HISTORY 2022.08.28
脚本の三谷幸喜さんが「これが原作のつもりで書いている」と話されている『吾妻鏡』。この史書には、治承4年(1180)の「以仁王の乱」をはじまりとする鎌倉幕府の歴史が記されています。第33回で描かれた主なエピソードをご紹介します。
源実朝の政務開始の儀式である政所まんどころ始はじめが行われました。別当である北条時政、大江広元らが着座し、時政が実朝の御前に吉書(吉日良辰を選んで慶賀のしるしに発給する文書)を持参しました。
その後、源実朝は初めて鎧よろいを着て、また、馬に乗りました。この際、北条時政が実朝の補助を行いました。
源実朝への代替わりに伴い、平賀朝雅、中原親能から京・畿内の御家人たちに対し、起請文を進上するように命が下されました。
伊豆の源頼家から「退屈なので近習をよこしてほしい」「安達景盛を私に引き渡し、処分させてほしい」といった内容の書状が届きました。審議の結果、要求はいずれも妥当ではないと判断されました。
三浦義村が使者として送られ、書状に対する審議の結果が源頼家へ伝えられました。頼家には、今後は書状を送ることも控えるようにと忠告したようです。
三浦義村が伊豆より帰参し、源頼家の閑居での様子を詳しく伝えました。これを聞いた政子は、たいそう悲しんだそうです。
源実朝の読書始どくしょはじめが行われました。講義を行ったのは源仲章。才知の誉ほまれはないが、好んで書籍を集めており、百家九流(多方面の学問)に通じていると評されています。
酉とりの剋こく(午後5時~7時)に伊豆からの飛脚が鎌倉へ到着。「昨日18日に源頼家が修善寺で亡くなられた」と報告したそうです。
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