第八話 孤児院へ行ったのが間違いだった
「だからさー。別荘に家具取りにいくだけって言ったのに、どうしてついてくるかなー」
王都の郊外をのんびりと進む
固定した家具の隙間で彼女の赤毛のポニーテールが馬車の振動に揺られている。
「王都から出るときは連絡しろって確かに言われたよ? でも別荘地なんてすぐそこじゃん。キミが王様やってる間はちゃんと働くって約束もしたじゃん。今更逃げ出すと本気で思う?」
その約束をしたあの日からすでに三回ほど王都からの脱走を図られているのだが、どうやらその記憶はないようだ。まぁ今日は違ったようだけど。
言いたいだけ言わせておこう。
俺は黙って手元のメモに視線を落とす。
「前から思ってたんだけど、ミレくんは少し心配性なんだよ。王様なんだからもう少しどっしりと構えて、鋼の忠誠心を持つ騎士たちを信頼してだね」
今のところ忠誠度ゼロのラヴィ嬢だが、そろそろ言っててむなしくなったのか、興味を俺の手元のメモに移した。
「さっきから熱心に見てるけど、なにそれ」
「シエナにもらった騎士団員の現住所リスト。把握しといたほうが便利かなと思って」
揺れる馬車の中を四足歩行でやってきたラヴィがメモをひったくる。
馬車の行く先である彼女の今の住まいも当然そこには記載されていた。
「馬車に乗ろうとした途端に声かけられたから、タイミングよすぎだと思ったんだよね。これで住所知って監視してたんだ?」
「別にそんな大層なことはしてないよ。みんなの家がどこにあるのか散歩ついでに見て回ろうと思ったら、遠出するような格好でキミが出てきたからおかしいと思っただけ」
そんな話をしているうちに、馬車は王都へ入った。
時刻は昼過ぎ。街の賑わいも落ち着きを見せる時間帯で、
「ねぇねぇ、今日はもう遊びに行こうよ、ミレくん!」
「ダメ。これから他の団員の家を確認しに行かなくちゃいけないから」
ラヴィはお宅訪問の第一弾だったのだ。
しょっぱなから余計な時間を取らされたものである。
「王様が一人で出歩くとか危なくない? やめたほうがよくない?」
「
と、左手につけた細い銀色の
これはラヴィには前にも説明していたのが。
「うーん、心配だなぁ。よし、分かった。アタシがついていって護衛してあげよう」
「……何か買ってあげたりはしないからね?」
「別にそんな期待はしてないよぉー」
彼女は両手を振って否定はしてきたが、そのニヤけた顔はその真意を明確に示していた。
☆
馬車と荷物は
この間、二人で歩いた歓楽街――三番街を突っ切り、東の門を出る。その先には城壁の中に住むことができない貧困層が暮らす外周街が続いている。
いつ崩れてもおかしくないあばら屋や
ここのところ好景気の続いているウィズランド王国であるが、その副作用で王都はかなりの人口過多。このような非計画的な新街が形成されているのはそのためだ。
毎日新鮮な死体が転がっているという悪名高き
シエナのリストによると、ヂャギーの住居はこのあたりになっていた。
「あれがそうじゃない?」
ラヴィが住所を何度か確認してから、木造の小汚い二階建てを指差す。看板を見たところ、どうやら日雇い労働者用の簡易宿泊所らしい。一泊銀貨一枚と書いてある。信じられない安さだ。
「……本当にあんなところに住んでるの? ヂャギーも領地を持ってるんだよね」
「円卓の騎士になる前の住所から変えてないとかじゃないかなー。あの人、その辺適当だから」
だいたいの場所が分かれば十分だと思っていたのだが、現在住んでいるか確認できないのは困る。
かといって中に入って調べるのも勇気のいることで。
どうしたものかと考えあぐねていると、通りの向こうから男の罵声のようなものが聞こえてきた。なんだか聞き覚えのある声と台詞だ。
「お、覚えてやがれ!」
このあたりの中では幾分しっかりした作りの白い建物から、男が二人飛び出してくる。あるいは叩き出されたと表現したほうが正しいのかもしれないが。
いずれにしても男たちは一目散に通りの奥へ走っていった。
その後ろ姿で思い出す。
あれは前に俺とラヴィの二人で追い払った、盗賊ギルドの連中だ。
「おとといきやがれだよ!」
そう息巻いて、白い建物から現れた人物にも見覚えがあった。
見覚えがあるというか、バケツのような兜で顔を覆い、サイズのあってない革鎧をつけた筋骨隆々の男など王都に二人といるはずがなかった。
円卓騎士団第六席のヂャギーである。
彼は男達が逃げていった方向に中指を立てるようなジェスチャーを何度も繰り返すと、ようやく唖然と立ち尽くす俺達に気づいた。
「あれ! 王様とラヴィだ! なにやってるの、こんなところで?」
なにやってるの、はこちらの台詞である。
☆
案内されて中に入るとすぐに分かったが、ヂャギーが出てきた白い建物は孤児院だった。
暮らしているのは生まれたばかりの赤ん坊から十代前半くらいまでの子供が十数人。
元々はある貴族が
ヂャギーは近くの宿に泊まっている関係から懇意になり、たまにこうして訪れては子供の遊び相手になったり、食事の準備を手伝ったりしているという。
「さっきのはここの債権を持ってる奴らでさ! くかくせいり? のために出て行けってうるさいんだ!」
応接間なんて上等なものがあるわけもないので大部屋の隅で話を聞いているが、ヂャギーの怒りは相当なものだった。
いわゆる地上げ屋というヤツだろうか。盗賊ギルドの
しかし金の問題だというならば。
「ヂャギーがお金出してあげればいいんじゃないの。領地持ってるなら、ここの土地代くらい朝飯前なんじゃ」
「出すつもりだよ! でもオイラがお金渡そうとすると、担当者がいないからとか理由をつけて受け取らないんだよ! 金返せー金返せーってドア叩いたり、水かけてきたり、色々嫌がらせするくせに!」
ヂャギーはぷんぷんと怒りながら、そのズボンの下から薄い金の延べ棒を取り出した。
かなりの価値がありそうだが、いつもそんなところに入れているのだろうか。
「どうなの、この案件」
ちょうどこの場に盗賊ギルド経験者がいたので
それまで黙って話を聞いていたラヴィはうーんと
「実はもう返済期限切れてたりしない?」
「うん!」
「そんな元気な返事されても困るんだけどさぁ……。でもそれじゃあほぼ詰んでるね。強制立ち退きやら差し押さえやらしてこないのは不思議だけど、
お手上げと言う風なポーズをして。
「いずれにしても、もう遅延損害金を足しても受け取ってもらえないと思うなー。たぶんこの孤児院が立ってる土地になんか使い道があるんでしょ。法外な額を払えば話はつけられるかもしれないけどさ」
そこまで言ってから、ラヴィは思いついたように俺を見た。
そう、俺ならたぶんどうとでもできる。王様なのだから。
ただこれはヂャギーの好感度を上げるチャンスでもある。王の権力を使って事態を解決してもいくらか好感は得られるかもしれないが、個人としての行動で解決できればより効果があるだろう。
我ながらずいぶん
「ヂャギーくん、ヂャギーくん! 遊んで遊んで!」
俺達が話しているのを遠巻きに見ていた小さな子供達が、我慢できなくなったのか次々にヂャギーの無骨な体にしがみつく。
すでに慣れたからなのか、あるいは子供特有の恐れ知らずのためか、彼の異様な姿にもまったく恐怖心を抱いていないらしい。
「ごめんね! ちょっと相手してくるよ!」
俺達に断りを入れると、ヂャギーは子供達を連れて部屋の奥へ歩いていった。
彼は再びズボンの下から何かを取り出すと、子供達に自慢げに見せる。
紙袋のようなものだが。
「今日はみんなが大好きな、
袋に手を入れて、中身を一つまみ取り出す。
それは細かな白い粉。
ヂャギーは指についたそれを、バケツヘルムの口のところを開けて赤い舌でぺろりと舐めた。
そして恍惚の表情で叫ぶ。
「うっうー! これはいい粉だぜぇー!」
子供達が喜びを爆発させ、どたばたとその場で跳ねる。
ヂャギーに代わるように俺達のそばに来た気さくそうな若い
「小麦粉ですよね」
「ええ。お菓子作りがとってもお上手なんですよ、ヂャギーさんは」
そうかな、という気はなんとなくしていたので俺は動じていない。
「ヂャギーさんのお友達の方たちですよね。いつも彼には大変お世話になっております」
ヂャギーが俺に対して抱いている友人としての好感度――親密度はなぜか団員の中でも最高で、すでにニメモリ灯っていたが、お友達かといわれると否定したくなってくる。
「友達というより、同僚ですね」
「あら、そうだったんですか。私ったら、てっきり」
同僚というより、主君だけど。
「彼って自分のことは全然話してくれないので、どんなお仕事をしているのかずっと気になってたんですよ。王城の方に勤めているみたいな噂はよく聞くんですけど」
円卓の騎士であることはここでは話していないのか。
それが賢明だとは思うけど、少し意外だった。ヂャギーは特に考えなしにべらべら喋っているものと思っていた。
しかしそうなると、盗賊ギルドが強く出てこないのは彼に遠慮をしてるからって線は消えたかな。
「もしかして、どこかのご貴族様で
「いや、それはないです」
「ですよねぇ。ご貴族様が日雇い労働者用の簡易宿泊所に泊まるはずがないし。だとするとなんだろう。
「それもないです。いや、本人が話す気がないのなら俺から話すのはちょっと……」
「そうですよね。ごめんなさい、私ったら」
アハハハと笑って誤魔化そうとする
俺の地元にもいたけど、やはり
しかしこれは逆にチャンスかもしれない。
「実は俺も最近一緒に仕事をするようになった仲なんで、彼のことまだよく知らないんです。逆に教えてもらいたいくらいで。ヂャギーってどんな人なんです?」
「うーん、そうですねぇ。優しくて、力持ちで、子供に人気で、少し恥ずかしがり屋さん……あと昔、
本当か? それは……。
「それとものすごく純心で。ちょくちょく詐欺に引っかかってるとかなんとか」
「それは問題なのでは? デイトレーダーだったのなら、なおさらマズいのでは?」
なんだかさらに謎が増したな。
しかし少なくとも子供に人気というのは本当のようで、彼の周りからはずっと笑い声が絶えなかった。
「じゃあ俺も少し手伝うか」
袖をまくり、ヂャギーの作る輪の中に飛び込む。
小さな子供の一人を選んで肩車し、周りの子たちには『がおー』と威嚇。
こいつはいじってもいいやつだと判断したのか、子供達から一斉に殴る蹴るの攻撃が始まる。
あとはそれを
小さな子供というのは手加減を知らない。
しかし
「王様凄いよ。人気者だね!」
「地元だと子守りのバイトとかしてたからね。いや待てヂャギー、王様はやめてくれ。人前なのだから」
誰かに聞かれたんじゃと危惧したが、どうやら子供達の上げる奇声が勝ったようだ。
ほっと胸を撫で下ろすと。
「た、大変だよ!」
玄関から子供が一人、
十歳くらいの男の子で、手にはなにやら封筒のようなものが握られている。
「お、丘の方で遊んでたら、ムっくんがいつの間にか見あたらなくなって。それでどうしようって困ってたら変な人がきて、これをヂャギーくんに渡せって」
中から出てきたのは一枚のメモ書きだけだった。
『ギルドに顔を出せ』
ただ、それだけが記されていた。差出人の名さえない。
「脅迫状……?」
「そうとは断定できないよ、ミレくん。命令口調だけど、金品を要求してるわけじゃないし、そのムッくんとかいうのが帰ってこないのと因果関係もはっきりしないし。少なくともこれじゃ騎士団は動かない」
ラヴィは言外に、お前なら動かせると言っていたが。
相手が盗賊ギルドなら、王の権限を使うとかなり大ごとになってしまう。
さて、どうしたものだろうか。
「オイラ許せないよ!」
ヂャギーはすでに乗り込む気満々のようだった。
放っておいたら、
しかし。
「ギルドって何のギルド! どこにあるの!?」
相手と場所が分からないらしい。
いや、確かにこれは書状の方も悪い。指定があまりにアバウトすぎる。
ラヴィに目で問うと頷いたので、たぶん彼女は分かるのだろう。
「まぁ行くしかないか」
なんだか色々とタイミングが良すぎる気がするのだが。
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【第六席 ヂャギー】
忠誠度:★
親密度:★★★[up!]
恋愛度:
【第十二席 ラヴィ】
忠誠度:
親密度:★
恋愛度:★★★
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