【完結】ハリー・ポッターは邪悪に嗤う   作:冬月之雪猫

31 / 145
第三十話『逆鱗』

 ジニーと友人になり、数日が経過した。

 最近、ハリーの日常が再び変化した。ジニーは意外な程に積極的な性格で、ハリーにコリンが談話室で自慢していた数々の事を頼み込んだ。

 ハリーはジニーの我儘に対してやれやれと苦笑するだけで全てを叶えた。

 そうなると問題になってくるのがローゼリンデの勉強だった。彼女に勉強を教える時間が減ってしまったのだ。

 

「すまないな、ロゼ」

 

 ハリーが謝ると、彼女は真っ赤になりながら首をぶんぶんと横に振った。

 

「い、いえ、そんな! とんでもありません!」

 

 そう言う彼女の言葉にハリーは甘えてしまった。身内が増えた事が嬉しくて、ハリーはジニーを優先した。

 

 第三十話『逆鱗』

 

 それから数ヶ月が経った頃、夕飯前に寝室で寛いでいたら壁の向こうからエグレが話しかけてきた。

 

『マスター……。話がしたい。秘密の部屋に来てくれ』

 

 エグレがこうしてハリーを呼び出すのは初めての事だった。

 ハリーはドラコを起こして、ゴスペルを腕に巻き付けた。

 秘密の部屋に辿り着くと、エグレが待っていた。いつもと雰囲気が違っていた。

 

『……これまで、ホグワーツでこういう事は少なくなかった。それに、報告すればマスターが何をしでかすか分からなかった』

 

 そう前置きをするエグレにハリーは微妙な表情を浮かべた。

 

『何をしでかすかって、お前な……』

 

 人を何だと思っているんだ。そう、叱ろうとすると、エグレは言った。

 

『……だが、もう容認出来ない。許す事が出来ない。しかし、我が直接動く事は出来ない……。我の言葉を聞ける者はマスターのみ。そのマスターに報告した時の最悪な事態を何度も予見した。それでも……、それでも……』

『なんなんだ? 言いたい事があるならハッキリと言え!』

 

 ハリーが命じると、エグレはゆっくりと喋り始めた。

 

『マスター。汝が我に新学期が始まってすぐに下した命令を覚えているな?』

『……ああ』

 

 ―――― しばらく、ロゼに張り付いていてくれないか?

 

 そう命じた。

 

『我はずっとローゼリンデの傍にいた。そして……、何度もマスターに伝えようと考えた。だが、報告を命令されたわけではなかった。ローゼリンデは耐えようとしていたし、マスターが聞けば怒りのあまり暴れ出すのではないかと危惧した』

『……どういう意味だ?』

 

 ハリーの表情が強張った。

 

『マスター。ローゼリンデは傷つけられている。教科書を隠され、有象無象に罵倒を浴びせられている』

『なんだと……?』

 

 ハリーの目が見開かれた。

 

『……彼女はスクイブ*1だったのだ』

『スクイブだと? だが、ロゼは魔法が使えるぞ。少なくとも、物体浮遊呪文は覚えられた!』

『ああ……、まったく能力が無いわけではないから、正確ではない。だが、それに近かった。彼女は授業でほとんどの魔法を上手く使えなかった。それに、勉強も遅れ気味だった。傷つけるには格好の弱者だったのだ』

『なんだ……、それは……』

『それでも、マスターの配下である事がある程度彼女の守護になっていた。けれど、スリザリンのシーカー選抜試験の日を切っ掛けにマスターが温厚な人間なのだと彼女を傷つけていた者達は考えた。そして、拍車が掛かった』

 

 ハリーは沈黙した。ただ、エグレの言葉を聞いていた。

 

『彼女がマスターに庇護される姿も彼らの癇に障ったらしい。加えて、先のヒッポグリフレースの優勝が彼らを暴走させた』

『何故だ!? 凄い事をしたんだぞ!! リスペクトされるべき事を為したんだぞ!!』

 

 ハリーが吠えるように言うと、エグレは怒りの滲んだ声を吐き出した。

 

『奴らにとっては鼻持ちならない事だったようだ。トイレで水を掛けられ、魔法薬学では材料を別のものにすり替えられ、彼女の失敗は嘲笑われた。最近、マスターと共にいない時間が増えただろう? その時、彼女は傷つけられているか、泣いていたのだ……』

『何故だ……』

 

 ハリーの体は小刻みに震えた。

 抑えきれないほどの激情が彼を包み込んでいく。

 

『何故、すぐに言わなかった!!! ロゼも、どうしてボクに言わない!?』

『……マスターはコリンに慕われる事を喜んでいた。恐れられるのではなく、慕われる事を望んでいるのだと、我もローゼリンデも気づいていた。我らは汝の幸福を望んでいた。だが……、我はローゼリンデの幸福も……、望まずにはいられなかった』

 

 エグレが思うのは怯えながらも必死に鱗の手入れをしたり、秘密の部屋を掃除するローゼリンデの姿だった。

 傍に張り付きながら見守り続けた彼女の頑張る姿や傷つけられる姿だった。

 

『すまない、マスター。我は汝の使い魔として失格だ』

『違う……、間違っているぞ、エグレ!! お前の過ちはさっさとボクにその事を言わなかった事だ!! それだけだ!!』

 

 振り返るハリー。その顔を見て、ドラコは表情を引き締めた。

 

「……何を聞いたんだい?」

「大広間に向かいながら話す。いくぞ、ドラコ。エグレ! マーキュリー! ウォッチャー! フィリウス! ドビーも来い!!!」

 

 バチンという音と共に屋敷しもべ妖精達が現れた。彼らはハリーの纏う殺気に驚愕した。

 そして、ドラコとマーキュリー達はハリーの口からローゼリンデが受けた仕打ちを聞いた。

 誰も、何も言わなくなった。ただでさえギョロっとした目つきのマーキュリー達の目はいつもより一層大きくなっていた。

 彼らが歩いていく姿を目撃した生徒達は恐怖の表情と共に逃げ出した。

 

 大広間に辿り着くと、ハリーは躊躇う事なく杖を振るった。

 

「エクスペクト・フィエンド」

 

 紅蓮のバジリスクが大広間の扉を食い破った。

 大広間は騒然となり、すべての視線がハリーに注がれた。そして、彼の形相を見た瞬間、一年生以外のすべての人間が凍りついた。

 ヴォルデモートを殺害した時でさえ、ここまでではなかった。

 大広間全体を満たす程の膨大な殺意に失神する者さえいた。上空を舞う悪霊の火にフィニート・インカンターテムを唱えられる余裕がある者など皆無だった。

 

「……おい」

 

 ハリーが口を開くと、誰かが悲鳴をあげた。

 

「ロゼの教科書を隠したヤツは名乗り出ろ」

 

 その言葉だけで聡い者は状況をすぐに理解した。

 愚か者がよりにもよってハリーの配下に手を出したのだ。

 早く名乗り出ろと誰もが思った。

 けれど、名乗り出る者はいなかった。

 

「……そうか、名乗り出ないか。なら、ロゼの魔法薬の材料をすり替えたヤツ、出てこい。あと、スラグホーン。貴様も覚悟しておけよ?」

 

 魔法薬の材料をすり替えた者も名乗り出なかった。スラグホーンは恐怖のあまりひっくり返った。

 

「次だ。ロゼに悪口を言ったヤツ、水をかけたヤツ、全員出てこい」

 

 その言葉にしばらく誰も何も言わなかった。けれど、一人の少女が恐る恐る手を上げた。

 レイブンクローの少女だった。

 

「あ、あの、わたし」

 

 その少女をハリーは無言で蹴り飛ばした。骨が折れる程の衝撃を躊躇いなく与えた。

 

「貴様はこれで許してやる。感謝しろよ、ゴミが」

 

 ゲホゲホと咳き込みながら倒れ込む彼女を無視して、ハリーは大広間中に視線を巡らせる。

 ローゼリンデはいなかったけれど、彼女が図書館でハーマイオニーに勉強を見てもらっている事はマーキュリーが確認していた。

 

「そうか……、他に名乗りでるヤツはいないか……」

 

 床に倒れ込んでいる少女を見て、名乗り出られる者などいなかった。

 

「……そうか、そんなに貴様等は我が身が大切か」

 

 ハリーにとって、ローゼリンデの身に起きた事は他人事などではなかった。

 ダーズリー家で過ごした十年の間、通っていた学校で似たような目に遭わされた。

 その悲しみ、その屈辱、その怒りを彼は知っていた。

 そして、なによりもローゼリンデが傷つけられていて、その事に気づいてあげられなかった事が許せなかった。

 彼女を傷つけた者と気づいてやれなかった自分自身に対する怒りで、ハリーは我を忘れかけていた。

 

「よくも……」

 

 ハリーは震えていた。

 

「よくも……」

 

 涙を流していた。

 

「よくも……、ボクの配下に……」

 

 声が震えていた。

 

「ボクのロゼに手を出してくれたな!!! このドグサレ共がぁ!!! エグレ!!! ロゼを虐めたヤツを全員教えろ!!! マーキュリー、ウォッチャー、フィリウス!!! 全員逃がすなよ、一匹足りとも許さん!!!」

「ハッ! かしこまりました!」

「誰一人逃しません!」

「ロゼ様に手を出した輩に天誅を!」

 

 マーキュリー達の魔法によって、大広間の全ての出入り口が完全に封鎖された。そして、空のバジリスクはその身を一気に肥大化させた。

 

「お、お待ちなさい、ハリー!!」

 

 その時になってようやく我に返ったマクゴナガルが慌ててハリーに駆け寄った。

 

「き、気持ちは分かりますが落ち着きなさい!!」

「落ち着けだと!? ロゼが苦しい思いをしたんだぞ!!! 貴様は……、貴様は教師の癖に傷つけられた者ではなく、傷つけた者を庇う気か、マクゴナガル!!!」

 

 ハリーの憎悪の篭った怒声にマクゴナガルはたじろいだ。

 

「そ、そんなつもりでは……、違うのです! お聞きなさい! ミ、ミス・ナイトハルトを傷つけた者にはわたくし達が然るべき罰を与えます! ですから……」

「ふざけるな!!! 魔法薬がすり替えられて、他の連中にロゼが嘲笑われた時、スラグホーンは何をしていた!? 教師の癖に生徒が嘲笑われている状況で何もしなかった連中を信じると思うか!? 邪魔をするなら貴様ら全員まとめて――――」

 

 遂にハリーが禁断の言葉を口にしようとした時、ドラコが彼の頭を小突いた。

 

「何をするんだ!?」

「ハリー、落ち着けよ。君の気持ちはよく分かるし、言いたい事を代弁してくれるから黙っていたけど、ここからは僕がやる」

「何だと!?」

「……君はそろそろロゼの所に行けよ。怒る前にやる事があるだろ!!! 酷い目に遭わせやがった連中の事なんて後にしろ!!!」

 

 その言葉にハリーの激情は僅かに収まった。荒く息をしながら、エグレから聞いたローゼリンデを虐めた人間の名前をドラコに教える。

 

「一人も逃がすな。一人も許すな」

「ああ、もちろんだ。絶対に許さない。安心しろよ、僕だって怒ってるんだ」

 

 静かな口調だった。けれど、有無を言わさない口調だった。

 その瞳に宿る激情はハリーに勝るとも劣らないものだった。

 

「……ロゼ」

 

 マーキュリーがハリーが出る隙間だけを開けると、ハリーは図書館に向かって走っていった。エグレは追いかけず、ドラコの後ろに待機した。傍目には見えないが、その封印を施された眼球にも彼らに負けない激情が浮かんでいた。

 

「さて、マクゴナガル先生。ご存知の通り、僕の父はホグワーツの理事だ。そして、他の理事を動かすだけの力を持っている」

「……ミスタ・マルフォイ」

 

 ドラコは言った。

 

「今から言うゴミを全員、五十年前の方式で罰則を与えろ。期間は学年末までだ。温情でしょう? それから、スラグホーンも同じ罰則を与えた後にクビにしろ。拒否するならダンブルドアを校長から解任させる。出来ないと思うなよ? それでも拒否するなら、僕はもう、ハリーを止めない」

 

 苛烈だったと聞く五十年前の方式の罰則を残り三ヶ月以上受け続けるのは残酷だったけれど、ドラコは甘過ぎるとさえ考えていた。

 それでも、これ以上を望めばハリーの悪評が更に深まってしまう。今回の事もマイナスになる事は理解していた。それでも止めなかったのはドラコも怒りで我を失いかけていたからだ。けれど、これ以上は不味いと理性が囁いた。

 それに、ドラコの指示を受けて実行すれば、ホグワーツの威信は大きく揺らぐ事になる。それがローゼリンデに対する仕打ちを留めなかったスラグホーンと教師達に対する罰になるとドラコは踏んでいた。

 

「……ええ、いいでしょう」

 

 生徒に屈した教師。その汚名を被る事になると理解しながら、マクゴナガルはダンブルドアに指示を仰ぐ事なく頷いた。

 そうしなければハリーの怒りを収める事は出来ないし、ダンブルドアの名に深い傷をつける事になる。なにより、ローゼリンデが受けた仕打ちの一部は教師の怠慢にあると理解していたからだった。

 いつの間にかマーキュリー達に集められ、縛り上げられて転がせられていた生徒達をマクゴナガルは見下ろした。

 軽率な真似をした一年生達。善悪もまだ深くは理解していなかったのだろう。一部の生徒は周囲に同調しただけだった筈だ。情状酌量の余地のある者もいる事だろう。

 それでも、マクゴナガルは彼らを地下牢に繋いだ。

 ハリーがあの時、本気で大広間にいた全員を皆殺しにしようとしていた事を理解していたからだ。

 ウィーズリー兄弟や一部の生徒は許されたかも知れない。けれど、多くの生徒と、少なくとも教師全員が殺されていた事だろう。

 完全制御された悪霊の火とバジリスク、それに屋敷しもべ妖精を従えたハリーと戦えば、ダンブルドアですら危ないのではないかとマクゴナガルには思えた。  

 まだ、ハリーは十二歳だ。けれど、その凄みは既に名だたる魔法使いと同じ域に達していた。

 

 その後、ホグワーツでは大規模な人事異動が行われた。

 スラグホーンは本人の希望もあって退任し、マクゴナガルも辞表をダンブルドアに提出した。事情はどうあれ、生徒に屈した彼女をバッシングする声があちこちで上がっていたし、彼女自身も大きな責任を感じていたからだ。

 一年生の中にもホグワーツを去る者が出た。

 

 ◆

 

「……ふふ、面白い事になっているな」

 

 男は日刊預言者新聞の記事に目を通して薄く微笑んだ。

 

「ハリー・ポッター。君の事がよく理解出来たよ。さてさて、どうしたものか」

 

 優雅に足を組み替えると、彼は傍らに佇む屋敷しもべ妖精を見つめた。

 

「そろそろ彼女が帰ってくる頃だ。期待以上の働きをしてくれた彼女は盛大に出迎えてやらなくちゃぁいけない。準備をしてくれ、クリーチャー」

「かしこまりました、ご主人様」

 

 男は微笑む。

 

「ローゼリンデ・ナイトハルト。ドイツの名高き純血の一族に生まれながら、魔法の才能に恵まれなかった哀れな少女よ。わたしの進む道の礎となっておくれ。代わりに、わたしは君を忘れない。大切な存在として、君の名前を胸に刻みつけようじゃぁないか」

 

 微笑みが邪悪に歪んでいく。

 

「このヴォルデモート卿の胸に、君の名を」

*1
魔法族に生まれながら魔法力を持たない者


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。