春の嵐
誠陵に勝利した「その後」を、健やりを読み終えた後、ずっとずっと妄想で補完していました。それを再構成した作品です。独立した作品としても読める連作になっています。今回は書いていて一番恥ずかしかった。注意・この作品は原作の最終回「ラスト4ページ」を、「なかったこと」にしています。予めご了承ください。前novel/995340 続きnovel/1026201
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春が訪れる。
モノクロームの季節を花色に塗り替えながら。
日常を新しいものに塗り替えながら。
春高バレーの決勝戦で、坂見台と誠陵は大熱戦を繰り広げ、そしてその一部始終は全国ネットで放送された。
優勝、誠陵高校。準優勝、坂見台高校。
インターハイでは全国ベスト8にとどまっていたのだから、チームとしての力は向上している。
ただ、誠陵に確実に勝利できるだけの力量が、足りていない。
夏までには。夏の、インターハイまでにはその壁を越えなくてはならない。
新入部員も増え、体育館で練習が出来るようになったバレー部員たちは連日練習に熱が入る。
春高バレーは、全国ネットで試合中継が行われ、バレー雑誌での扱われ方も大きい。
隆彦に対するスカウトは秋ごろから既にあったが、健太に対するスカウトも春高バレー以降ちらほらと舞い込み始めた。
昼休み、体育教員室に呼び出された健太と隆彦は、いくつかのスカウト話と名刺を女子バレー部の辻監督から渡された。
「江藤君は放課後にならないと来ないのでね。代わりにワシが聞いておいたよ。興味があるようなら連絡なさい」
辻監督にそう伝えられて教員室を後にした二人は、体育館から近い植え込みのベンチに座る。
校舎からやや遠いため人通りもなく静かで、のんびりするには最適な穴場だ。
「春高バレーの前は、ひとつだけしか話はなかったのに」
複数のスカウトを受ける事が出来るなんて思ってもいなかった。健太はそう語る。
「前から、一つはあったのか」
「うん。元全日本監督の方が、今は大学で監督をしてて、その、稲場さんがいた時の誠陵戦を見ていたらしくて、ぼくのレシーブをすごく評価してくれてて……去年の暮れに、家の方に来てくれたんだ。誰にも言ってなかったけど」
「あの試合を見てたのかよ」
「そう言ってた。前田君の事も、稲場さんの事も評価してたけど、でも一番自分が育ててみたいのは君だって言ってくれて、すごくうれしかった。進路について考えるときは、うちの大学を視野に入れてくれって。推薦するからって……」
頬を紅潮させて語る健太の輝く瞳が、隆彦には眩しさすら感じさせる。
健太にとって、その話がどれほど嬉しい事だったのか。既に中学生のころからスカウトを経験している隆彦には、きっと完全には理解できない。
「良かったじゃねえか」
「進路については、部を引退してから考えたいって思ってるんだ。だからまだ具体的には話してないんだけど、もったいないくらいありがたい話だよね」
日本一になって、健太の評価を高めることが隆彦の密かな目標だった。しかし健太をしっかりと見て評価してくれる人間がかなり早い段階で存在していた事は予想外だが、喜ぶべきことである。
(井口はちゃんと、自力で自分の評価を上げる事が出来るんだよな……。オレの方が井口を見くびってたってわけか)
「まあ、進路は今は気にしねえでインターハイのことだけ考えてりゃいいんだよな。今度こそ日本一だ」
隆彦は空を見上げて笑った。
春高バレーの影響は、思わぬところにもあった。
バレー雑誌の編集部や学校あてに、ファンレターが届くようになったのだ。
『すばらしいプレイに感動した』『身長のハンデを克服する姿に勇気づけられた』という内容が多いが、いわゆるミーハーな、女性からのものも多々ある。
「仕方ないわよ。バレーボールって女性ファンが多いから。あたしも前はそうだったし。人気があるんだ、くらいに思っておいて、あとは気にしなくてもいいと思うわよ」
近森はそう言っていたが、プレイを見ずに外見だけを(しかも男として全く嬉しくない「かわいい」といった理由で)評価されるのは健太にとって微妙な気分である。
隆彦に対するファンレターは健太よりもはるかに多かったが、隆彦は一応読むだけ読んで後は放置している。真面目にプレイを評価している手紙もそれなりに多いために完全放置はできないらしい。
「スカウトは別にいいんだけどよ、ファンレターとかめんどくせえだけだよな。校内の女子もなんだかうるせえし」
隆彦の言葉に共感する部分も健太にはある。
「前田君は以前からもててたんだから平気だと思ってたよ。ぼくなんて、これまで全然そういうのに縁がなかったからどうしていいかわかんなくなるよ」
「どうせ付き合わねえんだから無視しとけばいいんだよ」
あっさりそんな風に言えてしまう隆彦が健太にはうらやましい。
彼女たちの気持ちを明確に伝えられてしまった以上、それを無視することが出来ないのは自分自身が行き場の無い感情を抱いているからかもしれない、そう健太は思う。
「前田君みたいにかっこよかったら、もっと素直に喜べたかもね。女の子に『かわいい』なんて褒められてもちっとも喜べないもん」
健太は基本的に、隆彦を褒めることに全く躊躇がない。
「まーな。オレがかっこいいのは事実だから仕方ない」
隆彦も自分が褒められる事に照れがあまりない。素直に称賛は受け止めるタイプである。
「でも、試合を見たり、雑誌の記事を見たりしただけで『好き』って言えちゃう気持ちはあんまり良くわかんないな。だって、前田君の本当の良さは、同じコートに入らないとわからないと思うんだ」
誇らしげに、健太は言い切った。
『同じコートに入れる自分は、隆彦の本当の良さを知っている』
そう言われる事は、何かに似ている。何に似ているのかに気付いた隆彦は妙に落ち着かない感覚に陥った。
「……そういう言葉は、まるで告白みてーだぞ。好きだって言われてるような感じだぜ」
「言ってるよ。好きだって」
「え?」
「好きだよ。前田君の事」
まるでそれがごく当たり前のように穏やかに微笑んだまま、健太は隆彦を見上げながら爆弾を放り投げた。
そして、その言葉に固まってしまった隆彦に気付いて初めて自分が何を言ってしまったのかを理解し、健太も隆彦を見上げたまま固まってしまった。
その言葉を口にする事がこんなにも容易いとは思わなかった。
思い浮かぶたびに否定し、呑みこんできた思いを、まさかこんなにあっさりと伝えてしまったとは。
健太は、震えを押し殺して言葉を綴る。
「と、友達として、だよ。もちろん……」
動揺は隠し切れていない。むしろ、今の発言で墓穴を掘ってしまった事は明らかだ。
「別に、友達としてじゃなくたっていいぜ」
隆彦の声に、健太は自分の耳を疑った。
「え……」
眼前にある表情は穏やかで優しい。とんでもない事を伝えてしまった直後だとは思えないほどに。
「友達だろうがそうじゃなかろうがどうでもいい。好きってだけでいいんだ」
隆彦の表情が優しいものである事が、健太を安堵させ、また同時に不安にもさせる。
自分の思いを受け入れてくれているのか、安心させるために言葉を選んでいるだけなのか。
「ご、ごめんね、前田君。その、えっと、好きなのは本当、だけど」
伝えたい言葉がうまく探せない。健太は、ひとつ大きく息を吸って、吐く。
「前田君を困らせたいわけじゃないんだ。だから、いつもと同じ、友達でいてくれれば、それで……」
この場から逃げ出したい衝動と戦いながら、どうにか場を収めようと、健太は「友達」を強調する。
「うん、友達でいいんだ。その、女の子から告白されても全部断ってるのは知ってるし、前田君がそういうものを求めてないのはわかってるから!ましてやぼくは男だし、だから、ぼくに気を使う必要なんて、全然……」
言いながら、自分が押し殺してきた感情が反動のように膨れ上がってくるのがわかる。
(なんで、こんな気持ちに蓋をしていられたんだろう)
まくしたてた後、突然黙り込んでしまった健太の肩に隆彦は手を置いた。
「好きってだけでいいんだって言っただろーが。人の話はちゃんと聞けよ」
「……。」
「友達とか、恋愛とか、そーゆー分類はいらねえんだよ。おまえもオレの事を好きなら」
口調は落ち着いていたが、、隆彦の顔には赤味が差していた。
「おまえは特別だから。おまえにとってもオレが特別だって言うなら、それでいいんだ」
「前田君……」
「わかったか?」
健太はこくりと頷いたが、状況が未だに呑みこめていない。
隆彦にとっても自分が特別な存在だなんて、今初めて聞いたのだから。
「わかったんならさっさと教室に戻るぞ。昼休み終わっちまうぜ」
混乱しきった感情を整理しきれないまま、隆彦に促されるままに健太は教室に向かう。
隆彦の言葉の意味をようやく理解したのは、その日の夜、自室のベッドに入った後だった。
「井口君、どうしたのよ!?目が真っ赤よ!顔色も悪いしっ!」
朝のバレーコートに、近森の声が響く。
朝練にいつものように一番乗りしていた健太を見るなり、マネージャーの近森は大声を上げた。
「おはよー、近森さん。ちょっと寝不足なだけだから大丈夫だよ」
隆彦の事が気になってどうしても寝付けないまま夜明けを迎えてしまい、いつもより早く学校に来て自主トレをしていた健太であった。しかし徹夜に体が慣れていないため、頭痛がする。
「大丈夫じゃねえだろがよ。休んでろよ」
その声を聞くなり、健太の心臓が跳ね上がる。
「ま、前田君、おはよう……」
隆彦はいつもと変わらないように見える。眉根を寄せて、少し険しい表情をしている以外は。
「井口君、頑張りすぎ。張り切る気持ちはわかるけど体調が悪い時は素直に休んだ方がいいわよ」
自分を案じてくれる近森になんだか申し訳ない気分になり、慌てて健太は首を横に振った。
「ほ、ほんとにただの寝不足なんだってば!」
「じゃあ何時に寝て何時に起きたのよ?」
「……え、えっと……その……」
一睡も出来なかったとは言えないが、どう答えるのが得策なのか思いつかずに健太は口ごもってしまう。
「いいから休んでろよ。今休んでおかねえと放課後の練習に差し支えんぞ」
隆彦が膝を屈めて健太の顔を覗き込む。
「!!」
健太の顔に血液が集中する。
たちまち真っ赤になってしまった顔を見られたくなくて、健太は急いで後ろを向いた。
「じ、じゃあ部室で少し休んでるよ」
急ぎ足で部室に向かう健太の後ろ姿を、近森は怪訝な表情で、そして隆彦は少し照れくさそうな表情で見送った。
春が訪れる。季節が変わる。
何もかもが止まる事を知らないように移ろってゆく。
まるで追い立てられるように。
おわり