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ゴッズテイル ~サイコ男の異世界神話~ 作者:柴崎

序章 ~侵食~

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5 ニーナ・クラリカ

2016.8.14 挿絵を追加。

2016.9.18 挿絵を追加。

(―――私は無力だ)


生まれた時には既に、母親に教わった魔法を母親よりも使いこなした。

物心ついた時には7種の魔法が使え、文字が書けた。

数えられる数も、一瞬で大人たちを追い越した。

9歳の頃、師匠に出会った。師匠は私の素質を絶賛し、私達の住んでいた街に腰を落ち着けてまで、私を育てた。

師匠に読み書きを教わり、算術を教わり、魔法を教わり、知識を授かった。13にして師匠の領域に辿り着いた。

賢者の座を受け継ぎ、大陸を回り方々を助け歩いた。

私の力は多くの人の助けになった。

成人の時には既に、私の名前は最強の魔法使いの一角として大陸全土に知られていた。

私の名前だけで、無法者すら道を開けた。


そして今。


ついにしくじって、命を失おうとしている。

私が死んだら、村人たちも助かりはしまい。



―――今の私は……無力だ。



『無力』。

天才だと持て囃されてきた自分が、言葉と意味だけ知っていた存在。

自分では分かっているつもりだった。

だがこの結果を見れば、本当はどうだったのかが分かる。

自身の無力という物。

ただの知識だったそれを、生まれて初めてこの身で体験した。


事を焦り、先手を取ろうと自分から相手に突き進んだ。

魔法使いは距離を取って戦う物だ。

近寄られれば剣士のように咄嗟の動きはできないし、そんな中では詠唱自体が隙になる。

後ろに下がることは有っても、前に出ることなんて絶対に無い。

それが魔法使いの戦い方だ。


それを、私は慢心によって蔑ろにした。


自分ならこの程度は敵じゃないと、愚かにも警戒を疎かにした。

その結果が今のこの姿だ。


刺されたお腹と斬られた胸から溢れ出した血溜まりが、座り込む私のお尻を濡らしている。

2つの傷口から生じる痛みが体を刺す度、チカチカと目が瞬く。その瞬きの度に、ぽろぽろと涙も落ちる。


情けなくて、情けな過ぎて。


盗賊たちの足音が鳴る度に、色々なことを後悔した。

思えば白い男の件があったのに村を空けたことからして間違っている。

村は今、食料難だ。

私が1日滞在するごとに、村へ負担を強いることになると思った。

だから早く出ていくため、1日も早く狩りに出かけた。

……白い男の問題を解決しない限り、村を出ることなんてできないのに。

順番を間違えている。

先に彼の事をどうにかするべきだったのだ。

そうしていれば今日は村にいて、襲撃にも対応できただろう。

先手を取る事ができれば、この程度の人数に負ける筈が無いのだ。

何もかもが焦り過ぎだ。

なぜそんなにも焦っていたのだろう。


……簡単だ。


自分は力があるから、最短で解決できると思い込んだ。

慢心。慢心。慢心。

例え力があろうとも、自分がこの世界でたった1人のちっぽけなハーフドワーフだということを忘れていた。

1人じゃどうしようもできない事がいくらでもある、非力な存在なのだ。


ふと気付いた。


(……寒い)


血と一緒に体温が失われてきたのだ。


―――そう考えた瞬間、怖くなった。


「ぅ……うぁ…………」


自分の死に向き合ったことで、行いを振り返っていた賢者としての余裕(じぶん)が、17歳の現実(じぶん)と入れ替わった。

後悔から来る涙が止まり、その分冷や汗が増えた。

肉が捩じ切られたみたいに痛くて熱い。

物凄い量の血が出ている。

もう1度血溜まりを見下ろすと、今度は頭がくらりとした。

逃げたい。まだ死にたくない。

怖い。 怖い! 怖いっ!!

いつの間にかさっきより近くなっている盗賊たちの足音に気付き、ビクリと震える。

その手に持たれた抜身の刃に、視線が釘付けになった。

……あれで、殺される。


「わ、あ、―――あっ」


逃げなきゃ。

そう思ったが、とっくに体が動かない。

立つのが無理で座り込み、そして今は座り込んでいるだけで限界だった。


最後の魔力は目の前にいた盗賊を倒すのに使った。

それは傷を治すのに使っても、目の前の盗賊にすぐさま斬られて意味が無いだろうという、冷静な判断からだった。

しかし、今はなぜ治癒の魔法にしなかったのかとしか思えない。

そういえば、杖が無い。

盗賊たちの凶器から目が離せず、手だけで地面をパタパタ叩いて探していると、4回目ぐらいで杖に当たった。

縋り付くように杖を握る。

いつもより何倍も重く感じた。

何度も自分の身を守ってきた相棒を手に入れ、一瞬だけ無意味に安堵を感じた。


だがそれだけだ。


杖を持っても何もできることはない。

もうどうしようもない。


自分の人生は。

ただ死ぬまでの間、恐怖を感じるためにしか残ってないのだ。


『絶望』。

若き賢者が最後に学んだのは、その存在だった。


冷や汗に変わっていた涙の流れが、再びの諦念により再開した。





そして。


―――それが現れた。





白。


嘘のように真っ白な存在が、私を守るかのように立ちはだかっていた。

汚れたこの世界で、まるでその存在だけは絶望の浸食を拒んでいるかの様に、純白を保っている。

その存在が現れた瞬間、私の目の前に城壁でも築かれたみたいな安堵を感じた。


私はその見た目に閃く物があった。


傷どころか汚れ1つ無い、天上の美を感じさせる純白の生地。

春の草原を思わせる、柔らかな萌黄色で施された精緻な刺繍。

所々には金の細工まであしらわれた、恐ろしいほどの金額がかかっているだろうローブ。

左の二の腕部分には、黄色と黒で描かれた、魔法陣のような紋章が縫い付けられている。

そんな魔法使いらしい服装でありながら、なぜか杖は持っていない。

そして最後に、その服と同じく白い髪。


―――白い男。


私は理解した。彼は魔法使いだ。

それも、千年に1人と言われている私より遥かに上の、文字通り――『別次元』の実力を持った。


それは空間に突然現れるという、恐らくは伝説の転移の魔法であろうその現象のせい…………ではない。

現れた瞬間に、安堵と言う形で戦いの結末を予感させた正体。







挿絵(By みてみん)






……その男から叩きつけられてくる魔力が、尋常ではなかったからだ。






至近距離で晒されているせいで、意識が飛びそうになるほどの圧倒的魔力の奔流。

魔力酔いの吐き気を堪えながら、頭の片隅で、先程一瞬だけ西から感じた、巨大な魔力を思い出した。



―――空と大地が、押し潰される鉄の如く、ミシミシと軋みを上げる。



それはその場の人間たちの錯覚だったのか、それとも本当に天変地異が起こっていたのか。

人間には見上げることすら出来ない絶対の存在を前に、誰よりも早く、世界の方が悲鳴を上げていた。

その体から発せられる圧力はまるで、世界に浸食されるどころか、世界を白で塗り潰して行くかのようだ。


そう。

これから始まるのは、命の()()

『奪い、奪われる』という生物の理。


絵筆から色を奪い続けた絵画が、今度は削り取られて白紙に戻される時が来た。


「おい、助けて欲しいか?」


白い男が私に振り返って短く言った。

彼の実力を直感していた私は、彼の気が変わる前にすぐさま頷いた。

それを見て彼は、何も言わずに盗賊たちに向き直る。


「ぁ……ぁ…………」


彼の表情は見えないが、その視線を向けられた盗賊たちはガタガタと震えていた。

それはそうだろう。

向けられてない私ですら震えているのだから。



「クソボケ共が。タイミングが悪ィーんだよ。おかげで急激に機嫌が悪くなった。




 で。―――八つ当たりする。死ね」




まるで皮肉のように―――ただ、暴力。

力無き者を蹂躙してきた盗賊たちが、彼に蹂躙される番だ。


彼は一番近くにいた盗賊に向かって、適当にその腕を振った。


―――同時に、その盗賊が『コマ切れ』になる。


詠唱も魔法陣も無し。

まるで当然のように無詠唱で魔法を使う。しかも私ですら知らない魔法を。


彼は自分が作った無数の立方体が地面に崩れる音を無視し、今度はそれに続いて近くにいた3人に手を振り下ろした。


グチャッ!


上から見えない岩でも降って来たかのように3人がペチャンコに潰れ、地面に中身をぶちまけた。


たった三つ数えるぐらいの間に生み出された惨状を見て、盗賊たちがやっと思考を取り戻した。

私にやったのと同じように、数人掛かりで一気に攻めてくるつもりだ。

しかし彼はその接近を1歩しか許さなかった。

彼が指をパチンと鳴らした瞬間、剣を構えた盗賊たちがギュルギュルと捩じ切れるようにして肉塊になった。


「てっ撤退だ! 逃―――」



あの頭らしき男が撤退を指示しようと口を開いた瞬間、その口から上が無くなる。





挿絵(By みてみん)





「うわあああああああああああああッッッ!!!!!!」


それを見て恐慌状態に陥った盗賊たちが、一目散に北に向かって走り出した。

彼はそれを追いかけない。


……ただ、片足で地面を踏みつけただけだ。


その場所から地面が凄い速度でひび割れて行き、盗賊たちに追いつくと、その割れ幅を広げて無数の地割れとなった。

地割れで生じた段差に、盗賊たちが足を取られる。

そしてその地割れたちから大量に巨大な岩槍が突き出し、盗賊たちを1人残らず滅多刺し……いや、グチャグチャに『粉砕』する。


地獄の光景だ。


辺り一面が肉と血の海。

二十数えるより短い時間で、盗賊たちは全滅した。

そして彼は最初に現れた場所から1歩も動いていない。


その虐殺の爪痕に彼は手を向けた。

すると盗賊たちの無残な亡骸が、独りでに遠くの1か所に集まり出した。


全ての肉塊が集まったのを確認して、彼は口を開いた。


「威力最低化、範囲最縮小化。―――『ヘルレイン』」


彼の背中に赤い魔法陣が現れ、空気に溶けるようにして消えた。

詠唱だ。

流石に敵がいないのに、無駄に数倍の魔力を使おうとは思わないらしい。

赤い魔法陣……火の魔法?

何も起きないことに疑問を抱いていると、どこからか音が聞こえてきた。



ゴオオオオオオオオオオオオオオ…………。



空だ。

空から空気を震わせるような低い音が聞こえる。それが段々と大きくなってくる。

見上げると、黒い煙の尾を引く流れ星のような何かが遠くに見えた。

その何かは物凄い速度でこちらに降ってきているらしい。

近付くにつれ、どんどん大きくなっていくそれは、火球の魔法(ファイアーボール)によく似た炎の塊だった。

それが、10個近く一度に降ってきているのだ。



ゴオオオオオオオオオオオオオオ…………



ヒュゥウッ


ドオオオオオオオンッッッ!!!!!!



地上に達する直前、距離の関係で風切り音が一瞬だけ高い音に変わったそれが、盗賊たちの亡骸に降り注ぎ、大爆発を巻き起こした。

叩きつけてくる熱波に思わず両腕で顔を塞ぐ。

地面が揺れ、爆音で耳が痛い。

腕の隙間から見れば、まるで村の北側が炎の幕で遮断されたかのように、視界に入る全てが炎。

それは、さっき撃った私の『火球の魔法』を数十倍にしたような、超広範囲魔法だった。


「あ、やべっ……範囲最縮小化――『ブラックホール』」


彼が次に土の魔法らしき魔法を唱えた瞬間、目の前の空から炎の壁が忽然と消え、世界の明るさが元通りになった。

土の魔法は世界で私が一番詳しい。

しかしこんな魔法には全く覚えが無い。だが出現した魔法陣は、確かに茶色い土の魔法陣だった。

彼は、ほとんど失伝している筈の転移の魔法で現れた。

もしかしたら、存在すら知られていない完全失伝した土の魔法だったのかもしれない。

どこがどう土だったのかは分からないが。


炎の壁が消えた跡には、盗賊たちの亡骸は全く残ってない。

当然だ。

その下の地面ごと消滅しているのだから。


「……よく考えたら、最初からブラックホールで掃除すれば良かった」


何か独り言を呟きながら、彼は片腕を振った。

すると、地面にぽっかりと空いていた穴の底から土が溢れ出し、自ら穴を埋めてみるみると元の平坦な地面に戻った。

盗賊たちにトドメを刺した地割れと岩槍も、綺麗に元に戻っていく。

もはや戦いの痕跡は血の跡だけだ。


彼がこちらを振り返った。

思わずゴクリと唾を飲み込む。



「――魔法使いなら、敵からは距離を空けて戦え」



彼は私を見て、第一声そう言った。

……それは、魔法使いが最初期に習う事。

それを彼がわざわざ言わなければならなかったのは、私がそんな基本をおざなりにしたからだろう。

私も反省したことだ。返す言葉も無い。

俯いていると、帽子越しに頭に感触を感じた。

顔を上げると、彼が困ったような顔で私の頭を撫でていた。


「……もう痛くないだろ?」


言われて初めて気付いた。

体の怪我が、全て治っている。それにどういう訳か、魔力まで回復しているようだった。

そういえば、かなり前から痛みを感じていなかった気がする。

もしかして、彼が現れた最初から治っていたのだろうか。


「あ、あの、ありがとうございます」


「ん」


彼は私のお礼に短く頷くと、未だ座り込んでいた私に手を差し出してくれた。

ちょっと怖かったが、彼は私に対してここまでは友好的に接してくれている。ありがたく手を借りることにした。

見た目に似合わず物凄い力強さで、持ち上げられるみたいに軽々と立ち上がれた。


「ちょっと待ってろ」


立ち上がった私を見て、彼が手を伸ばしてきた。

思わずビクリとしていると、服とお尻から血で塗れた不快感が無くなった。

その異変に自分の体を見下ろすと、剣で破られた服は元通り……いや、それどころか新品のように綺麗になり、血で塗れた跡も残っていなかった。

どうやら何らかの魔法で服を修繕し、綺麗にもしてくれたらしい。

目に見えて怯えるなど、命の恩人に恥ずかしい真似をしてしまった。

もう1度お礼を言わなければと思っていると、彼が先に口を開いた。



「さて。…………そんでこっからどうしようか……?」




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