アメリカ横断ウルトラクイズの「元気印」 | 福岡の団塊ジュニア世代進路アドバイザー社労士・山本幸司のブログ
「ニューヨークへ行きたいかぁー!」

「オゥー!!」

「罰ゲームは怖くないかぁー!」

「オゥー!!」




日テレ系「木曜スペシャル」枠で毎年10月下旬から11月中旬まで放送されていた名番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』。
1977(昭和52)年から1992(平成4)年まで行われ、私も毎年夢中になって観ていたものです。

メイン司会の「留さん」こと福留功男アナウンサーに「敗者の味方」徳光和夫アナウンサー、解説担当の高島忠夫さんと石川牧子アナウンサー、それに数え切れないぐらい沢山の挑戦者の方々が私達を楽しませてくれました。


その数え切れないぐらい沢山の挑戦者の中で一番印象に残ったのが1986(昭和61)年の第10回大会に参加した「山下哲也」さんという方でした。


この山下さんは常に気合いが入っていた挑戦者で、問題に正解する度に

「よっしゃー!」

という叫び声を連発していました。

当時の私は中学一年生でしたが、その頃に在籍していた中学校が軍隊並に厳しい学校でしたので馴染めず、希望も何もありませんでした。
それだけに山下さんの存在は私を元気づけてくれました。


その後山下さんは南米チチカカ湖で敗退しましたが、その際に解説担当の石川アナが


「山下さんの『よっしゃー!』でどれだけ多くの皆さんが元気づけられたのでしょうかね」


と「ねぎらいの言葉」をかけていました。

山下さんの『よっしゃー!』は私達視聴者や「戦友」である挑戦者の方々だけではなく番組のスタッフの方々をも虜にしたのですね。


私は『ウルトラクイズ』で数多くの挑戦者の方々を観てきましたが、これだけの方は後にも先にも山下さんだけでした。

山下さんにとっては最高の名誉だったでしょうね。


Android携帯からの投稿
AD

福岡の団塊ジュニア世代進路アドバイザー社労士さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります