12 ティア
2016.6.10
2016.9.9
挿絵を追加。
案内された石造りの建物に、ニーナ、俺の順番で入る。
先にニーナが入ったのは、先程彼女が俺の金貨を換金した場所がここだからだ。
中に入ると正面のカウンターに、初老のじいさんと強面の大きい男が2人で座っていた。
初老の方は加齢で髪は全て白くなっており、体型は痩せ形。
強面の方はいかにも「暴力が仕事です」という見た目だ。用心棒か?
「これは賢者様! 何か不手際がありましたでしょうか?」
2人の男はニーナを見て慌てて椅子から立ち上がった。
そしてじいさんの方がカウンターを出ると、揉み手をしながらニーナにすり寄っていく。
何回目か分からんが、本当に有名人だな。
「いえ、先程の換金に不手際があった訳ではありません。『例の彼』を連れて来ました」
そう言われたじいさんの目がバッとこちらを向いた。
カウンターの大男もこちらを見ている。
「おお……このお方が……!」
そう言ってじいさんは俺の頭の先からつま先までを舐めるように観察すると、咳払いを1つした。
「ん゛! これは申し遅れました、大魔法使い様! 私はこの店の店主兼鑑定士を務めます、ミストと申します! この度はご利用頂き、誠にありがとうございます!」
「ああ、換金の時に俺の事を説明したのか」
「ええ。賢者様のお持ちになられた金貨があまりにも素晴らしい物でしたので、私の方から是非詳細をとお聞きした次第でございます」
「そうか、なら話が早いな。あの金貨をもっと大量に売却したくて来たんだ」
「それは願っても無いお話です! ささ、お2人ともどうぞこちらでお座り下さい」
店主はそう言って大男にカウンターを任せると、俺達2人を店の奥へ招いた。
別室に案内され、そこのソファーに腰を落ち着ける。
店主は一旦更に奥の部屋へと引っ込んで行ったが、またすぐに帰って来た。
「今お茶を用意させておりますので、ほんの少々だけお待ちください」
いらねえ。
言いかけたが我慢する。
まあそういう「気を遣ってますアピール」も商売の内だからな。
俺も今回は取引相手だし黙っておくか。
「それにしても、あの『土の賢者』様にお会いできたばかりか、そのお師匠様にまでお目通りが叶うとは! 今日は人生で一番の記念日です!」
「お前って本当に有名人だよな」
「いえ、恐らくすぐにでも師匠が追い抜くと思います」
「そうか?」
「そうです」
「そうですとも!」
2人に同時に肯定された。
まあ有名人になったらニーナみたいに顔パスできると思えば楽になるな。
別に暴力で解決できる問題だが。
そんなやりとりをしていると、奥のドアがノックされた。
「お茶の用意ができたようです」
「失礼します」
店主が言うと同時、お茶の道具を持った綺麗なメイドがドアから入ってきた。
おお、メイド服だ。フリルとかは付いてないが。
なんちゃってメイド服じゃなく、機能性重視のガチのメイド服といった感じ。
彼女は3人分の紅茶を上品に置くと、音も立てずに元のドアへと帰って行った。
メイドとしての教育をしっかり受けているであろうと思わせる立ち振る舞いだ。
これがリアルメイドか。
つーかお茶の用意早いな。
まあ貴金属を持ち込むような奴は全員金持ちだろうから、常に最上のもてなしができるように構えてるんだろう。
「ささ、それで今回は例の金貨を売却して下さるという話ですが、いかほどの枚数でございましょうか?」
「そうだな……この店が今換金できる、ありったけ?」
「え!?」
「…………」
店主の驚きに反して、ニーナの方は「またか」と言った様子だ。よしよし、慣れたな。
「あの、それは一体どういう意味で……?」
「俺が持ってるあの金貨は、ちょっとやそっとの量じゃない。この店が出せる全額よりも遥かに多いだろうから、そっちが量を決めてくれて良い」
「あ、あの……?」
俺の説明に対し、店主はニーナに助け舟を求めるように顔を向けた。
「はぁ……。恐らく、師匠の言っている事は本当なのでしょう。私も想像もできませんが」
「なんだ、嘘だと思うのか。そら」
俺はアイテムボックスに手を突っ込み、片手で握れるありったけの金貨を掴んで机の上に置いた。
「な!?」
30枚ぐらいの金貨の小山に店主が口を開けている。
隣でニーナも息を飲んだのが分かった。
「まあこんな感じでいくらでもある」
俺はそう言いながら、もう一掴み金貨を山に追加する。
「かっ…………。な、なるほど……なるほど……」
「で、どうなんだ? そっちは金貨を何枚ぐらい出せる?」
「あ、あ、はい! 確認して参りますので、少々お待ちを!」
慌てて店主が部屋を出て行った中、ニーナが口を開いた。
「師匠、ライゼルファルムの1年の国家予算ぐらいの金貨を持っているんじゃないですか?」
「さあ、この国の国家予算がどれぐらいか分からんからな。とりあえずこの机の上の金貨の一千倍以上かな」
「えっ!?」
どうやら俺の発言は、レベルアップした強化ニーナでも受け止めきれない物だったらしい。
ちなみにプレイヤーの所持金限界は999億枚なので、本当は一千倍どころじゃない。
ただ、万とか億って桁が、この教養レベルの現地の人間に伝わるのかな、と思ったので考慮した。
「金貨5枚を小銭だと仰ったのが理解できました……」
「だろ? これからは小遣いは遠慮なくねだれ」
「はぁ……」
それは肯定と溜め息どちらかね?
しばらく待っていると、店長が何かの道具と、パンパンに膨らんだ小袋いくつかを持って帰って来た。
「あ、あの、大変失礼なのですが、こちらの金貨を鑑定しても……?」
「な!? ミストさんッ!」
店主の発言に、俺よりも早くニーナが声を上げた。
そういえばミストって名前だったな。
「俺の方は構わない。ニーナ、どうした?」
「え? いいのですか?」
「いや、いいだろ」
「そ、そうですか。なら大丈夫です」
「い、いいんですよね?」
「ああ、大丈夫だ。気が済むまで鑑定してくれ」
店主はニーナの様子に気後れしているようだが、俺が背中を押してやると、秤のような物で机の金貨の重さを調べ始めた。
様子が変だったニーナはその様子を黙って眺めている。
…………ああ、そうか。
「ニーナ。もしかして俺が怒ると思ったのか?」
俺の言葉に店主の方がビクッとした。
「え!? …………は、はい」
店主の言う「鑑定していいか」という発言は、つまりは俺の金貨が偽物ではないかと疑っているという事だ。
これまでの俺の言動を知っているニーナは、この発言を受けた俺が、店主を殺すと思ったのだろう。
「あのな、ニーナ。俺は別に正当な要求に対しては文句なんて言わないさ。俺が殺すのは『邪魔な奴』と『敵』だけだ」
「は、はい」
俺達の不穏な会話に、店主は鑑定しているフリをしながら耳を傾けている。俺にはそういうのは効かんぞ。
「取引というのは、対価を払い利を得るという、対等な物だ。その正当さを保つ為に鑑定しようと言うんだ、むしろこの店主は商売相手として信用がおける。俺が殺すとしたら、店主が金をガメた時だけだ」
最後の釘刺しに店主の体が一際ビクッと震えた。
まったく、ニーナが怖がらせるからだぞ?
「はぁ……」
「つまりだな。俺が殺すのは、誠意の無い奴だけだという事だ。俺にちゃんと誠意ある対応をするのなら殺しはしない。それはこれから集落に住む住民達もそうだ」
「な、なるほど」
「害意ある行動ならともかく、仕方ない事なら大抵は大目に見るよ。さっきのガキが、まさにそうだっただろ?」
「ええ、そうです。そうですね」
分かってくれたらしい。
……まあ気分によってはぶっ殺す事もあるかもしれんが。
人間のやる事に絶対は無いんですよね。
しばらくして店主が道具達を片付けた。
重さを量っただけで、金かどうか分かるのか?
いや、そういえば金属にはそれぞれの重さがあるんだったか。
他の金属の重さと比べるだけで分かるのかもしれない。
「確かに金です。賢者様が持ってきた1枚と同じく、重さはこちらの金貨2枚分。ですが非常に見た目が美しいので、美術的価値も生まれるでしょう。特に貴族様などはこぞって手に入れたがる筈です。ですので、金貨3枚の価値としてお引き取り致します」
「そうか。それで構わん」
「ではこちらが当店で用意致しました、金貨150枚でございます。ご一緒に確認を」
どうやら店主が持ってきていた小袋は金が入れてあったらしい。
その数3つ。恐らく1袋に50枚ずつ入っているのだろう。
小袋をこちらに差し出すと共に、店主は俺達の前で、俺が机の上に出した方の金貨を数え始めた。
「……48、49、50。はい、確かに大金貨50枚、お引き取り致しました。余った分はお返しします」
「ああ。邪魔したな」
俺は小袋と机の上の余った金貨をボックスに全部放り込んだ。
「あの、中身をご確認なさらなくてよろしいので?」
「何かあったらお前が死ぬだけだ」
部屋の気温が一気に下がった。
ニーナも店主も一言も発しない。
「おいおい、別にやましい事なんか無いんだろ?」
「もっ! もちろんでございます!! こちらにお持ちする前に、3度に渡って検めさせて頂きましたので!」
「……おい。俺はまだ店を出てない。今だったら。今だったら、なんかしてても、謝れば許してやるぞ?」
隣でニーナがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。
店主の額にも冷や汗が伝っている。
「い、いえ! 当方には心当たりはございません!! 今すぐ数を検めて頂いても大丈夫な筈です!」
「そうか。なら合格だな」
「へ?」
大人しく引き下がった俺に、店主が間抜けな声を零した。
「お前を信用した。また何か儲け話があったら、1枚噛ませてやるよ」
「あ、あ、あ」
「ほら、ニーナ。早く買い物に行こう」
「あっ、はい」
「ああ、そうだ。おい、店主」
「は、はいっ!」
「こいつは誠意あるじいさんにくれてやる」
俺は金貨をもう1枚取り出し、店主の手元に放り投げた。
店側を試すような事をしたのだ。こちらも客として上客である事を示す必要があるだろう。
どうやら金貨1枚というのはそこそこに大金らしいしな。
それが俺のだと3枚分だ。儲けとしては十分だろう。
そもそも換金した金貨も、本当は美術的価値とやらでもっと高く売れる筈だ。
そうでなければ、今回の話にこんなに乗って来なかっただろう。
「あ……ありがとうございます! あの、お見送りを!」
「そうか。頼む」
頭をヘコヘコ下げる店主に連れられ、最初のカウンターまで戻ってくる。
「今日は大変ありがとうございました! またの取引を心待ちにしております!」
「ああ。その時は、俺だけでなくそちら側も納得できる、良い取引をしよう」
言外に「お前に一方的に得になる要素をくれてやる」と含ませておく。
「はは! 是非またお越しください、大魔法使い様!!」
店主と大男に見送られながら店を出た。
ドアから出ると、ニーナが真っ先に口を開く。
「はあ。師匠は色々と凄いですね」
どれの事だろう。心当たりが多過ぎて特定できない。
とりあえず適当に誤魔化すか。
「そうでもない。所詮23のガキだ」
「思いっきり成人じゃないですか」
「成人してたってな、23年しか生きてないのは事実なんだぞ」
「…………そう、ですね。申し訳ありません」
「おい、どうした?」
「いえ……私はあの盗賊達に追い詰められるまで、自分が17の小娘である事を忘れていました。やはり師匠は偉大です」
「偉大と来たか。まあいいじゃねーか。さっさと買い物に行きたいんだ」
「はい。お供します」
そうしてニーナを引き連れ、真っ直ぐにあの種屋の露店に来た。
本当に帰って来た俺に、店主が目を丸くしている。
「そら、金を持ってきたぞ」
俺はポケットに手を突っ込むフリをして、アイテムボックスからこちらの金貨を数枚取り出した。
「なっ!?」
「言っただろ。全部買い占めてやるってな」
こうして俺は店に出されていた、種で膨らんだ麻袋を全部買い取った。
既に持っている種も買ってやったのは、農場王からのサービスだ。
農場王に貢献したんだ。美味いもんでも食え。
麻袋を次々とボックスに放り込むと、店主は何度目か分からない驚きの顔をしていた。
周りにも軽くギャラリーが出来ている。一々うぜえな。
ホクホク顔の店主から受け取ったお釣りは、ボックスの邪魔なのでニーナに渡した。
ニーナも今度は素直に受け取った。大物芸人の弟子みたいな感じになってきたな。
その後、残り2つの植物屋にも行き、その商品の全てを買い取った。
農場王にこれ以上に金をかけるべき事など無い。
すっかり昼になっているので食事を取ろうかとも思ったが、この後の色々の事を考えてやめておいた。
ニーナに悪い気がしたが、元々現地では朝夜2食が基本らしいので我慢して貰おう。
そうして食事も取らずにやって来た店。
奴隷商館である。
「あ、あの、師匠。まさかとは思うのですが……」
「奴隷を買う」
「…………まあ……師匠も男性ですもんね……」
違うぞ。別に性奴隷として買う訳じゃないぞ。
大体、ゲームのキャラととかヤバいだろ。人間として。
この俺ですらしようと思わないんだから、やってる奴がいたら、そいつこそ終わってる。
……多分割といるんだろうけど。
店のドアを開けて中に入ると、すぐに男がやって来た。
「これは旦那様。私は店主のアランと申します。以後お見知りおきを」
店主のアラン!!!!
やべえ俺のクランに同じ名前の奴いるわ。
あいつよりにもよって奴隷商人と同じ名前かよ。おかげで珍しく1発で名前覚えたわ。
俺の幼馴染の1人と同じ名であるアランと名乗った男は、160cmぐらいという男としては低い身長に、よく肥えた体を持つ40代ぐらいの中年だった。
店の中なのに帽子を被っているのが珍しい。ハゲなのかな。
「失礼ですが、名前をお伺いしても?」
「ああ、ハネットだ」
「ハネット様でございますね。今日はどういった奴隷をお求めでしょう?」
そう尋ねたアランの目は、俺の顔色を窺うフリをしてさりげなく身なりを観察し、そして目が合わない程度に隣のニーナに流れた。
恐らくは、ニーナとどういう関係なのかを邪推しているのだろう。
残念だが俺はそういうのは見逃さないんだ。
「そうだな、実は奴隷を買うのは初めてだ。まず最初に、落ち着ける場所でゆっくり話を聞きたい」
俺はそう言ってポケットに手を突っ込み、こちらの金貨を1枚アランの手に握らせた。手間賃という奴だ。
アランはその金貨を見る事もなくサッと懐に仕舞うと、非常にニッコリとした笑顔で俺たちを別の部屋に案内した。
部屋に着くと、先程の貴金属店と同じくメイドがお茶を運んで来た。
しかし1つ違うのが、鉄製の首輪をしている点だ。
なるほど、これも
出て来たお茶は飲まない。毒への警戒だ。
実はさっきの貴金属店でも口を着けてない。
商売相手は対等であると俺は思っているが、相手までそう思っているなんて夢は見ない。
俺からは誠意を見せても、相手は誠意を見せないと思って生きている。
それにこのアランという男には警戒しておいた方が良い。
なんとなく勘だ。でも多分95%ぐらいで当たる。
まあ俺は光魔法使いなので、毒を盛られても無効化できるんだけどな。
だがそこで油断するようじゃ俺じゃない。
ニーナも俺が口を着けない限り飲まないみたいなので、大丈夫だろう。弟子の鑑だ。
「さて。では奴隷についてという事でしたが、ハネット様は奴隷についてはどこまでお知りでしょうか?」
「何一つとして知らん。ごくごく一般的な常識の段階から頼む」
「そうですか……。ではご説明させて頂きます」
この王国における奴隷とは。
国の法律によって見捨てられた
人間として扱われぬ物、物や道具として扱われる物。
入手経路は言えないとアランは言うが、まああの盗賊達みたいなのから仕入れる事もあるせいなんだろう。
生殺与奪の権利は所有者に有り、文字通り何をしても良いらしい。
やっぱり碌でもないタイプの奴隷だ。それを平気で買おうという俺も碌でもないが。
その形態の為、大きな用途がある女の方が値が高く、男は安い。
安いとは言っても、奴隷自体が様々な商品の中でも最上位の価格帯らしい。
道理で盗賊は元気に襲うし、この男はよく肥えている訳だ。
ちなみに最も高いのは美しい女で処女らしい。経験が無いのは病気の有無を保障する上で重要なのだそうだ。
ただし例外的にそれより高いのが、他種族の奴隷。
例えばニーナのようなハーフドワーフや、エルフなどだ。
まず人間以外は単純に人口が少ない事と、長命で美貌や働き盛りが長く続くかららしい。
他種族はヒト族よりも長命なのか。
それじゃあニーナも長生きするんだろうか?
アランは最後に「もちろん性格も値を左右しますよ」と説明を締めくくった。
隣のニーナは無表情を貫いていたが、内心ではどう思っているか分からない。
「なるほど」
「このゼルムスは王国内でも有数の大都市でございます。そして当店はそのゼルムスで唯一の奴隷商館でして、規模と品揃えには確かな自信がございます。必ずやハネット様のお気に召す商品が見つかる事でしょう」
「そうか。ではどんなのがいるのか、見せて貰っていいか?」
「ご希望があれば条件を絞れますが?」
「いや、今ここにいる分は、全員見たい」
俺の言葉にアランは俺ではなくニーナの方をチラリと見た。
恐らく、俺とニーナが夫婦だったら条件を絞ってくる筈だと思っていたんだろう。
嫁さんの目の前で堂々と性奴隷買う訳がないからな。
だが俺は全員見たいと言った。
アランからすれば、俺達2人の関係も、今回の目的も、分かり辛いだろう。
まあ全員見せて貰うこと自体は大丈夫な筈だ。手間賃もやったしな。
「畏まりました。それではすぐに準備致しますので、少々お時間を」
アランが出て行き、蝋燭だけが頼りな窓の無い部屋にニーナと2人きりにされる。
「師匠、本当に買うんですか?」
「ああ」
「……そうですか」
「あのな、ニーナ。1つ言っておくぞ。俺は別に性奴隷が欲しい訳じゃない。あの集落の住人にするつもりなんだ」
「え?」
「俺が助けなかったら、あの村がどうなっていたかは分かるだろう? つまり、奴隷になっている奴は、家族や故郷を失っている可能性が高い。なら新しい故郷を与えてやろうという俺の誘いに簡単に乗る筈だ」
「な、なるほど」
「お前、俺が性奴隷買いに来たと思って疑ってなかっただろ」
「い、いえ、そんなことはっ」
そうしてポンコツ賢者と雑談しながらアランを待った。
「そもそも師匠、どうして集落を作りたいんですか?」
「暇だから」
「…………」
その辺りでドアがノックされた。
「ハネット様、準備が整いました。さあこちらへ」
アランに連れられ、一際大きな扉の前にやってきた。
屈強な2人の男がアランに言われて扉を開ける。そんなに重いのか。
中に入った瞬間、大量の視線に晒された。
30人を超す奴隷たちだ。
まあついさっき、軽く100人ぐらいのギャラリーに囲まれた俺には痛くも痒くもないな。
「こちらが当店に現在いる奴隷の、全てでございます」
比率的には女の方が圧倒的に多い。
あの村の時もそうだが、市場に出るのは女の方が多いらしいな。
奴隷達は半分ぐらいが裸だった。
これはマジで目のやり場に困る。ニーナも地面を見ていた。
(はあ、俺は仕方ないか)
2人して目を逸らしてしまうと話が進まない。開き直って堂々と見る事にした。
まあ女と違って男は異性の裸体を見る機会なんていくらでもあるしな。色々と。
俺はリアルでは絵を描くので、そういう意味でもヌードは見慣れている。
奴隷達はみんな、不安の混じった瞳で俺を見ていた。
なんだろう、全員集めさせたから変な奴だと思われたのかな。
観察すると、服を着てない奴隷は薄汚く、服を着ている奴隷は割と綺麗で、しかも美人が多かった。
ちなみに服と言っても「1枚の布で作りました」と言わんばかりの簡素な物だ。
1人だけメイド服なのは、さっきのメイド奴隷か。
「服を着ているのと着てないのの違いは何だ?」
「はい。簡単にご説明するならば、値段でございます。出来が良い奴隷は必然的に貴族様などに買われるので、商品として見栄えが良いようにしてあります。出来が悪い奴隷の方は、値段が安いので逆に好まれて買われる方も多いです」
なるほど。貴族に売る商品として、見栄えが良いようにと綺麗にするのは納得だ。
それだけだと、値段が安いとなぜ服も無く汚さも放置なのかという点が残るが、これは彼女らを実際見れば意味が分かる。
服を着てない方は、明らかに生命力が無い。
はっきり言って、いつ死んでもおかしくないだろう。
長い奴隷生活のせいなのか、生きる希望が無いからなのかは分からない。
だがどうせ長く持たないのなら、手間と金をかけたりはしないだろう。
この人数に最低限飯を食わせるだけでも、金がかかるのだ。
なんならこれ以上衰弱したら
「ふむ……」
癖で1人1人のこちらを見る表情を観察していると、ある1人の服付き奴隷の前で視線が釘付けになった。
金髪。
ほっそりした体。
そして、長い耳。
エルフだ!!!!!!!!!
エルフだッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
エルフだろあれ!!!!!!!!!!
「おいっ。あの耳が長いのは……」
「はい、エルフでございます。数年に1度の、かなりのお値打ちものでございますよ」
やはりエルフかァッ!!!!!!
エルフ娘は自分を凝視する俺の視線から逃れたいのか、体を縮込ませてモジモジしている。
身長は160cmかもうちょい上ぐらいだろうか。
実年齢はともかく、見た目の年齢は20歳前後に見える。
ニーナほどではないが背中ぐらいまでの長い金髪に、そこから横に飛び出した10cm強ぐらいの長い耳。
肌は白く、瞳は空のような綺麗な水色。
まさに美少女。というか美。
そしてエルフらしく全体的にほっそりした体。
服の下に隠れた胸も当然、貧乳の部類だ。
そここそが最強の属性かもしれない。
俺は数少ない貧乳派なのだ。
大きいのもそりゃ男だから好きだけどさ。どっちかを取れと言われたら俺は貧乳を選ぶね。
「エルフか。さっきの話だと相当高いんだろ?」
「はい。しかもこれにつきましては、見た目も美しくエルフの中では若い上に、性格も悪くございません。おまけに生娘でもあります。間違いなく当店でも過去最高額の奴隷でございます」
「へえ。正直言っていくらだ?」
「はい。……金貨百枚、ちょうどです」
「ひゃく!?」
隣でずっと地面を見て黙り込んでいた筈のニーナが、驚きの声を上げた。
金貨百枚ってそんな大金なのか。
じゃあもしかしたら、さっきの貴金属店の金は全部掻っ攫ってしまったのかもしれないな。
まあ俺の金貨ですぐにでも利益が出るだろ。言ってしまえば純金だからな。
「流石にまず用意できる金額ではありませんからね。近々上位貴族のお屋敷にでも売り込みに行こうかと……」
「買った」
「……は、い?」
「あのエルフ、金貨100枚で今買った」
俺はアイテムボックスから例の小袋の使ってない2つを取り出し、アランの両手に渡した。
その瞬間、部屋にいた人間達がざわっとした、
何も無い場所から物を出すという手品と、その手の中の金貨の重さにアランは目を白黒させている。おっと珍しい。
「あ、…………あ、あの、中を確かめさせて頂いても?」
「ああ。1袋50枚ずつで、ちょうど金貨百枚入ってる筈だ」
俺はその言葉を聞いて、アイテム作成で椅子を作って座った。当然ニーナの分もだ。
金貨百枚の数を数え、おまけに貴金属屋の店主よろしく鑑定までされたら、結構時間がかかるだろう。
何も無い場所に再び物を出現させた俺に、またもや周囲がざわつく。
「は、ハネット様は、やはり魔法使いであられるのですか?」
「最近は大魔法使いとか言われる事が多いな。いや、いいからさっさと数を数えてこいよ」
「あ、は、はい。すぐに」
アランは麻袋を持って部屋から出て行った。この部屋では勘定を行わないらしい。
さて、これで枚数が足りないとか言い出したら、アランか貴金属屋の店主かどっちかが死ぬな。
「……師匠。即決でしたね?」
「俺の故郷ではエルフってのはちょっと特殊な存在でな。お伽噺にしか出てこないんだよ」
「そうなんですか? 嘘じゃないですよね?」
本当だよ。なんだよ。
扉係り(もしかして護衛?)2人を含めて全員が俺達に視線を向ける中、しばらくしたらアランが帰って来た。
思ったより早かったな。
「金貨百枚、確かにお受け取りしました。おい、ティア。さあ、ご主人様にご挨拶を」
ちょろまかしたりはしなかったか。
意外と真面目な奴なのか、俺の性格を見抜いたのか知らんが、まあ命拾いしたな。
アランに呼ばれたエルフ娘が、おずおずと近寄ってきた。
「あ、ありがとうございます。ティアです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「今日は本当にありがとうございました。ハネット様との……」
「待て。まだだ」
「は?」
おお、やはりアランから素の顔を引き出せると楽しいな。
「他の奴隷も全員買う」
「はぁ!!?」
アランだけでなく奴隷達からも驚きの声が聞こえてきた。
遠くの扉番達も「えーっ!?」っと小声で言っているのが聞こえてくる。
つーか隣のニーナも言っていた。俺以外全員じゃねーか。
「あ、あの……」
「全員でいくらぐらいになる?」
「え? あ、は、はぁ。あっ、少々お待ちを!」
アランはまた部屋を出て行った。
多分そろばん的な何かで計算しに行くんだろう。あるか知らんが。
「ああそうだ。……ティア?も座る?」
隣で立ち尽くしていたティア(なんとか名前を思い出せた)にも椅子を出してやった。
「は、はい! し、失礼しますっ」
「つーかニーナ、お前には言ってあっただろ? 住人にするって」
「い、いえ、そうですが。まさか奴隷商館に出向いてそこにいる奴隷を全員買うなんて事が、実際に目の前で起こるとは思わなくて……」
セレブが服屋で「全部ちょうだい」って言うのと同じ感じか。
確かに俺も現実だと、生涯で1度でもお目にかかれる気がせんな。
「あ、そうだ」
服屋で思い出した。もう完全に開き直ってたから忘れてた。
俺は椅子から不意に立ち上がると、奴隷達に歩み寄った。
扉番達はやはり取引中の用心棒なのだろう。俺のその動きに反応して、慌てたように走り寄って来た。
「こ、困ります、お客様。店主のいぬ間に勝手な事をされては……」
「退け」
俺が一喝したら、男2人は顔を青ざめさせて硬直した。
つーかお前ら、扉の前から離れたらアランが入られへんのとちゃうか?
2つの仕事を両方とも果たさなくなった男達を尻目に、俺は服を着てない方の奴隷達に向かった。
大体もう買うっつってんだから、手に取るぐらいだったらいいだろ。
「ひっ……」
奴隷達は歩み寄る俺に怯えた。こんなんばっかだな。
つーか扉番2人もビビってたし、また殺気とやらが漏れていたのかもしれない。
俺は一番小さい女の子の前に立ち、アイテム作成で安物のマントを作るとその子に渡した。
「ほら、これでも羽織っておけ」
「……え?」
「早く」
「で、でも、そんな綺麗なのを……」
「早くしろっつってんだろうが殺すぞ」
「ひっ!?」
俺に同じ事を何回も言わせるな。割とすぐキレるぞ。
しかも俺はある理由で、実は子供があんまり好きじゃない。
女の子はそのマントを慌てて受け取り、裸体を隠すように羽織った。
「ほら、お前らも全員だ」
俺はマントをサイズを合わせて1枚1枚作り、次々に奴隷達に渡していった。
一応服を着ている方にも渡しておく。ぶっちゃけその服、横から全部見えてるからな。
最後に椅子に戻ってティアにも渡しておいた。
「あ、ありがとうございますっ」
「流石にその格好で、町中連れ回す訳にもいかんだろ」
「助かります、師匠」
ニーナはやっと目線が上げられるようになったらしい。
俺が椅子に座ったのを見て、扉番2人もおずおずと扉に戻った。
直後にアランが帰って来る。
部屋に入ったら奴隷達が服を着ていたので驚いたようだったが、すぐに元の冷静な顔に戻った。
多分俺と同じ結論に至ったのだろう。買うならいいか、と。
「ハネット様、ティアを除いたここにいる奴隷全員で、しめて金貨71枚になります」
おもっくそ予算オーバーだ。
「すまん、予算が残り47枚しか無いんだ。残りは純金で物々交換じゃ駄目か?」
「純金、でございますか?」
俺はボックスからいつもの金貨を出した。
「おお……これは……」
「一般的な金貨より大きいが、特別に普通の金貨1枚として交換してやるぞ?」
「!! 少々お待ちを」
待ってばっかりだな。
もうしばらく待ってアランが帰って来る。
「確かに、金貨71枚お受け取り致しました。こちらはお釣りになります」
「はいよ。じゃあもうこの奴隷達は俺の物って事で良いんだよな?」
「もちろんでございます。ハネット様にはご贔屓にしていただき、誠に感謝の念に堪えませんです、はい」
「そうか。じゃあもう帰って大丈夫か?」
「はい。ご住所をお教え頂ければ、後日こちらの方から馬車で送りますが? もちろん無料でございますよ」
「いや、全員このまま連れて帰ろう」
「……そうですか? ハネット様は、お近くにお住みになられているのでしょうか」
「魔法で距離をどうとでも出来るだけだ」
「…………そうですか。それはそれは」
多分意味分かってないな。
「それじゃあ失礼させて貰おうか」
「はい。もしよろしければ、これからも是非当店をご利用ください。ハネット様のお越しならば、いつでも、大歓迎させて頂きます」
「ああ。その時も全員をこの部屋に集めてくれ」
俺の冗談にアランはニヤっと笑いを浮かべた。
「さあお前達。まず最初に魔法で体を癒すぞ」
「え……」
「範囲拡大化Ⅱ。『ヒール』」
俺の右手から黄色い魔法陣が一瞬現れ、淡い光が奴隷達を包む。
「えっ? えっ?」
「なんだ!?」
奴隷達は自分の体にかけられた魔法に怖がっていたようだが、体の調子が良くなるのが分かったのか、徐々に騒がなくなった。
「す、凄い……鞭打ちの傷が全部治ってる……」
「え? 嘘?」
「ほ、本当だ……!」
奴隷達はマントをめくり合い、お互いの体を見たことでその効果を確認していた。
鞭打ちの痕があったのか。背中側みたいだから気付かなかったな。
裸だった死にかけみたいな奴等も、これで少しぐらい元気になった筈だ。目は相変わらず死んでいるが。
「……ハネット様は、優れた光の魔法使いであられるのですね」
「テメーまだいたのかよ」
「ハネット様、ここはまだ私の店の中ですよ」
アランはもうすっかり調子を取り戻したようだ。面白くない。
何度も礼の挨拶をしてくるアランを無視し、奴隷達を連れて店から出た。
30人以上の大団体だ。
道行く人々が、大量に奴隷が出てくるのを見て驚いている。もう視線は慣れたもんだ。
「西門までちょっと歩くぞ。遅れて迷子にならないようにな」
奴隷達をズラズラ引き連れて西門に向かった。
あのスリのガキの件だ。
西門が遠目から見えるぐらいまで来ると、その前に子供が何人かいるのを見つけた。
ズームで見てみたが、その中にはあのガキもいた。
「おい。お前らが俺について来る子供達か?」
俺が声をかけると、「なんか凄いのに話しかけられた!」みたいな顔した子供達が寄って来た。
あのガキは一番最後にやって来る。
あからさまに俺のことを怖がっている。まあマジで殺すつもりだったからな。つーかよく来れたな。
「ほ、本当に、お仕事と住む場所をくれるんですか?」
一番前にいた女の子(?)が話かけてきた。
「ああ。お前たちが真面目に仕事をするのなら追い出したりはしない。それで、お前達の方がもしも出て行きたくなった時は、それまでの給金で出て行けばいいさ」
「わ、私ついて行きます!」
「私も!」
「俺も!」
「そうか。じゃあこの後ろの奴等と一緒に、俺について来い」
「あの、その後ろの人達は?」
「今奴隷商館で買ってきた奴隷だ。こいつらも奴隷としてではなく、正式な集落の住民になって貰うつもりだ」
俺の言葉に、ニーナを除く全員がざわっとした。
子供達は奴隷をこの人数買ったという発言から、俺の富豪ぶりに驚愕して。
そして奴隷達は、自分が奴隷として扱われないという発言への驚愕だろう。
驚いている後ろのメンバーを振り返って、ふと気付いた。全員裸足だ。
「そうか、お前達は靴も無いのか」
「え、えっと、はい」
ティアが答えた。
最初に俺に買われたからか、奴隷達のリーダーみたいな感じにさせられているらしい。
一番奴隷とかそういう概念があるのかもしれない。
「気付かなかった。ちょっと待ってろ」
俺はまたもやアイテム作成でサンダルを量産した。
今合流した子供達は、その光景に凄い凄いとワイワイ騒いでいる。
俺子供って嫌いなんだけどなぁ……。
「さあ皆履け」
「あの、本当に良いのでしょうか……?」
「良いに決まってんだろ。何の為に出したんだよ」
「皆さん大丈夫ですよ。さあ履いて下さい」
ニーナが優しく後押しして、奴隷達はやっとサンダルを履き始めた。
ナイスフォローだ我が弟子よ。
「さて、それじゃあ帰るか。範囲拡大化Ⅱ。『テレポート』」
にしてもこの半日で、随分と仲間が増えたもんだ。
ま、