ライトノベルと〈Infinite Dendrogram〉

　□【聖騎士】レイ・スターリング 　ある日のこと。俺と兄、それにマリーという珍しい取り合わせで夕食をとっていた。 「ん？」 　俺達の席はレストランの二階だったが、一階から楽しげな声が聞こえてきた。 　どうやら何かのお祝いらしく、〈マスター〉が集まって宴会をしている。 『どこかの会社のお祝いみたいクマ』 「出てくる単語から察するにライトノベルのレーベルではないかと」 　聞き耳を立てていたらしい二人がそんなことを口にする。 「……何でデンドロの中でお祝いを？」 　普通にリアルですればいいのに。 「ほら、デンドロって三倍時間じゃないですか」 「そうだな」 「宴会をしても所要時間が三分の一で済むんですよ。その分だけ仕事に当てられますし、どれだけお酒を飲んでもこちらのアルコールはリアルの翌日には影響しません。なので、企業の中にはデンドロで宴会をするところもあるみたいですねー」 「……宴会の仕事への影響を気にしなきゃならないくらい忙しいのか」 　以前聞いたデンドロダイエットの発展形というか……社会人って大変だな。 『大人は大変なんだクマ』 　……それ、無職の兄が言える台詞だろうか。　 「それにしても、ライトノベルか……」 「ラノベ作家のプレイヤーは結構多いみたいですよ？　作家が構想を練る時間も三倍とれますから。それにデンドロは五感のリアリティが完璧な上に世界観はファンタジーそのもの。下手に外国行くより取材旅行になるので、ラノベに限らず創作者はそれ目的でやるケースも多いですねー」 「……なるほど」 　マリーの話で思い出したのは、先日遭遇した作家を名乗るPKのことだ。 　彼は取材のために様々なトラブルを起こす厄介作家だった。 　しかし、彼のような真似をせずとも、作家にとって〈Infinite Dendrogram〉は得難いものなのかもしれない。 「ただ、まぁ……。必ずしもプラスのことばかりでもないというか……」 　ここまで創作者にとっての〈Infinite Dendrogram〉の利点を語っていたマリーだが、不意にその言葉を濁し始める。一体どうしたのだろうか。 「デンドロを始めると結構な割合でですね……」 『〈Infinite Dendrogram〉に夢中になって本業が疎かになるクマ？』 　マリーの言わんとする内容を察したのか、兄がそんなことを口にした。 　それが正解だったのか、マリーは頷いている。 「そうなんですよねー……。デンドロに夢中になりすぎて自作の続きを書かずにログインしてる人も結構いて……。元々締め切りがあること以外は自分のペースで仕事してる人達ですし……」 「…………」 　そういえば俺は受験勉強で一年以上娯楽を封じていたが、友人達は『好きなラノベの新刊が全然出ないんだけど!?』と嘆くことも増えていたような……。 　もしかしてそれもデンドロの影響だったのだろうか。 「趣味に夢中になるのもいいですけどねー。やっぱり待ってくれている読者のためにもちゃんと作品を世に送り出さないといけません」 　マリーはデンドロに夢中になっている世の作家を嘆くようなことを口にし始めた。 　だが、ちょっと待ってほしい。 『なぁ、マリー』 「何ですか？」 『世間的にはお前もその一人じゃないか？』 　そう、兄の言う通りなのだ。 　マリー・アドラーこと、一宮渚。スランプ解消のために〈Infinite Dendrogram〉を始め……かれこれ一年以上新作を書いていない漫画家先生である。 「…………」 　どうやら本気で気づいていなかったらしい。 『先生、新作まだですかクマ』 「ごふっ……」 　兄の言葉がトドメとなってマリーはテーブルに突っ伏したのだった。