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ダメ卓 ~聖剣抜いて王になったら、レンタルチートを使うため、ダメ人間ばかりの円卓の騎士の好感度を上げるハメになりました~ 作者:ティエル

第一部 新米王と円卓の騎士の責務

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第七話 マッコイを甘くみたのが間違いだった

 円卓騎士団第九席らしき人物が目撃されたという環状列石(ストーンサークル)は、アルマの里から歩いて半刻ほどのところにあった。


 そこも里と同じように森が開けた場所で、横幅も高さも大の男三人分ほどはある巨石がぐるりと円形に並んでいる。

 ここも約二百年前、統一戦争期に作られたものらしいが、その製作者も製作意図も分からないそうだ。

 里の女性たちによれば、森に住む男性の人狼(ウェアウルフ)()い引きする際、待ち合わせ場所として便利らしいが。


「この辺は、高レベルの危険種(モンスター)はいないんだっけ?」


「あ、はい……強いのはほとんど人狼(ウェアウルフ)が駆逐してしまいましたから、わたし一人でも倒せるくらいのしかいないはずです。食用になるのは、多少手ごわいのもいるかもですけど」


 シエナが環状列石(ストーンサークル)に囲まれた地面を四つん這いのような格好で調べながら答えた。【足跡追跡(トレーシング)】の真っ最中である。

 盗賊系(シーフクラスタ)狩人系(レンジャークラスタ)のスキルであるが、森育ちである彼女は後者の関係で習得してあるらしい。


 四速歩行の獣のようにふさふさした耳と小ぶりなお尻を左右に振りながら、地面を調べている様はなかなか見物だった。


「そういやシエナは里の人たちみたいに尻尾は出さないの?」


「え……だって、都会で出してると、恥ずかしい、から……」


 確かに王都で見かける人狼(ウェアウルフ)は服の中に収納している人がほとんどだ。だが、なぜ出していると恥ずかしいと感じるかは分からない。

 耳を隠さない時点で人狼(ウェアウルフ)であることはバレバレなのだが。


「あ、あまり、見ないでください」


 ようやく俺の視線に気付いたのか、シエナはお尻を押さえて立ち上がった。

 そうは言うが必要なことだったのだ。けっしてやましい気持ちで見ていたわけではない。


「あの、ここ見てください。たぶん、これがその目撃情報の足跡なんですけど」


 シエナが指差したのは、ブーツのような形の靴跡だった。

 たぶん男物だろう。子供や女性にしては少し大きい。


「このあたり以外にはついていないんです。よく調べてみたんですけど、どこから来てどこへ行ったかは分かりません」


「《瞬間転移(テレポート)》が使える、とかではないよね」


「飛行系の呪文(スペル)なら使えたと思います。それで飛んで移動したのかな。……いや……でも、まさか」


 シエナは顎に手をあて思案顔を作ったが、特に進言するほどのことではないと判断したのか、気にしないでくれと言う風に首を横に振った。


 きょろきょろとあたりを見渡していたナガレが、手を挙げて提案してくる。


「そんじゃ近くに新しい足跡がないか探すしかねーだろ。オレはこっち! シエナとオメーはあっち!」


「いや、実は俺も【足跡追跡(トレーシング)】できるんだよね。三手に分かれた方が効率的だ」


 大丈夫か? という風にナガレがその鋭い目つきをさらに鋭利にして見てきた。

 危険種(モンスター)に襲われるのを心配しているのか、本当に【足跡追跡(トレーシング)】できるか疑っているのかは分からない。

 いずれにしても反論を口に出してはこない。


「それじゃ、見つかっても見つからなくても、陽が一番上に来た頃にここに再集合ということで」


 こうして俺達は環状列石(ストーンサークル)から三方向に分かれて探索を開始した。






    ☆






 『絆の剣』エンドッド。

 リクサの剣技を借りたあの日から、この聖剣の使い方のその一端を、俺は把握しつつあった。


 聖剣が感知する仲間との絆には三種類あるが、どうやらそのうちの一つ、主君と臣下の関係のもの――『忠誠度』がスキルを借りるのに必要とされるようだ。


 環状列石(ストーンサークル)から十分に離れたところで先代に教えてもらった呪文を唱え、聖剣の十二に分かれた刃に騎士達からの好感度を表示する。


 第十三席のシエナは一番下の刃が対応している。

 現在、忠誠度を表す緑色の光は二メモリ分、灯っていた。

 

 つまり俺はシエナの持つスキルを二回分使うことができる。

 この回数を使い切ってしまうと十分な休息を取らないとまた使えるようにならないあたり、魔術師にとっての魔力のようなものである。


 スキルを借りる方法は簡単だ。

 実際に騎士がそれを使用していた場面を思い浮かべ、自分が使える(・・・)と自覚すること。それだけでいい。


 俺は先ほどシエナがそうしていたように四つん這いになり、地面に顔を近づけて観察をした。

 すると普段は気にならないような僅かな凹凸(おうとつ)が、はっきりと見て取れた。それぞれが何を意味しているのかも理解できる。


 あれは猪の足跡。

 あれは野犬が喧嘩した跡。

 あれはウィズランドオオナメクジが()った跡。


 これはなかなか面白い。

 興が乗ってきて、どんどん先へ進んでいくと。


「おっとー?」


 先ほど、シエナが見つけてくれたのとそっくりな靴跡を発見した。

 しかし不思議なことにこの靴跡も、どこから来たものなのか分からない。


 やはり飛行系の呪文(スペル)で移動しているのだろうか。


 いずれにせよ靴跡は先には続いているし、見た感じだいぶ新しい。

 まだ近くにいるはずだと、慎重かつ大胆に追跡していく。


 するとしばらくして、大樹の下にローブ姿の男が立っているのを発見した。


 左目には眼帯、右手には分厚い本。

 間違いない。第九席だ。


 男もほぼ同時にこちらに気がついていて、表情一つ変えることなく近づいてくる。


「あ、や……やぁ」


 片手を挙げて、間抜けな声で挨拶をする。

 しかし男はまるで反応しない。

 

 ただ黙々と近寄り続け――。


 そして次の瞬間、乾いた破裂音が数回響いたかと思うと、男の頭部に同じ数の風穴が開いた。

 

 確実に致命傷だ。

 男が人間だったなら、そうだった。


 男、いや正確には男の体を()した何かは、ダメージを受けると耳を(つんざ)くような叫び声を上げ、形態を変えた。

 その胴体は太く白く、その上には薄茶色の傘のような形状が乗っかっている。



 これは……(きのこ)か?

 俺の身の丈ほどはある巨大な(きのこ)の姿がそこにはあった。



 気がついたときには、その生物は霧のように細かな粒子になって風に運ばれ、消えていった。

 先ほど乾いた破裂音がした方から、声がする。

 

「ったく、危なっかしいなー、オメーはよー」


 木陰から、やれやれと言った顔で現れたのはナガレだった。

 その手にはいつもの木刀ではなく、見たこともない、くの字形の筒のようなものが握られている。

 仕組みは分からないが、どうやらそれで(きのこ)に風穴を開けたようだ。


「今のは自走式擬態茸だ。この辺を代表する希少危険種(レアモンスター)で、過去に目視した人間に擬態して襲ってくる。今みたいに何かあるとすぐに胞子形態に変化するから、倒すのが難しいけどな」


 なるほど、先ほど急に靴跡が現れたように見えたのは、あそこで胞子形態から人間の姿に変わったからだったのか。


 しかしとんでもない擬態性能だ。形も色も、本物の人間と寸分(すんぶん)(たが)わなかった。彼女が現れなかったら、どうなっていたことか。


「ありがとう、ナガレ。助けてくれて」


「べ、別にオメーのためにやったわけじゃねえよ! リクサにお前のこと頼まれてるから、し、仕方なくだな……」


「そういやこの間、円卓のとこでヂャギーが暴れたときにも助けてくれたよな。あのときの礼も言ってなかった。ありがとう」


「いや、だから、それも別にオメーのためじゃねえ! 変な勘違いすんな!」


「そうは言うけど、あのときヂャギーが暴れて困っていたのは俺しかいないし」


 と、言いかけたところで、ナガレの殺気がだいぶ本格的になってきたので、口をつぐんだ。

 これ以上からかうと、俺の頭にも風穴が開きそうなのでこの辺にしておこう。


 彼女が使った妙な武器のことも気になるが、それよりも。


「今のは第九席の姿だったよね?」


「あー……うん。そうだったな」


「ってことは、本人が今このあたりにいる可能性はだいぶ下がったんじゃないかな。例の目撃情報自体、本人じゃなくて擬態した(きのこ)のもののような気がする」


 環状列石(ストーンサークル)で第九席を目撃したという里の女性によれば、話しかけても何も言わずに、さっといなくなってしまったらしいし。あそこの靴跡がどこから来てどこへ行ったか分からないのも、胞子形態で移動したからなのではないか。


 もちろん第九席が姿を盗まれたのが最近であれば、本人もまだこのあたりにいる可能性はあるが、しかし。


「うーん、探索を続ける意味が薄くなった気がするぞ」


「別にオレはどっちでもいーよ。第九席のこと嫌いだし、いないならいない方がいい」


 いないと俺とリクサは非常に困るのだが。


「そういやナガレ。やけにいいタイミングで助けにきてくれたね」


「ぐ、ぐーぜんだよ」


「もしかして、俺のこと、尾行してた?」


「し、してねーよ!」


「俺がさっき聖剣に向かってぶつぶつ呟いてたの聞いた?」


「……何の話だ?」


 反応が分かりやすい人で助かった。

 好感度を表示するのは、確実に誰にも見られていない場所でないと危ないな。


 しかし尾行までして守ろうとしてくれるとは、重度の心配性なのか、あるいはリクサに対してとても忠実なのか。


「君はリクサに弱みでも握られてんの?」


「そんなんじゃねーよ。単に……昔……ちょっと、ボコボコにされただけだ」


 なるほど。この手のタイプはそれが有効か。






    ☆






 どこまで期待していいかは分からないが、とりあえずナガレには探索を続けさせて、俺は環状列石(ストーンサークル)のところに戻ることにした。念押ししたので、また尾行されるということもないと思う。

 

 俺と彼女の姿を見られた以上、その姿に擬態してシエナを襲おうとするかもしれない。一応警告はしておこうと思ったのだ。


 まだ約束の時刻にはだいぶある。彼女は戻ってきていないだろうと思っていたが、環状列石(ストーンサークル)の中央のあたりに屈みこむ獣耳少女の姿が見えた。

 紛れもなくシエナである。


 もしかして第九席を見つけたのだろうか。

 それとも具合でも悪くしたのか。

 駆け寄り、彼女の肩に手をかける。


 これがまったくもって迂闊(うかつ)だった。


 彼女(・・)は振り向き、俺の手を握ると、そのまま両手両足で抱きついてきた。

 当然、重みで二人揃って地面に転がる。


 外見はまさにシエナそのもの。押し付けられる、その未成熟な体も。

 しかし匂いだけは、今朝彼女に抱きしめられたときと違っていた。



 これは高級茸……自走式擬態茸の匂いだ!



「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」


 苦しくはない。

 苦しくはないが、ほとんど身動きが取れない。


 ようやくだが、聖剣の鞘(レクレスローン)の効果がきちんと理解できてきた。


 斧槍(ハルバード)による一撃だとか【スリ】だとか、分かりやすい危険……敵対行為はきちんとすべて未来へ飛ばしてくれる。

 しかし馬酔いだとか疲労だとかには反応しないし、この手の締め付けも強い痛みを覚えない程度に軽減してくれるだけで、拘束されないようにしてくれるわけではない。


 どんな危険に対しても有効だとリクサは言っていたが、考えてみれば危険という言葉自体があまりにも曖昧だ。

 熱も寒さも衝撃も、世の中の事象はだいたいどれも度を越えれば危険になりうるが、ある程度ならば生きるのに必要なことだ。そのすべてを未来へ送るわけにもいかないだろう。


 それにしてもこれはどうしたものか。

 このまま延々と根競べをしているしかないのか。


 そう思ったとき、視界の端で茂みが動いた。


 音もなく、二人目のシエナが姿を表す。


 隠れていくらか観察していたのだろうか。俺と茸の死闘の様子に彼女は動じる風でもなく、口元に指を一本立てて小剣(ショートソード)を取り出し、【忍び足】でこちらへやってきた。


 こちらのシエナは本物だ。匂いではなく、直感で分かる。


 彼女に気がつけば茸はまた胞子形態になり、逃げてしまうだろう。

 それはそれで危機を脱することにはなるが、里の人たちのためにもこんな危険種(モンスター)は倒してしまったほうがいいし、何よりも二度も襲われてむかついていた。


 シエナに擬態した茸……偽シエナの注意を引くために、もう一度全身に力を込める。


 ぎりぎり動かせそうなのは、両腕だけだ。

 拘束から僅かに抜け出した右手を、偽シエナの背中に()わせる。


 不快に思ったわけではないだろう。しかしこちらがまだ抵抗の意思を見せたことに驚いたのか、偽シエナは殺気丸出しの歯軋(はぎし)りをしてみせた。

 本物のシエナは、そんなナガレみたいなことはしないぞ。


 この際だ。どうせ体はだいたいシエナと同じなのだし、楽しませてもらおう。


 まだ動く箇所はある。舌だ。

 シエナの顔をした茸の頬を舐める。

 なるほど、さすがに味は茸だ。食べたら美味しいかもしれない。


 ついでに彼女の外見的特長(トレードマーク)である獣耳も舐める。

 ここも毛のように見えるが、実際は茸の繊維だ。

 汁物にしたら美味しそうな味がした。

 くそぅ。いつか本物を舐めてやるからな。


 その本物の方のシエナは俺の行動にさすがにドン引きしていたが、着実に獲物までの歩を進めていた。

 必殺の間合いに入るまでじっと耐えるあたり、さすが狩人系(レンジャークラスタ)の経験者か。


 シエナが小剣(ショートソード)を腰の高さで固定して自身の贋作(がんさく)に向かって体当たりをすると、再び耳を(つんざ)くような叫び声が森に木霊(こだま)した。


 貫通して、抱きつかれている俺にまで刺さるということは、さすがになかった。






    ☆






 本来の形態に戻った自走式擬態茸は、完全に息絶えていた。

 拘束から介抱された俺は地面に大の字になる。


 上から獣耳の少女が心配そうに覗き込んできた。


「助かったよ、シエナ」


「い、いえ、あの……コレの叫び声が聞こえてここに戻ってきたら、(あるじ)さまがわたしと抱き合ってて、すごくびっくりしたんですけど」


「俺もびっくりしたよ。完全に油断してた。俺やナガレの姿ならともかく、シエナに化けているとはね」


 昨日、アルマの里に到着する前に脇の茂みに感じた気配。

 どうやらあれはこの茸のものだったらしい。

 たぶんあのときシエナの姿を見て、擬態できるようになったのだろう。


「さっき向こうでも襲われてね。それはナガレが助けてくれたんだけど、逃げられちゃって」


「し、仕方ないです。コレは(コア)を貫かないと倒せないですから……慣れている人でないとその場所は分からないです」


 シエナはその、慣れている人、ということか。

 彼女は茸本来の形態となった自走式擬態茸の体を持ち上げ、ちょうど顔だったあたりをじっと見る。


「なんでコレ、舐めたんですか」


「注意を引くのに必死だったんだ」


「頬だけでなく、耳まで」


「舐めたかったんだ」


 つい本音が漏れてしまったが。

 舐める、で思いついた。


「こいつ、いい味してたけど、毒とかないの」


自走式擬態茸(マッコイ)に毒はないです。実際とても美味しいので、みんな喜んで食べます」


「今、マッコイって言った?」


 しまったという顔でシエナが固まる。

 今までコレとか濁した言い方をしていたから変だとは思った。


 追求されれば逃れられないと観念したのか、渋々と話し始める。


「コレは正式名称が自走式擬態茸で……通称はマッコイって言うんです。ずっと昔の一時期、どういうわけか、このあたりのコレがぜんぶ同じ人の擬態をするようになって。その人の苗字がマッコイさんだったから、そんな通称がついたそうですけど」


「なーるほど。まぁこんな変な危険種(モンスター)と同じ苗字じゃ、嫌がる気持ちもわからんでもない」


 初めて円卓の間に入ったときに苗字を知られてやたら恥ずかしがってた理由がようやく分かった気がしたのだが、シエナは慌ててぶんぶんと首を振った。


「い、いえ。理由はそれだけじゃなくて。えーと、その……コレ持って里に帰ったら分かると思います」


「ふーん?」


 その辺、もう少し聞いておきたかったが、どうやらのんきにお喋りしていられるのはここまでらしい。


「あ、きたきた。シエナ頼む」


 なにが、という顔をシエナはしていた。


「締め付けられてたときのダメージがね。レクレスローンで先送りにしていたダメージがね。戻ってくるんだわ」


 肩と肋骨、それに足。

 万力で全身を締め付けられるような痛みを覚え、俺は自走式擬態茸(マッコイ)の断末魔を超える叫び声を上げた。






    ☆






 シエナにダメージを回復してもらった後、念のため日暮れ近くまで第九席の探索を続行したが空振りに終わり――。


 討伐した自走式擬態茸を持って俺達がアルマの里に戻ると、昨日ここに到着したとき以上の騒ぎになった。


 里にいるもの総出で、広場に巨大な焚き火(キャンプファイヤー)を組む。

 笛と太鼓の音が鳴り響き、調理の煙も立ち上る。


 そして夜空で輝き始めた豊穣月(アプリリス)を背景に、里の女性達が焚き火(キャンプファイヤー)を回りながら陽気に踊り始めた。


「マッコイ祭りよ! マッコイ! マッコイ!」


 突然始まった異様な光景に、俺は圧倒されていた。


「じ、自走式擬態茸はウィズランドの隠れ三大珍味とも言われているんです。縁起物でもあるので、うちの里ではコレが取れるとこうしてお祭りを開くんです……」


 シエナはそう説明すると、恥ずかしさが限界に達したのか席を外してしまった。

 まぁみんなが自分の名前を連呼しながら踊ってる光景というのは嫌なものだろう。

 王都中から名前の連呼をされた経験なら俺にもあるので、気持ちが分からないでもない。


 ごちそうを取ってきた功労者だからなのか、それとも領主一行だからなのか、俺達には毛皮を敷いて作られた迎賓(げいひん)席を用意された。


 調理された自走式擬態茸(マッコイ)と里で作ったという果実酒が振舞われる。


 木の実と地鶏、そして茸の蒸し料理。

 川魚と茸を使ったホワイトクリームのスープ。

 シンプルに串焼き。味付けは塩で。


 自走式擬態茸(マッコイ)は惚れ惚れするほど香り高く、料理の主役を張るに相応しい存在感を持っていた。やわらかいのに食べ応えがあり、何より上等な肉のように旨味が強い。


「くあー! 一仕事終えたあとの酒と飯は最高だな!」


 ナガレは毛皮に寝そべりながら、酒や料理に舌鼓(したつづみ)を打っている。

 幸せそうで何よりであるが。


「本来の任務は完全に空振りだけどね」


「この辺にはいないって確認できただけでもいいじゃねえか」


 それはそうかもしれないが、また目撃情報が入るまで待つしかなくなってしまった。さっさと円卓の騎士をもう一人確保して表決を可決させないとえらいことになるらしいのだが、できることがない以上、慌てても仕方がないかもしれない。


 広場で繰り広げられているお祭りはいつの間にか楽曲が変わり、焚き火(キャンプファイヤー)を囲んで行われるダンスも(ペア)で踊る田舎風集団舞踊(ブランル)になっていた。

 しかもよく見ると、里に入ってはいけないはずの男の人狼(ウェアウルフ)も混じっている。

 いいんだろうか。


 不思議に思い、そばで料理を配膳してくれていた俺より少し年上くらいの人狼(ウェアウルフ)の女性に掟がどうのと聞いてみた。


「祭りのときは例外なのよ。マッコイが獲れて皆が喜ぶのは、合法的に里で男と遊べるからってのが大きいかもね」


 踊りの熱狂にあてられてか、その女性は俺の袖を掴んで身を寄せてくる。


「ねぇねぇ、アタシと踊りましょうよ。キミ、ちょっといいなと思ってたのよ」


 それを皮切りに、次々とお誘いが舞い込んだ。


「ダメダメ! 私よ私」


「ワタシの方がいいでしょ? ほらほら、選んで!」


 計三人に迫られ、思わずたじろぐ。

 これは光栄の極みだ。今日は匿名希望(インコグニート)もつけてないから、素のままの俺である。こんなにモテたのは生まれて初めてかもしれない。

 横からナガレが凄い目つきで睨んできているような気がするが、それはこの際、無視しよう。


 こういうときは最初に誘ってくれた子から順番にお相手すれば角が立たないはずだ。

 よし、そうしよう、と決心したところで。


「だ、だめです!」


 背後から声が掛かった。


 振り返ると、そこにいたのは胸と腰のところにだけ布を巻きつけた――部族衣装を身に着けたシエナだった。

 初めて尻尾を出しているのを見たが、灰色の美しい毛並みに思わず見とれた。


(あるじ)さ……そ、その人とは私が最初に踊るんです」


 (しぼ)り出すような声。

 一瞬、あたりに沈黙が漂ったが。


「なーんだ、シエナのいい人か。領主様の男じゃ、仕方ないねー」


 それじゃあしょうがないと三人の女性達は笑って俺をあっさりと諦め、今度はナガレの方にターゲットを変えた。新顔なら誰でもよかったのかもしれない。

 これにはナガレも大弱りで、女性陣三人に引っ張られて焚き火の方に連れて行かれた。

 いい気味である。


「す、すいません。勝手なことを言って。(あるじ)さまが困ってるように見えたから」


 シエナが獣耳を折って謝ってくる。


 確かに困るには困っていたが、これ以上なく嬉しい悩みだった。

 でも代わりにシエナが踊ってくれるというのなら、それが一番な気がする。


「それじゃあ、行こうか」


 彼女の手を取る。

 ピンと両耳と尻尾が跳ねた。


「似合ってると思うよ。衣装も、尻尾も」


 夜はまだ始まったばかり。

 自走式擬態茸(マッコイ)もまだまだたっぷりある。

 

 人狼(ウェアウルフ)の里の祭りは、どうやら長くなりそうだった。


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【第七席 ナガレ】

忠誠度:

親密度:

恋愛度:★★


【第十三席 シエナ】

忠誠度:★★

親密度:★

恋愛度:★★[up!]

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