22歳 新人記者の私が中学校の教室で知ったこと

私の名前は藤岡しほり。22歳。
大学を卒業して、ことしNHK仙台放送局に入ったばかりの新人記者だ。
記者になって半年、ようやく取材のイロハがわかり始めたころ、上司のデスクからある取材を命じられた。

「マイ・タイムライン」?

どうやら防災に関わる話のようだが、資料を見てもよく分からない。。。

“記者は、頭で考えるより、まず足を動かせ”
中学生が学ぶ教室が岩沼市で開かれると聞き、さっそく現場へ向かった。


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「マイ・タイムラインって聞いたことある人、手を挙げてー」

教室が開かれたのは、岩沼市の岩沼北中学校。
10月のある日、3年生を前に市の担当者がマイ・タイムラインづくりを指導していた。

生徒の中で手を挙げた人はほとんどいない。
知らない人はどうやら私だけではなかったらしい。少しほっとした。

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(マイ・タイムラインの用紙)

授業が始まって10分。ようやく話の概要がつかめてきた。
マイ・タイムラインとは、要は「台風や大雨がきても被害を最小限に抑えるための“ミッション”」だ。
避難に移るタイミングや必要な備えもあらかじめ決めておくことで、災害時も慌てず、適切な行動がとれるという。

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(平成27年 関東・東北豪雨)

始まったきっかけもわかった。平成27年の「関東・東北豪雨」だった。
この豪雨では大雨からの避難が遅れるなどして、茨城、栃木、宮城の3県で21人が亡くなった。(※災害関連死を含む)

「地震と違い、事前予測できる台風や大雨の被害を最小限に抑えられないか」と国の会議で専門家たちが知恵を絞って考え出したという。

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(市の担当者に教わる筆者)

では、実際にどう作ればいいのか。
授業の邪魔にならないよう、空き教室を使って、市の担当者にマンツーマンで教えてもらった。
要点をまとめると以下のようになる。

① ハザードマップで自宅の浸水深を調べる
② 浸水深や家族の状況を考えて避難場所とタイミングを決める
③ ②を踏まえ、避難行動を3日前、1日前など時系列で書いていく

大切なのは③。「家族に高齢者がいる」「ペットを飼っている」など、自分の家庭環境にあわせてつくるので、1人ひとり違う“自分だけの防災計画”になる。

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作業の末、ようやく私の「マイ・タイムライン」が仕上がった。
注意したのは、警戒レベルがあがるにつれて、実際の避難を想定した動きにすることだ。

▽3日前には天気予報の確認
▽1日前には非常用持ち出し袋の確認(非常食やライト、頭痛薬などを入れている)
▽半日前にはいつでも避難できるよう貴重品をまとめておくことなどを書き込んだ。

作ってみて、これを見ればいざ台風がきてもすべきことが一目で分かると感じた。

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(佐藤かのんさん(14))

防災教室に戻ると、ひときわ熱心に作業に取り組む女子生徒が目に付いた。
彼女の名前は、佐藤かのんさん(14)。
家に帰って家族と一緒にマイ・タイムラインを作ってみるということで、同行させてもらった。

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佐藤さんの家族は両親と小学生の弟、それに祖父母の6人。
父親は地元の消防団、祖母は民生委員を務めているが、これまで防災について家族で話し合ったことはなかったという。

台風が接近しているという想定でマイ・タイムラインづくりに取りかかった。
避難の前提を確認するため、まずハザードマップを確認した。

[避難の想定]
自宅は最大3メートル浸水。
およそ2キロ離れた避難所への避難は難しいため、
自宅2階を避難場所とし、3日前から行動を開始。

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まず3日前。お互いにやることを確認した。

「薬をもらいにいく。毎日飲んでるから」(祖父)
「避難に備えてお薬手帳も貴重品と一緒に2階に上げておこう」(母)

いつも飲む薬が切れてしまうと、祖父母の体調に大きな影響が出るおそれがある。
台風などの前には残りを確認し、準備しておくことが必要だと確認できた。

ほか3日前に行うことは以下の通り。
「持ち出し袋の中身の確認」
「避難に備えた食べ物や飲み物の確保」など。

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次は1日前。大雨や洪水の注意報が出始めている段階だ。

ここで問題になったのは「車」。

家族で車3台を所有する佐藤家。
地方での生活には車は欠かせないが、水没もさせたくない。
どのタイミングで車を高台に避難させるか、家族の中で議論になった。

「早めに避難させても台風が来なければ“空振り”で意味ない」(かのんさん)
「結果的に空振りになってもいいから早めに取り組むべき」(祖父)

結局、注意報の前に3台をいったん高台に移動。そのうち1台にみんなで相乗りして戻り、その車は自宅に置いておくことにした。

ほか1日前に行うのは以下の通り。
「天気を見ながら車を高台に移動させる」
「ペットを2階に移動させる」
「流されて困るものは家の中に移す」など。

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話し合いも終わりに近づいたころ、祖父が大切なことに気づいた。
避難時に「何をするか」を決めていても、「誰がするか」を決めていなかったのだ。

そこで、避難行動の隣に「父」「祖母」など担当を記入。
もし、担当する人がいない場合はほかの人がカバーすることも確認した。

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最後にリビングにマイ・タイムラインを張り、みんなが見られるようにして、佐藤家のマイ・タイムラインは完成した。

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(佐藤かのんさん)
「災害が起きたら家族全員で避難するので、自分だけが避難行動を知ってても家族みんなでやらないと効率が悪いと思って、家族で作りたいと思った。実際の災害のレベルに合わせてもしっかりその場で対応できるようにしたい」

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さらに気づきも。
非常用持ち出し袋に入っていた防寒具などが人数分入っていなかったのだ。
そこで、足りないものをかのんさんがメモに記入し、後日、人数分買い足すことにした。

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(かのんさんの父)
「マイ・タイムラインを作ることで、自宅にある備蓄品などがどういう状況にあるのかを確認できていい機会になった。事前に用意しておくと、いざ災害時になっても慌てないということが大きい。それぞれの家庭でそれぞれのタイムラインを確認してもらうことで、だれも命を落とさないような状況が広まればいい」

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(東北大学災害科学国際研究所 佐藤翔輔准教授)

災害時の避難行動に詳しい専門家は家族でマイ・タイムラインを作ることは大事だと評価した上で、定期的に見直していくことが重要だと指摘している。

(東北大学災害科学国際研究所 佐藤翔輔准教授)
「1年間を通して、特に梅雨の時期と秋の時期はどこかで大雨の災害が起きている。そういった機会をひと事にせず、自分の周りに起こったらどうなるんだろうか本当にその時に使えるかと検証していくと、いざ災害に遭いそうな時には非常に有効になる」

【取材を終えて】
これまでは正直、台風や大雨が来ても「自分は大丈夫」だと漠然と思い、具体的な備えを考えることも、ほとんどした覚えがない。
ただ、今回の取材を通して、大雨や台風の被害を少なくするためには、災害時だけではなく、日ごろの備えの大切さが身にしみて分かった。

佐藤さん一家の取り組みを見て、“自分の実家は大丈夫かな”と気になった私。
近くの自治体のホームページでもダウンロードできるみたいなので、今度帰ったときにはさっそく家族で話し合ってみたいと思う。

 


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仙台放送局記者
藤岡しほり

白石市出身
主にくらし・経済を取材
身近な災害リスクなど関心の幅を広げている