新入生の歓迎会も終わり、監督生達が一年生達を集めている。
「おい、お前はアッチだぞ」
ハリーがドラコとマーキュリー達に挨拶をする為に厨房に向かおうとするとローゼリンデがついて来た。
「ボク達は寄り道してから寮に行くから、監督生についていけ」
「わ、私はハリー・ポッター様に御同行致します!!」
「いや、部屋割りを決めるから向こうに行け」
「し、しかし!!」
ローゼリンデは思いの外頑固だった。けれど、その理由が自分と一緒にいたいからだというのがハリーに寛容な態度を取らせた。
「……仕方のないヤツだ」
「部屋割りのタイミングでドビーに送らせよう」
「ドビーを連れてきたのは正解だったな」
「えっと……?」
ドビーを知らないローゼリンデは置いてけぼりになっていた。
「とりあえず行くぞ、ドラコ、ロゼ」
「ハッ!」
「はいはい」
三人は大広間の横にある個室へ向かった。そこに地下の厨房へ通じる隠し通路があるのだ。
第二十四話『ハリーの決意』
「クリーチャー!?」
「……いや、
「いえ、なるほど。屋敷しもべ妖精というのですね」
興味深げに厨房で働いている屋敷しもべ妖精達を見つめているローゼリンデを尻目にハリーはマーキュリー、ウィッチャー、フィリウスの三人に声をかけた。
「ハリー・ポッター様!!」
「ドラコ・マルフォイ様!!」
「ようこそいらっしゃいました!!」
他の屋敷しもべ妖精達も作業を中断して敬礼した。まるで練習でもしたかのような見事な敬礼だった。
「本日はどういった御用でしょうか?」
「ボクは君達に挨拶をしに来ただけだ。《ただいま》を言いに来ただけだよ。作業の邪魔をして悪かったね」
「わ、わたし達に挨拶を……そ、その為にわざわざ……」
「お、お優しい……ハリー・ポッター様……」
ハリーの言葉にマーキュリー達は涙を零した。
「ど、どうしたのですか!?」
ローゼリンデは一斉に泣き始めた屋敷しもべ妖精達に困惑している。
「ハッハッハ、彼らはボクを尊敬しているからな! 感動しているのだ!」
「慣れないと異様な光景だよな、これ」
ドラコはやれやれと肩を竦めながらドビーを喚び出した。
バチンという音と共に現れるドビーをドラコは前に立たせる。
「みんな、紹介させてもらえるかな? ドビーだ。訳あって、ホグワーツに連れて来た。仲良くしてやってくれ」
ドラコがドビーを紹介すると先程までとは一転してマーキュリー達は厳しい視線を向けて来た。
彼らは覚えているのだ。ドビーがヴォルデモートの分霊に操られ、ハリーとドラコを危険に晒した事を。
ドビーもその事に気づいていた。
「恥知らずな!! あれほどの事をしでかしておきながら、あなたは!!」
マーキュリーは怒りに燃えている。射殺さんばかりの眼光だ。
「落ち着け、マーキュリー。ドビーはドラコの大切な家来だ。それに、去年の事は許してやれ。あれはヴォルデモートが原因だ」
「……かしこまりました」
ハリーが言うと、マーキュリーは渋々といった様子で引き下がった。
「ドビー! 包丁で耳を小さくしようとするんじゃない!!」
ドビーはドビーで罪悪感から自分の耳を包丁で切り落とそうとしてドラコを慌てさせた。
「と、とりあえずそろそろ時間だな! 僕はドビーにロゼと寮へ送ってもらうよ」
「分かった。後でな」
「ああ、行くぞ、ロゼ」
「え? わ、私はハリー・ポッター様と!!」
「とりあえず部屋割り優先だ」
ドラコは強引にローゼリンデの腕を掴むとドビーに姿くらますように命じた。
バチンという音と共に三人が消えると、ハリーもエグレに会いに行こうと出口に向かった。
「は、ハリー・ポッター様! なにか御用がございましたらいつでもお呼びくださいませ!!」
「ああ、その時は頼むよ。ディナーは美味かったよ。ありがとう」
ハリーは出口に向かうまでの間に大量のお菓子とエグレの餌を持たされた。
『……むにゃ、相棒? なんか、すごいいろいろ持ってるな。大丈夫かい?』
ハリーのローブの中で眠っていたゴスペルが起きた。
『無下には出来ないからな……。あとでロゼにもやろう』
『相変わらず、相棒は優しいぜ!』
大荷物を抱えたまま秘密の部屋に行くと、そこにはニュートがいた。
「お久しぶりです、ニュート」
「久しぶりだね、ハリー。『ゴスペルも久しぶり』」
『おう! お久しぶりだぜ、ニュート!』
夏休みに入る前の時点で、長話は無理だけど、ニュートは既にエグレやゴスペルと短いやりとりなら出来るようになっていた。
この分なら、来年には完全にマスターしていそうだ。ハリーは改めてニュートを尊敬した。
ニュートがゴスペルとお喋りをしている間にハリーはエグレの下へ向かった。
『久しぶりだな、マスター』
『ああ、君に会えて嬉しいよ、エグレ』
ハリーは早速エグレにマーキュリー達が用意してくれた餌を食べさせた。
『美味いか?』
『うむ、美味い。マスターが居ない間は定期的にマーキュリーが持ってきてくれた』
『マーキュリーが!?』
『ああ、毎回おどおどしながら入って来ては置いていく。感謝しようと近づくと悲鳴をあげて気絶するのでな、代わりにお礼を言っておいてもらえるか?』
『わかった。マーキュリー、やはり冠絶する存在だ。素晴らしい! ……問題は《ありがとう》の一言で泣きながら逆に感謝されてしまう事だな』
『向こうが満足しているのなら構わないのでは?』
『しかしな……』
『命令を増やしてやれば喜ぶのでは?』
『それは本末転倒じゃないのか?』
屋敷しもべ妖精にお礼をするのは簡単過ぎて難しかった。
『……なんとかしてお礼がしたいな。ここまでしてくれるとは』
マーキュリーはエグレを恐れている。ハリーとは違って、エグレと意思の疎通が出来ないからだ。
それでも餌に手を抜いたりはせず、ハリーが居ない間は自主的に秘密の部屋へ餌を届けに来てくれていた。
ハリーが居ない状態の秘密の部屋に入る事は死の恐怖と隣合わせだった筈だ。
その勇気と献身の心はハリーの胸を打った。
『というか、何故そこまでしてくれるんだ? よく考えると、やってもらうばかりでボクが彼女になにかしてあげた事は何もないぞ』
『なんだ、聞いてないのか?』
『知ってるのか?』
『ああ、前に仲間の屋敷しもべ妖精と話している所を聞いた事がある。どうやら、リドルは屋敷しもべ妖精を相当に虐げていたらしい。それこそ、薄汚れた使い捨ての道具のように扱われていたそうだ。そのリドルを無力な赤ん坊が倒した事で、彼らに希望と勇気を与えてくれたらしい。リドル……、ヴォルデモートを倒したマスターは彼らにとって憧れの存在なのだ』
『……憧れか』
ハリーは目を細めた。
『ならば、彼らの期待に応えてやろう』
そう言うと、ハリーは決意の篭った表情を浮かべた。
『ボクが魔法界のNo.1に登り詰めた暁には彼らの素晴らしさを喧伝し、虐げる存在ではなく、良き同居人であると知らしめてみせるぞ!!』
『ああ、それこそが最高の返礼だろう』
ハリーはいちいちおどおどした表情を浮かべるドビーやマーキュリーの表情を脳裏に浮かべた。
彼らが胸を張って生きられる世界を作り上げる。
その決意は、それまで漠然としていたハリーのNo.1へ登りつめるという覇道を照らした。
『彼らが感謝されるのは当たり前の事だ。そんな事に一々感動させる世界は間違っているんだ!! ありがとうと言われたら《どういたしまして》の一言で十分なんだ!!』
『同感だよ、ハリー』
ハリーがエグレを引かせていると、ニュートがゴスペルと一緒に近寄ってきた。
『屋敷しもべ妖精の地位の向上には僕も賛成だよ。彼らの献身の精神に甘え過ぎている現状は憂慮すべきだと常々思っていた。彼らも一人一人に個性があり、喜びもすれば苦しみもする。このままではいずれしっぺ返しを受ける事になるだろう』
『……すごいな、ニュート』
『……もう、普通に喋れているな』
ハリーとエグレは来年までは少なくとも掛かると思っていたのに既にペラペラと蛇語を喋るニュートに感心を通り越して少し茫然となった。
『ああ、彼女と暮らすようになったからだよ』
そう言うと、ニュートはゴスペルの方を指さした。
ゴスペルは真っ白な美しい蛇とお喋りしていた。
『ウフフ、アンタの鱗、スベスベだね!』
『ヘッヘー、相棒が毎日手入れをしてくれるんだ! そういうアンタも良い鱗だぜ!』
『ニュートが毎日手入れをしてくれてるからよ!』
ゴスペルは楽しそうだ。
『シャシャと言うんだ。蛇語をマスターする為にペットショップに行ってね、彼女の美しさに一目惚れしてしまったよ』
『確かに美しいな』
ハリーが呟くと、聞こえていたらしいゴスペルがガーンとショックを受けた。
『あ、相棒! オレ様だって美しいだろ!?』
『ああ、もちろんだとも! ゴスペルがNo.1さ! それはそれとして、彼女の白い鱗も美しいと言っただけだよ、相棒』
『ハッハー! そうだろうとも! そうだろうとも! 相棒に手入れしてもらってるオレ様の鱗こそ最高なのさ!』
『あーら、アタイの鱗だって負けてないわよ! ニュートが丁寧に手入れをしてくれてるんだから!』
二匹の言い争いを見て、エグレは少し羨ましくなった。
『……マスター。我の鱗もその……』
『ああ、もちろんだ! 久しぶりだしね、今夜は徹底的に手入れをしてやるさ!』
『僕も協力させてもらうよ。構わないね? エグレ』
『……頼む』
『相棒! オレ様も! オレ様も!』
『ニュート! アタイも! アタイも!』
『わかってる。順番だ』
『シャシャ、良い子だからちょっと待っていておくれ』
その夜、ハリーとニュートは徹夜でエグレ達の鱗の手入れをした。
それでもニュートが持っていた元気爆発薬を飲んで授業に向かった。
エグレとゴスペル、シャシャの三匹はつやつやになった鱗を互いに自慢し合った。
『ハリーは元気だ』
ニュートはさすがに徹夜が応えて自室に戻って眠った。
「……そう言えば、ロルフの事を話すのを忘れていたな。きっと、良き先輩後輩になるだろう……」
そう呟くと、ニュートは泥のように眠るのだった。