HISTORY 2022.08.14
脚本の三谷幸喜さんが「これが原作のつもりで書いている」と話されている『吾妻鏡』。この史書には、治承4年(1180)の「以仁王の乱」をはじまりとする鎌倉幕府の歴史が記されています。第31回で描かれた主なエピソードをご紹介します。
源頼家が急に病にかかりました。苦痛はただごとではないほどだったようです。
源仲章の使者が京から鎌倉に到着。去る16日に在京御家人を動員し、阿野全成の息子・頼全を誅殺したことが伝えられました。
源頼家の病状が危険な状態となり、関西三十八カ国の地頭職を弟・千幡(のちの源実朝)に、関東二十八カ国の地頭、および、惣そう守護職を長男・一幡に譲与する配置が行われました。
頼家の弟・千幡と長男・一幡への分割譲与の話を聞いた比企能員は、ひそかに立腹し、恨みを抱いたようです。
北条時政の使者が比企能員のもとを訪れ、「さまざまな事柄を話し合いたい」という時政の意向を伝えました。これに対し能員は、「武装した郎党を引き連れて向かうべき」という息子らの忠告を制し、丸腰で時政のもとへ向かいました。
郎党2人、雑色5人というわずかな供を連れて北条時政の館を訪れた比企能員が、仁田忠常らによって誅殺されました。
逃げ帰った従者から比企能員が討たれたことを告げられた比企一党は、館に立て籠もり、攻め寄せる義時らの軍勢を迎え撃ちました。死を恐れず奮戦した比企一党ですが、軍勢の勢いには対抗できず、館に火を放ち滅亡しました。
源頼家の病気が少し回復し、かろうじて命を長らえました。
新着の特集をご紹介します
回顧録 前編 <第1回~第26回>
回顧録 後編 <第27回~最終回>
北条宗時役・片岡愛之助さん 最終回直前メッセージ
プレイバック ~13人の会議シーン~