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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~ 作者:柴崎

第1章 ~エルフとの出会い~

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16 エルフの里

2016.6.10

翌日。

今日でティアとはお別れか。

思えばニーナとばかり一緒にいて、ティアとはほとんど喋ってないな。

まあ他のNPCたちと同じだからいいか。

リアルなエルフが見れただけで良しとしよう。


「あの、よろしくお願いします」


ティアの目には、期待と不安が両方込められている。

エルフの里が無事見つかるのか、半信半疑という所か。


「ああ。それじゃあちょっと探してみるか」


俺は今回、いっそのこと世界地図を作ることにした。

惑星全体をマップ作成スキルの対象範囲とする。

目の前のマップウィンドウに、球体の形をした立体の地図が出来上がる。


(おい、大陸がもう1個あるじゃねーか)


球をくるんと回してみると、裏側に3分の1ぐらいの大きさの別の大陸があった。

たしか現地人は世界にはこの大陸しかないという認識だった筈だ。

長距離航海の技術が遅れてて、まだ見つかってないのだろうか。

ちなみに俺達が今いる大陸は、現実の南北アメリカ大陸を左右反転したみたいな形だ。めちゃくちゃでかい。


「エルフが住むのは森の中でいいのか?」


「はい」


今いる大陸の中から、森林内に絞って集落を検索する。

……めっちゃ大量に出て来た。

100個ぐらいあるかもしれない。


「大陸中を探したんだが、エルフの里っぽいのが大量にあり過ぎる。逆にどれだか分からんな」


「もう大陸中を調べたのですか……あの、それも魔法なのですか?」


「ああ。簡単に言えば、地形を把握するっていう魔法だ。地図を作る魔法とも言える」


「なるほど、地図を作る魔法、ですか」


「ティア、なんか自分の仲間の里を特定する方法は無いのか?」


「えっと…………実際に行けば、精霊の匂いで分かると思うんですけど……」


「精霊?」


「エルフの中には、精霊という謎の存在を感じ取れる固体が生まれるそうです」


謎の存在か。

人間と敵対しているエルフにしか感じ取れないから、研究が進んでないのだろうか。

俺たちプレイヤーが魔法で召喚したりする、あの精霊と同じ存在だろうか?


「ティアはその精霊が分かるのか」


「はい。みんなの里だったら、知ってる精霊の匂いで分かると思います」


「じゃあゼルムスから近い順に、片っ端から飛んでみるか」


「気の遠くなるような作業ですね……」


「す、すいません……」


ティアが申し訳なさそうに頭を下げた。

ニーナの方も、無神経なことを言ったと反省しているようだ。

君ら天敵の割に仲良いよね。

まあどっちも性格良さそうだしな。俺と違って。


「いや、大陸中で見ても100個ぐらいしか無かったからな。1~2刻ぐらいで見つかるんじゃないか?」


「そうなのですか」


「よ、よかったです」


「いや、よくないだろ。エルフが絶滅しかけてるってことだぞ」


「あ…………」


「し、師匠っ」


思わずクラン内でしてるみたいにツッコミを入れてしまった。

悪い悪い。でも事実だからなぁ。


「まあティアの仲間が無事なら良いじゃないか。何よりティア自身が無事な訳だし」


「は、はい。そう、ですね」


「…………」


ニーナは誤魔化されてくれないらしい。

そんなジト目で睨まれても「怒ってても可愛いな」ぐらいにしか思えない。


「それじゃあ転移で飛ぶぞ。両手に掴まれ」


「あ、はい」


「えっ、あっ、はいっ」


すっかり慣れた様子のニーナと違い、ティアの方は動揺が凄い。

そういえば、初日は転移のせいで軽くパニックが起きたんだった。


「安心しろ。この前と同じで、転移と言っても体感的には周りの景色が変わるだけだ」


「え? ……あっ、はい!」


「よし。一応向こうを刺激しないよう、遠めの場所に出るからな。―――『テレポート』」


ティアを買ったゼルムスから一番近い里に飛ぶ。

森の獣道の中だ。


「どうだ、分かるか?」


「えっと……も、もう少しだけ近寄ってもいいですか?」


「ああ。里はこっちだ」


ティアと関係ない里だった場合、無駄に住人のエルフたちを怖がらせることになる。

違ってた場合に気付かれずに去れるよう、1kmほど離れた場所に出たんだが、流石にちょっと遠過ぎたようだ。

俺、ティア、ニーナの順で里に近付いていく。

一応歩いた足跡は整地スキルで消しておく。彼らの平穏のためだ。

残り600mぐらいまで来て、ティアが口を開いた。


「多分、ここは違うと思います」


「そうか。次に行こう」


住人に見つかる前に、さっさと転移した。

その後5か所ほど回ったが、意外とティアの仲間の里には当たらなかった。

もうゼルムスから数千km単位で離れているんだが……。

ティアが馬車か何かで輸送されていたとしても、こんなに長い距離を運ぶだろうか?

……最悪ティアの里は、ティアが知らないだけで滅んでいる可能性もあるな。


5か所目も外れで、続いて6か所目に飛ぶ。


「あっ」


転移した瞬間、ティアが声を上げた。


「ここか?」


「た、多分!」


俺の先導無しでも、ティアは勝手に里の方に向かっていった。

精霊の匂いが分かるというのは本当らしいな。

ほとんど駆け足になっているティアを、マイペースに歩いて追いかける。俺は走るの嫌いだ。


「……帰れて、良かったですね」


「ああ」


隣を歩くニーナは、穏やかな眼差しでティアの走って行った方を見ている。


(にしても凄い距離逃げたもんだな)


……いや。

1度発見された人間たちから逃げるとなると、それぐらい逃げなければ探し出されてしまうのかもしれない。人間ってのは敵になったら恐ろしいからな。

人間から本気で逃げようと思ったら、ニホン横断ぐらいの距離は必要なのかもしれん。これが技術力の進んだ現実だったら、海外や惑星外まで逃げる奴もいるぐらいだしな。


そのまま歩きで2分ぐらいして森が開けた。

金髪の集団が20人ぐらいで集まっている。

真ん中にいるのがティアだ。1人だけ俺の作った服なので目立つ。

文化の違いなのか、感動の再会でも抱き合ったりすることは無いようだ。


「なっ!? 人間ッ!!」


ティアと喋りながら泣いていたエルフの男が、1番最初に俺に気付いた。

その声をきっかけに、全員がこちらを見る。



―――敵性オブジェクトが発生しました。



あ、駄目だったか。

視界の端に映っているレーダー。

そこで中立オブジェクトを示していた緑の点が、一斉に敵を示す赤に変わった。

俺はともかく、ニーナは攻撃から守ってやらなければならない。


(効果最延長化。『フォースフィールド』)


咄嗟だったので、無駄に強力な防御魔法を使ってしまった。

プレイヤーと戦っている時の癖だ。


「ち、違うの! この人は―――」


ティアが説明してくれようとしたが、遅い。

俺達が来る前に説明しといてくれよ。

ティアの制止の声が耳に入ってないのか、エルフたちは一斉に弓を構えた。

まあエルフっつったら弓だよな。あと風とか木がうんたらかんたら。


「師匠!」


ニーナが咄嗟に俺の前に出て杖を構えた。

俺はその肩を掴んでそれ以上前に出ないよう止める。


「やめろ」


「で、ですが」


「絶対に攻撃するな」


言っている間に矢が飛んできた。

杖を構えて敵意を見せたニーナが標的だ。

完全に殺すつもりの一撃。

魔法使いで反射神経の無いニーナは、それをまともに食らう。

しかし矢はニーナに突き刺さることもなく、固い石にでもぶつかったかのように弾かれた。


「!?」


その結果に、エルフよりニーナの方がびっくりしている。


「安心しろ。俺の魔法だ」


ニーナにだけ聞こえるよう、小声で種明かしをしてやった。

その間にも矢はどんどん飛んできている。当然俺にも効かない。


「糞! やはり魔法使いか!」


人間との交流を断っている癖に、俺達が魔法使いっぽい格好なのだということは分かるらしい。

エルフに伝わる人間攻略マニュアルみたいなのがあるのかもな。


「ピズン! 精霊魔法だ!」


「おう!!」


ティアと話していたあのエルフに言われ、20代中盤ぐらいに見える男エルフがこちらに手を向けた。

しかし何も起きない。


「ッ!? な、なんだ!? 精霊たちが集まって来ないぞ!」


「あの白いのが何かしてるんだ!!」


精霊が仕事放棄したのは俺のせいらしい。なんもしてねーぞ。

フォースフィールドは最初の発動時に範囲内にいたキャラを一定時間無敵にする魔法だ。

別に相手の魔法の発動阻害とかではない。

多分俺は関係ないぞ。逃げられる心当たりは目つきと性根が悪いぐらいだ。


「だ、駄目よみんな! 攻撃しないで!!」


ティアは青い顔でエルフたちを止めようとしている。無視されてるが。

その間も矢の雨が降るが痛くも痒くもない。

暇なのでエルフたちのレベルを見た。最高でもレベル25。

やはりフォースフィールドは過剰だったな。

にしても1人1人が人間の盗賊の3~4倍ぐらい強いのか。

エルフ狩りは相当な人数でやるようだ。

千人とか必要なんじゃないだろうか。もはや戦争だな。


その後1分ほど色々試していたみたいだが、そのどれもが効かないことと、俺達が反撃せずに突っ立ってるだけだったことで、やっと攻撃が止んだ。

その1分の間に里中から続々と新しいエルフたちが集まってきて、今や広場には100人以上の数が揃っている。

どいつもこいつも美男美女だな。


「もう気は済んだか? ティア、説明してやれ」


「あ、は、はい! お父さん、違うの、このお方は―――」


ティアがやっと状況を説明し始めた。

あれは父親だったのか。


「ニーナ、怪我は無いな?」


「はい。今のは光の魔法ですか?」


「ああ。発動中は何があっても絶対に死ななくなる」


「なっ……」


その効果の絶大さに絶句している。

まあ雑魚戦だと便利だよな。プレイヤー相手だと時間稼ぎにしかならんが。


しばらくしてティアの説明が終わった。


「貴様は一体、何が目的だ!」


ティアの説明では、いまいち納得できなかったようだ。

まあ金出して買ったのにそのまま放流って、俺に利が無さ過ぎるからな。


「お、お父さん! 口の聞き方に気をつけて! あの土の賢者様と、そのお師匠様よ!?」


「な、なに!?」


ほら、やっぱりニーナを連れて来て正解じゃないか。

いつかこいつの顔パスで王様と謁見するとこまで行ってやろう。


「……土の賢者の噂は聞いている。人間から生まれた、大陸最強の魔法使いだと……」


「大陸最強の魔法使いは、こちらのハネット様です。あと私はハーフドワーフです」


「…………土の賢者は良い噂しか聞かない。だからそっちの話は聞いてやる。だがそちらの白い方は―――」


「お父さん! やめてって言ってるでしょう!? さっき精霊たちがあの方から一目散に逃げたのを見たでしょ!? 逆らわないで!」


精霊とかいうのは俺から逃げたのか。

なんだろう。また殺気とやらが漏れていたんだろうか。


「ティア、逆らうも何も、俺は別に何も言ってないだろう」


「あ、は、はい。すいませんっ」


「むぅ……わ、分かった。要件を聞こう」


ティアの様子に、父親の方も不穏な何かを感じたらしい。

これでなんとか対話の段階までは持ってこれたか。

あれ? でもよく考えたら、別に要件なんて無いよな。


「いや、別に。ティアが無事に仲間と会えたなら、それで終わりだ」


まあさっさと帰ろう。

俺はアイテムボックスからいつもの『コール』のスクロールを取り出した。

一応こいつは帰郷組全員に使い方を説明してある。


「ティア、それじゃあこいつを」


「あっ、は、はい」


走り寄って来たティアにスクロールを手渡す。


「なんかあったら使え。じゃあ元気でな」


「あっま、待って下さいっ」


ニーナの手を握りテレポートで帰ろうとしたが、ティアに呼び止められた。


「ん?」


「あの、お礼がしたいので、もうちょっとだけ休んで行かれませんか?」


「……ふむ」


時間はまだ午前10時だ。

集落の奴らに昼食を出している時間まで、まだ2時間もある。


「そうだな。時間もあることだし、この感じだと今後エルフに友好的に受け入れられる機会は無さそうだ。ニーナも興味あるだろ?」


「はい。非常に」


「だってさ。そんじゃお茶の1杯でも貰おうかな」


「はいっ! それじゃあ……えっと。お父さん、集合所はあるの?」


「あ、ああ。こっちだ」


「ハネット様、こちらへどうぞ」


2人に連れられて歩くと、里の奥からめちゃくちゃでかい切り株みたいな建物が見えてきた。


「おお、木の家だ」


「はい。私達は、精霊魔法で家を作るんです」


「先代に見せて貰った文献通りのようです」


ふむ。木の形を生きたまま操るような魔法は知らない。

精霊魔法。恐らく『オリジナル』か。

どっちかと言うと俺よりニーナの方が興奮気味なのが面白い。

彼女はさっきからずっとキョロキョロしている。


「どうぞ」


中に通され、大きな机に案内される。

少ししてティアがお茶を持ってきた。木のコップだ。

エルフは人間と同じ食性らしいので、多分飲んでも大丈夫な物だろう。

ニーナは完全に興味が勝っているのか、速攻で口を着けている。

有名人、もうちょい保身を考えろ。

一口飲んでみると、香ばしい香りに若干の甘みを含んだ、割と上等なお茶だった。


「へえ、割と良い味だ。何のお茶だ?」


「ロトのお茶です」


分かんねえ。


「ロトって何?」


「この大陸最上位の茶葉の1つです。恐らくこの1杯で銀貨1枚はするでしょう」


現地ウィキの解説が入った。

別にエルフの固有の飲み物という訳ではないのか。


「ふーん。茶葉の方を見せて貰ってもいいか?」


「え? は、はい。ちょっと待って下さい」


ティアが持ってきた茶葉は、1cm角ぐらいの大きさに手で千切られた物だった。

アイテム修復のスキルで千切られる前の状態まで戻す。


「おお、師匠。それはもしかして、前に私の服を直して下さった時の魔法ですか?」


「よく分かったな。物を新品の状態まで戻す魔法だ」


俺に耐性が付いてきているニーナと違い、ティアと父親はその様子に目を丸くしている。


「1枚貰っていいか? 持って帰って増やしてみる」


「あ、はい。お好きなだけどうぞ?」


別に1枚あれば十分だ。

花を増やした時の要領でいくらでも増やせる。


「師匠は無限にお金を生み出せますね」


ニーナには何をしようとしているのかバレているらしい。

だが別に金の為に増やすんじゃない。ただのコレクションだ。


「ティア。さっき人間に奴隷にされてたと言っていたな。この1年、お前に何があったのか、教えてくれるか?」


父親に真剣な表情で質問されたティアが、こちらに視線を送ってきた。

多分今は自分達のことより俺を優先するべきだと思っているんだろう。

俺は1つ頷いて許可を出してやった。


ティアの話を聞いていたが、やはりそんなに酷い目には遭ってなかったようだ。

まあただでさえ希少度の高いエルフだ。傷1つでも付けば価値が暴落するからな。

しかしその彼女の周りにいた奴隷たちは、目の前でみんな酷い目に遭った。

それを見ながら、次こそは自分の番だと思って毎日泣いていたという。


「そうか……そうか……よく無事で戻って来たな……」


天敵の異種族に1人放り込まれたティアの恐怖は察して余りある。

脱毛症とかにならなくて良かったな。……流石にちょっと不謹慎か?

ティアの告白に、父親は涙を流して無事を喜んだ。でもやはり抱擁とかはしないらしい。


「やはり人間は信用できない。だが、ティアを助けてくれた事については礼を言う」


「別にいいさ。数日飯を食わせてやったぐらいだ」


ティアは人間にある程度理解が生まれているみたいだが、憎しみしかない父親の方は心中複雑だろうな。


「……一つ聞きたいことがあるんだが、いいだろうか」


俺の軽い返事を聞いて、表情をより厳しくした父親が言う。


「なんだ?」


「―――ティアと一緒に捕まった他の仲間も、助けてやって貰えないだろうか」


「え、あ……」


父親の言葉にティアがはっとした顔をした後、俺の方を不安そうに見た。

その顔には少しの期待も込められている。

俺に助けられて、1度くらいなら考えたこともあっただろう。

俺だったら他の仲間たちも救えるのではないか、と。

言い出した父親の方は、俺がどれほどの力を持つ存在か分かっていまい。

だから単純に、俺には何らかの目的があるが、それがティアを助けたという結果に繋がる以上、利用できる可能性がある物だと踏んだのだろう。



「……あまり調子に乗らないで下さい」



俺が口を開くより前に、ニーナが底冷えのするような冷たい声音でそう言った。


「それは師匠に矢を放っておきながら、未だ謝罪もしないような者が言っていいことではありません」


一切の表情を消した彼女の手は、杖をしっかりと握っている。

別に魔法でこらしめてやろうとかいうことではない。

無意識の内に体が勝手にやっているのだろう。

敵意を表明する時の覚悟の現れ。拳を握りしめるような物だ。

光を消した深い青の瞳に射抜かれた2人は、体を硬直させてゴクリと喉を鳴らしている。

これが殺気がどうのとかいうやつなんだろうか。


「―――ニーナ。黙れ」


俺の制止に、ニーナは俺に視線を移して2~3度パチパチ瞬きした。

その目を真っ直ぐに見つめ返す。


「え? あ、すっ、すいません! 出過ぎた真似でした……」


「ああ」


これは「出過ぎた真似」という部分への肯定だ。

実際今の展開だと、こいつはただの外野に過ぎない。

会話に割り込んだ正当性は無い。


「ぅ……」


ニーナの喉から掠れたような呻き声が小さく漏れた。

今の今までの気迫が嘘のように萎んでいく。


「頭が冷えるまで、しばらく黙っていろ」


「あ…………は、ぃ……」


なんならもう既に冷えているかもしれない。それぐらいの急変ぶりだ。

よく見ると、その小さな体がカタカタと震えている。

言い方が冷た過ぎたか? まあいいか。

俺は反省するニーナを放置して、親子に向き直る。

2人は俺の視線にビクリと体を震わせた。


「別にいいぞ」


「…………え?」


「他のエルフも助けてやっていいぞと言った」


俺の言葉の意味がゆっくり染み込んでいくかのように、2人の表情が驚きの物に変わっていく。


「その代わり、何らかの条件を付けよう。タダで助けるのは俺のポリシーに反する」


「条件……ですか?」


ティアがゴクリと唾を飲み込んだ。父親の方も苦い顔だ。


「パッと思いつかんな……。なんか無いか……なんか……」


大量にあるから物資はいらん。

金も持ってなさそう。そもそもエルフに金という概念があるかどうかも怪しい。

交易権とかも、少なくとも今はいらんしな。

悩んでいると、隣で俯いているニーナが視界に入った。

つばの広い帽子でその表情は見えない。


「1つ思い付いた。この里で一番偉い奴みたいなのはいるのか?」


「あ、お、お父さんです」


「ああ……私だ」


族長だったのか。ちょうどいい。


「じゃあお前、俺達2人に正式に謝罪しろ」


「え?」

「…………」


「お前達エルフの中での最上級の謝罪でだ。それでさっきの攻撃の件を謝れ。そしたら他のエルフも助けてやっていい」


「……………………」


「お、お父さん」


俺は父親が結論を出すまで黙って待った。

父親は激昂するでも疑うでもなく、ただ真剣な瞳で俺を見ている。

これは俺という人間を品定めしている目だな。


「……本当に、そうすれば仲間たちを助けてくれるのか?」


「ああ」


「人間は、約束を守るのか?」


「いいや。大抵の場合、人間は約束を守らない。ただ約束を守っただけというのが、美談として語られるぐらいだからな。……だからどうするかは、お前が考え、お前が決めろ」


ティアは俺の言うことに半ば混乱しているようだ。

父親の方は、静かに数秒間目を閉じた後、再び開くと椅子から立ち上がった。

そのまま机から数歩後ずさり、両ひざを床に突いて顔の前で手を組む。

神に祈りを捧げる人のようなポーズだ。


「―――不当に危害を与えたことを、ここに謝罪する。そして、二度と過ちを繰り返さないと森と精霊に誓おう。ラーの部族、その族長のグリフは、この誓いをもって正式にあなたに謝罪する」


瞳を閉じた彼の口から言葉が紡がれる。

その様子をティアは複雑そうな顔で見ていた。

まあ父親の土下座を見せられるようなもんだからな。


「ティア。今のはエルフの中での最上級の謝罪で間違いないか?」


「は、はい。そうです」


「よし。謝罪を受け入れよう。これでお前達と俺達の間に含む所は無くなった。ニーナ、それでいいよな?」


突然声をかけられたニーナがはっと顔を上げた。


「あ……は、はい」


「それじゃあ助けたエルフは、ティアと同じように治療を施し次第、ここに連れてくることにしよう。それでいいな?」


「は……はい! ありがとうございます! ハネット様!」


「ああ、助かる。感謝する」


父親を立たせて再び椅子に着かせた。


「何か、この部族の仲間であることを確認する手段はあるか?」


「我が部族の名はラーだ。私のグリフという名と共に確認すれば、分かる筈だ」


無理。覚えれない。


「ニーナ。覚えたか?」


「あ、は、はい」


「じゃあそれで行こう。捕まったのは残り何人か分かるか?」


「ティアが帰ってきて、残りは6人だ」


ティア運悪ッ!!

100人以上からたった7人だけ捕まったのの1人かよ。しかも族長の娘。


「助けるのは簡単だが、見つけるまでの方は大変だろう。全員を連れ戻すには、少し時間がかかるかもしれん」


「ああ。そちらに任せる。どうせ私達には何もできない」


よく分かってるじゃないか。

さっきの謝罪も、そういう諦観に似た合理的判断か。

無駄に長生きしてる訳じゃなさそうだ。


「関係ないんだが、そういえばお前達は何歳なんだ? 俺の故郷だとエルフは長生きってのがお約束なんだが」


「あ、はい。私は80歳ぐらいです」


「私は200歳だ」


やはり長寿らしい。


「一般的な寿命は?」


「500年ぐらいだ」


たまに聞く、外的要因で死なない限りほぼ無限に生きるとか、そういう感じではないらしい。

まあ500歳っつったら、現実でも貝とかにザラにいるからな。まだ現実的な方か。


「そういえば、ハーフになるとどうなるんだ?」


「え、えっと、どの種族と交わるかによるんですけど、普通はそれぞれの中間ぐらいの寿命になります。でもヒト族だけは血が強いのか、ほとんどのハーフがヒト族の寿命に引っ張られるみたいです」


「なるほど。ニーナもそうなのか?」


「あっ、は、はい……。ドワーフは普通150年ほど生きますが、ハーフドワーフは100歳ぐらいまでしか生きません」


人間よりはちょっと長いという程度か。

ヒト族の血は優性形質なのかもしれない。


「そうか。変な質問して悪かったな。俺はこの大陸の出身じゃないから、常識が無いんだ」


「そ、そうだったんですか?」


「そうか……この大陸の者ではないのか……」


父親の方が何か考えながら俺を見ている。

まあこいつらが喧嘩してるのはこの大陸の人間だからな。

でも別に出身が違おうが人間は全部糞なので、やはり心を許すのはオススメしない。


「よし。もうそろそろ帰るかな。そうだ、俺は転移魔法が使えるから、里の入り口に突然現れても驚かないようにと他のエルフたちに言っておけ」


「て、転移の魔法が使えるのか……?」

「そうなの。凄いよね」


そういやニーナも転移魔法は使えないみたいだな。

存在は知っているみたいだから、あるにはあるんだろうが。

またあの適性とかいうのが関係しているのかもしれない。

転移魔法に適性がないと使えない的な。


「それじゃあティア、元気でな。もう人間に捕まるなよ」


「あ、は、はい。あの、本当にありがとうございました!」


「ああ。さあ、ニーナ。帰るぞ」


「は、はい」


テレポートで家の前に帰って来た。

これにて帰郷組の処理は完了だ。その端からエルフ救出という新たな仕事が増えたが。


「あの……師匠」


手を握っていたニーナが恐る恐るといった感じで聞いてきた。


「ん?」


「あの……、怒って、ないですか?」


「ああ、やっぱりまだ気にしてたのか。別に怒ってないよ。あれはただ、お前が俺のために評判を落とす必要は無いと思っただけだ」


「……そ、そうだったのですか」


ニーナは一度地面を見てから、再び顔を上げた。


「師匠。ありがとうございました。それと、申し訳ありませんでした」


「はいはい、分かったよ」


俺は照れ隠しに適当に返事をして、居住区に向かった。

最近食事の時間を覚えたのか、昼ごろになるとみんな勝手に帰ってくる。


「あの、師匠」


「なんだ?」


「―――謝罪をさせたのは、私の為ですか?」


「…………もういいだろ? 今日のことは全部終わった! はい、終わり!」


「……ふふ、分かりまし―――あ!?」


俺は本気ダッシュでニーナを置き去りにした。フローティングでも追いつけまい。

恐らくだが、ニーナだって、言葉通りに謝罪が無かったから怒っていたという訳ではないんだろう。

たまにあるよな。とりあえず怒ってから、後付けで適当な理由を言うの。

本当は単純にイラっとしただけだろう。賢者らしくはないが。

でも不当な要求を認められないという所はニーナらしく思う。

まあとにかく俺は、俺に怒られたニーナの面目を保つために謝らせただけなのだ。

本人に見抜かれると認めるのが癪だが。

時速500kmぐらいで突っ込んで来た俺に、既に集まっていたみんながビビっていた。


「ふう。ティアは無事送り届けて来た。さあ昼飯にしよう」


みんなをいつも通り並ばせていると、ニーナが追いついて来た。


「あの、師匠のその身体能力も、魔法なのでしょうか」


「まあそんなような物だ」


光魔法にはステータス強化魔法があるからな。それと勘違いしてるんだろう。

本当は素の肉体能力だ。

魔法職とはいえ1300レベなので、単純に考えても600~700レベぐらいの戦士職と同じステータスなのだ。

まあボーナスポイントをMPにしか振ってないので、実際には300~400レベぐらいだろうが。スキルも無いし。

そういえば、魔法職最強だというニーナはレベル42だが、戦士職の最強はどれぐらいのレベルなんだろうか。

現地の強者たちを影からこそっと観察するのも面白いかもしれない。


食事の後、居住区の中央広場に隣接した場所に、新しい倉庫を建てた。

今日の残りの予定は、住民たちへの教育の開始。

つまり今建てた倉庫は、学校の校舎だ。

男女の仮住居では、椅子や机、ベッドなんかの家具が無い分、玄関で靴を脱ぐようにさせている。

靴で歩き回った床に直接座らせるのは可哀想だろう。

当然この校舎でも靴は脱いで貰う。

仮住居と同じく床に絨毯を張り、3人用ぐらいの長方形の机を4×2列で8個並べた。

机1つに対し座布団を3つずつ並べ、その正面の壁にホワイトボードを設置したら学校の完成だ。

最後に隅に水道を、外に公衆トイレを設置しておく。


「よし、全員靴を脱いで中に入れ」


24人を中に入らせ、机の前に適当に座らせる。


「昨日読み書きができるって言ってた3人は来てくれ」


慌てた様子で3人が前に出て来た。


「よし。それじゃあ今日からここは『学校』だ。勉学をする為だけの場所だな。これからは朝食から昼食までの間、みんなにここで読み書きや計算の仕方を習ってもらう。昼食の後はいつも通り自由だ」


俺はホワイトボードにマジックで、大きく『先生』と『生徒』と書いた。

現時点では誰も文字が読めないのだ。別にニホン語で書こうが現地語で書こうが構わん。

書いたのは視覚効果で意味を頭に入りやすくさせる為だ。


「今ここに立っている5人が教える側、通称『先生』だ。そして先生から勉学を教えて貰うお前達は『生徒』と言う。この3人も、読み書き以外の時には生徒になってもらう。何でも教えられるのは、俺とニーナの2人だけだな」


ノートとペンを人数分用意し、机の上に置いていく。


「それじゃあ最初はニーナに先生になって貰おう。他の先生3人は、今回は見ているだけでいい」


「えっ……私ですか」


「俺はこっちの文字は書けねーからな。とにかく文字の書き方と読み方から教えてやってくれ」


イレーザーでさっきの文字を消し、マジックをニーナに渡した。

ニーナが教え方を考えている間に、生徒たちにノートとペンの使い方を教えておく。


「で、ではよろしくお願いします」


ニーナがマジックで画数の少ない文字をズラっと書いていく。

あいうえお的なやつだろう。

俺は算数と理科でも教えるかな。


こうしてこの世界初の学校が、この集落で誕生した。









白い魔法使いが転移で消え去った直後、残された2人のエルフはその場に佇んでいた。


「お父さん。一時はどうなることかと思ったけど、ハネット様が受けて下さって良かったね」


「………………」


ティアが場を和ませる意図で言葉を発したが、それを向けられた父親の方は、無言で彼が消えた場所を眺め続けるだけだ。


「お父さん?」


「……ティア。あの男は、どんな男だと思った?」


「え? 私は……私は、凄く良い人だと思ったわ。たまにちょっと怖いけど。あとは……何でも出来て、色々なことを知ってて……あ、難しい話をよくされるかな?」


「……難しい話?」


「ええ。私がハネット様を信じますって言ったら、誰かを信じたりするなって。相手が勝手にやったことだって、自分に都合の良いように考えないと怪我をする……みたいに言ってたわ」


「……………………」


「お父さん?」


「……あれは」




「あれはさぞ―――生きているのが、辛いのだろうな」




「え?」


200年を生きるエルフの男は、ただ一言、彼をそう評価した。

虚空を見つめるその眼差しは、人間への嫌悪ではなく、同情に染められた物だ。


「……ティア。恐らくだが、あの男は信用してもいい」


「え……でも……」


「信じるなと言われたことは正しい。だが、あの男自身だけは、その例外でいいんだ。……いや。してやれ」


「…………」


生きてきた年月が倍以上も違う父親の言葉。

その言葉の意味を汲み取ることが、今のティアには出来ない。

分かったのは、彼のあの言葉には何かが込められており、父親にはそれが正しく伝わったのであろうことだけ。


(生きているのが辛い……?)


なぜ父親がそう思ったのか、自分には分からない。

分からないが……。もし、それが当たっていたなら。


思い出すのは、この数日間、遠くから眺めていた彼のことだ。

彼はいつだって穏やかだった。

口は悪いし短気だが、本気で怒っているのは見たことがない。

いつだって誰かを気遣い行動し、いつだって優しい言葉をかける。

彼の言葉は心を直接癒すような力がある。

長い奴隷生活の中で、悲しかったこと、辛かったこと。

それを見透かしたような彼の言葉選びは、自分たちが誰かに求めていた物その物だ。

自分と同じ奴隷の中には、この短い期間で、ただの純粋な尊敬から彼について行くことを決めた人間もいた。

彼は誰かを救える人だ。

話を聞くと、あの賢者様も彼に助けて貰って出会ったらしい。

彼といる賢者様も、また穏やかだ。

その眼差しを見れば、その穏やかさを引き出しているのが彼だと分かる。


……でも、その眼差しが、とても悲しい眼差しになることがあった。


そしてその眼差しを引き出していたのも、また彼だった。


(…………なんて、寂しい人だろう)


上手く説明できないが、なぜか漠然と、そう思った。

その場を立ち去る父親と入れ替わるように、今度はティアの視線が彼のいた虚空に釘付けになる。

その眼差しが、若き賢者がたまに見せた物とも、先程までの父親の物とも同じであることは、本人には分からない。



集合所の階段を下りるグリフの口から、独り言が漏れる。

恐怖の魔法使いが消えたことで、彼の周りにやっと帰って来た精霊たちだけが、それを聞いていた。


「―――人間にも、あんなのがいるのだな」


その脳裏で思い出すのは先ほどのやり取り。


……あの賢者の少女を気遣っただけの謝罪の要求。

……正直に「約束は守られない」と答えた性格。


(大体、こちらの要求に対し、対価として求めるのが口での謝罪だけなど、あまりにも無欲が過ぎる。ティアをこうして送り届けてくれたこともそうだ)


現時点でのグリフのハネットの印象は、「大き過ぎる力を持った善人」。

それは奇しくもティアがハネットに抱いている印象と同じ物であった。


……だが、ティアの倍以上を生きるグリフは、あの短い邂逅で、更にもう1つのハネットの特徴を捉えていた。

それは、自分以外の存在を拒むみたいに寂しい純白で彩られた男の……ただ、一か所。



―――『絶望』に染められたかのような、漆黒の瞳だった。





第1章本編はこの話で終了です。

第2章に移る前に、最後にもう2話ほどおまけの幕間を挟みます。

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