第六話 人狼の里を訪れたのが間違いだった
円卓騎士団第十二席のラヴィを説き伏せたあの日から数日後、俺は王都の北西に広がる
どことなく地元のことを思い出す地形だが、あちこちから届く鳥や獣の鳴き声は聞いたことのないものだった。
「……賑やかな森だね」
「そ、そう、ですか?」
俺のすぐ背後から、第十三席のシエナが答えた。
頭頂部の獣耳が
「おい、シエナ……集落はまだか……?」
俺達から少し遅れたところで死にそうな顔をして荒い息をしているのはもう一人の同行者、第七席のナガレだった。
動きやすそうな赤い
彼女はリクサの推薦で今回の任務に同行することになった。
「たぶん、もう少しで着くと思います、よ?」
シエナの声が、またすぐ後ろからする。
だんだん付き合い方が分かってきたが、彼女は俺の視界に入るのが嫌なだけで、対人恐怖症などではないらしい。
振り向くと顔を真っ赤にしてすぐに他のところに隠れてしまうのだが、こうして前を向いている限りは意外と普通に話すことができる。
「目撃情報があったのはいつなんだっけ」
「三日前……です」
「まだいるといいけどね、この森に」
できるだけ急ぎなのは分かっていた。それにしても陽が昇ってから半日以上も強行軍をするとは思っていなかった。
一番年下で体も小さいシエナが弱音の一つも吐かなかったので、なんとなく休憩を挟めなかったのだが、考えてみればここは彼女のホームグラウンドだ。森歩きには慣れているのだろう。
陽も暮れかけた頃、ようやく前方に森が開けたところが見えてきた。小規模の高床式
ようやく休める――そうホッと息をついたそのとき、ガサガサと脇の茂みで音がしたような気がした。
視線をやるが、特におかしなところはない。
「今、何かいなかった?」
「あん? ……しらねーよ。猪かなにかだろ」
ナガレは今にも倒れそうだった。たぶんちゃんとは見てないだろう。
仕方ないので振り返りシエナにも確認するが、間近に迫った故郷に気を取られていたのか、彼女も体をビクつかせて首をぶんぶんと横に振っただけだった。
☆
「シエナよ! シエナが帰ってきたわ!」
俺達が到着すると
一人の例外もなく獣のような耳を頭頂部に、ふさふさした尻尾をお尻に生やしていた。腰と胸に布を巻いて隠している以外には何も衣服を身に着けておらず、靴さえ履いていない。
今も狩猟採集で生計を立てているというが、それを証明するように
「ウェェェエェ……!」
疲労が限界に達したのか、ナガレは里の入り口のあたりで吐いている。
俺もどこかに倒れこみたい気分だった。
「そちらの方たちは?」
「あ、ええと、じゅ、じゅうしゃの人……だよ」
里の人に聞かれて、シエナが俺たちを紹介する。
ここの人たちは彼女が円卓の騎士になったことは知っているらしいが、面倒なので俺たちのことはそういう風に扱うと決めていた。
「それでシエナ、今日は何しに戻ってきたの? もしかして臨時の税徴収? やっぱり税金下げすぎた?」
彼女を囲む若い女性の一人が冗談を言うと、どっと笑いが起こった。
シエナが恥ずかしそうに俺に顔を寄せて、耳打ちをする。
「あの、円卓の騎士になると、王国の直轄地から好きなところを拝領できるってご存知ですよね。わたしはこの森をもらったんです。税収はぜんぜんないけど、やっぱり育ててもらった恩もあるので」
それにしては皆、領主に対する態度ではないが。
彼女が特別愛されているということなのか、
「そういや、シエナ。なんか女の人の姿しか見えないんだけど、気のせい?」
「だ、男性の
「ああ、そうなんだ。それはしんどそう」
しんどいといえば、ナガレはそろそろ回復しただろうか……と、集落の入り口の方を見てみると、完全に倒れて動かなくなっていた。
☆
ナガレの介抱は他の者に任せ、俺とシエナは集落で最も大きく一際古い建物へやってきた。
左右には会衆席が何列も並び、正面には質素な祭壇があり、そして奥の壁には
森と狩猟、そして復讐の女神、アールディアの教会である。
この集落には宿屋はないし、他には女性の住む小さな
シエナはナガレと共に以前彼女が住んでいたあばら家で寝るそうだが、さすがにご一緒させてくれと言う度胸はない。
「よ、よかった。あんまり汚れてない。みんなズボラだから、ちゃんと掃除をしてくれているか心配だったんです……」
シエナはパタパタと歩き回り、あちこちを調べて回った。
彼女はここで一人で司祭をやっていたらしい。
戻ってくるのは半年振りらしいが、確かにいくらか手入れはされているようだ。
「シエナが王都に行くとき、代わりの司祭様を派遣してもらえなかったの?」
「この里にはあまり熱心な信者はいませんし……そうでなくともこんな不便な場所の、それも
前者はともかく、後者はそうでもないんじゃなかろうか。
陽気かつグラマラスな女性ばかりの里である。男からすれば楽園のような環境だ。
そういえばこの里の女性はみんな豊かな胸をお持ちだが、シエナはかなり控えめな方だ。これから大きくなるのだろうか。
「な、なんですか、主さま」
俺の
「いや、シエナもここにいた頃は里の皆みたいな部族衣装着てたのかなって」
「ああ……はい、着てました。司祭服も着てましたけど……」
「見てみたいな」
「ええ!? そ、それは……ちょっと……」
「見せてくれ。両方だ。部族衣装と司祭服」
ずいっとにじり寄ってシエナの手を掴む。
彼女は顔から蒸気を上げて、体を
その顔の向いた方向、女神の
そしてそこに割れた窓を
「……真なる魔王のシンボルか」
知識として知ってはいた。
ただ、地上世界のすべてで
☆
真なる魔王。
第二文明期の末に突然現れたその男は、当時世界で覇を競い合っていた魔術同盟諸国のそのすべてを
一説には彼は、異世界からやってきた
彼の血肉には比肩する者のないほどの膨大な魔力が宿っており、その
それが魔女である。
魔女の中には魔王の子を産んだ者がいた。
魔王の死後、別の男との子を産んだ者もいた。
そこから連なる、魔王の力を受け継ぐ子孫達。
それが魔族である。
このウィズランド島はかの一門の本拠地の一つがあり、今でも
大陸においてはいまだに魔族への差別や偏見が根強いと言われているが、統一王の定めた法により、この島では公平に扱われている。
しかしさすがに魔王信仰を続けたままでは、受け入れられることはなかっただろう。この教会を魔王信仰のものから女神アールディアのものに作り変えたのは初代円卓の騎士の一人、
☆
その日の晩、夢を見た。
木漏れ日の差す、森の中。
小さな泉のその脇で、美しい女射手が若草色の髪から水を
慌てて着たのか、衣服がやや乱れている。
その頭部にはぴんと立った獣のような耳。
切れ長の目で狙いを定め、矢を放つ。
的になっていたのは木に縛り付けられた男だった。
泣いて許しを
そのうち矢筒が空になり、女射手は今度は
投擲に使うものではもちろんないが、見事に男の脇の下に突き刺さる。
最後は腰にぶら下げていたナタを投げつけた。
ぐるぐると回転しながら男に迫り、そして――。
☆
「あ、あの、大丈夫ですか」
シエナに体を揺り動かされ、目が覚めた。
すでに朝になっているらしい。窓から差し込む朝日が眩しい。
硬い会衆席の上に毛布を敷いただけの簡易寝台から、身を起こす。
湿気のせいか、それほど暑いわけでもなかったのに汗を
「おはよう、シエナ」
「お、おはようございます、
「いや、寝床はたぶん関係ないよ。これでいいって言ったのは俺だし。それより、なんだか変な夢を見て」
夢というより、自分の古い記憶のようだった。
いや、あれはあの木に縛られた男の記憶か……?
「
「え!? ……もしかして、若草色の髪の人……ですか?」
「うん、そう。あれが、初代円卓の騎士のアルマなのかな」
シエナは目を見開き、しばし言葉を失った様子だったが、やがてこれ以上はないというほどの笑顔で俺の上半身に抱きついてきた。
香草かなにかのような、いい匂いがする。
「凄いです! 私も司祭になったときに見たんです!
全然違ったが。
水浴びを覗いて制裁されてるような、神秘性の欠片もない夢だったが。
ずいぶん興奮してらっしゃるし、ここで否定するのもなんなので首を縦に振っておいた。
あのときの彼女も弓とか撃ちながら、祈っていたかもしれないし。
「聖剣の力かな」
「そうかもしれません。アルマ様は統一王の忠実な家臣だったそうですから、なにか思念のようなものが残っていたのかも」
その忠実な家臣さんが殺そうとしてたのがたぶん統一王だと思うのだが、確信はないしこれも黙っていよう。
「そうだ、
「あ、うん、そうね。考えとくよ」
なんだか、お
そこで教会の戸口にナガレが現れた。
「おい、おせーぞ! チンタラしてんじゃねえ! ぶっ殺すぞ!」
昨日あんなにヘバってた癖に、もういつもの殺意丸出しの平常モードに戻っている。あの無様な姿の話をしたら、それこそ殺されそうなので黙っておこう。
抱きついたままだったことに気付いてシエナが慌てて俺から体を離す。
ナガレは特に気にした様子もなく、大股で歩いてくると俺を力ずくで起こしてくれた。
「んじゃ、飯食ったらさっさと行くぞ。第九席を探しにな」
-------------------------------------------------
【第七席 ナガレ】
忠誠度:
親密度:
恋愛度:★★
【第十三席 シエナ】
忠誠度:★★
親密度:★[up!]
恋愛度:★
-------------------------------------------------