第2話 辿り着く者、逃れようとする者

 砂漠の昼間はからりと晴れ上がった空から降り注ぐ太陽光に砂が焼かれ、じりじりと焦がすように陽炎がゆらめいていた。

 オアシスの周りにできた、砂岩を積み重ねた建物が軒を連ねる町——砂の吹く町・アーラジャスもそんな、砂漠にならばどこにでもある佇まいだった。

 ナツメヤシが水辺に生え、内部に水分を保有しているサボテンがあちこちに点在している。砂漠では主食となる粥やボホベの原料となるソルガムもあちこちに実っていた。


 一般家屋の煙突からは煙があがり、昼餉ひるげの真っ只中にあるように思えた。

 そんな中で子供たちがこの炎天下の中無邪気にボール遊びなんかをしていて微笑ましい。大人たちは朗らかに微笑みながら輸入物のパイプ草を吹かしていた。


 歓楽街、特に色町は陽も高いというのにすでに活気付いており、砂船に乗ってきた商人や護衛の傭兵を相手に娼婦や男娼が己の魅力を語り、一晩限りの恋人になろうと躍起だ。


 広大な砂漠がその面積の大半を占めるエルトゥーラ王国南西のフィニグス地方。

 フィニグス大砂漠と呼ばれるそこは文字通り砂の海が一面に広がり、オアシスや岩場が小島のように点在するだけの一見すると寂しい地域だが、古代文明の遺跡や、希少な鉱物や魔石が取れる鉱脈があり、そういった物品が行き来する交易地として栄えている。


 各地の大きなオアシスの周りにはそんな商人や商品を乗せた砂船を招く港ができ、さらに人が集まり、町としての規模を発展させていく——そのようにしてこのフィニグス砂漠のコミュニティは大きく成長しているのであった。


「旦那ぁ、酒がまだ来てねえぞぉ」「水鹿の香辛焼き二人前よろしくー!」

「東の質の良い刃物があるんだが、どうだい?」「竜の角の漢方だぁ? 嘘も大概にしてくれよ」「いいエルメライト鉱があるんだが、買わないか?」

「美味しいチーズですよー、どうですかー?」「可愛い給仕さん、そのチーズの盛り合わせを!」


 賑やかなアージャラスの町の酒場、『ラクダのこぶ亭』でも商談はあちこちで繰り広げられている。

 種族も性別も様々な純人種ヒューマン亜人種デミヒューマンが店内を行き来し、小さな女の子の給仕は元気よく振る舞って客からチップをもらっていた。


 そんな平和な酒場のドアが開いた。

 誰も気にも留めなかったが、その人物が前のめりに倒れたので流石に何かの異常事態だとざわめき出す。


 女の子が倒れた人影のフードを取り払い、顔を確認。

 無精髭が散っているがまだ若い男だ。綺麗な青紫色の瞳に、藍色がかった黒髪。乾燥してパリパリになった唇は青ざめており、明らかに水と栄養が足りていなかった。


「誰かお水! あとおかゆ!」


 女の子の声に近くの席の女が青年に水を飲ませた。全て一気にではなく少しずつだ。

 それでも青年は貪るようにその水を飲み込み、女の子が持ってきたソルガムのお粥を啜りはじめる。細かく刻まれたベーコンから滲み出る塩っけが効いていて、青年は感謝の言葉を繰り返しながらそれらを平らげた。


「遭難者か?」


 日に焼けた茶色の肌をしたドワーフの店主が奥から出てきて、そう聞いてきた。

 青年はなんとか、ふらつきつつ立ち上がり、一礼する。


「はい。ガレオン級の砂船で水夫をしていたんですが……それがキラスピオンの襲撃で難破しまして」

「噂で聞いたな。生き残りがいるとは思わなかったよ」

「俺も、自分でもここにいるのが不思議です」


 青年は「ルイと言います」と名乗ってから、巾着袋を取り出して小銀貨と大銅貨を何枚か置いた。


「すみません、食べ物と水をもう少しいただけますか?」


×


「どこだッ! どこに行った!」

「畜生、逃したなんて知られたらお仕置きじゃすまねえぞ」

「俺は東通りを探す。お前らは北と南だ!」


 少女は逃げ回っていた。

 エルトゥーラでは大々的には禁止されつつも裏では罷り通っている人身売買——奴隷の売り買いに巻き込まれた少女は、竜族である。


 彼女の体から取れる角や鱗は高価で、生え変わって自然に落ちる鱗は大した価値もないが新しく生えてきてまもない鱗は高い値で取引されるのだ。

 ゆえに尻尾から生まれたばかりの鱗を引っぺがされるという苦痛を味わわされていた。


 なんとしてでも逃げなくては——竜族の少女はその言葉を胸に、アージャラスの町を駆け抜ける。


×


 その日の夕方、ルイはアージャラスの町を見て回っていた。

 当面の路銀は船で死んだ仲間から形見分けでもらったもので、使うことに多少の躊躇はあったが、生き残った者の務めとして彼らの意志を捨てぬよう、それらの金銭は大切に使わせてもらっていた。

 東の地では無機物にも魂が宿る付喪神という考え方や、言葉に霊魂が宿る言霊という考えもあるらしく、仲間の遺品も大切に扱い、使うべきだとルイは思っていた。


 さても当面の物資を買い込んだルイは、このフィニグス砂漠を抜けるための砂船への乗船許可も取り付けていた。

 このアージャラスは砂漠の縁に近く、砂船なら三日もせず緑の台地を踏めるだろうとのことだ。

 三年ほど水夫をしていたが、その人生ともおさらばだ。以前砂船の水夫がきついということを聞いていたが、それは嘘偽りない事実であったことを、この三年で実感している。


 実入りはいいが、過酷だ。

 貯金に関しては宝石類に買い換えて保管しており、最悪これらを売ればしばらくは凌げる——そんな安心感も少なからずある。


 さっきのラクダのこぶ亭で泊まろうか——そんなことを考えながら曲がり角を歩いていると、突然誰かがぶつかってきた。

 結構な力でぶつかられたルイは思わず倒れ込んで、馬乗りになっている人物に声をかけようとし、少し慌てた。

 突然顔面に豊かな乳房を押し当てられたからだ。二十一歳の若者にとって、これは流石に心臓に悪い。


「おいっ、ちょっと退いてくれって!」


 が、それよりもまずは体を覆う、相手の大柄な体の方が問題だった。

 ルイはそう言いつつ身を捩って脱出すると、その女も立ち上がって慌てて謝りだす。


「すっ、すみません! 気が動転してしまって……本当にすみませんでした……」

「全く、驚いたよ。一体どうしたって——、まさか……竜族?」


 ルイは少女の外見からそう察した。

 赤黒い二本の角に、青い髪。桃紫色の瞳にはスリット状の黒目が走り、背中には一対の翼が生えている。腰からは鱗と口角が張り付いた尻尾。

 大柄な、二メートル四〇センチを超えていそうな身長も、竜族なら頷ける体格である。


「えっと、その……」


 少女——いや、竜族であればもう成竜か。女と呼ぶべき彼女は口ごもり、そこに怒号が突き刺さった。


「見つけたぞ!」

「いた、待ちやがれ!」


 竜族の女が舌打ちし、それからルイを見た。


「あなた、まさか……きゃっ」

「大人しくしていろ!」「お前にはまだ利用価値があるんだ」「勝手に好きにされちゃ困るんだよ!」


 なんて横暴な。きっとこいつらは違法な奴隷商人だろう。王国政府の影響が弱い辺境では、未だ奴隷商売が成り立つという。ルイも一度ならず、何度かこのフィニグス砂漠で奴隷の存在を見ていた。

 連れていかれそうになる竜族を誰も助けようとはしない。当たり前だ。厄介ごとに自ら首を突っ込むなど馬鹿のすることである。普通はそういったことは無視、せいぜい野次馬に徹するくらいだ。


 ルイもそうするつもりだった。けれど女の揺れる目がこちらを射抜き、なぜか放っておけなくなった。

 胸元が熱されるような感覚。ふと気になって首から下げている紐を引っ張ると、胸が突っ張った。


「あ?」


 船から持ってきた宝珠が、鳩尾のあたりにめり込んで飲み込まれていたのだ。


「なんっ、なんだこれ!」

「おいうるさいぞ」「このメスを留め置いてくれたことには感謝するよ」「このことはさっさと忘れるん——」

「それはオーブです! あなたと同化して、力を発しようとしているんです!」


 竜の女がそう言った。そして畳み掛けるように、


私と同じ血脈・・・・・・なら、私を——同胞を助けてください!」


 なにを、と思った。オーブだって? そんなの滅多に手に入らないものじゃないか。ピンキリとはいえ、モノが良ければ城一つを建てられるくらいの額で取引されるほどの。


 女を掴んでいた男たちがこちらを睨んできた。

 あまり気分の良いモノではないし、聖人君子ではないにしたって——いや、だからこそガンをくれて因縁をつけられれば腹が立つ。

 尻の青いガキのすることだとはわかっているが、船で仲間を失い、命からがら生き延びてこの仕打ちだ。


「竜の脛にかじるのはやめておいた方がいいんじゃないか。いつかとって食われるぞ」

「なんだ、やる気か?」「オーブだかなんだか知らねえが、図に乗るなよ」「なんならいっそ、殺してオーブを抉り取ったって良いんだぜ」


 男たちはそれでも本気で殺意を滲ませることはなかった。腰の剣や銃なんかには触れず、拳を鳴らしたり肩を回し出す。


「船乗りに喧嘩はつきものだ。やってやる、腐れ奴隷商人共が」

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空に唄えば竜は踊るか 雅彩ラヰカ @N4ZX506472

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