、人肉をこよなく愛する生き物だからね」

 

 ニコラスの言葉にダフネは言葉を失った。

 

「ほ、本当に有罪じゃないの……」

「……まあ、無罪ではないよな。知った時は《ウソだろ!?》って目を丸くしたものだよ。バジリスクとどっちが危険かって言うと、繁殖力がある分、アクロマンチュラの方が……」

 

 ダフネは苦々しい表情を浮かべながらぶつぶつと呟くニコラスに首を傾げた。

 どうしてか、その表情には罪悪感のようなものが浮かんでいるように見えた。

 

「そ、それより、魔法薬学だね。少し待っていてくれ、禁書の棚の許可をマダム・ピンスに貰ってくるよ」

「は、はい!」

 

 ニコラスが去って行くと、ダフネは顔から湯気が出そうになる程赤くなった。

 ちょっとした質問を聞くだけのつもりが、ここまで世話を焼いてもらえるとは思っていなかったのだ。

 優しくて気さくで、時々不思議な表情を見せるニコラスにダフネはあっという間に夢中になってしまった。

 

「……お姉ちゃん、ニコラス先生とこんな所で何をしているんですか?」

「ほえ!?」

 

 ダフネは飛び上がった。いつの間にか、彼女は集団に取り囲まれていた。

 ニコラスとダフネが図書館に入って来た時、真っ先に気づいたアステリアはこそこそと姉と教師の密会(?)現場に接近し、面白がったフレッド、ジョージ、リーも追随した。

 その異様な行動にロン、シェーマス、ディーンも興味を持ち、それを見たハリーが《ロンは何をしているんだ?》と不思議に思い、ハリーが動けばドラコやローゼリンデ、ジニーも動き、エドワードとダン、フレデリカも《なんだなんだ》と席を立ち、ハーマイオニーも《なになに?》と流れに乗り、他の生徒達も集団が動いた事に興味を抱き始め、結果としてダフネは図書館中にいた生徒達に取り囲まれる結果となった。

 

「え? え? え?」

 

 ダフネはパニックを起こした。妹とは違い、彼女はシャイな性格で、こうして人に注目される事が苦手だったのだ。

 そして、その事を知っている筈の妹は姉と教師の不純異性交遊*1現場に対する興味に頭がいっぱいになっていた。

 

「聞きましたよ、お姉ちゃん! 禁書の棚に先生と二人っきりで入るつもりなのでしょう!?」

「ほえ!?」

「きょ、教師と生徒がふ、二人っきりで……、誰も入れない……き、禁書の棚で何をするつもりなんですか!?」

「ほえ!?」

 

 イヤンイヤン言いながら身悶えるアステリア。なんだか面白い事になって来たと傍観を決め込む観客達。

 そして、ニコラスが戻って来た。

 

「……な、何事だ?」

 

 イヤンイヤンしているアステリアと《ほえ!?》しか言えなくなったダフネ、そして、そんな姉妹を見守る観客達。

 そのすべての視線が一気にニコラスに集中した。

 そして、ニコラスと一緒にやって来たマダム・ピンスの顔が鬼のような形相に変わっていくのを見て、慌てて全員が元の席に戻っていった。

 イヤンイヤンしているアステリアもフレッドが抱えて行ってしまった。

 

「ミラー先生、図書館ではくれぐれも! お静かに頼みますよ」

「……はい」

 

 ニコラスは《ちょっと理不尽じゃないか?》と思いつつも頷きながらダフネに声を掛けた。

 

「ダフネ、待たせたかい?」

「ほえ!?」

 

 まだ、彼女は《ほえ!?》のリピート状態が解除されていないようだった。

 仕方なく、ニコラスは彼女が復活するまでの間に禁書の棚から必要な本を取り出して彼女が《ほえ!?》とリピートしている所の近くのテーブルに乗せていった。

 

「……そろそろいいかい?」

「ほえ?! あっ、ニコラス先生!」

 

 ようやく、《ほえ!?》以外の言葉が聞けて、ニコラスは少しホッとした。

 

「さて、資料は揃えてある。まずは君が躓いているところの小石を払ってしまおう」

「は、はい!」

 

 ◆

 

 姉が教師と図書館デート*2している様子を皿のように細めた眼差しで見つめるアステリア。

 そんな彼女に倣って目を細めるフレッド、ジョージ、リーの三人組。

 

「んー……、ニコラス先生って、誰かに似てるんだよな……」

 

 不意にジョージが言った。

 

「似てるって?」

 

 リーが首をかしげると、フレッドは「もしかして……」とハリー達のグループを見た。

 アステリアがジニーを監視する為に選んだテーブルだから、彼らのテーブルもばっちり見えた。

 

「ハリーじゃね?」

「あっ、そっか!」

「ハリー・ポッターですか?」

「うん!」

 

 フレッドはハリーとニコラスを見比べた。

 見た目は黒髪である事と背が比較的高めという事しか似ていない。けれど、ローゼリンデやダフネに教える姿は既視感を覚えるほどに似ていた。

 

「二人共、すっげー楽しそうなんだよな」

「たしかに」

 

 アステリアはハリーとニコラスを交互に見つめた。

 二人共、分厚い本を持ちながら熱心に自分の生徒に教えていた。

*1
と彼女が決めつけた

*2
彼女の視点ではそうだった


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