② ヤンデレと手作り
「あっ、おかえりなさい先輩」
「いやいやいやおかしいだろ。なんで俺の家にいんの?」
「まあまあ、細かいことはいいじゃないですか。先輩の好きなタンドリーチキン作って待ってたので、食べましょう?」
「よくねえよ! 今朝の会話だと大学で会う感じの流れだっただろうが!」
「えっ? だって私、今日一限から四限まで入ってて忙しい日ですし……」
「『知らなかったんですか?』みたいな顔してんじゃねえよ! お前の予定なんざ知るか!」
正直、玄関に着いた時点で嫌な予感はしていた。すげえ香ばしい匂いしてたし。隣に住んでる吉本くんはバイトで帰って来るの遅いから、明らかに俺の家の匂いだし。しかし本当にコイツはどうやって人の家に上がり込んだんだ? まさか……
「お前、合鍵とか持ってんのか?」
「えっ、合鍵くれるんですか? すぐください今ください早くください」
「怖っ……いや、どうやって俺の家に侵入したのか気になってな」
「ああ、鍵が空いてたので」
「なるほどね……いや待て。鍵が空いてたからって入るか普通」
「だって悪い人が入ってきたら先輩が困るじゃないですか」
「悪い人すでに入ってきてんだけど」
会話を続けながらも椿は手際よくサラダを整えていく。俺の好きなトマトときゅうりを添えた、なかなか見映えのいいサラダだ。俺の好みを把握してる程度のことではもう驚かなくなっていた。
きっと俺の生年月日や趣味に飽きたらず、性癖やホクロの数まで把握されているのだろう。
冷静に考えると怖気がしてくるが、コイツはそういう奴なのだ。
「じゃあ晩ごはん食べちゃいましょうか。チキン冷めちゃう前に」
「えっ、何お前普通に座ってんの? 料理持って早く帰れよ」
「まあまあ遠慮せずに」
「いや遠慮とかじゃなく! お前とメシ食いたくねえの!」
「そうですか、私は邪魔でしたか……チキンは先輩がいただいてください」
あっコイツ本当に帰る気だ。しかも料理も置いたままで。猫背でトボトボと玄関へ向かう椿。気のせいか本気で意気消沈してるようにも見える。
なんだろう、このまま帰したらまるで俺が悪いみたいじゃないか。
「あっ、いや……折角作ってくれたし……食べてく、か?」
俺が言葉を言い終えるや否や、ニタァ……と椿は気色悪い笑みで振り返った。
笑顔だけでここまで嫌悪感を煽ってくるだなんて、コイツはある意味天才なんじゃないか。
「いいんですねいいんですね? 食べていきますよ私? これから、毎日、三食。先輩と」
「そこまでは許可してない!」
「ああ今の録音しとけばよかったかな? 先輩から誘ってもらえるなんて初めてだし。どうしよう今日は記念日にしなくちゃ。サラダ記念日……は色々とマズいからチキン記念日。うーんなんかクリスマスみたいになっちゃったかな」
「人の話を聞け!」
椿はうわ言を呟きながら、夢遊病者のようにフラフラとした足取りで席へ着いた。最悪だ。こんな奴に情けをかけたのが失敗だった。今日は追い出すのに苦労しそうだ。すでにサラダ食べ始めてるし……
「先輩もいかかですか?」
「はいはい……」
「どうです? お口に合いますよね?」
「はあ、うん……確かにうまい」
「でしょう?」
してやったりの表情が癪に障る。しかし不思議なことに、今はコイツを叩き出す気にはなれなかった。まあ、一段落着いてからでもいいか……