10 師弟の初日
2016.6.9
ちょっと長いです。
お茶会を終え、途中だった家の制作をニーナに見せてやりながら進めた。
俺の指先から複雑な金細工の模様が壁に刻まれていくのを、ニーナは面白そうに眺めていた。
「さて、ちょっとお前の家の方に行こう」
俺達はニーナの家に移動し、台所に入った。
拠点作成から、かなり旧型のコンロや冷蔵庫、その他鍋などの調理器具を出していく。
「さて、まずこれだが、この出っ張りを奥に押し込むと……」
俺はニーナに手元を見せながら、コンロのスイッチを押した。
点火された炎を見て、ニーナが興味深そうに目を細める。
「なるほど……火を炊く道具なのですね」
「そういうことだ。この小さいツマミを左右に動かすと、火の量を調節できる」
「これは素晴らしく便利ですね」
「それだけじゃないぞ、こっちの大きな箱を見てみろ」
俺は冷蔵庫の蓋を開けて、その中に手を入れてみせた。ニーナにも真似させる。
「おお……これは……」
「食料を保存するための箱だ。電気を冷気に変換して出し続けている。上の小さい方はもっと強力で、物を凍らせる所まで行く。水を入れとけば氷も作れるぞ」
俺はそう説明しながらアイテムボックスから食材を取り出し、冷蔵庫に入れていった。ちゃんとそれぞれの食材がどんな物なのかも説明してやる。
「お前は甘い物が好きみたいだから、これは俺からの贈り物だ。夜にでも袋を破って食べてみろ」
冷凍庫の方にアイスバーを入れてやる。
複数入れると一気に全部食べてしまい、お腹を壊したりしそうなので1本だけだ。
この世界では砂糖が貴重品らしい。人に与える影響は麻薬のような物だろうし、扱いには気を付けなければ。
「? ……ありがとうございます」
「あ、でもそういえば今って寒いんだったな」
俺は寒さを感じないので忘れていた。
気温を見たら17度。アイス食うにはちょっと寒いか。
「ニーナ、お前はどこの部屋を使おうと思ってる?」
「はい。こっちです」
ニーナに連れて来られた部屋に、拠点作成からエアコンを設置してやった。
リモコンを失くしたりするかもしれないので、操作ボタンを壁に埋め込んでおく。
「このスイッチを押すと、この上の箱から暖かい空気が出てきて部屋を暖める。さっきの箱と逆だな」
「なるほど。ありがとうございます、師匠」
「寒さで体を壊さないようにな」
「は、はい……」
なぜかニーナが顔を赤くした。なんだろう。なんか変なこと言ったかな?
「……そんで、さっき最後に箱に入れた食べ物は、美味いが体を冷やすから、食べる時はこの部屋で温まりながら食べること」
「はい。分かりました」
ついでにベッドも新しく出してやった。今度は売却する予定も無いので、木製のちゃんとした作りの物だ。
机と椅子も用意しておき、引き出しには紙とボールペン、それとハサミなどのいくつかの文房具も入れておく。
文房具は電化製品と違って見た目でどう使うかは分かるだろうし、ボールペンも今朝数字を教える時に見ているので、大丈夫だろう。
「まあこんなもんかな。これで生活できるよな?」
「はい、大丈夫だと思います」
「じゃあ次は、村までの道を作るかな。お前はどうする?」
「当然、ついて行きます」
「そうか。じゃあ行こう」
俺はニーナを連れて中央広場まで来た。
まず最初に、×印の上に拠点を守るための結界を設置する。
見た目は数メートルの巨大な魔法鉱石を核にしたモニュメント。
これを設置すれば、侵入してくる敵性オブジェクトからモンスターを弾ける。
ようするに魔物避けの結界だ。
モニュメントを中心にして、100m×100mの正方形に石のレンガを埋めていく。
地面から半分ほど飛び出たレンガの線が、広場の形を浮き上がらせた。
「こんな感じで村までレンガを埋めていき、途中からは整地も進めていこう」
「……あ、は、はい。あっ、整地の方ならお手伝いできますが?」
ぽかんとした顔でモニュメントを見ていたニーナだったが、声をかけると意識を取り戻した。
まあ数mもある巨大クリスタルの石碑だからな。綺麗だよな。
いずれこの拠点の観光名所になるかもしれない。
「いや、お前はこの後、俺との修行があるからな。今は魔力を温存しておけ」
「かしこまりました」
本当は足手纏いなだけだが、なんとなく気を遣ってしまった。
こいつといるとキャラが崩壊していく気がする。サイコ野郎とか言われてるのが嘘みたいだ。
フローティングで低空飛行しながら真っ直ぐ村を目指した。
道の幅は余裕たっぷりに8m。
まだ見てないが、この世界に馬車とかがあってもすれ違えるだろう。多分。
20分ぐらいして村の農道前に着いた。
一応農道から100mぐらいは整地だけしてレンガは埋めずにおく。畑を拡張したりするかもしれないしな。
新拠点まで引き返して、今度は東側に道を伸ばしていく。
どこに行くかって?
そう、畑さ!!
そういえば、もう3日も畑を耕してない。
俺は畑を耕してないと手が震えるんだ……。
中央広場から東に100mぐらい。
ここから先は、後々ぜーんぶ畑になるのだ。
まずは押し固められた大地を整地スキルで一気に耕す。
山を消す前のスキャンで土質は解析済みだ。まあ作物はスキルで育てるし、手を加える必要は無いが。
道から向かって右、十字路で4つに分かれた区画の南東のブロックに、100m×50mぐらいの長方形の畑を作っていく。
それを計8枚。それぞれの間には農道も作る。当然畑は畝の形も作ってある。
これらの作業を同時に3秒で終わらせる。
惑星をいくつも畑に変えてきた俺には、赤子の手を捻るような物だ。
本当はもっと大規模に作りたいが、一応RPGとして遊んでいる身でもあるので、最初は小規模に始めて徐々に大きくして行こう。
ちなみにニーナには今回一切の事前説明をしてない。だって畑耕す時間がもったいないだろ。
「あの、師匠? 師匠はさっきの、植物の成長を早める魔法が使えるのですよね? 今は私達しかいないのですが、これほどの畑は何に使うのですか?」
「…………」
「……師匠?」
今忙しいからあっちで遊んできなさい。俺は今、何を植えるか考えるので忙しいんだ。
さーて、8つの面でそれぞれ何を育てようか。
ポーションの材料となる無色草か、それとも食材としてそれぞれ野菜でも育てるか?
……いや、やはり最初の収穫は小麦であるべきだろう。
俺がこのゲームを始めてから一番収穫した作物だ。
つまり農場王のシンボル。そして豊穣のシンボルでもあるしな。
俺は耕作スキルでハネットファームから持ってきてあった小麦の種を一気に撒いた。
8枚全てにだ。まあそれでも5百分の一ぐらいしか減らないけどな。フハハ。
俺が演出過剰に両手をバサァっ!っと振り上げると、一斉に畑から小麦が伸びた。
物凄いスピードで成長する小麦は一瞬で黄金色に色づき、その実の重さで
5秒。俺がスキルを使って小麦の種を撒いてから、収穫できるようになるまでの平均的な時間だ。
「どうだ、美しいだろう?」
「え? ……は、はい。そうですね?」
微妙な反応だった。
命を育む黄金の大地は、力強い生命の連鎖を感じさせる。
俺は花畑より断然上の光景だと思うのだが、ニーナには花畑の方が上であったらしい。破門にしようかな。
早速収穫スキルを使用して、最初の小麦を収穫する。
俺が腕を一振りすると小麦の実が一斉に落ち、8枚の畑の真ん中に出現した穴に向かって雪崩れ込む。
その姿はまるで、黄金の波だ。
「どうだ、美しいだろう?」
「はい。凄いですね」
「フフフ……」
「…………………………」
今度の光景には割と素直に感動しているらしい。しょうがねーなぁ、破門は無しにしてやるか!
全ての小麦が回収され穴が閉じたのを確認し、アイテムボックスをウィンドウ表示する。
ボックス内のアイテムを新着順に並べ替えると、今収穫したばかりの小麦達が8マス分ほど並んでいた。
1マスのアイテムストック限界が99個。
小麦については1粒1個ではなく、グラムで量られ一定量ごとに1個としてカウントされている。
そして100m×50mの畑は、収穫した時に小麦がほぼ1マス分になる広さなのだ。これは俺が独自に発見した。
それを8枚分収穫したので、8マスになっているわけだ。
こうやって素材アイテムを大量に収穫、そしてその収穫したアイテムの正確な数を確認するのが俺のこのゲームでの一番の趣味だ。
そして数日に1度、作物収穫ランキングを見て「今日も上がっとるわい」とほくそ笑む。
ちなみに作物収穫ランキングはプレイ人口が数億人いる中で一千位以内にまで入っている。
多分俺より上の奴の9割がチーターだろう。逆に何百人かはチーターすらも追い抜いているのだが。
「ふー……。ちょっとテンションが上がり過ぎたな」
「…………」
もう一度小麦を撒いて、成長しきった所で放置しておく。これで家から畑の方を見たら、いつでも良い気分になれるだろう?
(拠点作成。『ガーディアン・ゴーレム5』)
俺の目の前に2mぐらいの動く像、通称『ゴーレム』が現れる。
今回は制限時間付きの召喚魔法ではなく、拠点作成で作れる制限時間無しの代わりに拠点防衛しか出来ないタイプだ。
このガーディアン・ゴーレムの5番は、ゴーレムの中では割と細身で足が速く、遠距離攻撃も持っているので、畑の守護に最適なのだ。
前に実験したが、鳥とかの襲撃からも守ってくれる。
「あの、師匠。それはゴーレムでしょうか?」
「ああ、この畑を守ってくれるゴーレムだ。ゴーレムは分かるのか?」
「一応私も時間をかければ作れます。このゴーレムほど強そうな物は作れませんが」
「そうか。とりあえずこいつはこの畑の守護をして貰う。俺に敵意さえ持ってなければ、作物に手を着けても襲われないから安心してくれ」
ガーディアン・ゴーレムは拠点の設定範囲内に敵性オブジェクトが侵入・発生すると問答無用で攻撃に移る。
逆に言えば、中立オブジェクトと味方オブジェクトは敵対行為以外なら何をしても攻撃されない。
「とりあえず畑1枚につき1体ずつ付けとくかな」
もう7体のゴーレムを作成し、8体全てに指示を出して行動させた。
彼らは割り振られた畑の周囲を、グルグルと巡回し続けて貰う。
「師匠はゴーレムの作成まで桁違いなのですね」
「どういう意味だ?」
「普通はゴーレムは、異なる魔法の適性を持つ魔法使い数人が、半年から1年の長い時間をかけて作り上げる物です。私は光と闇以外の全ての魔法が使えるので1人でも出来ますが、師匠のように気軽に生み出すことは出来ません」
「なるほど……そうなのか」
現地ではゴーレムは貴重品らしい。
俺らなんか召喚魔法で毎回大量に使うけどなぁ。
「にしても、ニーナも凄い? じゃないか」
「私も師匠と出会うまでは、自分のことをそう思っていました」
そう言ってニーナは自嘲気味に苦笑した。
「……なんかすまんな」
「いえ。師匠と出会えたのは、私にとって幸運ですので」
柔らかく微笑むニーナの表情に憂いは無い。……まあ命の恩人だしな。
なんか知らんが、ちょっと師匠風を吹かせてやりたくなった。元々そういう約束だったしちょうどいい。
「……そうか。じゃあニーナ。その期待に応え、そろそろ修行を始めるとしよう」
「―――っ! はい! よろしくお願いします!」
「それじゃあとりあえず南の広い方に行こう」
俺達は中央広場からたっぷり700mは離れた場所に来た。
整地した範囲のギリギリだ。まあ整地はしてなくても平原なので構いはしない。
「さて。どっかで説明した気がするが、まずはお前の実力を調べさせて貰う。俺に攻撃魔法をかけまくれ」
「え? いえ、わざわざ師匠にかける必要は無いのでは?」
「俺は光魔法の使い手だ。それも相当それに特化している。当然戦い方は防戦が主体で、攻められて初めてお前を他の魔法使い達と比較できる。俺から最も最適な助言を与える為には、この方法が一番だ」
「な、なるほど、ですが……」
「お前程度の雑魚の攻撃じゃ、俺にかすり傷1つ負わせることはできないと言っているんだ。さっさとやれよ」
「………!」
「なんならお前の最強の魔法を放ってみろ。どうせこのローブに汚れ1つ付けられんがな」
安い挑発だ。
頭の良いニーナのことだ。俺のあからさまな態度で、逆に分かってくれる筈。
「…………分かりました、師匠。覚悟が足りなかったようです」
そう言ってニーナは怒りではなく、真剣味のみを込めた表情で杖を構えた。やはり分かってくれたらしい。
恐らく俺と彼女のレベル差は千以上はあるだろう。
今お前の前に立っているのは―――絶対的、強者。
俺との修行は戦うための修行であって、お遊びではない。
実戦だと思って、殺すつもりで来い。
死にもの狂いで力を絞れ。
……そうでなければ。
(死ぬのは、お前だ)
まあ、ここが戦場ならば、な。
「―――では、行きますッ!!」
まだ甘いな。俺だったら無言で不意打ちかますぞ。
(効果最延長化。『セイクリッドコート』)
わざわざ攻撃する前に声をかけてくれたので、俺は準最強クラスの防御魔法をバレないよう無詠唱でしれ~っと使った。
「
彼女は杖から赤い魔法陣を発生させて、直径5mぐらいの燃え盛る火球を生み出した。
ファイアーボールか。そこそこでかいな。ニーナはレベル50ぐらいだろうか?
俺はその場から1mmも動かず、そのファイアーボールを正面から受ける。
俺の体にぶつかって大爆発を起こした火球は、半径10mにも渡って周囲の大地を焼き尽くしていく。
「…………っ」
「おい、手を休めるな」
「!!」
固唾を飲んで炎を見つめていた彼女は、その中から平然と話しかけた俺に、今度は息を飲むことになった。
俺の方はこの1発でニーナが敵性オブジェクトとして認識されたので、ウィンドウから彼女のレベルを覗いている所だ。
中立オブジェクトは名前しか表示されない。
レベルを見たければ、パーティーに入れて味方にするか、敵になってもらうかだ。
●ニーナ・クラリカ Lv.42
ニーナはレベル42か。
よくそのレベルで盗賊達に負けたな。あいつら10以下だっただろ。
やはり戦場での油断は命取りですなぁ。
俺は可燃物が存在しないため早々に鎮火しつつある炎を眺めた。
下を見ると、ニーナのファイアーボールの火力により大地が真っ黒に焦げている。
(……これだったらセイクリッドコートは使わなくても良かったな。一応念のためにと掛けといたんだが)
俺はこの馬鹿みたいにMP消費が激しいことで知られる魔法をさっさと切った。
効果は絶大だが、俺のようにMP特化にでもしてない限り、まともな使い物にならない代物だ。
「くっ!
残り火を纏って佇む俺に向かい、地面から10mを超えようかという岩の槍が何本も突き出して来た。
1本1本の太さが最低でも幅1mはある。土の範囲攻撃魔法だ。
クジラの如き巨大な岩槍は瞬きほどの間に俺に突き立ち、その体を粉々に……そこまで行かなくても、後方に大きく弾き飛ばす。
…………なんてことには、なりはしない。
岩槍は俺の体に触れた端から、俺の圧倒的堅牢さに受け止められ停止し、更に後ろから続く自身の運動エネルギーとに挟まれたことで半ばから粉々に砕けていく。
「!? デ、
今度は風魔法か。
俺を中心にして半径5m強ぐらいの大地が、砲弾でも喰らったみたいにズタズタに切り刻まれる。
いや、大地だけではなく、ドーム状の範囲内には風の刃が乱れ飛び、人間の体どころか城壁だろうが引き裂くほどの破壊の渦と化しているのだ。
まあ俺には痛くも痒くもないが。
いわゆる『0ダメージ0ダメージ0ダメージ……』というやつだ。
はっきり言って、レベル差が有り過ぎて魔法を使うまでもない。
素の魔法防御力で無効化できてしまう程度の威力だ。
まあそもそもが魔法使いと魔法使いは相性が悪いからな。
魔法使いは魔法攻撃力が高いが、それを防ぐ魔法防御力も高い。
必然、魔法使い同士の撃ち合いというのは地味な削り合いになるのだ。
そこにレベル差まで入れば、俺の圧倒的魔法防御力にニーナは為す術もないだろう。
「と、いう訳だ。光魔法を使うまでもない」
本当は最初だけ使ってたけどな。
「……感服しました。私ごときの魔法では、師匠に届きさえしないのですね」
「まあな。にしてもお前、昨日はよくあんな雑魚共に負けたな?」
「っ……も、申し訳ありません。あれは完全に慢心しました」
「ふむ…………そうだな……、お前は、この大陸でどのぐらいの強さに位置している?」
「師匠と比べると塵芥の部類ですが、師匠を除いてならば、一応大陸最上位だと思います」
なるほど。42レベでも最強クラスな感じなのか。
まあプレイヤーでも初心者脱出寸前ぐらいだしな。NPCなら妥当な所か。
……にしても変だよなぁ。
42レベと10レベ以下って差があったら、今の俺みたいに相手の攻撃を無効化しててもおかしくない筈なんだが……。
こいつただの鉄かなんかの剣で、怪我してたよな。
これも『オリジナル』ってやつかもしれない。
プレイヤーとは、なんかダメージ計算の法則とかが違うのかも。
「そうか。それで慢心した訳だ」
「……はい。お恥ずかしい限りです。まさに井の中の蛙でした」
あれ、井の中の蛙ってのは翻訳されたな。
多分こっちの同じ意味のことわざが、俺に分かるように翻訳されたんだろうけど。
これまで喋り方に気を付けてたんだが、翻訳レベル75%って俺が思ってるより色々翻訳してくれるのか?
言い回しを考えなくてよくなるならぶっちゃけ楽だが、それはそれでRPGとしてどうだろう。
まあ口調は変えずにことわざとか単語だけ使わせて貰うか。
「そうだな。……それじゃあ、お前に今後の修行の方向性を伝える」
俺のその言葉に、ニーナはサッと居住まいを正した。
「お前には、
「はい! よろしくお願いします、師匠!」
弟子入りを志願しただけあって、やる気はあるらしい。
まあ慢心で死にかけた直後だ。最初の内ぐらいはそういう心境にもなろう。
いや、ニーナは俺と違ってよく出来た人間なので、最後まで真面目に頑張るかもしれんが。
「さっきの魔法は、デッドストームだけ威力が低かったな。あれは?」
「あ、私は土と火の魔法に長けているので、その差だと思います」
「あぁー、もしかしてあれか? 適性とかいう」
「はい。土と火の適性が高いのは、ドワーフの特徴です。師匠は光の魔法の適性が高いんですよね?」
「いや、俺は得意下手とかじゃなく、単純に光魔法が好きなだけだ。一応他の魔法も全部使える。土と水なんかは畑を耕すために割と使うな」
「………………」
おいお前ら。俺が畑の話をする度に残念な人を見る目になるな。俺の唯一の楽しみなんだぞ。
……まあそれは置いといて。
1レベ毎に1つ魔法を取得できるこのゲームで、俺はレベル1300だ。全魔法なんてとっくの昔に取得し終わっている。
覚えてても光以外はそんなに使わないが。
「そういえば、魔法はいくつぐらい覚えてる?」
「そうですね…………えっと、93ほどでしょうか」
え? もしかして今の一瞬で暗算したの?
俺は暗算苦手なので今度からニーナにやって貰おう。楽になるな。
ああいや、そうじゃねーわ。
(93だと? レベル42なのに?)
プレイヤーだったらシステム的に41個しか覚えられない。
どうやらこれも『オリジナル』っぽいな。
やはりNPCはシステムに縛られたレベル制ではなく、その地に生きるリアルな技術として無制限に覚えられるんだろう。
こりゃあ、俺の知らない魔法とかが出てくるのも時間の問題かもしれんな。
「ふむ……魔力はまだ残ってるか?」
「はい。今日はまだ1割ほどしか使ってません」
フローティングを数十分と範囲魔法3発で全体の1割か。
MP量も42レベの割には有る方だな。
無詠唱化を連発しなければ、相当粘れるだろう。
「よし。ではこのまま、最初の修行を始める」
「はい!」
「ここからは実戦形式だ。俺も受けるだけじゃなく、攻撃させて貰う」
言った瞬間、ニーナの顔からサーッと血の気が引いた。
いや、女の子に怪我させたりしないから。
「安心しろ。攻撃と言っても絶対に当てない。怪我しても治せるとかじゃなく、お前にはそもそも怪我をさせたりしないから」
「そ、そうですか。あ、いえ、私も覚悟は出来ています。どうぞ厳しくお願いします」
一瞬あからさまにホッとした様子を見せる彼女だったが、すぐに表情を引き締め決死の覚悟を表明してみせた。
でも、それは違う。
俺達魔法使いに必要なのは、火事に飛び込むことじゃなく、火事を遠くから消火することだ。
特に俺は、火事になるのを防いで回る所から始めるぐらいの慎重派でもある。
「勘違いするな。俺がお前に教えるのは死の淵での足掻き方ではなく、魔法使いの本懐でもある一方的な攻撃、つまり安全圏を守りながら戦う方法だ。そもそも怪我するような状況に陥らないように戦うんだ」
「―――なるほど。やはり師匠は優れた魔法使いです。この身の浅慮をお許し下さい」
「いや……まあとにかく、いくつかの戦いのパターンを教えるから、それを覚えていく感じだ」
「はい。よろしくお願いします」
うむ、「パターン」というのは伝わったな。
やはり意味さえ同じなら、どんな言い方をしても現地の言葉に翻訳されるらしい。ちょっと楽になるな。
「いいか、最初に言っておくが、常に距離を意識するんだ。無詠唱化を連発するのがキツいのは当たり前だ。なら普通に詠唱しても間に合うだけの距離を常に取り続けろ。まあ言われなくても分かってるだろうが」
プレイヤーのクズ共は9割方がすぐ敵に突っ込むからな。
まあ死んでもいいゲームなので当然だろうが、激しいバトルの方が人気が高い。
俺は残りの1割の方だ。
用意周到に罠を張り、自分に圧倒的に有利な地形で、残り9割の馬鹿な獲物を待ち構える。
防戦のプロといった所か。
ちなみに敵が来るまでの暇な時間は、味方の強化や回復をしたりのサポートで貢献している。
というかそっちが俺のメインの役割だ。
ほんと、最後方にいる俺の所まで敵を入れるなよクソ前衛共が。
あいつらは目が前にしか付いてねーのか? 俺を守る為に後頭部に目ん玉移植しろカス。
「いえ、昨日はそれで失敗しましたので。師匠のお言葉、肝に銘じます」
「じゃあ、そうだな。今回俺は、完全に手を抜く。空も飛ばないし、魔法無しで近接攻撃しかしない。魔法使いとしてではなく、戦士として練習台になる。俺が徒歩で距離を詰めて攻撃するまでの間、なるべく頑張って距離と時間を稼ぎ、俺に魔法を叩き込み続けろ」
「はい。では、よろしくお願いします!」
「ああ。とりあえずちょっと離れるぞ」
俺はニーナから20mぐらい離れて向き直った。
アイテム作成で50cmぐらいの鉄パイプを作って手に持つ。
「いいか! 今からこいつを空に投げる! 地面に落ちた瞬間から戦闘開始だ! さっきと同じで殺すつもりで来い!」
「はい!」
俺の言葉に、彼女はちゃんと杖を構えた。
さて、俺の方も少しながら真剣さを見せてやるか。
「………………」
「―――っ」
僅かに腰を低く構えた俺の様子に、遠くのニーナが緊張を更に強くしたのが分かった。
怪我の危険は無くとも、これは殺し合いの訓練なのだ。師匠がちゃんとそれを示してやるのが筋だろう。
まあ普段は相手に思考を読ませないよう、棒立ちで突っ立ってるだけなんだがな。
今回はニーナの訓練なので、『敵を見る』という技術を養わせる為、僅かに構えを見せてやった。
ただどうしても駆け引きの癖で、どう動き出すとも取れるであろう程度にしか出来ないが。
もう体に棒立ちが染みついているのだ。
俺は手に持っていた鉄パイプを真上に放り投げた。
2秒ぐらいして、重力に負けたパイプが落下を始めるだろう。
離れているニーナにはそれが見えているだろうが、俺はパイプには一切視線を向けない。
中が空洞のパイプにしたのは、落ちた時分かりやすく音が鳴るようにだ。
―――今はただ、ニーナの動向を凝視する。
表情、目線、構え、重心。
それらから与えられる情報により、『敵の人間性』をいくつか想定しておく。
まあこの場合、開幕の行動は後ろに下がるか攻撃してくるかしかないだろうな。
―――コォン!
「
ニーナは俺に言われた通り、真っ先にフローティングで宙に浮かび、後ろに後退し始めた。
それと同時、俺も既に足を踏み出している。
本気で走ると1秒以内に追いつきそうだったので、やる気の無い駆け足で徐々にその差が広がるぐらいの速度を維持する。
これはいわゆるチュートリアルだ。
今回は俺との訓練がどういう物かを分かってくれればいい。
難易度は回数を重ねる内、じわじわと上げて行けばいいだろう。
「
ニーナの周囲に1mぐらいのつららが10本近く現れた。
フワフワと宙に浮かぶそれは、俺にその切っ先を向けると散弾のように同時に飛んでくる。
(なんか久しぶりに見たな……)
最近とんと見てなかったその魔法を目で追い、自分に突っ込んできた分だけを右腕で払い除けた。
俺に命中せず背後に飛んで行ったつららが地面に突き刺さり、その勢いを殺しきれずに土砂と土煙を巻き上げる。
「くっ……!
俺のゲーム様々の動体視力が、自分の足元の大地が裂け始めるのを捉えた。
土の中位範囲魔法『ガイアラース』だ。1秒後には裂け目が10m単位で広がるだろう。
当然、フローティングを使わないと言った手前、裂け目が広がってダッサく落下することになる。
そうなる前にさっさと右側の地面を蹴って、左の大地に移動した。
そのままちょっとだけ本気の速度を出し、斜め左に大股で何歩か距離を取ってガイアラースから逃げ切った。
真横にではなく斜めに進んだので、当然彼我の距離の損失は最低限だ。
それにほんの一瞬遅れで、俺のさっきまでいた直線上に、巨大な裂け目が発生する。
いや、底に光が届かないほどの深さを誇っているそれは、もはや谷と言った方が正しいかもしれない。
「やはりこれもっ……!」
「なんだ、良い魔法持ってるじゃないか」
すっかり遠くになった彼女には聞こえていないだろうが、一応俺は今の魔法を褒めておいた。
多分『土の賢者』とか言われてる所以、いわゆる奥の手だったんだろう。ズームして見える顔が若干悔し気。
ただし規模は凄いが、所詮は「デカいだけの落とし穴」である仕様上、フローティングさえ使えれば誰でも無効化できる魔法だ。
だからさっきの撃ち込み試験では使わなかったのだろう。
惜しむらくは、こいつを開幕ぶち込むべきだったってことだな。
やはり彼女は駆け引きがあまり上手くない。状況の判断は早いのにな。
まあ元が良いので、これから経験を積ませれば伸びに伸びるだろう。
NPCなのでステータスの高さでは劣っても、戦い方さえ工夫できるなら『うぜえボス』ぐらいにはなる筈だ。
こうして魔法を10発ぐらい受けながら、近寄る速度を徐々に上げていった。
彼我の距離はもはや20m以下だ。
そろそろ終わりにしよう。
俺目掛けて背後から飛んできた岩の槍を、逆に踏み台にして加速した。
『敵』は慌てて後退を加速かせるが、もはやその全力のフローティングより俺の足の方が早い。
10mまで近付いた所で、暴風が体を横殴りにしてきたがそれを無視。
3mで無詠唱で大地がせり上がったが、それを横薙ぎの左腕で積み木を崩すが如く崩壊させ突破した。
「ひっ―――」
そのまま『敵』の左の首筋に、斜め上から右の手刀を振り下ろす。胴体真っ二つコース。
……もちろん寸止めだ。
『敵』はその手刀から少しでも逃れたかったのか、さっきまでフローティングで宙に浮かせていた体を、逆方向である大地に押さえつけている。
「はい、終わり~」
「……………………」
杖を持った両手を体の前で握り込み、ギュっと縮こまったまま、『ニーナ』はこちらを放心した顔で見上げた。
その前には俺の右手が差し出されている。元手刀だ。
しばらくそのまま呼吸を整えていたニーナは、やっとその手を握り返した。
「と、途中ぐらいから、本気で師匠に殺されると思っていました」
はて。
一応目の前の彼女をガチの敵だと思って挑んでいたのだが、それが態度に出てしまったということだろうか。
「怪我させないって言っただろ?」
まあ普段の俺だったら、そんな約束無視して殺してるけどさ。
「いえ……その、師匠の殺気が、凄くて……」
そう言うニーナの手は未だに若干震えている。
訓練中の俺が怖過ぎたということらしい。
「殺気かぁ……俺には殺気とか分からんなぁ。感じ取ったことが無い。武人でもないしな」
「そうなのですか? それは意外です」
現代ニホン人に殺気とか分かる訳がない。
でも今回は別に威嚇スキルを使ってた訳でもないしな。
なんだろう、自分では分かってないだけで、殺気とかいうのが出てるのかな。
まあ態度がそのまま顔に出るタイプなので、ポーカーフェイスの自信は全く無いが。
「殺気出てたのか」
「は、はい。……昨日の盗賊達の、最後の気分が分かりました」
「ふむ……まあ次からお前との訓練中は気を付けてみるか。悪かったな、怖がらせて」
「いえ……」
心なしか元気が無い。
まあMPも少なくなっているだろうしな。
俺達プレイヤーはMPが減っても体調に変わり無いが、よりリアルに影響されるNPCの彼女らは、体に変調をきたしてもおかしくない。
「ちょっと待てよ。―――『マナエッセンス』」
俺は光魔法に属する自分のMPを分け与える魔法を発動させ、彼女の魔力を回復させた。
MPゲージが1mmぐらい減ったかな?うん。
「あ……昨日もでしたが、これはもしや……?」
「ああ。この辺では失伝してるとかいう、エムピ……魔力回復のポーションを作る際に使う魔法だ」
ああそうだ、ついでにMPポーションも何本か渡しておくか。
俺はアイテムボックスから、台座に20本のMPポーションが並べられた『ポーションセット』を出して彼女に渡した。
「ほら。魔法使いなら、常にこれは持っておけ」
「えっ? あっ……」
遠慮される前に有無を言わさず押し付けた。
この農場王を前に遠慮なんかしなくていいんだ。無限に作れるんだから。
「そういえば、エ……癒しのポーションは手に入るんだよな?」
「は、はい。傷を癒す物なら、都市の魔法協会に行けば手に入ります」
「なんでお前は昨日持ってなかったんだ?」
「う……それは……じ、自分の魔法で、治せるから、です」
「……アホ」
「もっ! 申し訳ありません!」
つまりこいつは、「自分で治せるんだから、ポーションなんて荷物にしかならないわ」とか言って準備を怠っていた訳だ。
その結果、MP切れで回復魔法が使えなくなって窮地に陥ったと。
ポーションがあれば最後の瞬間に自分だけでも抜け出すことは出来ただろうに。
こいつ本当に調子こいてたんだな。
「チッ。ちょっと待ってろ」
俺はアイテム作成でポーションをストックできるベルトを作り、HPポーションとMPポーションを2本ずつ差してから彼女に渡した。ニーナがアイテムボックスを使えたなら、2百本ぐらい渡してる所だ。
「ほら、これからはこれを常に着けておけ」
「あの……いえ、すいません。ありがとうございます、師匠」
「ああ」
一瞬遠慮しようとしていたみたいだったが、俺に文句を言われる前に自分で思い直してくれたようだ。
「一つ言っておく。お前が俺の弟子だというのなら、死ぬな。他を全て犠牲にしてでも、自分だけは生き延びろ。……それが、お前が師と呼ぶ俺の生き方だ」
「………………はい」
それは、ニーナは特別だから生きて欲しいという、遠回しな好意の言葉であるが。
そのために、ニーナに生き汚い真似を強制させようという言葉であり。
……もしもの時には、ニーナを捨てて自分は逃げるという言葉でもある。
複雑な顔をしていたニーナだったが、とりあえずは頷いた。
安心しろ。別に俺だって必ず守れだなんて思ってない。
俺は約束なんて物、守られるとは最初から思ってないからな。
自分の命より大事な物があるなら好きにすればいいさ。お前の人生で一番に尊重されるべきは、俺や誰かのじゃなく、お前の選択なんだからな。
「さて。それじゃあ今回の訓練から、俺なりではあるが、お前に助言を与える」
「はいっ。ありがとうございます!」
「あ、違うわ。それよりもまず先に、今の訓練はどうだった? 何でもいいから思った事や気付いた事を言ってみろ」
「え? そ、そうですね…………」
ニーナがほんの一瞬だけ考え込む。
「――まず最初、師匠は私を、凝視していました」
「お、いいね。あれはな、お前の表情とか構え、仕草から、お前が最初にどう動くかを予想してたんだ」
「はい。正直あの時点で自分が負けると予感した気がします」
「まあ人からじっくり見られるってのは精神的な負担になるからな。それも1つの技術だ」
「最初の時点で心理的に負けていたのですね。勉強になります」
まあ俺は心理戦だけが取り柄だからな。
「戦う相手は観察しろ。例えば今回の俺の視点だと、まずお前は最初の構えからして腰が引けてた。だから後ろに後退するだろうとは見当を付けたが、初手に不意打ちで攻撃を仕掛けてくる可能性もあった」
「はい」
「で、お前は予想通り後退したので、『不意打ちなどの卑怯な手も使う』という人物像は……少しだけ、消えた。そしてその後、最初に放ってきたのが明らかに様子見であろう雑魚魔法。それを容易くいなした俺を見て、瞬時に最強と思われる攻撃手段を取ったことから、判断力は割とある。ただ、その自信のある攻撃手段を初手の不意打ちで使って来なかったということは、さっきの『卑怯な手を使わない人物』という推測を助長した」
「……な、なるほど」
「それらのことから俺は、お前という敵を『能力は高いが真面目過ぎる人物』と評価した。実戦だったら、そういう性格の奴が嫌がりそうな戦い方を選んで仕掛ける」
「……………………」
「要するに。最初の3手……始まって5秒で、お前がどういう人間なのかは俺に把握されてたということだ」
実戦とは、チェスの駒の動きを別の駒とランダムに入れ替えたような物だ。
ポーンがナイトの動きをし、ナイトがルークの動きをするかもしれない。
故に、まずは相手の持つ駒が……または相手という駒が、どの動きができる駒なのか、という所から探っていく必要がある。
その把握が早ければ早いほどこちらの攻めを迅速に開始でき、相手の動きが把握できれば精神的にも余裕が出来る。
そして一方的に攻められる相手は余裕を失い、芋づる式に差が開く。
――『掌握』。
それが俺のプレイスタイルだ。
「私にも、分かるようになるでしょうか?」
まあこいつは一方的な強者だったから、そうやって相手を分析する必要がこれまで無かったんだろうな。
だが程度の違いはあれ、本来人間なら誰でも無意識に『ジャンル分け』という形でやっていることだ。
俺に思考の手順とパターンを教わり続ければ、その選択を高速化させることは可能だろう。
ちなみに俺の場合は「こいつはカス、こいつはクズ、俺は神」という感じで人を枠に当てはめるのが大好きなのが助長している。
「なるさ。分かり易く言えば、人を枠に当てはめて考えろと言っているだけだ。目の前にあるのが肉なのか野菜なのか見分けるのと変わらん。人間だとしか思ってないから複雑そうに感じるんだ」
「な、なるほど?」
こいつは頭が良いから分かるようになる筈だ。
こいつからは
「あれだな。具体的にお前の取った手段の方に指摘するなら、俺だったら最初のフローティングを無詠唱で発動させながら、同時に不意打ちを入れてたな。あとは最後の足止めの土魔法とかを、もっと早くに絡め手として使うべきか。それが効かなかったら速攻で逃走に入る手もあるしな」
「なるほど。勉強になります」
「あとな、はっきり言っておくぞ。お前は生きるってことを舐めてる」
「え?」
「最初の試しの時、俺に声をかけてから魔法を使ったのもそう。今の戦闘訓練で初手から確実に殺しにかからなかったのもそうだ。不意打ち、騙し討ちは卑怯に感じるかもしれないが、死んだ者に卑怯だと罵る口は無い。下らない価値観は……捨てろとは言わないが、持ってると面倒ではある」
「……!!」
「俺は卑怯な手を使う……どころじゃない。卑怯な手は、『全部使って』勝つ。その頃には、文句を言える生き証人は誰も残ってない」
あと俺に盾として利用された仲間も残ってなかったりする。
まあゲームだから残ってて、掲示板で俺をボロクソ叩いてるんだけどな。
「まああくまで俺は、という話だ。お前が自分と向き合って、正しく生きたいと思ったのならそれが正しい。俺にとっては正しく生きようとして早死にするより、卑怯な手を使ってでも生きていたいと願うのが、生物として正常だと思えるだけだ」
「は、はい……」
最後の死ぬ瞬間、「それでも、正しく在れて良かった」と思えるならそれでいいさ。
俺には絶対に「卑怯な手を使ってでも、足掻けば良かった」としか思えないだろうから、最初からこの道を選んでいる。
まあ嫌がらせするのが大好きなのも非常に大きいが。
「ま、後は最後の場面で、避けられそうにないなら逆に突っ込んでみるぐらいしろ、ってぐらいかな。逃げ続けていた敵に急に近寄られると、距離感を誤ってしまったりするもんだ。……さて。まあとりあえず、今日はこんなもんだな」
本当はこの後ニーナに攻めさせる形でも訓練をしときたかったが、空が夕方っぽい光を含み出したので残念ながらお開きにする。
「はい。今日は得難い体験が出来ました。明日からもよろしくお願いします」
「おう。それじゃ帰るか。今夜はお前の家の方で、ちゃんとお前が1人で料理できるか見てみよう」
今日から別居するつもりだったが、やっぱり最後にもう1度だけ団欒を楽しもう。
調理器具を使いこなせるかどうかが、本日最後の修行だ。あと現地の料理レベルが見たい。
「う……それはちょっと、荷が重いです……」
嫌がるニーナを引っ張り、その日は2人の家に帰った。
現状も穏やかで非常によろしいが、俺としてはもうちょっとガヤを増やしたい所だな。仲間はどうやって増やそうか。
2016.6.12
世界観の設定変更につき、ザ・ワールドのプレイ人口を「数千万人」から「数億人」に修正致しました。