13 拠点の仮住民
2016.6.10
『テレポート』で拠点まで転移してくると、子供達と奴隷達が軽くパニックになってしまった。
やはり魔法をかける時は事前にどんなことが起こるか説明した方が良いな。
面倒臭くて端折ったらこの様だ。
「皆さん、落ち着いて下さい。師匠の魔法で、先程言っていた集落に移動しただけです」
ニーナの落ち着いた声音に引っ張られ、徐々に全員が落ち着きを取り戻す。
早速賢者様が教師役として役に立っている。
「そういうことだ。とりあえず全員一旦座れ」
俺はスキルで地面に芝生を生やしてやる。
足元に一瞬で生えた芝生に、再び奴隷と子供達が驚く。
だが転移の後だとインパクトが弱かったのか、そんなに時間をかけず腰を下ろしてくれた。
「そうだな。まずは自己紹介か」
口を開いた俺に全員の視線が集まる。
「俺の名前はハネット。魔法使いで、この集落の支配者だ。ニーナも自己紹介を」
俺に促されたニーナが1歩前に出た。
「はい。私は賢者の末席を預からせて頂いている、ニーナ・クラリカといいます。こちらのハネット様の魔法の弟子です」
「!?」
先生の自己紹介に、また生徒たちが騒然とし出した。
流石有名人。俺の自己紹介より遥かに会場が沸いている。
見ればスリのガキが顔を青くしていた。
自分が誰から金をスろうとしたのか分かって、生きた心地がしないのだろう。
「さて、まず何から説明したもんか」
こいつらには説明しなきゃいけないことがあまりに多過ぎる。
まあ最優先事項から話していくか。
「そうだな、まず最初に。……今はまだ
俺の言葉に全員の視線が再び集まった。
「正直言うと、まだ仕事は決めてない。まあ畑の収穫とか、害虫退治とかになるかな? それ以外の時間は自由にしてくれて構わない」
「あ、あの……」
さっき俺に一番最初に話しかけてきた子が、遠慮がちに手を挙げた。
こいつさっきから勇気あるな。
「ああ、どうした?」
「おうち、無いみたいだけど……」
ああ、そりゃ家をやると言われて来たのに、360度完全な更地に連れて来られたら警戒するか。
俺は拠点作成で大き目の倉庫を建てて見せた。
ここは集落南西の居住区なのでどこに建てても構わない。
「うわ!?」
俺が手を向けた先に突如として現れた巨大な家屋に、子供達がびっくりしている。
「まあこういうことだ。俺は魔法で一瞬で家を作れる」
言いながらもう1つ倉庫を建てた。
よく考えたら男と女がいるんだから、住居は分けなきゃならん。
「す、すげえ……!」
子供達は純粋な尊敬の眼差しを俺に向けている。
「今建てたのは、とりあえずのお前たちの仮の住処だ。その内1人1人に1軒ずつ家を建ててやる」
俺の言葉に子供達は沸いた。
大人達は信じられないのか、目を丸くしている。
「お前たちは色々と疲れていると思う。だから数日の間は、仕事は無しでゆっくり休ませてやる。とりあえず食事にしようか。お前たち、今腹は減っているか?」
俺の言葉に全員が即座に頷いた。
全員かよ。誰か1人ぐらいなんか食ってろよ。
「じゃあまずは飯を食って元気を取り戻せ」
俺はアイテム作成で大鍋を用意し、その中に料理スキルでスープを作った。
栄養価を考慮して、具材は各種の野菜とひき肉。
それを、胃の弱った人間でも食べれるよう小さく刻んだ。
まあさっきヒールをかけたので、体の不調は大抵治っているだろうが。
味付けは万能のコンソメと塩コショウだ。
最後にMPを消費し、一定時間のステータス上昇効果を付与しておく。
このステータス上昇こそが、本来の料理スキルの使い方だ。
木を素材に器とスプーンも作り、おたまでスープを取り分けていく。
「ニーナ、配ってやれ」
「あ、はい」
奴隷は座らせたまま、ニーナにスープを運ばせる。
有名な賢者様に食事を運んでもらうという状況に、仮住民たちは恐縮しきりだ。
調教されているだろう奴隷だけでなく、孤児たちすらも、全員に配り終わるまで勝手に食べ出すようなことはなかった。
「よし、食べていいぞ。俺達も食うか」
「はい」
全員に食事の許可を出し、ニーナにもスープを渡した。
俺もワイルドに芝生に座ってスープを飲む。ニーナも隣に腰を下ろした。
俺達の様子を窺ってから、各々も恐る恐るスープに口を着けた。
「う、うめえ……!」
子供達は素直にスープの味に感動しているらしい。
ニーナが言うには、現地ではこの程度でも豪華らしいからな。
奴隷達の方を見ると、お喋りもせずに必死で食事に集中していた。
「う……うぅ……」
割と多くの人間が涙まで流している。
あの奴隷商館が悪いのか、それまでの経緯で酷い目に遭ってきたのか。
希望する者にはおかわりも出してやる。
とびきり元気な1人の小僧のおかげで、子供達は素直におかわりを要求できた。
が、奴隷達はそうもいかない。
言い出せないなら言わせてやるか。
俺は奴隷達の方に歩いて行き、1人1人にこっちから聞いて回ることにした。
「おかわり、いるか?」
「う……あ、あの」
「さっさといるかいらないか答えろ」
「ひっ……! ほ、欲しいです!」
高圧的に出れば、焦りから本音を引き出せる。
子供達と最初の1人が本当におかわりを貰えたのを見て、他の奴隷達も素直に答えた。
みんなさっきから泣きながら食べている。
俺も前に諸事情で3日ほど飯が食えなかった時、最初に食べたカップ麺が異常なぐらい美味くて感動した事があったなぁ。
基本カップ麺は好きじゃないんだが。
空腹は本当に最高の調味料であるらしい。
食後にスプーンと器をアイテム破棄で消滅させ、新しくコップを出してピーチジュースを注いでやった。
糖分は速効で活力になるからな。
この後の『予定』のため、こいつらには少し元気を取り戻して貰う必要がある。
「甘~い!」
例の女の子が顔をとろけさせている。
やはり甘い物はウケが良い。
甘い物好き筆頭である隣のニーナを見る。
既に飲み終わってる……だと!?
「ニーナ」
まだ飲み終わってないメンバーを羨ましそうに見ていたので、もう1杯出してやった。
「ち、違います」
ニーナは恥ずかしそうにしていたが、言った直後には口を着けている。
俺を萌え死にさせる気ですか?
「さて、とりあえず食った直後だし、お前たちは好きに休んでろ。ただしあの仮住居にはまだ入るなよ」
俺は机と椅子2脚を出し、それに座った。2人分の紅茶も用意する。
「ニーナ、お前も座れ。俺達は授業の時間にしよう。なんか質問でもあったら答えてやるぞ」
「あっ! それでしたら、1つ聞きたいことが」
ニーナが急いで椅子に座った。
「師匠、昨日の夜、あの
「そういやそうだな。俺も忘れてたわ。どこまで話したっけ?」
「あの黒穴の魔法というのが重さを操る魔法であることと、世界が太陽の周りを飛んでいるという話でした」
あー、くっそめんどくせえ話だ。
大体俺は頭は良くても高学歴じゃないから、重力やブラックホールの仕組みなんて詳しく知らない。
あやふやな知識から、適当に納得できるような文章を作るしかないだろう。
まあしょうがない。約束だし解説してやるか。
「じゃあまずは世界の仕組みの話からしよう」
「はい!」
「では最初の大前提。この世界は球体だ」
「えっ?」
手で球体を形作って、ジェスチャーを交えながら解説する。
まず世界が球体であること。
この世界が星であることを説明する。
「世界が球体ですか……。確かにそういった説はあります」
「あるのか」
「一応は。ですが、そうだとすると大変な問題が1つあります。その為、ほとんど信じられていない説でもあります」
「ん? なんだ?」
「世界が丸く、大地も丸いとしたら、反対側にいる人間は空が下になり、落ちてしまいます」
なるほど。とんちみたいな話だ。
でも地面に引力で引っ張られ続けているから大丈夫なんだ。
そもそも宇宙に上下の概念はない。地面こそが下だ。
「電気と同じでな。お前たちがまだその存在に気付いていない、第3の力が世界には存在している。そのおかげで落ちない」
俺の語り出しに、ニーナは若干身を乗り出した。
その瞳が期待に輝いているように見える。
どうやらこの一連の話題は、ニーナにとって特別興味を惹く物であるらしい。
「その名も引力。重力とも言う。この力こそが、ブラックホールの重さを増やすという性質の源だ」
「引力、重力……」
「世界が球体なら、反対側の物は下に落ちる。なるほど、それは道理だ。それがもし……それがもし、世界にとっての下が、球体自体でなければな」
俺の発言に、ニーナは眉を顰めさせた。
「そもそも、なぜ物が下に落ちるのか、そこにどんな理屈があるのか。お前はこれを、神とかを引き合いに出さずに説明出来るか?」
「い、いえ……」
「簡単なことだ。……引っ張られているから、だ」
ニーナがはっとした表情になる。
この言葉で全ての意味が分かったらしい。
いや、理解が早過ぎません?
「引力。その性質は、物と物はお互いに引き合うというもの。全ての物体は、世界で何よりも大きい物体である、この大地に引っ張られている。だから大地に向かって落ちる。つまり世界にとって下という概念は、この大地自体なんだ。形は関係ない」
「……つまり、私達は今この瞬間も、地面という球体に向かって落ち続けているということですか?」
「そういうことだ。理解が早くて助かる。そして引力の強さこそが重さの正体。重力とも呼ばれる所以だ」
知らんけどな。
「引力、重力は全ての物に働いているのですよね?」
「そうだ」
「で、では、海の水も大地に引き寄せられているから、零れないのですね?」
「ああ。球体の大地の表面に、海が張り付いている。それがこの星の実態だ」
俺の結論に、ニーナは薄く溜め息をついた。
鳴り止まぬ鼓動を鎮めようとしているかのようだ。
「……あ、し、師匠。ということは、あの黒穴の魔法というのは『下を作り出す』魔法なのですね?」
「その通り。良い表現だな。範囲内の全ての物体を、超強力な重力によって中心地という『下』に引き寄せる。それがブラックホールだ。あとは中心に押し潰された物体を、転移で消滅させればあの魔法の出来上がりだ」
「な、なるほど……。そういえば、それと太陽の周りをこの星が飛んでいるというのは、どう繋がるのですか?」
俺はこの星もまた、太陽に引力で引っ張られていることを説明した。
回転していることについては、栓を抜いた水が、グルグルと渦を巻いて抜けていくのを引き合いに出す。
本当は一切関係ない話(たぶん)だが、俺のリアル詐欺師スキルによって納得してくれたようだ。
意味不明な現象は、実在する意味不明な現象に例えれば騙しやすい。
だから頼むから「ではなぜ水は渦を巻くのですか?」とかは聞かないでくれよ。
そっちはマジで分からん。
「途方も無い話です……」
「まあそんな感じかな。一応理解はできただろ?」
「はい。師匠の話なら、謎とされている様々な事象に説明がつきます」
「だろうな。ちなみに俺の故郷では常識だった。多分お前たちもいつかは勝手に気付いただろう」
「そうなのかもしれません。世界が丸いという説もあったぐらいですし」
「ああ。でもこの話はあまり他言するなよ。いらん争いを生む。俺の故郷でも、発見された当時は神を冒涜するだのなんだで人が死んだ筈だ」
「はい。確実に教会を敵に回しますからね」
「教会か。それはなんだ?」
「神の信者たちによって作られている組織です。救いの奇跡の体現者として、光の魔法使いが多く所属しています」
「へえ」
そんな感じで1時間ほど雑談して過ごした。
子供と奴隷達は、何が面白いのかそんな俺達の話をただ聞いていた。
まあ内容に興味があるというより、俺達という人物を把握するために観察しているのかもしれない。
時刻は午後3時前。
そろそろ行動しないと時間が不味いか。
俺は椅子から立ち上がり、新たな住民達に向き直った。
「さて、これからお前たちには体をしっかり洗って綺麗になって貰う。風呂に入るぞ」
そう、それこそが俺が最優先させたかったこと。
ぶっちゃけこのまま住居に入れると住居が汚れる。
俺の言葉にみんなはポカンとした顔。
風呂という物が分からないのか。
「まあまずは風呂を作るか」
俺は拠点作成で、高い塀に囲まれた巨大な露天風呂を2つ作る。
「ニーナ。女の方はお前に任せた。数が多いが、俺からの試練だと思って乗りきれ」
「はっ。分かりました。お任せ下さい」
意外とニーナにはやる気が見える。
知識以外でも役に立つことを示そうとか思っているのかもしれない。
俺は10人ぐらいの男を引き連れ、片方の風呂に入る。
頭からお湯を被らせ、ボディータオルと石鹸で体を綺麗にさせる。
次から自分達だけで入ってもらうので、手順と洗い方をしっかりと覚え込ませた。
体をしっかり洗わせ、お湯に浸かった男連中は気持ちよさそうだ。
どうせ女性陣が上がるにはもっと時間がかかる。体力が続くのなら、ゆっくりさせてやろう。
なんか知らんが血行とか良くなりそうだ。
「あ~気持ちいい~」
2人の子供は広い露天風呂の中を泳いでいる。
俺はマナーとかには一切頓着しないので放置する。
奴隷達の方は、未だに俺に怒られるのではと内心ビクビクしているのが伝わってくる。
ただ、子供達が俺に根拠のない信頼を寄せているのが良い方向に働いているのか、最初ほどではない。
「そろそろ上がるか」
脱衣所で風呂から上がらせた男たちに服を配る。
長袖のTシャツに暖かいフリースの上着。下は裏起毛のズボンだ。
俺にいつまでも男の裸を見させるんじゃない。
「こ、こんな高そうな服をですか? それにこれは新品に見えます」
こう言っている今も、目の前の男たちはフル○ンな訳だ。
「そりゃ今作ったんだから新品に決まってる」
「い、いえ、あの……」
「いいから着ればいいんだ。大体、高そうとは言うが、俺が今着ている服に比べれば天と地ほどの差があるのは分かるだろう?」
「は、はぁ……」
一番頭を悩ませたのは下着だ。
こいつらはパンツを履いてなかったからな。
俺はまだ現地の下着という物を見たことがないのだ。
しょうがないので、とりあえず適当にトランクスを履かせておいた。
「げ、そういえば女性陣に着替えを用意してなかった」
俺は綺麗になった男連中を仮住居に先に連れて行き、女風呂の方の塀に声をかけた。
「ニーナー!」
『し、師匠!?』
「着替えを渡すのを忘れてたー! そっちはお前を除いて何人いるー!?」
『にっ、29人です!』
数えるのはえーっ!
「じゃあ扉の前に、人数分の服とタオルを置いておくからなー!」
『は、はい!』
ニーナ慌ててたな。
やはり30人近くを1人で風呂に入れるのは大変なんだろう。
なんかアレだべ? 髪洗うのとか時間かかるんだべ?
俺は女性陣用に男と同じ服のセットを用意し……やべえ、下着どうすればいいんだ……。
もしかしたら、一昨日あの脱衣所を漁っていれば解決できた問題かもしれない。
いや。考えるのはやめた。
今日はノーパンデーだ。
女性陣のみだと思うと素晴らしい響きだな。絶対祝日だ。
一応予備として1人分追加した30人分の服とタオルを、脱衣所の前に数個に分けてカゴに入れておいた。
一旦男連中の方の仮拠点に帰り、まずその床にカーペットを敷いた。
倉庫だからコンクリの地面が剥き出しなのだ。
続いて人数分の布団セットと家具、食器類を用意した。
恒例の電灯紹介タイムも先にやっておく。ニーナと違って詳しい仕組みの解説はしない。
外に仮設トイレを3つほど設置し、使い方も教えておく。
くれぐれもトイレ以外で用を足すのは厳禁だと叩き込む。
ついでに女性用の仮住居との間に噴水を作り、水を好きに使えるようにしてやった。
「ほ、本当にこんな生活をしていいのですか?」
「この程度なら別にいいさ。ただ食事だけはしばらく俺が用意するから、自由にならないと思っておいてくれ」
30代ぐらいの奴隷の1人と話していると、ニーナがこちらに走ってきた。
「師匠。終わりました」
報告してきたニーナを見ると、彼女も俺が用意した服を着ていた。
多分予備の分を自分のだと勘違いしたんだろう。
つーか髪が濡れている。思いっきり風呂に入った後だ。
さっき声が慌ててたのは、裸だったからか。
まあ言われてみれば、自分だけ風呂に入ってない俺の方がおかしいな。
俺は女性陣を仮住居に連れて来て、さっきと同じ準備をしてから明け渡した。
露天風呂は売却し、新しく仮住居の隣に風呂場を作る。後で掃除当番でも決めるか。
男連中を呼びに行こうとして、ニーナに呼び止められた。
「師匠。エルフの彼女は、別の住居にした方がいいかもしれません」
「……もしかして、差別的な物か?」
「はい」
やはりエルフと人間の間には差別があるのか。お約束だな。
エルフが人間を嫌いなのか、人間がエルフを嫌いなのかは知らないが。
「じゃあ、ニーナの家なら部屋も余ってるし……」
「いえ、エルフはドワーフとも仲が悪いのです」
めんどくさっ!
どうやら新しく家を作るのは確定らしい。
「おい! ティア!」
エルフ娘の名前を呼ぶと、その長い耳がビクっと跳ねた。
ただでさえ美人なのに、お風呂上がりなせいで余計に可愛く見える。
「は、はいっ。お呼びでしょうかっ」
左側にニーナが、右側に走り寄って来たティアがいる。
この空間だけ異様に華やかだ。
「今ニーナから、お前の家は別にしてやった方が良いという助言があった。お前はどうしたい?」
「え!? えっと……」
「あ、そもそもエルフと人間とドワーフは、どういう関係なんだ?」
「はい。まずエルフは他種族を寄せ付けない閉鎖的な価値観を持っており、その中でも特に人間には敵意を持っています。何しろ人間は天敵ですので。人間に会えばその価値から奴隷として狩られますし、その人間と共存関係にあるドワーフとも仲が悪いのです」
ドワーフは人間と共存関係なのか。今後街で見かけることもあるかもしれないな。
そう言われれば、今日とか何人かすれ違ってたのかもしれない。
「なるほど。根が深そうだな。それで、ティア自身はどうしたい?」
「あの……」
「1人で住みたかったら、少し離れた場所にもう1軒建ててやるぞ?」
ここは十字の南西側だ。
北西側に建ててやれば、こことも俺達の家とも離れていられる。
「……い、いえ。私、男の人は怖いけど、女の人なら人間でも大丈夫です」
「そうか?」
「はい。みんな商館では、一人ぼっちの私によくしてくれました」
奴隷として売られたなら、苦しみは共感できる筈だ。
それか違う種族の中へ奴隷として放り込まれたティアは、もっと可哀想に見えたのかもしれない。
ティアの方も、閉鎖的な種族ならば、実際に人間に会ったのも初めてである可能性がある。
少なくとも女は思ったほどの嫌悪の対象じゃない、と学んだのだろうか。
そういえば店主のアランがティアは男性経験が無いと言っていたし、まだそれほど酷い目に遭わされてないのも大きいかもしれんな。
敵対種族に1人捕まり、おもちゃにされて生きる日々。
俺以外に買われていたら、心が壊れて当然の境遇だったろう。
俺との出会いは彼女にとって、不幸中の幸いか。
「そうか。なら数日の間、あの仮住居でみんなと一緒に暮らすか? 男の方には近寄らないように命令しておこう」
「はい。ありがとうございます。賢者様も、お気遣いありがとうございました」
「私はハーフドワーフですよ。大丈夫なのですか?」
「はい。ニーナ様は、エルフの里でも有名であられます」
マジかよ、スゲーな。
その知名度たるや、もはや種族の垣根すら超えているのか。
天敵である人間とその仲間のドワーフとのハーフとか、エルフ側からしたら最悪の存在だろうに。
まあニーナは善人っぽいから、「他種族の中ではマシ」みたいな感じの噂かもしれんが。
「そ、そうですか」
本人もエルフにまで自分の名が売れているのは予想外だったらしい。
「まあお前が良いならいいんだ。でも嫌になったらいつでも言えよ」
「……はい。ありがとう、ございます」
その後予定通り男連中も呼んで、全員揃った中で指示を出す。
「とりあえず、今日はもう自由にしてくれていい。外にも好きに出ていいぞ。夜になったらまた食事を用意するから、それまでに、何か生活に必要な物がないかとか、そういう辺りを考えておけ」
「はーい!」
「は、はい」
「ああ、それと俺達2人は今から魔法の修行に入る。向こうで魔法を使いまくるから、音とか光とかで驚かないように」
時刻は4時前。季節的に陽が落ちるのが早いので、修行に入るならギリギリの時間だ。
本当は今日こそは色々な訓練をしてやりたかったんだが、昨日の反復練習ぐらいしかできないだろう。
「師匠、今日もお世話になります。よろしくお願いします」
ニーナを連れてテレポートで南に飛び、整地範囲をもう300mほど広げて居住区と距離を空ける。
「とりあえず今日も、昨日と同じ訓練から始めるか」
「はい。よろしくお願いします」
ニーナは昨日俺が助言した通り、フローティングを無詠唱で使い、同時に不意打ちも仕掛けて来た。
足止め系の絡め手も初期に投入し、敵を観察するという点にも気を遣っている。
やはりニーナは戦いにも才能があるのだろう。成長速度が著しい。
「よし、終わり」
「あ、ありがとうございました」
昨日よりもニーナの怖がり方が小さい。
指摘された殺気を抑えようと平常心で臨んだつもりだが、割と成功したらしい。
昨日よりは少ないが、
「明日こそは別の訓練にも挑戦しよう」
「はい」
すっかり夕方になった道を、普通に歩いて居住区に向かった。
前回がそうだったので、なんとなくだ。
まあ戦闘訓練の後なので、興奮を醒ますのにも良いだろう。
「ニーナ。寒くないか?」
「はい。大丈夫です」
今更だが、ニーナは先に風呂に入ったので、この気温で外にいると体が冷えてしまうかもしれない。
早く暖かい物を食わせてやろう。
遠くに、同じく夕食を待つであろう仮住民たちの姿が見える。
「人が待っていると、帰って来たという気分になるな」
「そうですね。……師匠の治める場所です。いずれは大都市になるかもしれませんね」
「もしそうなったら、お前の引退した師匠とやらを無理やり連れて来て、面倒ごとを押し付けるか」
「ふふ、そうですね」
いつかは先代賢者とかいう、ニーナの師匠とも会ってみるか。
ほんの10分ほどの穏やかな時間を、2人で歩いた。