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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~ 作者:柴崎

第1章 ~エルフとの出会い~

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14 安らかな日

2016.6.10

夜の気配が漂い始めている中、みんなを外に集合させ、夕食にする。

食器を2つずつ持たせて1列に並ばせ、その中に順番に料理を生み出していった。

片方には昼間と同じスープを。もう片方には、パンと焼いた鶏肉だ。

昼から更に2品増えた食事に、みんなは目を丸くしている。

そうこうしている内に、唯一のエルフであるティアの番が来た。


「あ、そういえば。今更だが、お前は人間と食料が違ったりするのか?」


「い、いえ。ちゃんと人間と同じ物が食べれます」


「じゃあ料理はみんなと同じでいいか? 野菜だけが良いとか、肉だけがいいとか」


「いえ、ありがとうございます。大丈夫です」


「そうか」


作品によっては、たまにエルフがベジタリアンだったりするんだよな。

そういえばハーフドワーフであるニーナには、今までこういったことを考えてやってなかった。

次から反省しよう。

動物みたいにネギ食ったら死ぬとかだと不味い。

全員に用意し終わり、隣のニーナにも器と料理を出してやる。


「ニーナ。お前には今まで好き嫌いを聞いてなかったな」


「いえ、師匠。大丈夫です。ドワーフも普通にヒト族と同じ物を食べます」


大丈夫だったらしい。

だがこいつは俺に気を遣うからな。

やはり俺の方から色々聞くようにしてやらなければならん。

文字通りの味の好き嫌いもあるだろうし。


俺は大きな焚き火を作り、その周りを囲むようにみんなを座らせた。

俺は感じないが、陽が落ちると気温が一気に2度ぐらい下がるみたいだ。

明かりも無いし、ちょうど良いだろう。


「さあ、お前たち。冷めない内に食べよう」


俺の号令でみんなも食べ出す。

5秒ぐらいしてすぐに子供の1人が叫んだ。

2人いる男子の片割れ、今日1日ずっと元気だった方だ。


「うわ!? なんだこのパン!」


なんだ? スキルで作ったから、異物混入とかはしてない筈だが……。

子供のその言葉に、他のみんなもパンに口を着けた。


「え!?」

「凄く柔らかいわ……」

「美味しい!」


なんだ、美味い方で驚いていたのか。

そういえばニーナが作ってたパンは、固くて膨らんでなかったな。

つーかまさか……この現地では、パンを膨らませる酵母が見つかってないのか?

他の発酵食品はどうなんだろうか。


「ふふ。私も師匠に出されたパンを食べた時、驚きました」


「パンを膨らませる酵母は見つかってないのか?」


「コウボ、ですか?」


あ、これ本当に無いパターンだ。

まあ酵母なんてもん、偶然の産物だろうしな。見つかって無い場合も…………いや、あるのか?

そういえば菌という概念も無いのかもしれない。

ニーナにしてやる授業がまた1つ増えたな。

まあ今は大事な話があるので、ニーナには悪いがお預けだ。


しばらくして、みんなが食事を終えるのを見計らい本題に入る。


「ニーナ。俺はあんまり記憶力が良くないから、ここからの話はお前が覚えておいてくれるか?」


「? はい、分かりました」


俺はニーナに覚えるのを任せ、夕方にみんなに言っておいた、今後必要な物を聞いていくことにした。


「それじゃあ、何か必要な物、足りてない物、欲しい物はあるか?」


「………………」


誰も何も言わない。


「どうした? 誰からでも自由に言っていいぞ?」


「あの、師匠」


なぜかニーナの方が先に話に入って来た。


「なんだ?」


「あの、多分足りない物なんて無いと思います」


「そうか?」


「師匠は今日、彼女らに丈夫な住居と上等な服を与え、体を清潔にし、高級な食事を提供しました。はっきり言って、不足どころか、過剰です」


なるほど。まあそうかもしれない。

ニーナの前例のおかげで、仮住居の方には生活必需品とかもちゃんと用意してあるしな。

そういえば下着の件は後でニーナに相談しなければならない。今この場で言う勇気は無い。


「ふむ……。じゃあ何か、好きな物とか欲しい物は?」


「師匠、それも彼女らが働きを示してからの、褒美として与えた方が良いのではないですか? 彼女らも、何もしてない内からこれほどの厚遇を受けて、気後れしていると思います」


みんなの方を見やると、何人かが頷いていた。

ニーナの言うことは正しそうだ。

それに利点もある。

例えば商店を作り、そこで俺の作った服や小物、美味い物を売る。

みんなには給料を与えて、そこで自由に買い物できるようにしてやれば、社会生活のリハビリにもなるだろう。


「なるほど。じゃあお前たちには、働きに応じて給料を与えよう。その内集落内に店を作るから、欲しい物は自分で買うといい」


「本当に彼女たちを、一住民として扱うのですね」


「ああ、そのつもりだ」


俺が今日1日再三に渡って聞かせたその方針。

元奴隷たちと元孤児たちが、最初に比べて目に希望を宿しているのが分かる。


「あ……師匠。あの、何か汚してもいい布だけ、女性1人につき2枚ずつほど用意して貰っていいですか?」


「ああ、分かった。大きさはどれぐらいがいい?」


「長めの手ぬぐいぐらいです」


スポーツタオルみたいなのでいいか。


「じゃあ話が終わったら仮住居の方で作ろう」


ニーナからは以上らしい。

まあここらで切り出すか。


「さて……お前たちに、1つ良い報せがある」


俺が立てた人差し指に、全員の視線が集まった。




「―――奴隷たちの中で、故郷に帰りたい者がいたら、帰っていい」




「な!?」


全員が息を飲んでいたが、一番驚いていたのは隣のニーナだ。


「師匠、あれほどの大金を払って手に入れたのに、手放すというのですか?」


「別に善意で言っている訳じゃない。これには一応、ちょっとした考えがあるんだ」


「そ、そうでしたか」


俺の不穏な発言に、一瞬目を輝かせていた奴隷達が、また不安そうになった。


「まず、お前たちの中で帰りたい者がいたら、俺が昼間の転移で送り届けてやろう。だが、お前たちが奴隷になった経緯には、色々なことがあったと思う。既に故郷が無い者、帰っても家族がいない者、逆に帰りたくない者。そういう者は、この集落を第二の故郷だと思って、人生をやり直すといい」


「師匠には、それでどのような利があるのですか?」


「決まっている。残った人間は俺を、ほぼ絶対に裏切らない。だが心のどこかで帰りたいと思っている人間の方は、俺はどうしても信用出来ないだろう。それなら最初からいない方がいい」


俺の言葉にニーナは黙った。

事は信用の問題なのだ。孤児と同じくここ以外に居場所が無い人間ならば、ここに留まり続ける為に誠実に生きてくれるだろう。


「まあ俺の考えはそういうことだ。とりあえず、お前たちが体調を完全に取り戻すまではここにいて貰うが、その後は好きにしていい。なんならここでしばらく働き、貯金を貯めてから出て行くのでも構わない」


元奴隷達は、とてもじゃないが信じられないという顔だ。

ふむ。疑り深いのは、個人的には逆に好印象だ。


「そうだ、お前たちのその首輪は取ってやろう。―――『アイテム破棄』」


奴隷達の首に付けられた鉄の首輪を消滅させてやる。

アイテム破棄は自分の所持アイテムしか破棄できないが、この場合はやはり普通に破棄できるんだな。

どうやら金を払って購入したおかげで、奴隷たち自体が俺の所持品として扱われているらしい。当然その装備品もだ。

駄目だったら装備破壊の魔法を使う予定だったが、手間が省けた。

奴隷の証が消えたことを確かめるように、みんな首に手を当てている。


「今この瞬間、お前たちは奴隷から解放された。何日かしたら、また話をしよう。それまで自分がどうしたいのか、よく考えてみろ」


俺はニーナの手を握り、その場を後にした。

しばらくは、あいつらだけで静かに考えさせてやろう。


「師匠は……」


帰りの道で、ニーナがぽつりと零した。


「ん?」


「…………いえ、すいません。何でもありません」


ちょっと気になる。まあいいけど。

なんとなく嫌な予感がするし、本当に無視してやろう。

何でもないと言ったのはこいつだ。発言には責任を持って貰う。


家の前で口数の少ないニーナと別れ、1人で畑にやってきた。

とりあえず既に植えてある小麦は全部収穫する。

昼間の戦利品である現地の花を生産スキルで種にする。

それを一瞬で育ててまた種にし、また一瞬で育てて種にして、という風に繰り返す。

8枚全ての畑を埋め尽くすほどの量になったら、半分を収穫、もう半分を種にして保管する。

そうして4種類全ての花と、その種を量産した。

最後に1枚ずつ種類を変えた、虹色の花畑を作って家に帰った。









ログアウトした直後になるよう、ゲーム内時間を指定してログインし直す。

現実世界では1日経ったが、現地から見れば俺の姿はほんの数秒消えていただけだろう。

普段なら次の朝になるようログインしている。

だが初日の今夜は、仮住民たちが何らかの問題で尋ねてくる可能性もあった。

ま、結局朝まで誰も訪ねて来なかったが。

何も問題が無いなら良いことだ。


マップで居住区を見ると、噴水の前に何人かが集まっていた。

全員ではないが、既にみんな朝の生活を始めているようだ。

現地人は6時ぐらいにはもう起き始めているのか。

ニーナは割と寝坊癖があるのかもしれない。


7時ぐらいまで待ち、様子を見に行く。


「あ! ハネット様!」


俺の姿を見つけて、昨日のリーダー格の女の子が駆け寄ってくる。

一緒にいたあのスリのガキは、無表情でその場から動かない。相当俺の事が苦手らしいな。


「そろそろみんな起きたか?」


「はい! 多分全員起きてると思います!」


朝から声がでかいよ。

まあ実は俺も、朝一は逆にテンション高い方だが。

俺は基本天邪鬼だから、周囲に元気が無い時は逆に元気になるのだ。


「じゃあ朝の食事にするから、みんなを集めてきてくれ」


「はーい!」


女の子がみんなを集める間に、昨日の焚き火を再点火しておく。


「おい、食事なんだから、食器を持ってこなきゃ駄目だろう」


集まってきたメンバーが手ぶらだったので、食器を取りに戻らせた。

全員慌てて家に帰って行く。次からはちゃんと食器を持ってくるだろう。


朝一なので、今朝はいつものスープだけだ。

どうせすぐに昼になるし、仕事もまだ与えてないので十分だろう。

焚き火を囲んでスープを飲む住民候補たちを眺める。

いい加減俺は食わなくてもいいだろう。

今までのは腹が減ってた訳じゃなく、「お前らも食っていいぞ」というアピールだ。


「ハネット様ー、今日は賢者様はいないんですか?」


「まだ寝てるんじゃないか? 昨日はもっと遅い時間に起きて来たし」


子供達と他愛無い雑談をして過ごす。

全員食べ終わったのを確認し、焚き火の後始末をした。


「そうだ、向こうの方に花畑がある。暇だったら行ってみると良い。花は好きに取っていいぞ」


言いながら、システムからゴーレムに指示を出す。

畑の防衛から、NPCたちの防衛に命令を書き換えた。

これで花を勝手に取っても襲われないし、モンスターからもみんなを守ってくれるだろう。


「花畑には畑を守るゴーレムが何体かいるが、お前たちには攻撃しないよう命令したから大丈夫だ」


「ゴーレムがいるんですか!?」


子供達は目を輝かせている。

大人達もびっくりしているようだ。

現地ではゴーレムが貴重だという話だったな。


「そういえば、この居住区を守るゴーレムも作っておかなきゃな」


俺は拠点作成からガーディアン・ゴーレムの21番を2体作った。

3mぐらいの全身鎧の巨体に、4本の腕には槍と剣が2本ずつ握られている。

戦闘に特化したこいつなら、敵襲からある程度こいつらを守ってくれるだろう。

具体的に言えば、この前の盗賊団ぐらいなら1体で血祭りに上げられる。


「う、うわぁ! かっこいい!」


あの元気な方の男子が目を輝かせている。

まあこいつは格好良いよな。男の子なら分かるロマン。

色はこいつらの警戒心を和らげるために白にしてある。

これで黒い鎧に金の装飾とかにしたら、厨二心がヤバいぐらい刺激されるだろう。

あとスリのガキの槍のトラウマも刺激するかもしれんが。


「こいつらには、お前たちと家を守るよう命令した。普段は石像みたいに動かないが、敵が来たら魔物も盗賊も一捻りにしてくれる」


「凄いっ! 凄いっ!」


ゴーレムは子供にウケが良いようだ。覚えておこう。

ゴーレムで曲芸の見世物とかしたら、馬鹿ウケかもしれない。


「今日は俺とニーナは1日中、魔法の修行に励むつもりだ。巻き込まれたら死ぬから、絶対に近寄るなよ」


まあ近寄って来たら俺のレーダーに反応するので何とかなるのだが、一応釘を刺しておいた。




家に帰ってしばらくすると、ニーナがやって来た。


「おはようございます、師匠」


「おはよう。さあ、今日は1日たっぷり修行に使うぞ」


「おお、それは楽しみです。よろしくお願いします」


ニーナを連れて外に出る。

南に向かう前に、北の街道にもゴーレムを2体作っておく。


「これは……は、畑のゴーレムよりも、強そうですね」


「一応戦闘用のゴーレムだからな。言っておくが、お前より遥かに強いから、絶対に喧嘩を売るなよ」


「そ、そうですか……」


ニーナのレベルが42。そしてこのゴーレムのレベルは70だ。

上限値である100レベのゴーレムは、どれもちょっとデカすぎるのでやめておいた。

街道を2体で挟むように立たせておく。


「ニーナ。お前、文字は書けるよな?」


「はい。大丈夫です」


「じゃあちょっとこの看板に文字を書いてくれるか?」


俺はアイテム作成で木製の看板を作り、ゴーレム達から10mほど離れた場所に突き刺した。

筆と黒いペンキを用意し、ニーナに渡す。


「それじゃあこう書いてくれ。……『この看板より先は、魔法使いハネットによる支配下にある。敵意を持ち侵入した場合、この先のゴーレムがその首を刎ねるだろう』」


「は、はい……」


一応の警告文だ。

看板からゴーレムの中間地点までを拠点範囲と設定し、敵性オブジェクトがその線を越えて侵入してきた場合、容赦なく排除するよう命令しておく。

賊が看板とゴーレムを見て考え直すなら良し。

それでも挑むなら、死んでもらう。

そんな馬鹿は花畑の肥料にでもなれ。

生きてる時より、世界への貢献になるだろう。


現地は識字率が低いようだが、この看板は地味にマジックアイテムであり、文字が読めない人間にも意味が伝わる。

つーかそれなら俺が書いても良かったな。

最後に、書き終わった看板を透明な塗料でコーティングし、雨風による劣化を防ぐ。

石碑とかにせず安っぽい木の看板にしたのは、いかにも『最近立てました感』を演出する為だ。

何者かがこの地を実際に管理していると臭わせるのに、有効だろう。


「そんじゃあ修行に行こう」


ニーナの目を覚ますために、南までは徒歩で行く。

思いつきで、途中で花畑に寄ることにした。

花畑には早速みんなが集まっている。

もしかしたら全員いるかもしれない。


「おお……。いつの間に花畑にしたんですか?」


「昨日の夜だ。都市でお前と合流する前、花売りに花を貰ってな。見たことない花たちだったから、早速増やしてみた」


花畑では、女性陣が子供たちに花冠の作り方を教えている。スリのガキも一緒だ。

ティアも子供たちと同じく教わる側らしい。

エルフには花飾りの文化が無いのかもしれないな。

男たちと男子は、居住区のと違い動いているゴーレムに興味があるようだ。


「花畑は役には立たんが、あるとなんとなく良いよな」


「そうですね。とても良いと思います」


ちゃんと整備した花畑を憩いの場として作っておくと良いかもしれない。

真ん中に噴水とか謎の鐘とか建ててな。


「ここにはまだ娯楽が無いから、その辺のことも何か考えておいた方がいいな」


「娯楽ですか。必要ですか?」


「娯楽がないと、休みの日が暇過ぎるだろ?」


「休みですか? では休日を与えるのでしょうか」


「まあ6日働く毎に1日の休みにするかな」


「……いくらなんでも、ちょっと多過ぎませんか?」


「そうか? 俺の故郷では遥かに少ないぐらいなんだが」


現代ニホンは大抵が週休4日制だ。休みが週1とか自殺者が出てもおかしくない。

でも旧時代だと普通だったらしいから、一応これぐらいにしといたのだが。


「こちらでは普通、1年に1回とか2回ですよ」


「それはちょっと可哀想だな。生きるために仕事してるんだか、仕事するために生きてるんだか分からん」


「……そうかもしれませんね」


子供たちには居住区にアスレチックの公園みたいな何かを作るか、簡単な遊びでも教えてやろう。

ボードゲームとかも良いかもしれない。

あ、男には釣り堀なんて良いんじゃないか?


そのまま花畑を後にし、昨日と同じく南の端にやって来た。

ニーナもすっかり目が覚めた頃だろう。


「さて、まずはこれまで通り防戦の訓練からだ」


「はい。今日もよろしくお願いします」


「今日はその腰のポーションも使って戦え。戦闘しながらポーションを素早く使う練習にしよう」


「分かりました」


訓練を始める前に、ポーションを見ずに抜き取る練習を何度かさせておく。

2本のポーションを使った結果、ニーナの持久力は1.5倍になった。

俺が渡したのは量産の容易い低級ポーションだ。

流石に2本ではニーナの魔力を全快させるのは難しいらしい。


「補充しておけ」


「ありがとうございます」


使った分の2本を新しく渡しておく。

ついでに回復魔法で魔力と疲労を全快させる。


「さて、次の訓練はこれまでと逆パターンだ。お前が魔法で攻めて、俺が防戦に出る」


「なるほど、よろしくお願いします」


「多分一瞬で勝負が着く。こっちの訓練は、俺と言う完成形を感じるための物だと割り切れ」


「はい。胸をお借りします」


俺とニーナはいつも通り20m離れて向き合う。

鉄パイプを放り投げ、ついに新しい訓練が始まる。


(『インビジブル』)


パイプの音が鳴ると同時。

俺は無詠唱化した透明化の魔法で、透明人間と化した。


「くっ―――」


ニーナは俺が消えた瞬間、背後を勢い良く振り返った。

どうやらテレポートで彼女の背後に飛んだと思ったらしい。

対応の速さを見るに、この事態は既に想定していたのだろう。

ちゃんと俺のテレポートを見て、敵になった場合の対処を考えていたということ。

惜しいのは、テレポートは戦闘中には使えないというのを知らないことか。


「!? なっ!?」


後ろどころか、どこを見渡しても俺がいないことに気付き、焦り始める。

さあどうする。


「―――探索の魔法(ライトエコー)!!」


彼女が使ったのは光属性の探知魔法だ。一応正解の対応。

……ちょっと遅いが。


とっくにニーナの目の前に移動していた俺は、魔法を切って思いっきりニーナを脅かしてやった。


「わッ!!」


「きゃっ!」


突然現れた俺に、ニーナは尻もちをついた。


「はい、俺の勝ち」


「…………」


ちょっと怒っているのが伝わってくる。

脅かしたのは余計だったか。

手を引っ張って立たせてやる。


「あの、今のは?」


「インビジブル。透明になるだけの光魔法だ」


「なるほど」


「敵が視界から突然消えた場合、探知魔法で索敵し、同時に思いっきり横に飛べ。確実に不意打ちが飛んで来るからな」


「はい。勉強になります」


「まあ今のは俺流の、絡め手で敵を撹乱するという防戦の仕方だ」


「はい」


「逃走ではなく攻めてくるということは、当然敵は勝てると判断できるだけの、いくつかの流れを想定しているんだ。だから、守る際には正面から叩き潰すだけではなく、その予測の範囲から逸脱した行動に出るというのも、有効な手な訳だ」


「なるほど、本当に勉強になります」


「よし。じゃあ次はその真逆。防戦最強である、光魔法の神髄を見せてやろう」


「本当ですか。それは凄い体験です」


2人で再び定位置に着く。

俺は鉄パイプを放り投げ、一切の構えを取らずに棒立ちになった。

俺の本来のスタイルだ。

俺を観察していたニーナの眉が顰められるのが見える。


パイプの音が鳴ると同時、俺はいくつかの光魔法を無詠唱で発動させた。

魔法のエフェクトで俺の体が薄く輝き、更にその上から光の球体が覆う。

その球体に包まれた俺の背後に、計10個の十字の紋章が円形に浮かんだ。

最後に光魔法を表す黄色い魔法陣が、1つだけ頭上に現れる。

一言で言ってめちゃくちゃ目立つ。


「!? グ、地角の魔法(グランドホーン)ッ!!」


ニーナが得意の土魔法でその俺を攻撃してくる。

巨大な岩の槍が何本も突っ込んでくる範囲魔法だ。

これまでは俺にぶつかって自壊していたが、今回はぶつかることすら無い。

俺の背後に浮かんだ10個の十字からレーザーが放たれ、グランドホーンを片っ端から自動迎撃したのだ。


「なっ―――」


レーザーに光の速度で撃ち抜かれたグランドホーンは、あまりの威力に木端微塵に爆発している。

そして俺は頭上に『チャージ』し続けていた光魔法『ライトアロー』を解放し、ニーナの真横に放った。


「ひっ!!」


視認することもできない速度でニーナの横を通り過ぎた光の矢は、残光だけを残して遥か後方で地面にぶつかり、大地を貫いて20m近くに及ぶ土煙を轟音と共に巻き上げる。


ニーナはまたもや腰を抜かして座り込んでしまっている。


「これが光魔法使いの本当の戦い方だ。敵の攻撃を堂々と真正面から受け止め、カウンターで攻撃する。まさに究極の防御型だな。しかも存在する限り仲間を癒すっていう」


「な、なるほど……師匠ほどの使い手がいるとは思えませんが、正直戦いたくないですね」


そうなんだよな。

戦いの中で一番心が折れるのが、自分の最強の攻撃が相手に全然効かなかった時だ。

敵の攻撃力が高いのは最悪避ければ済む話だが、防御力が高い場合はその時点で倒す手段が無い。

光属性の役割はあくまでサポート。

パーティーに存在している限り仲間が助かる性質上、一番最後まで生き残り続けることが役割みたいなもんだ。

その為に防御系の魔法は異常なラインナップを誇る。

まあその代わり、攻撃魔法がサポートらしく雑魚戦用の範囲攻撃ばっかで、命中率は最高だけど威力は全然無かったりするんだが。

光魔法の使い手を相手にした場合、まとめるとこうなる。


こっちの攻撃は全く効かない。

まともに相手をしても時間稼ぎをされるだけ。

向こうの攻撃も大して効きはしないが、全部命中するのでウザい。

その上排除しない限り、延々と敵全体が強化・回復され続けていく。


要するに超嫌がらせ特化なのだ。

光どころか完全に闇のいやらしさ。

つまり俺と相性最高。


「相手が光魔法の使い手の場合、まず初手で最強の攻撃魔法を叩き込め。それで相手が死んだならいいが、もし無効化されたなら見た瞬間に逃げろ。ぶっちゃけ光魔法の使い手は、相手にするだけ無駄だ」


「はい、とてもよく分かりました。胸に刻みます」


そんな感じで、昼までニーナの修行に付き合った。




昼食のために居住区に戻ってくる。

ニーナには花畑の方にみんなを呼びに行かせた。


「あ、あの、ハネット様。先ほどの凄い音は魔法でしょうか?」


家に帰ってきていた男の内の1人が、食器を持って恐る恐るといった具合で質問してきた。


「凄い音? どれだ?」


「あの、1刻ほど前に、遠くの地面が爆発していた……」


俺のライトアローか。


「ああ、あれは俺の使ったライトアローっていう光魔法だ。ニーナに光魔法の使い手との戦い方を教えていた」


「そ、そうなんですか……凄いですね」


それっきり彼は黙って地面に座った。

なんだろう。まあいいか。


しばらく待っていると、東からニーナを先頭に女性陣と子供たちが帰って来た。


「ねーハネット様! さっきの爆発って、本当にハネット様の魔法なの!?」


第一声に同じことを聞かれた。

どうやらあれは目立ち過ぎたらしい。


「ああ、そうだ。ニーナに聞いたのか?」


「うん! 賢者様に光の魔法を教えてたって!」


「光魔法を教えてたっつーより、光魔法の使い手との戦い方を教えてたんだ」


「? 賢者様は光の魔法使いとの戦い方を知らないの?」


「ニーナは強過ぎて一撃で敵を倒せるからな。俺に会うまでは、戦い方なんて物を考える必要すら無かったのさ」


「むしろ、それほどの力をお持ちでありながら多岐に渡る戦闘理論を持つ師匠の方が、規格外なのだと思うのですが……」


「まあ俺は最強だからな。さあみんな、食事にしよう」


流石に対戦数の差とは説明できない。

言い訳を考えるのが面倒臭いので、この話は適当に流すことにした。




昼食を取り終わると、俺は早速、公園と釣り堀の作成に取り掛かることにした。

居住区に公園を、居住区の北である何も無い区間に池を作る。

とりあえず存在だけは紹介しておきたいので、全員について来てもらった。


公園が家から近過ぎると、子供達の笑い声が騒音になってうるさいかもしれない。

とりあえず適当に、家から西に100mぐらい離れた場所に作ることにする。

アイテム作成で鉄棒や木をアスレチックの形に造形し、土台を地面に埋めていく。

太いロープで作った網とかも定番だろう。

地面を全部芝生にして安全性も確保する。ついでに一部は砂場にした。

最後に小さな噴水を作って水が飲めるようにする。

まあ公園はこんなもんだろう。


「さあ、次のが終わったら、ここで好きに遊んでいいぞ」


「体を動かして遊ぶための設備ということでしょうか。手慣れていますね」


子供に話しかけたのにニーナが入ってきた。


「いや、俺も自分で作るのは初めてだ。まあ俺の故郷にはよくある設備でな。定番どころを再現してみた」


続いて北の釣り堀だ。

子供が落ちても溺れないよう、深さは1mちょい。

範囲は20m×30mぐらいでいいか。

粘土を塗って水が染み込まないようにし、その上から砂利を敷く。

水草を何種類か植えてから水を張れば完成だ。

あとは水流が無くても棲息できる系の淡水魚を買ってくるだけだ。


「この池には生きた魚を放つつもりだ。釣りの道具も用意するから、男共も暇を潰せるだろう」


「おお……」


「まあ今日はこれで終わりだ。魚と釣り道具は明日までに用意しておこう」


そういえば羊なんかを飼えば女性陣の癒しになるかもしれないな。

そっちもハネットファームから連れてくるか。


「よし、それじゃあお前たちは夕方まで自由時間だ。ニーナはまた修行の続きな」


「分かりました」


ニーナを連れて南に戻る。


「それじゃあ今度は、ゴーレムとの実戦だ。お前より少し弱いぐらいのを作るから、叩き壊せ」


「なるほど、頑張ります。それにしても、ゴーレムを破壊前提の訓練で使うなんて、師匠ぐらいでしょうね」


「作るのが大変なんだっけか。種明かしすると、俺は制限を付ける代わりに、簡単にゴーレムを作れるという魔法を使っているんだ」


「そうなのですか?」


嘘だけどね。


「ああ。今から作るのは時間が経つと勝手に消滅するゴーレムだし、集落に作ったのは防衛以外の行動が取れないという制限付きだ」


「聞いたこともない作成形態です。それも私達には真似できないのでしょうか」


「ああ、残念ながらな。―――『サモン・ウィンドウォリアーゴーレム』」


俺は風属性の召喚魔法で1体のゴーレムを召喚した。

召喚魔法は各属性に20個ずつぐらいあり、闇だと悪魔、光だと天使とかも召喚できる。

今回召喚したのは大きさ2mぐらい。風魔法に耐性を持つ、戦士型のゴーレムだ。

最初なので、ニーナの半分であるレベル20の雑魚だ。


「見た所、風の魔法に特化して作られたゴーレムでしょうか」


「ああ。俺は一切助言をしないから、まずは1人で戦ってみろ」


「は、はい。頑張ります」


「まああの盗賊たちよりは強いという程度だ。大して心配しなくていい」


「そうですか。安心しました」


俺はゴーレムに頭の中で指示を出し、いつも通りニーナと20mほど距離を空けさせた。


「ニーナ、準備はいいか?」


「はい、いつでも行けます」


返事を聞き、俺は鉄パイプを空に投げた。

パイプが地面に落ちて高い音が響く。

瞬間、ニーナは無詠唱のフローティングで後退し始め、相手の足元を泥沼に変えた。

うむ。残念なことに順調に俺みたいな戦い方になってきたな。

泥沼に腰まで埋まったゴーレムだったが、レベル20のパワーでゆっくりながら前進している。

そこにニーナがお得意のグランドホーンを叩き込む。

素早い回避ができないゴーレムは、苦し紛れに盾を構えた。

が、10mを超える巨大な槍を前に、容易く貫かれてしまう。


「よし、終わり!」


光の粒子となってゴーレムが消えていく中、ニーナがフローティングで空に浮いたまま戻って来た。


「どうでしょうか」


「ふむ、一応この力の差だと一撃か。もうちょっと強いゴーレムにしたい所だが……」


「はい。大丈夫だと思います」


……本当に大丈夫だろうか?

俺が気になっているのは、レベル42のニーナが、ただの鉄の剣で怪我をしていたことだ。

ダメージ計算がプレイヤーと違う場合、強敵との戦闘は予想以上の危険を伴う可能性が高い。


「ニーナ。盗賊がお前を斬った時に使っていた剣は、ただの鉄の剣だったよな?」


「はい」


「魔法で強化されたりとかもしてなかったよな?」


「はい。そうだと思います」


「……俺がまだお前ぐらいの強さだった時は、鉄の剣なんかじゃ傷一つ負わなかった」


「? 師匠は光の魔法使いだからでしょうか?」


やはり話が噛み合わないな。

プレイヤーならそのレベル差だと、魔法抜きの単純な防御力の差でダメージを負わない筈だ。


「……よし。例えば、お前と同じぐらいの強さの戦士だったらどうだ?」


「そうですね、戦士の方なら、魔法の掛かってない鉄の剣では怪我をしないでしょうね」


それで確定した。

……これは、ニーナの言っていた『適性』とかいうやつのせいだ。

プレイヤーは魔法職だと魔法関係のステータスが倍の速度で成長し、戦士職だと物理関係のステータスが倍の速度で成長する。

その幅が、この現地の場合はもっと大きいのだ。

例えば現地人の場合、魔法職なら魔法関係のステータスが倍以上に伸びるし、物理関係のステータスは倍以上成長しにくいのではないだろうか。

要するに『適性』。

つまりは『才能』というやつだ。

現地人は才能の無いステータスは全く上がらない。

だからレベル42なのに、ニーナは防御力の低さが顕著なのだ。

そしてその説を裏付けるように、逆に彼女はレベル42にしてはMPの量が多い。

そういえば魔法の威力もレベル50台ぐらいの威力がある。


「ああ……困った事実が判明してしまった……」


「す、すいません。なんでしょうか」


「うーん……」


こうなるとニーナにとって、戦士タイプは相性最高でもあり、相性最悪でもある。

お互いが一撃死する可能性が高いのだ。

もしかしたらさっきの20レベのゴーレムでも、攻撃されていたら死んでいたかもしれない……。

……いや、そこまで考えて思い至った。

そもそも俺は、魔法使いらしく敵に攻撃させずに倒すというのを教えていた筈なのだ。

今の戦いもそうだ。ニーナはちゃんと教えた通りに、相手を完封してみせた。

むしろ一撃死の恐怖は、彼女に慎重さを与える要因になるかもしれない。

まあ最悪ニーナが負けそうな時は、ギリギリのラインでゴーレムを停止させればいいだろう。

ぶっちゃけ死んでも俺が復活させられるしな。

心の傷が残りそうなので、あんまりそんな事態にはしたくないが。


「いや、やっぱ大丈夫だ。もうちょっと強いゴーレムにしてみよう」


「そうですか? 私の方は構いませんが」


「ああ。それとな、助言はしないが、怪我する前にはちゃんと止めてやるから安心しろ」


「はい。ありがとうございます」


こうしてゴーレムを徐々に強くしていきながら様子を見た。

どうやら今のニーナは、レベル50ぐらいのゴーレムまでなら倒せるらしい。

55レベのゴーレムとの試合は俺が止めることになったので、やらせるのは危険だろう。

まあ10レベ以上の差だしな。


「まだ師匠の教えを受けてから3日ほどなのに、自分の成長が感じられます」


「まあ戦い方ってのは重要だからな。それにお前は魔力と魔法攻撃力が高いから、自分より少し強いぐらいなら勝てても不思議じゃない」


元々このゲームは攻撃力を上げるのが基本だからな。

そこに俺の『当たらなければどうということはない戦法(ガン逃げ)』が加われば当然の結果だ。


「マホウコウゲキリョク?」


「魔法の威力だよ」


「それも魔力のことですよね?」


「いや、魔法攻撃力は……あ?」


「え? す、すいません」


「いや、怒った訳じゃない。……もしかして、お前たちには魔法攻撃力の概念が無いのか?」


「は、はい。多分?」


なんと!

それって魔法使いにとっては致命的なことだと思うんだが。

このゲームでは魔法攻撃力は魔法の威力だけでなく、効果の強さも左右する。

例えば魔法攻撃力が高いと、回復魔法の回復量も増えるのだ。

俺の様子に、ニーナも何か重要な情報の格差があることを察したらしい。

目が賢者の目になってきた。


「お前たちにとって、魔法の威力はどうやって変える物だ?」


「魔法につぎ込む、魔力の量です」


「じゃあその杖はなぜ持っているんだ?」


「この魔石から魔力を取り出し、魔法に上乗せする為です」


魔法鉱石は現地では魔石と呼んでいるらしい。


「魔力を取り出す? つまり、魔法の威力は魔力の量で変わるから、その魔石で魔力を増やして威力を上げるという理屈か?」


「はい。それが私達の認識ですが……」


「それはおかしいだろ? だって、それならその魔石とやらから魔力を取り出し続ければ、魔力切れになんてならないじゃないか。言ってみれば、魔力回復のポーションみたいな物なんだろう?」


そう。

魔石が魔力タンクだというのなら、それから魔力を取り出し続ければ、いくらでも回復ができてしまうではないか。


「それは……魔石は、最初に外部から魔力を流して刺激しないと、魔力を発さないという性質があるからです」


だったら刺激に使った魔力より、更に膨大な魔力を取り出せばいいだけの話だ。


「じゃあ聞くが、魔石から魔力を吸い尽くしたなんて前例はあるのか?」


無い筈だ。だって魔力なんて最初から入ってないのだから。


「い、いえ。魔石に含まれる魔力は膨大で、どんなに魔力を使っても無くなることは無いと……」


「本当にそれしか可能性が無いのか? 同じ結果に辿り着くなら、もっと無理の無い理屈が存在するだろう?」


「それは……それは、つまり、そういうことなのですか?」


「ああ。お前たちは、その魔石の効果を勘違いしている」


その核心を突いた言葉に、ニーナがゴクリと喉を鳴らした。


「魔石の効果は。―――単純に魔法の威力を、つまり魔法攻撃力を上げるという物だ」


「……そういう、ことなのですか」


「ああ。魔法の威力と効果には魔力ではなく、魔法攻撃力の方が関係している。要するに、電気や重力と同じく、お前たちが気付いてなかった第3の力というやつだ」


「……師匠からは、歴史に残る大発見しか聞いてない気がします」


「むしろ魔法攻撃力の方は知らないお前たちの方がおかしいだろう。そんなに普通に使ってるのに」


「確かにそうかもしれません」


ニーナは関心した様子で自分のスタッフの魔石を撫でている。


「まあ個人の魔法攻撃力は、魔力の成長と共に上がるからな。魔力だけ増えて魔法攻撃力は上がらないなら矛盾も出るが……認識を正す機会が無かったのも、仕方無いかもしれない。他のことでもよくあることだ」


「そうですね」


「あ、ただな、魔力を追加して威力を上げるという方法もあるぞ。お前たちと俺のが同じ原理かは知らないが」


「そうなのですか?」


「同じ魔法の威力を、大量に魔力を消費することで無理やり上げたり減らしたり、なんて方法はあるか?」


「はい、あります。私も普段から使っています」


これは恐らく、俺達プレイヤーが使っている『威力強化』や『威力低下』と同じ物だろう。

俺達の認識では、魔法を強化したという行為が先にあり、そのペナルティとして消費MPが増えるというシステム的な話だ。

それを現地側から自然な価値観で見れば、魔力を多めにつぎ込むという行為が先にあり、魔法が強化されるのはその結果なのだろう。


「恐らくは俺達と同じ物だろう。ただそれは、魔力によって威力が増減しているのではなく、『魔法の威力を変えるという魔法』を使っている、という感じだがな。だから威力を下げる時でも、魔力の消費量は減ってくれないだろう?」


「なるほど、分かり易いです」


あれ? 口から出まかせのつもりだったが、これこそが正解なのかもしれんな。

そうか、だから威力を下げる方でもMP消費量が増えるのか!

9年もやってて、今更それに気付いた。

ずっと「意味わかんねー運営死ね」と思ってた。


「師匠のことを先代クラリカに話すと、嫉妬で私は殺されてしまうかもしれませんね」


急速に不安になるようなことを言われた。


「……もしかして、お前の師匠は、もっと賢者っぽいというか、知識欲が凄い感じか?」


「はい」


じゃあ会いたくない。

口から出まかせを言うのは脳へのストレスがヤバいのだ。

一応ちゃんと思い付くだけでもマシなのかもしれんが、進んでやりたいとは思えない。


「ま、まあ話はこの辺にして、最後にもう1個して帰るか」


「はい。最後は何をやるのですか?」


「うむ、最後はもう1度俺との戦闘だ。お前は自分より強いゴーレムにも勝ったからな。人間はどんなに気を付けていても、必ず調子に乗る。定期的に自分が弱いことを実感しないと、彼我の戦力差の計算が狂うこともある」


「な、なるほど。よっ、よろしくお願いします」


俺の説明から、既に嫌な予感がしているらしい。

50レベの戦士に勝てたからと言って、50レベの魔法使いに挑むようではニーナに明日は無い。

戦いというのは、本来自分より弱い相手とだけする物だ。

ニーナの中に「少しぐらい強い敵となら戦っても良い」という価値観が育たないようにしなければ。


「まあ一瞬で終わる。さっさと帰ろう」


「は、はい……」


20m離れた定位置に着く。


「いくぞーッ!」


「はいーッ!」


鉄パイプを投げる。

ニーナは今日1番の真剣な顔でこちらを観察している。

対する俺はいつもと違って全くの無警戒だ。

今回についてはニーナの出方は一切関係ないからな。


―――コ


(『タイムストップ』)


鉄パイプが地面に触れた瞬間、時間停止魔法を発動させる。

時間が止まった世界の中、1歩でニーナの前まで移動した。

ニーナは杖を構えただけの状態で、まだフローティングすら発動させていない。

拳をニーナの顔10cm手前ぐらいで止め、タイムストップを切った。


―――ォン!


「ひゃんっ!!?」


時間が動き出した瞬間、ニーナが目の前に現れた拳に驚き、飛び上がって尻もちをついた。

ニーナに尻もちをつかせたのは何回目だろうか。

あんまり驚かせ過ぎると、いつか尾てい骨を骨折するかもしれない。


「まあこういうことだ。自分より強い奴には、絶対に喧嘩を売るなよ」


「は、はい……っ!」


「じゃ、今日は帰るか」


これまたいつも通りにニーナを立たせてやる。


「きょ、今日1日は、とても有意義でした」


「これからしばらく、元奴隷たちを故郷に送るので忙しくなるだろう。もしかしたら、今日みたいに丸1日付きっきりというのはしばらくできないかもしれない。お前が有意義だと言うなら良かった」


「……はい。私も微力ながら、お手伝いさせて頂きます。全てが終わったら、また今日のようにご指導よろしくお願いします」


「分かった。……さ、帰るか。そういえば、そのな。あいつらの~、その、下着のことなんだが……」


このソロプレイが始まってからの数日だけの日常。弟子と並んで夕暮れの家路を歩く。

今日1日という時間で教えられることは全て教えた。

まあ別に長時間の修行ができないだけで、これまで通り毎日1時間ずつぐらいなら時間を取れる筈だ。

たった3日間で強くなったことを実感できると言っているし、ニーナはこの先どんどん強くなるだろう。


―――彼女がここを出て行くのは、いつになるだろうか。


ここで教えられることが無くなった時、より凄い賢者となった彼女は、再び世界に巣立って行くことだろう。

そしてその時、俺の隣からは誰もいなくなる。

この道に伸びる影が、1人分になる日が来る。


…………いや。

その日が早くやって来る事こそ、祝福されるべき事の筈だ。

俺は師として、素直にその日を祝ってやろう。

彼女が万が一にも、後ろ髪引かれたりしないように。





……ちなみに、下着はドロワーズなんだそうだ。

あのカボチャパンツみたいなやつだな。ニーナが赤い顔で説明してくれた。





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